第52話 不可解
――夜も更け始めた、モーストロの集落。
星々が瞬き、月明かりに照らし出されたその空を、キオはゆっくりと飛翔していた。
「……腹ごなしの空中散歩も悪くないわね」
幼馴染に抱きかかえられながら、ジェニーがうっとりと呟く。夢見るように微笑むその姿を見て、キオの心にも喜びが湧き上がってきた。
宿で出された食事は、それはもう素晴らしく満足のいくものであったようだ。
特に、この島の名物料理だというそれを、ジェニーはとてもとても、お気に召したようであった。
熟した果実を焼いて野菜を添え、更に甘辛く煮つけたソースを振りかける。その芳醇な香りを胸いっぱいに吸い込み、少女はたらふくたらふく、料理を胃に納めていく。見ているだけで胸がすくような食べっぷりであった。
それらを思い出し、キオはくすりと笑う。
「船酔いとかしなくて良かったよね。ジュール君たちも食欲が落ちた、とか無さそうだったし」
「そうね。せっかくの食事が美味しく食べられないのは可哀想だもの」
うんうん、と頷くジェニー。
彼女に限っては、食欲不振などという言葉は無縁であろう。
そもそもジェニーは病気などには掛かりにくいのだが、例え仮に風邪を引いたとしても同じこと。胃に物を収めるのを止める筈が無いのだ。
「向こうは大丈夫?」
「うん、二人とも色々あって疲れたんだろうね。良く寝てるよ」
「そう、ならいいわ」
トルク達には、少し集落を散歩してくると言ってある。もちろん、その周囲も現在進行形で監視中だ。荷物も含め、たとえ何かがあっても対応できるように処置はしてある。
そうしてまでキオ達が外に出た、その理由は――
「――そんなに気に掛かるの? 真なる『ヒト』とかいうものが」
幼馴染の疑問に、キオは頷く。
「話した通り、この島の付近には古代に封じられた『何か』が在る。年代的にも、恐らくは魔神や巨人が居たのと同じ頃だ」
「……共通点があるわけね」
「うん、旧世界が終焉の炎に焼き尽くされた、その前後の時代。今の『人間』の代わりに繁栄していた、人型種族が居たのは間違いない。たぶん、滅びた神々と共存をしていたんだろうね」
これまで超常の存在と出会うたびに、耳にしていた単語。
真なるヒト――真人種族。
「前に聞いた事があるけど、いにしえの魔導具の中には原理が解明出来ないし、再現も不可能なものがあるみたいだね」
古代に栄えた文明が遺したもの。それを現在の技術で作り直したものが、今流通している魔導具だ。
その効果も用途も千差万別。物によっては担い手の魔力を通さずとも、使用可能である。今のこの世界に欠かせない、まさしく必需品。
その文明が何か、伝承においても定かではない。森人が起こしたものという説や、地人や亜人の魔力隔絶者が為したもの――など、学界でも結論は出ていないらしい。
「……なるほど。そのいにしえの魔導具を作ったのが真なるヒトというわけね」
「たぶんね。残された文献が少なすぎて、偉い学者さんたちには一笑に付されるようなものらしいけど」
それも不自然な話ではある。疑問を抱くものすら数少ない。
まるで、それを口に出す事すら禁じられていたかのように。
「あの姫巫女様が言葉を発した時ね、周囲の人達の精神状態に異常が起きていたんだ」
「え……?」
「忘我状態に近いかな。無条件に、その意思に従わなければならない――そんな風になっていたよ」
ジェニーが目を見開いた。予想だにしない発言であったのだろう。
だが、彼女が気付かないのも無理はない。あまりに自然な形でそれは作用し、キオ達以外の人々は応じてしまったのだから。
それはすなわち、この世界の現住人型生命体の細胞に、あるいはその魂に『従属』が刻み込まれていると推測が立つ。
あの時、姫巫女は存在の格が異なるとキオは感じた。その予想は当たっていたという事だ。
「気になってはいたんだ。例えば、トスカナ村の皆のような人間種族。彼らは『亜人』と呼ばれているよね?」
「ええ、そうだけど……」
それを不自然と感じるのは、キオがかつての宇宙において数多の創作物に触れていたから、かもしれない。
歴代の『博士』の中に、特にキオへ懐いていた個体が居たのを思い出す。彼女は良くライブラリの記録を一緒に見ることをせがんできて、それに付き合う事がキオの楽しみでもあったのだ。それらの映像作品やコミックには、いわゆるファンタジー作品も少なからず存在していた。
