第49話 襲撃
「ひ、ひぃぃぃぃぃ…… おが、おがあぢゃあああん……!」
ガタガタと震えながら、トルクがへたり込む。
水面を突き抜けて、現れた五匹の魔物。その威容は、船上に居る人々を恐怖と混乱へと突き落としていた。
「ば、馬鹿な……! シーサーペントが、群れで……!?」
慄くようにそれを呟いたのは、冒険者の一人だ。
異変を感じて甲板へと駆け付けたものの、あまりの事態に硬直している。
『こんなにも強大な魔物が』『まずい、守り切れない』
『ありえない、どうして』『死にたくない』
雑多な思念を読み取り、キオは瞬時に状況を理解する。
トルクがそう言った通り、あれはシーサーペントという魔物の一種らしい。
水棲生物が魔素により変化したもののようで、厳密にいえば同一個体は存在しない。
五匹の魔物たちも、よく見れば細部が異なっている。
ひれが重なるもの、触手のようなものを生やしているもの。実にバリエーションは豊かだが、性質自体はほぼ似通っているらしい。
海上、という限定された空間において、その戦闘能力は下位の魔神にすら匹敵するという。
――なるほど。これは確かに、皆が怯えるのも無理は無いな。
キオがそう判断する間に、海竜たちがその口をすぼめ、大きく吸い込むような動作をする。
「ブ、ブレスが来るぞ!! ぼ、防御の術を――」
誰かがそう叫ぶも、とてもではないが間に合いそうもない。それでも何人かが矢を放つも、鱗に阻まれ弾かれてしまう。
間もなく五方向から繰り出されるであろう、必殺の一撃。受ければ船が粉みじんと化すのは必至。
誰もが絶望の表情を浮かべて、それでも抵抗を試みようとする。詠唱が始まり、盾や魔導具らしきものを構える者も居るが、絶望的に時間が足りない。
「あ、ああああ……あぶぶ、あぶねえっ!!」
床を這うようにして、トルクがジェニーとジュールに飛びつき、その身をもって覆いかぶさろうとする。
同時に、海竜たちの口から渦巻く水流が解き放たれ――
「ひいっ!?」
――顕れた光の壁に衝突し、その全てが弾け飛ぶ。
あらかじめ、キオが船の周囲に展開していた極少機械群を励起。光子エネルギーによる全周囲のフィールドを形成したのである。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
「こ、これは……!?」
激流の衝突により、水しぶきが吹き上がる。それは霧の如く散らばり、周囲を覆いつくして視界を塞いでゆく。
「装備、選択――」
誰に聞かれる事もなく、キオが呟く。
右腕を引き絞り、この状況に最適の兵装を導き出す。
――K・P起動
右拳が突き出されると同時に、キオの二の腕から先が射出された。
放たれたそれは、恐るべき速度で霧を裂き貫きながら、海竜の頭部へと着弾。それをいともあっさりと粉砕する。
悲鳴すら上がらない。その暇も与えない。一匹目を仕留めた次の瞬間には二匹目へ、そして三匹目へ。輪を成すように撃ち抜き、あっという間に海竜の群れを滅ぼした。
誰の目にも留まらない。時間にして、一秒にも満たない刹那の一撃。瞬きする間に事を成し遂げ、右腕はキオの元へと戻ってくる。
「な、これは……!?」
「み、見ろ! シーサーペントの頭部が無いぞ!?」
冒険者の一人が魔術を行使したのだろう。激しい風が吹き、霧が晴れてゆく。
そうして現れたのは、頭部を失った五匹の海竜。ふらふらとよろめきながら、その巨体がゆっくりと崩れ落ちてゆく。
「あ……」
誰かの呟きと共に、海竜たちは一匹残らず海中に没した。後に残るのは静寂。日の照り返しを受けて揺れる海面のみ。
「トルクさん、もう大丈夫ですよ」
ジェニーが身を起こし、自分たちを庇おうとしてくれた男の、その肩を優しく叩く。
「……へ? お、おれたち……生きてる、のか?」
呆然と呟き、トルクが顔を上げた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃのまま、周囲をきょろきょろと見回している。
「……ありがとうございます、トルクさん。二人を守ってくれたんですね」
「え、いや……え?」
キオが差し伸べた手を取り、起き上がろうとして――彼はつんのめってしまう。
「はは、ははは……こ、腰が抜けちまった……はは……」
その声に、船上の人々も皆、安堵したようにへたり込んでしまった。
「ブ、ブレスが跳ね返ったのか? まさか同士討ちを……?」
「それ以外には考えにくいな……だが、そんな都合の良い事が、しかし……」
「た、助かったの……あたしたち……?」
冒険者たちも、目の前の現実が信じられないのだろう。
互いに声を掛け合いながら、体を震わせている。
そんな彼らを尻目に、キオは船の縁へと近づいて海面を見下ろした。
(……消えている。さっきまで高濃度の魔素が澱んでいたのに)
一瞬のうちに現れ、そして消失した。
これは、普通にあり得る事なのだろうか。未だ、この世界に精通しているわけではないキオには、判断が付かない。
やがて、追い風を受け船が再び動き出した。
輝く水面を進む、その先へとキオは視線を向ける。
「……さて」
望遠された視界に、それが映り込む。
海に浮かぶ、ひとつの大地。目的地であるその島をしかし、キオのセンサーが異常と捉える。
白と黒。目には見えぬ力の奔流が絡みつき、全土を覆いつくそうとしている。
「……今度もやっぱり、無事に済みそうもない、か」
潮風を身に受けながら、キオはそう呟くのだった。




