表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第3章 勇者と『カミ』の巫女
52/66

第50話 モーストロの姫巫女


 ――船着き場に辿り着いたころには、既に空は朱に染まり始めていた。

 

「ここが、モーストロの島……」


 波打ち際に備えられた、古い木製の桟橋に足を着け――そうしてジュールが呟いた。その声色には、何処となく呆然としたものが滲んでいる。


荷物を背負いながらその後へと続き、キオもまた周囲を見渡した。

 

 小さな波止場には、幾つかの小舟が波に揺られて留まっている。

 そして、その砂浜の向こうに見える森には、こちらを出迎えるように奇麗に整えられた並木道が広がっていた。

 

 けれど、キオ達が目を奪われたのはそこでは無い。

 

「なんか、思っていたのと違うわね」

「そうだねえ」


 拍子抜けしたようなジェニーの言葉に、キオも同意する。

 古より伝わる、伝説の聖剣が眠る孤島。三人は、もっと神秘的で儚く映える光景を想像していたのだが。

 

「……出店でいっぱいですね。なんか、トロンを思いだしちゃいます」


 ジュールの指摘は、キオ達の心情をそのまま表していた。

 見渡す限りに点々と広がる、ござや小さな屋台。そして、そこに群がる人々。

 それはあの迷宮都市を彷彿とさせるものがあった。


「なんせ、五十年に一度の祭儀だかんな。人も方々から集まるってもんよ――っと」


 呆気に取られた三人に声を掛けたのは、遅れて船から降りたトルクである。

 大荷物をいったん浜辺へ下ろし、自身の肩を揉んでいる。特に驚いた様子は見えない。この光景を、予想していたのだろうか。

 

「言ったろ、稼ぎ時だって。その証拠がこれさ」

「でも、大丈夫なんですか? お店もこんなにいっぱいあって……」

「……まあ、出遅れちまったからなあ」


 微かに渋い顔をして、けれどもトルクはジュールの頭をポンと叩く。

 

「けど、やるだけやるさ! 気持ちが下向いてたら、運命だって遠ざからあ!」

「は、はいっ! 頑張りましょう!」


 盛り上がる二人を尻目に、ジェニーが首を傾げる。

 

「……ジュールが何故か、商売を手伝う流れになってない?」

「そうだねえ」


 決して言質を取ってはいないのだが、彼らの中ではもうそうなっているらしい。


「まあ、悪い事じゃ無いと思うよ。当初の目的さえ忘れてなければ、後は好きにしていいんじゃないかな」

「……そう、ね」


 ふう、と。トルクたちを眺めながら、ジェニーがため息を吐く。

 いかにも億劫そうな態度であるが、その眼差しは意外なほどに柔らかだ。

 どこか微笑ましいものを見るかのような視線に、キオはくすりと笑ってしまう。

 

「……キオ?」

「ごめんごめん」


 微かに頬を膨らませた幼馴染は、本当に可愛らしい。

 ジュールを村に迎え、そしてトルクと出会ってから、彼女は更に表情が豊かになった気がする。

 良い傾向だと、キオはそう思う。見知らぬ誰かと縁を紡ぎ、そうしてふれあう中で成長する。


(……この旅が、ジェニーにとっても良きものでありますように)


 人ならざる自分が神に祈る。届くかどうかはわからないが、願う心が大事だと思いたい。

 

「さて、宿を取らなきゃな。ちと荷物を見ててくれるか?」

「あ、はい!」

「よし、よし……っと! ちょいと、そこの兄さんたち!」


 ニコニコと笑いながら、トルクは浜辺に立つ数人の男女に話しかけた。

 何をするつもりなのかと見守るキオ達の前で、彼は気安げに喋くり続ける。

 

「お、そうかっ! あんがとよ! これ、俺の奢りな!」


 ひとしきり会話を交わした後、トルクは近くの出店から麦酒を買い、それを彼らに手渡した。

 それで用事は終わったのかと思いきや、彼はまた同じように見知らぬ誰かに話しかけていく。

 

「……何かしら、あれ」

「さあ……?」


 首を傾げる二人。けれども会話を漏れ聞いていたキオだけは、トルクの意図を察する事が出来た。

 

「なるほど。冒険者パーティーのお世話をしていたってのは、こういう事か」

「え?」

「見てごらん、そろそろ戻ってくるから」


 目を瞬かせるジュールの肩を叩き、キオがそう促す。

 程なくして、トルクがほくほく顔でこちらへと駆け寄ってきた。

 

「おう、みんな! 集落の場所とな、宿の目途が付いたぞ!」

「えっ!?」

「さあ、日が暮れる前に行こうや! 今日はもう、疲れちまったからさあ。あれ以降、魔物が出なかったのはいいけど……本当に死ぬかと思ったし」


 ぽかんとするジュールに苦笑を返し、トルクが荷物を背負いなおす。

 

「情報収集、ありがとうございます」

「おう、金を使っちまったけど、いいよな?」

「ええ、必要経費ですので。ね、ジェニー?」


 キオが微笑むと、それで理解をしたのだろう。ジェニーもフッと笑って肩を竦めてくれた。

 