ドワーフにエルフ、獣人など。それらは多くの作品において『亜人』と称されていた。
そして、主流を占めるのが特徴の無いスタンダードな人型種族。大体のお話において、それが定番だった。
だが、この世界ではそれが異なる。この世界の最大人数を占めている事自体は変わらない。だが、それを表す言葉が違うのだ。
創作物において『人』と呼ばれ称されていた種族が――ここでは亜人と定められている。
そもそもこの世界の『人間』とは、現存する全ての人型種族に適用される総称なのだから。
「『亜人』に『人間』……僕がこうして口にしているのは、向こうの宇宙での単語とこっちのそれを擦り合わせて、近い意味の言葉に置き換えたものだ。だから本来の意味とはニュアンスが異なるであろう事は否めないよ。でも――」
「――分かってる。キオの言いたい事は分かるわ。なぜ誰も不自然と思わないのか……よね?」
そう、そうなのだ。
亜人。すなわちデミ・ヒューマン。それは、何に対する亜種なのか。
それは、あの知識魔の神官アリシアでさえも頭に浮かびすらしていないようだった。
「その謎を解くのが真人種族……ってわけなのね」
「そうだね。そして、その一端は夕方の件で垣間見えた」
この先、また古代の超常存在とぶつかり合うような事態が起きた時の為に、備える必要がある。
たとえばこの間のデータディスクなどがそうだ。そう、知識は力なのである。
(前にゲイルさんが言っていた、破滅の預言というのも気になるしなあ)
『この世界の四方に封じられた悪意が目覚め、神話の時代の破滅が蘇る――』
かつて聞いたその預言と、現状へ繋がる数々の事態。
照らし合わせれば、重なる要素が幾つも見えてくる。
ジェニーはキオが関わる事に難色を示すだろうが、看過する事は出来そうもなかった。
その為にも、真なるヒトについての情報が欲しい。
魔導具の礎を作り現代よりも遥かに優れた文明を持っていた、彼らのそれが。
とすれば、まず――
「あの姫巫女様に、また会いたいなあ」
「えっ」
「その辺りについて、詳しく話を聞きたいんだけど……難しいかな?」
姫巫女とは、聖剣の儀式を執り行う特別な存在であると、トルクから聞いている。
人前に出てくるのも稀であるそうだ。先ほどのように、ふらりと現れる奇跡があったとして、そこまで聞き出せるだろうか。
(……うーん。後ろの方にお付きらしき人たちが居たし、個人での接触は難しいかな。でも周りに人が居たら話しにくいよね)
深層意識に干渉して、調べる事も可能ではある。けれども、なるべくその手段は使用したくない。
対話で解決するのが一番望ましいが、上手くいくかは未知数だ。こちらの素性を明かすべきか、否か――
「――理由はそれだけ、なの?」
「うん?」
「あの姫巫女様にキオも惹かれたとか、そういうんじゃ……」
珍しくか細い声に驚き、キオは眼下へと視線を落とす。
月光に晒され煌めく、蒼い瞳。そこには微かに不安めいた光が宿り、陽炎のように揺れていた。
「ジェニー?」
「……ううん、何でもないわ。気にしないで頂戴」
分からない。キオには幼馴染の心に宿った恐れが分からない。
ジェニーの心を読む事は簡単だが、それは彼女が禁じているし、キオ自身もしたいとは思わない。
「宿に戻る? 気分が悪くなったとか、ええと」
「大丈夫だから、行きましょう。まずは最初の目的からね。それを忘れちゃ駄目よ」
口元を緩め、ジェニーは微笑む。
「ボルトさんの奥様。その思い出の場所を見つけておきましょうね」
「うん」
彼女が是と言うなら、キオに抗う言葉は無い。昔からずっとそうなのだ。
心配は尽きない。けれども、それ以上の口を開かず、キオはジェニーを抱え直した。
(……よし)
気を取り直して、島の全体を把握しようと試みる。
センサーの範囲を広げて絞り込み、その命日に訪れるべき場所も――
「――あれ?」
そこで、キオは首を傾げた。
「……どうしたの?」
「うん、ボルトさんから聞いていた場所に……生体反応があるんだ」
動物や魔物の類ではない。
センサーに引っかかったのは、人型種族――すなわち人間だ。
しかも、この反応は。
「ああ、やっぱりそうだ。姫巫女のような真なる『ヒト』じゃない。これは……森人、かな。半森人でもないみたいだし」
「え?」
戸惑うようなジェニーの声を受け、キオはその方向へと視線を向ける。
「――純血の森人族がね、そこに居るよ」




