第55話 秘密兵器の御披露目
「さあ、どうだい!? 豊かな自然に囲まれた、あのトスカナ仕込みの香草包みだ! 喰わなきゃ損だぜ!」
太陽が中天にかかり、日差しが強く輝く頃。
楽しげなその声が、風にのって葉を揺らしていた。
「あのって、どのトスカナなんでしょうか?そんなに有名な村でしたっけ」
威勢の良い声を尻目に、ジュールが首をかしげる。
「温泉はあるわね。薬草もそこそこ採れるわ」
「それと森に最近、上位魔神が出たね。冒険者さん達には知名度が高いかも」
「そんな名物品みたいに言われても――っと」
さらっと言ってのけるキオに、ジュールが顔を強張らせる。ついでに指が滑ったのか、あわあわと手を揺らしている。
「ほら、気を付けなさい。薬草が勿体無いわ」
「ご、ごめんなさい」
その言葉に気を引き締めたか、ジュールが真剣な顔で手を動かす。その小さな指に握られているのは、若緑に彩られた葉だ。焼かれた肉を、その上へ包んで丁寧に巻き、木皿の上へと置いてゆく。
今、キオ達3人は林道の手前に並んで陣取り、簡素な屋台を組み立てて焼き物を売り捌いていた。
少し離れた位置にはトルクが立ち、積極的に客の呼び込みも行っている。すわ本職か、と見紛うばかりにその声かけは堂に入っている。
「キオ、もう少し火を強くして」
「うん」
ジェニーの催促を受け、キオは鉄板の下へ手を入れた。誰にも見られぬように指先から光熱を飛ばし、温度を引き上げる。ついでに風を吹かせて、匂いを拡散するのも忘れない。
その匂いに惹かれたか、畑仕事を終えた人びとや観光をしていた旅人たちが、なんだなんだと寄ってくる。
「おお、お目が高いね皆さん! どうだい、ひとつ! ウマイよ!」
客引きと同時に料理皿を持ち上げ、次から次へと注文を受けていく。その表情は晴れやかで、生き生きとしていて、とても数日前まで死にそうな顔でパーティー追放を嘆いていた男と同一とは思えなかった。
「はい、どうぞ。持ち合わせが無い方は野菜や果物でも結構ですよ。はい、こちらもどうぞ」
会計と受け渡しは、キオの仕事だ。
当たり前だが機械のごとき正確さと、柔軟な支払い手段を織り混ぜてゆく。
「上がったわ、次」
そして、肝心要の焼き方はジェニー。
彼女は食べるばかりでなく、作る方も得意なのだ。
絶妙の火加減を見定め、次から次と食材を鉄板の上に転がしてゆく。
魚や肉、そしてキノコなどがじゅうじゅうと音を立て、ふっくらと汁を垂らした――瞬間、ジェニーが特製のソースを振り掛けた。魚と塩を原料とした魚醤の一種だ。
キオが材料に手を加え、熟成を早めて作り出した逸品である。特に焼き物との相性は抜群だ。
たちまちに煙がじゅわっと吹き上がり、芳醇な香りが人びとの鼻先をくすぐった。
ごくり、と。誰かが唾を飲み込む。
「ひ、ひとつくれ!」
「俺もだ!」
「あたしにもちょうだい!」
殺到する人びとを、慌てながらもトルクが捌き、キオが支払いを済ませてゆく。そうしてジェニーとジュールが料理を拵え、木皿へ盛り付ける。息の合ったコンビネーションを前に、香草包みは飛ぶように売れてゆく。
「トルクさん、あれもそろそろ」
「ふう、ふう……だ、だなっ! 皆さん、喉も渇いちゃいませんか!?」
なんだ?とざわめく人々の前に、キオが満を持したがごとく、背後にある『それ』――秘密兵器を持ち上げた。
キオの身長よりやや高く、横幅もある真っ白な箱。それがでん、と地面に置かれると、誰もが戸惑ったように目を瞬かせてしまう。用途も分からず見当もつかない。彼らの表情からは、それがありありと見て取れた。
「さあーーどうだ!」
トルクが前部にある取っ手を掴み、一気に開く。
とたんに、ひんやりとした冷気が迸り、最前列にいた青年が驚いたように飛び退いた。
「冷たっ!? なんだこれ、魔導具か!?」
その言葉を皮切りに、ざわめく声が広がってゆく。
「はい、これぞ伝説の魔導具! 古代に作られた一級品ですぜ!」
中に入っていたのは、縦横にぎっしりと詰められた樽だ。そのひとつを、トルクはよろめきながら取り出すと、蓋を割って中の液体を小筒にすくう。
「さあさ、手に取ってみてくださいよ」
「うわ、冷てえ!?すっげえ、冷えてるぞこれ!?」
呆然としたように、その青年が筒をまじまじと見つめている。
「果実の濃縮液に砂糖で味付けして、更に炭酸水を入れてしゅわっとさせた飲み物ですよ。名付けてキオネードです!」
得意そうなトルクの声に、おおお!?とどよめく人々。
それを満足げに眺めているのは、名付け親である張本人だ。
後方彼氏面をしながら、腕を組んでふんぞり返っている。そのドヤ顔がまた、絶妙に可愛らしかった。
そんな少女を背に置いて、トルクがニヤリと笑う。
「エールみたいなスッキリとした喉ごしが特徴なんで、気を付けてゆっくり飲んでくださいよ!」
最初に手渡された青年が、おっかなびっくりと筒に口を付けーーごぶっとむせた。
「うわっ!?なんだこれ、エールよりずっと、しゅわしゅわ感が強いぞ!?」
びっくりしながらも、味付けは気に入ったらしい。今度は慎重に慎重に飲み干してゆく。ごくごくと喉が動き、そうしてプハアっと青年が息を吐き出した。
「うっめえ!?冷たくてしゅわっとして……もういっぱいくれよ!」
「へへへ、あいよっ! でも二杯目はお代を頂きますぜ!」
――実の所、この世界でも炭酸水はそこまで珍しいものではない。各国の王都や、鉱泉のある地域などでは飲料とされることも少なくない。けれど、かつてキオがいた宇宙のように、広く好まれているかと言われれば、そうではなかった。せいぜいが、発酵させた麦酒で口当たりを楽しむくらいである。
そして、そもそも飲料水を適温で保つ、という行為がまた難しい。
氷の魔術を使えば不可能ではないが、加減がしにくいのだ。
専属の魔術師と契約し、氷室を持っている店もそこそこに在るらしいが、外への持ち出しや温度管理など、諸問題をまだクリアできてるとは言い難い。
――それを可能としたのが、この魔導具だ。
これこそ、トルクがその財産の殆どを手放して『修復』させたという、古代文明の産物。
恐らくは真なる『ヒト』がかつて作り出したであろう、冷蔵庫にも似たアイテムなのである。
そこにキオが手を加え、更に炭酸を生成させて注入すれば、あら不思議。ジェニー命名するところの、新型飲料水の誕生であった。
「うそ、美味しいっ!?」
「こ、これはクセになるな……!」
「王都で飲んだやつより、ずっとのど越しが良いぞ!? なんだこれ!」
「それと、この香草包みがまた……合う! 合うぞ! 止まらねえ!」
殺到する人々を前に、キオ達四人は顔を見合わせ――そして、嬉しそうに破顔した。




