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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第3章 勇者と『カミ』の巫女
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第48話 心機一転


「よいせっ――と! ふう、これで全部か?」


 甲板へと荷物を下ろし終え、トルクが息を吐く。

 

「そうですね。お疲れさまでした」


 同じように梱包された荷物を置き、ひょいひょいと脇に寄せながらキオは頷いた。

 船の上に山と積まれたそれらは、中々に壮観である。

 トルクも似たような感想を抱いたのだろう。頬を緩めながら『商品』の数々を眺めている。

 

「しっかし、キオって意外と力があるんだな? 汗も掻いてねえみたいだしよ」

「ええ、田舎育ちなので」


 さりげなくジェニーが口を挟む。

 特に疑問は無かったようで、トルクはそうかあ、などと呑気に笑っている。

 あまり深く物事を考えない性格なのかもしれない。だとすれば、キオ達にとっては有難い事である。


「だから、船に乗るのも初めてですよ」


 そう言って、キオは顔を上げた。丸みを帯びた船体には、四本のマストがそびえ立っている。いわゆるキャラック船に近い形状だ。だが、その動力は風任せ、というわけではないようだ。

 内部、船底の辺りに奇妙な構造が組みあがっている。そうしてそこから、魔力反応が検出されているのだ。恐らくは速度を調整したりとするのだろう。それを確認し、キオは周囲を見回した。


「……色んな人たちが乗っているんですね」


 甲板の上には、船員以外にも人影があった。

 その服装も様々で、中には明らかに武装をした冒険者らしき面々も居るようだ。


「ああ、モーストロへの観光客や祭りの参加者だな。乗船代と引き換えに護衛を引き受けている奴らもいるだろうぜ。海の上にも魔物は出るし、積み荷狙いの海賊なんかもいやがるからな」


 そう言って、トルクは船の縁をぽん、と叩く。


「まあ、この船は教会で聖別された水を流しながら運航するようだし、周囲の魔素が濃くなる心配はなさそうだけどな。護衛連中もそれなりに腕が立ちそうだし――ちと金は掛かったが、安全が一番だぜ」


 やはり、彼を頼って正解だったとキオは思う。

 肩を竦めて笑うその姿には、旅慣れた風格が漂っていた。

 

「あの、売れるといいですね……!」


 興奮気味に声を上げたのはジュールだ。大量の荷物を前に、目を輝かせている。

 そういえば、とキオは思いだす。市場でも、この子が一番熱心にあれこれと品定めをしていた気がする。

 

(もしかしたら、商売にも興味があるのかな?)


 それもいい。道は一つじゃない。これまで、この少年は自分の将来を夢見る事など出来なかったのだ。

 ボルトも、それを見越して旅立たせたのかもしれない。愛想も無く不器用な男であるが、情は深いのだ。


 それに、このまま薬師になるにせよ、商売っ気が多少はあった方が良いとキオも思う。

 

「おうよ、めっちゃ売ってやるからな! そしたら、皆で美味い飯をたらふく食おうぜえ!」

「はいっ!!」


 ジュールの頭をくしゃくしゃと撫で、トルクが笑う。出会ってまだ間もないというのに、気安い仕草だ。だが、少年も嫌がってはいない。むしろ嬉しそうに頬を赤らめている。

 

 商品の仕入れを通して、意気投合したのだろうか。二人は意外と相性が良いようだ。

 

「……赤字になっても、酒代は出しちゃだめよ」

「そう?」

「ええ、そう。あれは調子に乗るわ。放っておいたら、何処までも飲み過ぎちゃうでしょうし」


 昨夜の酒豪っぷりを思い出したのだろう。ジェニーの評価は辛くて渋い。

 どうやら、財布の紐は固く固く結ばれてしまっているようだった。

 

「……なんだかさ」

「え?」

「ジェニーって、良い奥さんになりそうだよね」

「ふえっ!?」


 少女の顔が、たちまちのうちに赤くなる。

 アルコールは摂取していないはずだが、この反応。


 ――照れているのかな?

 

 キオの幼馴染は、何故か時々こうなるのだ。

 褒められる事に、あまり耐性が無いのかもしれない。


「あの、キオ……? えっと、それってどういう……?」


 ジェニーは恥じらうように体をゆすり、両手を胸の前で組んだ。

 ほんのりと色付いた頬に、潤んだ瞳。海風になびき、空色の髪がふわりと揺れている。

 可愛さ極まりない仕草を前に、キオの画像保存が止まらない。

 

「おうい、キオ! もう少ししたら、船が出るってよ。貨物庫を使わせてもらえるから、もう一仕事しようぜ」

「はい、分かりました。それじゃあ行こうか、ジェニー」

「あ、え? あれ、え?」


 パチパチと目を瞬かせる少女に、キオは首を傾げた。

 

