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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第3章 勇者と『カミ』の巫女
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第54話 一夜明けて


「さあ、どうだい旦那! そろそろ油とか、足りなくなってないか!?」


 朝焼けの薄い輝きに照らされた浜辺。まだ眠気を引きずっているのか、のろのろと動き出す人々の中で、景気の良い声が響き渡った。


「朝っぱらからデケエ声出すなよ……なんだ、お前さんは」

「いやあ、昨日から店を見てたんだけどよ。結構な売れ行きだったみてえじゃんか。その海鮮の串焼き、俺も買わせてもらったけど、確かに繁盛する理由も分かるってもんだ!」


 人好きのする笑みを浮かべ、男――トルクは店主の肩を叩く。


「そ、そうかあ? まあ、味には自信あるけどよ」

「だろだろ?だから、良いメシには良い油が必要ってね! どうだい?安くしとくからさ。旦那のとびきり美味い串焼きを、皆に食べてもらえねえのはこの世の損失ってもんさ!」

「へ、へへ……確かにな」


 その様子を、少し離れた位置から眺め、キオ達は三者三様の反応を示した。


「なんか、すごいですね……?」


 ジュールがポカンとした表情で、そう呟く。

 呆気に取られるとはこの事だろう。少年は目を瞬かせながら、しかし食い入るようにトルクの姿を見つめている。


「あ、売れたみたいね。で、また他の出店に――へえ」


 感心したように頷いているのはジェニーだ。

 獅子奮迅とせわしなく動き出している中年男性トルクを見て、口元を緩めている。


「おだてるというか、人の懐に入るのが上手いんだろうね。誰もが皆、トルクさんと少し話しただけで、ほら。警戒心が下がってほどけているよ」


 感情の推移を見て取り、キオもまたうんうんと頷く。見込んだ甲斐はあったというものだ。なんだか誇らしい気分になってくる。


「おーい! 第一陣が捌けたぞ!」


 ブンブンと手を振りながら、トルクが駆け寄ってくる。

 その顔は、まさしく喜色満面。まるで尻尾を振る子犬のような仕草に、ジェニーとジュールが同時に噴き出した。


「うん? どうした?」

「いえ、なんでも。それで、首尾はいかがですか?」

「へっへっへ……! そら、見てくれよ!」


 トルクが小袋を広げ、中にある銅貨や銀貨を曝け出す。

 更に、戦利品はそれだけでは無い。他にも幾つかの食料品や飲料を手に入れたようで、両手いっぱいにそれらの袋をかつぎ、彼はニコニコと微笑んでいる。


「ふうん? 予定していたより、金額が少なくない?」


 キオが瞬時にそれらを計算してジェニーに伝えると、彼女はわずかに首を傾げた。

 確かに、それはそうだ。卸値を考えたら、利益率は若干下がるように思える。

 そんなキオ達の疑問を看破したのだろうか。トルクは得意そうに鼻の下を指で擦った。


「高めに値札を付けて在庫を抱えるより、ある程度まとめて売っちまった方が良いのさ。特にほれ、日持ちがしにくい物もあるだろ?」

「ああ、なるほど。そういえば、宿の方でも売りさばいてましたっけ」

「おうよ!」


 キオの頷きに、トルクが胸を張った。


「これはもう、ジュールの手柄だな! 宿で必要な物がなにか、予め色々と教えてくれて助かったぜ!」

「いえ、そんな……」


 頭をぐしゃぐしゃと撫でられて、ジュールが嬉しそうに笑う。


「その、女将さんの仕入れとか見てただけで……大したものじゃ……」

「なあに、その知識が力になるんだよ! な、キオ!」

「ええ、その通りです。お手柄だね、ジュール君」


 キオも一緒に撫でると、ジュールがなお一層に身を縮こまらせてしまう。


「……そうね。薬草の知識も役に立ったみたいだし、褒めてあげるわ」


 そこに更に、ジェニーが参戦。三者三方からの撫で攻撃を受け、ジュールが真っ赤になって黙り込んでしまった。

 うぶな少年の様子を見て、トルクが快活に笑い声を上げる。


「はははっ! それにほら! 金額はやや少なくても、交換で他の物を仕入れられたからな。今度は場所を変えてこれを売りさばいて、更に一儲けだ!」


 グッと、トルクが握りしめた拳を天に掲げた。


「やるぞぉ! みんなぁぁー!!」


