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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第3章 勇者と『カミ』の巫女
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第53話 月明かりのその下で


 集落を囲むように広がる森。

 そこを抜けた先に、岬があった。


 細く長く切り立った岸壁に、寄せ返す波が打ち付け、飛沫を上げる。月明かりに照らされ、虚ろに浮かび上がるその先端に――『彼女』がいた。


 長い白髪を首元でまとめ、袖が大きく膨らんだ白い長衣に身を包み、ただじっと夜の海を眺めている。


 なにかを祈るように、願うように。

 風に身を委ねるがごとく、ゆらゆらとその身を震わせていた。


 白髪を分けるようにして伸びる、特徴的な長い耳。その横顔には浅い皺が刻まれている。森人はある一定の年齢を越えると成長が緩やかとなり、晩年になってようやく老いの兆しを見せるという。


 ――だとすると、『彼女』は相応に年月を経た長老ともいうべき存在なのだろうか。


  少し離れた木陰に降り立ち、キオとジェニーはその後ろ姿を眺める。

 彼女の立場と、そしてこの場所に居る理由が不明だ。目の前に広がる岬こそが、ボルトから聞いた思い出の地とやらに間違いはないはずなのだが。


「……おや」


 その時、ふと。老エルフが首を傾げた。


「そこに、誰かおるのかえ?」


距離が僅かにあるというのに、その声は朗々と響き渡った。思わず、ジェニーと顔を見合わせてしまう。


 光学迷彩は機能したままだ。魔力探知すらも及ばないように、処置はしてあるのだが――


「……姿は見えなくともね、風が教えてくれるのさ」


 女性が振り向く。その視線は真っすぐに、キオ達の方へと向けられていた。


「……出て行った方が良さそうね」

「そうだね」


 どちらにせよ、覗き見をしていたのは確かだ。悪いのは自分たちであると、即座に判断を下す。

 光学迷彩を解き、キオ達はゆっくりと姿を現した。


「――ふむ」


 老婆の目が微かに見開かれた。


「人ならざる客人かと思ったが……そうではないのか?」

「いえ、僕が人ではないのはおっしゃる通りです。あ、でも彼女は人間ですよ」


 訝しむような声に対し、キオはのんびりとそう答える。

 ジェニーがお腹を突っつかない所を見るに、言動に間違いは無かったはずだ。


「ほう、面白い事を抜かすのう。やはり貴様は人間では無い……と?」


 口の中で彼女が何かを呟く。何かを命ずるような、韻を踏んだ言葉。同時に周囲の空気が変ずる。

 