「……私も異論は無いわ」

「あ、え? え……っと?」

「経験豊富ってのは嘘じゃないって事よ。さ、行きましょ。お腹が空いてしまったわ」


 ジュールの背を押しやりながら、ジェニーが歩き出す。


「トルクさん、道案内をお願いしますね」

「おう、任せろ嬢ちゃん! みんな、俺に着いてこい!」


 鼻歌交じりにトルクが先へ先へと足を踏み出してゆく。

 結構な荷物を背負っているのに、ふらつきもしないし、重心も安定している。そこにはベテランの業が垣間見えた。


「フンフフーン……! へへへ……っ!」


 恐らく、根っこの所が世話焼きなのだろう。キオ達の役に立てた事が、嬉しくて嬉しくてたまらない。トルクの様子からは、そんな気持ちが見て取れた。

 

「流石ですね、トルクさん」

「そっか? ははは、こんな事くらいしか俺、取り柄がねえからさあ」


 キオの賞賛に、トルクが照れ笑いを浮かべる。

 

「いつもさあ、新しい街に着くと俺がこうして、宿の手配とかしてたんだぜ」

「へえ……」

「あいつ等、俺に頼りっぱなしでさあ。注文だって煩いんだぜ? やれ、旨い地酒がどうの、宿の設備がどうの……ってよぉ」


 悪態を吐きながらもしかし、その口元は緩み切っている。

 きっと、とても仲の良いパーティーだっだのだろう。トルクの表情には、往時を懐かしむような笑みがあった。

 

「あいつら、きっと後悔してるぜ! この島のどっかには居るんだろうけどよ、へん! いい気味だ! ちったあ、俺の苦労を知れっての!」


 ブツブツと愚痴りながら、そうしてトルクは空を見上げた。赤く染まりゆく日の光を眺めながら、ポツリと呟く。

 

「……大丈夫かな、あいつ等。ちゃんと宿とか、確保出来たかなあ」

「トルクさん……」

「あ、いや! そういや冒険者協会からの紹介だし! 宿や食事の確保が、条件だったっけな!」


 アハハ、と。誤魔化すように荷物を彼は背負いなおす。

 

「そ、それに俺を追い出した連中がどうなろうとも、知った事じゃねえし! そうだ、そうそう……」

「……大丈夫だと思いますよ」

「へ?」


 こちらを振り返るトルクの目を見つめ、キオは頷く。

 

「あなたの、その背中をちゃんと見てきたのでしょうから」

「キ、オ……」

「その方たちは、とても良い仲間だったんですね」


 鼻を啜る音と共に、トルクが慌てて前を向く。

 

「……ああ」


 その言葉だけで、察するにはじゅうぶん過ぎた。

 ジェニーと目配せを交わし、二人で微笑み合った――その時だった。

 

「おい、あれ……!」

「まさか、本当かよ!?」

「なんで、ここに……!?」


 森の向こうから聞こえてくるざわめきが、周囲に満ちてゆく。

 どよめきと共に、人の群れが左右へと分かれていった。

 

「え、え!? いったい、何が」

「……あそこに、誰かが居るね」


 ジュールの戸惑いに、キオが応える。

 人々が声を重ね合う、その先に――銀の光が煌めいた。

 

「う、そだろ……? あれは、まさか」

「トルクさん?」


 先ほどまでの感傷を消し去り、トルクが呻きながら立ち止まった。

 

「モーストロの……姫巫女」


 呆然とした呟きが風に乗り、そして『彼女』の髪をなびかせた。

 腰まで届く、銀糸の波。ゾッとするほどに白い肌と相反するように、その瞳は紅く輝いていた。

 

 白無垢の長衣を身に纏い、一歩一歩と大地を踏みしめるようにして――絶世の美女が並木道の向こうから歩み寄ってくる。

 

「あ、耳が……」


 呆けたようなジュールの声が、虚ろに響く。

 風に梳かれて流れた髪のその合間から、長く伸びた耳が垣間見えたのだ。

 

森人エルフ……」

「――はい」


 それは、誰の呟きだったか。

 応える声は、鈴の音のように凛と響く。


「この島の、当代の姫巫女を務めております――ケーレにございます」


 その言葉に圧されたように、空気が凍った。砂浜に居る人々は、身動き一つ取れていない。

 老若男女の区別なく、その凄絶なまでの美に圧倒されてしまっている。

 

 存在の格が違うとでもいうように、誰もが震えるばかりで声すら出す事が叶わない――


「あ、この島の責任者の方かな?」

「たぶん、そうね。偉い人よ」


 ――キオとジェニーを、除いて。

 

「え、あ……おわっ!?」


 呑気極まるその言葉に、思わずトルクがつんのめる。

 ととと、と前へと歩き出し、そのまま尻からへたり込んでしまう。

 

「……大丈夫ですか?」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


 いつの間にか、彼女は彼の目の前へと歩み寄っていた。

 差し伸べられた白く細い手を見て、トルクが仰天して立ち上がる。

 

「だだだ、大丈夫でげすっ! もう元気満々で、あのっ!」

「それなら、ようございました」


 微かに口元を緩めたそのほほ笑みに、トルクは顔を真っ赤にしてのけ反った。

 その様子がおかしかったのか、コロコロと笑いながら姫巫女が目を細める。

 その視線が、トルクを見据え――そして、ぐるりと砂浜を一周した。


「皆様――ようこそ、お出ましくださいました。心より、歓迎申し上げます」


 夕日の赤に銀髪を輝かせ、そうして彼女はゆっくりと背を屈めるのだった――

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