 威勢のよい声にしかし、返ってくる声は頼りない。


「おー」

「お、おお……?」

「……お」


 こういったノリに慣れていない三人を見て、トルクはガクリと肩を落とす。


「あ、あのさ……もうちょっとほら、こう……な?」

「な、と言われても困ります」


 ぴしゃりとジェニーが一刀両断。まるで容赦というものが無い。

 お祭り大好きなトスカナ村でも、屈指のクール系女子。

 そんな彼女に体育会系的な調子は通じないのだ。


「トルクさん、トルクさん。めげずに行きましょう。ほら、おー」

「お、おお! やったるぜ!」


 キオの励ましに無理やり闘志を掻き立て、トルクが立ち上がる。


「それに、もう少しで気温も上がります。あれの出番が来ますよ」


 キオが背にしょっている大きな包み。それを軽く揺さぶり、存在を示す。


「そ、そうだな! ちゃんと長持ちするよな……?」

「テスト――試しもしましたし、大丈夫ですよ。自信を持っていきましょう」


 ニコリと笑うキオにつられたか、トルクの頬も次第に緩んでいく。


「不思議だな、お前にそう言われると何とかなりそうな気がしてくるぜ!」

「何とかなってくれなきゃ困りますし」

「ジェ、ジェニーさん……!」


 歯に衣着せぬ言葉を放つ姉貴分に対し、クイクイとその裾を引っ張るジュール。中々に良いコンビになりそうであった。

 

 そうして、わいわいがやがやと歩き出し――ふと、トルクが振り返った。


「なあ、キオ? そういえば宿で思い出したんだけどよ、こっちの扱いがやたらと丁重になったよな?」

「ええ、そうですね」

「お前がえっと、エジン――だっけか? その名前を出してからさ、宿屋の連中の態度が豹変した気がするんだが」


 今さらながらに首を捻るトルクに、ジュールも追随する。


「確かに、そうですよね。揉み手をして物品を買い取ってくれたような……?」

「そうね、得したわね」

「だよねえ」


 のんびりと答えるトスカナ幼馴染ズの声に、ジュールとトルクが顔を見合わせた。


「ちょっとした縁に恵まれただけ。そうよね、キオ?」

「うん」


 昨夜、あの不思議な森人との邂逅を果たした時の事を思い出す。

 薬師の妻・アンの育ての親だと名乗った彼女は、キオ達が泊まっている宿の事を尋ねてこう言った。



『――ならば、儂の名を出すがいい。これを知る者は外界にはおらん。多少の便宜は図ってくれるだろうて』



 それを告げると、エジンは多くを語らず背を向けた。



『――三日後、聖剣祭の夜。儂はまたここに来る。その時に話を聞かせておくれ』


 

 最後に、その言葉だけを残して。老エルフはまさしく風の如くに姿を消したのだった。


「……位置は、追えたのよね?」


 ぽつり、と呟くジェニーにキオが頷く。


「うん。あの森の向こうにある小高い山。その麓にぽっかりと空間が開いてる。多分、祠かなにかがあるね。そこに居るみたいだよ」

「……一人で?」

「いいや、他にも幾つか反応があるね。その一つは――あの姫巫女様だよ」


 そこまでを看破し、キオは口を閉じた。


 昨夜にエジンが姿をくらませたあれは瞬間的な転移か、その類。恐らくは卓越した魔術のひとつであろう。

 もしかしたら古代から伝わる奥義的なものかもしれない。


 ――それでも、キオの前には通じない。


 その気になれば千里を見通し、万物を把握する。把握してしまう。

 例えば、昨夜察知された光学迷彩。あれもキオ単独ならば更なる隠匿手段があるのだ。

 異相次元への潜航機能を使えば、如何なる存在も探知する事すら叶わない。


 これはもう、業の類であるとキオは思っている。

 昨夜も感じたが、自制をせねば――単なる村人から『外れて』しまうだろう。


 そうなったら嫌だなあ、と。キオはそんな事を考えてしまうのだ。


「大丈夫よ、キオ」


 その懸念を読み取ったように、ジェニーがキオの手を繋ぐ。


「そうかな?」

「ええ、そうよ。私が見ているもの。だから、大丈夫。不安に思う事なんて、何も無いわ」

 

 手のひらから伝わる温もりに、心が安らいでゆく。

 ジェニーへ改めて感謝の念を抱き、キオはそっと自身を見下ろした。

 あらゆる概念干渉を弾き、星の爆発にすら容易く耐えるこの体。暖かい血も通っていない、人ならざる身。


(……在り方は変わらない。それでも、歩いていく事は出来るよね)