 ――魔術言語だ。


「……弾く、か。恐ろしいものよ。圧縮唱言とはいえ、古代魔術の秘技のひとつぞ」

「そうなんですか? それはなんというか、申し訳ありません」


 確かに、今。彼女の体から放たれた目に見えぬ糸が、キオに絡みつこうとしたのは『視た』

 だが、それだけだ。触れることも出来ずに雲散霧消。痕跡も何も残せていない。


 キオの体の内外に張り巡らされた防御機能。それには、この世の如何なる干渉も通じない。


「……なんなのだ、貴様は」


 その返答をどう思ったか、彼女の言葉から毒気が抜ける。

 拍子抜けをしたように、目をぱちくりとさせていた。


「儂を殺しに来たのではないのか?」

「いえ、観光です」

「……かん、こう?」


 老婆が持てあますように、その言葉を口の中で転がしている。

 今のは恐ろしい呪いの言語か、はたまた自分が知らざる謎の単語か。

 その迷いがありありと見て取れた。


「はい、読んで字のごとく。この島へ来た目的は観光ですよ。私たちの村に住む薬師さん、その奥様がモーストロのご出身だったそうでして。ご報告も兼ねて、こちらに」


 彼女の戸惑いを機と思ったか、ジェニーがニッコリと微笑みながら後を繋ぐ。

 余所行き用のスマイルは、効果てきめんであったのか、老エルフは『はあ』と息を零した。


「もしかしたら、ご存知ではありませんか? 二十年と少し前にこの島を離れたそうなのですが」

「なに? 二十数年前にこの島を、だと」

「はい、その方はアンさんという――」

「――アン!?」


 その名を聞かせた瞬間、態度が激変した。

 老婆が目を見開き、わなわなと体を震わせている。


「アンの、アンの縁者なのか!? そうなのか!?」

「縁者といえばそうかもしれません。もうずいぶん前にお亡くなりになったので、僕も直接会った事は無いのですが」

「キオ」


 今度はわき腹をジェニーに突っつかれた。

 あっと思い、キオは老婆を見る。

 月の光に映えた彼女の白い肌が、なお一層に青白く変じてゆく。


「死んだ、のか? あの子は……」

「あ、えっと」


 ――しまった。もしかしなくても失言だったのだろうか。


 ジェニーを見ると、彼女は軽くため息を吐きながら、一歩前へと足を踏み出した。


「はい。ご出産の際に、その。薬も神の奇跡も間に合わず……」

「出産……? 子を、産んだのか」

「はい。立派な青年にお育ちになりましたよ。今は冒険者としてご活躍をされています」

「そうか……そう、なのか」


 力無く、彼女は肩を落とす。


「三日後が、命日だそうで。彼女の夫から報告をして欲しいと頼まれたのです。その方は薬師をしているので、村から離れる事が出来ず――」

「三日、三日後……そうか。なんという事か。これが『運命』なのか」


 ため息と共に、老婆が首を振る。


「聖剣祭と同じ日に……この島を離れても、やはり変わらなかったという事か? だが……」

「え?」


 老婆の体から伝わる悲しみは、故人の死を悼むものとは、些か異なるように思えた。


 それは、そう。まるで、避けられぬ悲劇を嘆いているような――


「――ダメよ、キオ」


 ジェニーがキオの袖を軽く引っ張った。

 無意識の内に思念を読もうとしていた事に、この幼馴染は気が付いたのだろう。


「うん、ごめん」


 言われて、キオはハッとする。それはしてはいけない事であった。

 どうも、ここの所はいけない。タガが外れそうになる。


 未知の危険を排除する。それが最終兵器たるキオの優先事項だ。

 魔神や終焉の巨人との遭遇を経て、かつての安全装置システムが働きだしたか。

 自制せねばと、キオは改めて気持ちを引き締める。


「あの、申し遅れました。僕の名前はキオ、この子はジェニー。少し素性が特殊なので説明がしにくいのですが、貴女とこの島に危害を加えるような事は決して致しません」


 初手で人間でないと言い切った手前、説得力が無いのは承知の上だ。

 それでも、敵意が無い事だけは知ってもらわねばならない。


「この場所が、アンさんの思い出の場所と聞かされていたので、それで」

「そう、か……なるほどな……」


 老エルフは俯き――長い、長い溜息を吐き出した。

 何かを堪えるように閉じられた瞳に、震える唇。

 そこにはただ、深い悲しみだけが現れていた。


「そなた達が何者かは知らんが……礼を言わせておくれ」


 ややあって、老婆がゆっくりと顔を上げた。

 開かれた眼差しには、どこか柔和な光が宿っていた。


「良く、あの子の事を知らせてくれた。そうか、子を産めたのか。そうか、そうか……」

「あの、貴女はいったい」

「その様子だと、儂の事も知らんようだな。術が解ける事は無く、ちゃんと約束も守ってくれたのか」


 微かに口元を緩めると、老女は懐かしむように岬の方へと振り向いた。

 細長く広がる地形の、その向こう。草むらの中に、白い花々が咲いているのが見える。


「儂はエジン。見ての通りの森人エルフだ。そして、あの子の――」


 風に揺れる花弁を見ながら、老婆は告げる。



「――アンの、育ての親さ」



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