 目の前の事をひとつひとつ、片付けてゆく。近道はしない。してはならない。

 キオはかつての最終兵器ではなく、この世界の村人として生きてゆくと誓ったのだから。


「聖剣祭について調べようと思うんだ」

「そうね、もう少し詳しく知るべきね」


 目線を合わせて、頷き合う。

 謎は多いが、だからこそ解く甲斐があるというものだ。


「おーい、キオ! 行こうぜー!」


 ジェニーと話しているうちに、距離が離れてしまったらしい。

 手を振るトルクとジュールを見て、キオ達は微笑みながら一歩を踏み出し――




『――て』




 そうして、キオは踏みとどまった。

 砂浜へと寄せて返す波の、その狭間。朝日が照り返す水面の上に、仄かに揺らめく『何か』が居る。


「……キオ?」


 ジェニーの声を背に、キオはそちらへと足を向ける。

 視線の先には、青白く輝く人影があった。



『――て――が、い――』



 透き通るようなその声には、胸を締め付けるような苦悶があった。

 絶望・憤怒・嘆きと悲しみ――ありとあらゆる負の感情が入り混じり、積み重なって唱和する。


 一つではない。十、二十――次々とその数は増え、波間の上に漂い始める。

 

(……死霊レイスの類じゃないな。どちらかというと、思念体に近い。強烈な意志が焼き付いて、幻の如く浮かび上がって来ている)



『――シて……ネガ――ツを――』



 悲嘆にくれるような、怨嗟の声。何がそんなに悲しいのか、何がそんなに苦しいのか。

 思念体たちは、水面に縛り付けられたように身をくねらせ、苦しそうに悶えている。


「……どうしたんですか?」


 キオは穏やかな口調で問いかける。

 

「僕に、何かをして欲しいのですか?」


 虚空に問いかける、キオのその声を不気味に思ったのだろうか。

 出店の主人や、漁師たちが奇異の視線でこちらを見る――が。


「――お気になさらずに」


 スッ、と。キオの背後にジェニーが立った。同時に周囲の人々が気まずそうに散ってゆく。

 ジェニーの視線は、時として永久氷土もかくやの効果を及ぼす。流石のアシストであった。

 背後の幼馴染に感謝をしながら、キオは海辺へと足を進める。


「いったい、あなた方は……」


 そこで気付く。青白く見えたのは『彼女等』の気配ばかりではない。

 身に纏う衣――白無垢の如き服装にあった。

 それはまるで、あの姫巫女を彷彿とさせるような恰好に思えた。


『――ヲ』


 そうして、キオは見た。人影の最前列、泣きそうな顔でこちらを見る、美しい女性の姿を。

こちらの視線に気づいたか、彼女は両手で顔を覆って嗚咽を漏らす。

 

 

『――娘、ヲ……』



 その言葉が風に乗って届いた瞬間、陽炎の如き人影たちは一斉に姿を消した。

 後には何も無い。ただ、静かに波の音が響くのみ。


「……キオ」

「うん」


 指先に触れる、暖かい感触。優しいぬくもりを感じながら、キオは頷く。いつの間にか、ジェニーが傍に寄り添ってくれていた。


その手をしっかりと握り直し、キオは静寂に満ちた水面へと視線を落とす。


「何か、居たのね?」

「そうだね、正体は分からないけど……どうしてだろうね。昨日は何も見えなかったし、彼女たちを感じなかったのに」


 けれど、今は――


 キオは打ち寄せる波へと手を寄せて、飛沫に浸して目を閉じた。


「……もしかして、だけど。聖剣祭が近いからかな」


 掬い取るように指を振り、そうしてキオは海面を静かに見据えた。

 深い、深い海の底。何者も到達しえないだろう領域に、確かな鼓動を感じる。


 それは、トスカナ村の上空で四方を探知した時に察した、あの力場と同様のものであった。

 とすると、深海深くに封じられている『これ』は―― 


「おーい! キオ! なにやってんだー!?」

「キオさん、ジェニーさん! どうしたんですか!?」


 慌てたような声を聞き、思考が中断された。

 砂浜を蹴りつけて、二人の足音が近づいてくる。 


「キオ――うわ、あぶっ! おわばっ!?」

「わあ、トルクさん!?」


 砂浜に顔を突っ込み、バタバタともがくトルクを見ながら、ジェニーは肩を竦めた。


「……ま、今は出来る事からしていきましょ。焦っても仕方ないと思うの」

「そうだねえ。なるようにしか、ならないものねえ」


 如何なる世界においても、結局はそれが真理という事なのだろう。

 

 顔中砂まみれで、ゲホゴホとむせるトルクを見ながら、キオはくすりと笑うのだった。




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