「うん、どうかした?」

「……なんでもないわ、もうっ! 早く運びましょう!」


 キオの腕を強引に取り、荷物へ向かってジェニーがずかずかと歩き出す。


「……なんだ、あれ?」

「なんでしょうね?」


 背後で聞こえる、男二人の声。それはキオの方こそ聞きたい事であった。


(女の子って、やっぱり不思議だなあ)


 幼馴染に腕を引っ張られながら、かつて最終兵器と呼ばれた少年(キオ)は、そんな事を思うのだった。


 


 

    ☆    ☆    ☆    ☆

 

 



「わあ……! すごい、動いてる!」


 船の縁から身を乗り出し、ジュールがはしゃぐ。

 生まれて初めての航海だ。キオもその気持ちは良く分かる。

 果てしなく続く蒼い海原を見ているだけで、わくわくとしてくるのだ。

 

「ジュール、もう少し下がりなさい。落ちたら危ないわ」


 ジェニーがお姉さん風を吹かし、少年の肩を引く。

 ジュールが村に住むようになってから、彼女はあれこれと面倒を見てくれているのだ。

 かつての兄貴分から預かった子だという意識もあるだろうが、それだけではなさそうだ。

 

 彼女は一人っ子だ。上にも下にも兄弟姉妹は居ない。

 村にも子供は居るが、ジェニーの立場上そこまで近しい関係ではないのだ。

 

 本当の姉弟のような二人を見て、キオはなんだかくすぐったい気持ちになる。


(本当に、大きくなったなあ。そうだよね、もう十七歳だ。ちゃんと十七歳になれたんだものなあ)


 その成長を、ずっと近くで見守って来た身として、感慨深いものがあった。彼女に蒼い海を見せる事が出来て本当に嬉しい。


「……なんかいいよなあ、ああいうの」

「トルクさん?」

「やっぱさ、子供が楽しそうに笑う姿ってのは、見てて気持ちが良いよなあ」


 キオの隣で、トルクが空を見上げた。

 昼下がりの日差しを受け、まぶしげに目を細めている。

 

「……ありがとな」

「え?」

「俺みたいな冴えないおっさんによ、機会をくれて」


 そのまま、へたり込むように床へと座り、トルクは苦笑いする。

 

「分かってたんだぜ、本当はさ。俺が、アイツらの足手まといになってるって」

「それは……」

「ろくに剣も振れねえ、魔力だって使えねえ。得意なのは少しばかり口が回るのと、長年鍛え上げた荷物持ち――ってな」


 笑っちまうだろ?と、トルクは顔を伏せる。

 

「一流の冒険者になるんだ、なんて夢を見てさ。なのに、ダメなんだ俺。魔物とかを前にすると、震えちまってさ……なっさけねえの」


 手のひらをひらひらと振りながら、トルクは笑う。力無く、笑う。

 

「……トルクさんは、どうして冒険者に?」

「俺のひい爺さんが、けっこう名の通った冒険者だったらしくてよ。ガキの頃から、その話を聞かされて育ったんだ」


 曾祖父への憧れ。

それが彼の冒険心を動かしたのだろうか。

 

「んで、いざ冒険者を目指してはみたものの……なーんの適正もなくてさ。取れた技能も、本草学とかそんくらいでよ。戦う事も出来なかった」

「でも、諦めなかったんですよね?」

「ああ、みっともなくしがみついちまった。俺だってひい爺さんの血が流れてるんだ。いつか真の才能に目覚めるんじゃねえかって、雑用や荷物持ちを積み重ねて……気が付いたらさ、この年になってた」


 たはは、と。トルクはまた笑った。

 

「そんな俺を、あいつ等だけは笑わなかった。知識と経験は貴重だって言ってくれて、ずっと俺を……俺を……っ」

「トルクさん……」

「……ぐずっ! はは、ははははは……まあ、そんな所だ!」


 勢いをつけて立ち上がり、よろめきながらもトルクはしっかりと足を踏みしめる。

 

「よ……っと! いい加減、ちゃんと現実を見なきゃな。このままじゃ、あまりにも恥ずかしくて故郷にも帰れねえ! せめて、てめえの腕で食っていけるようになんねえとな!」

「トルクさんなら、きっと大丈夫ですよ」

「そ、そっかあ?」


 はい、とキオは頷く。


「仕入れの時の、トルクさんの目利きは確かでした。それに、あの『魔導具』も……ちゃんと、あなたは先を見ているじゃないですか」

「キオ……」

「もしもダメでも、次があります。なんだったら、僕たちの村に来ますか? トルクさんなら歓迎しますよ」


 気負い過ぎないで欲しいとキオは思う。それで、心身を壊してしまった『博士』を知っているから。

 やがてトルクは体を震わせ、乱暴に袖で目元を拭うと――パッと顔を上げて叫んだ。


「……っ! よおし、やったるぜえ! 年齢がなんだ! 三十七歳がなんだっ! 俺はまだまだ、いけるぞお!」

「はい」


 勢いを増すトルクに、キオは微笑む。

 その表情を思う所があったのだろうか。トルクは目を瞬かせながら首を捻った。

 

「……なあ、キオ? なんでお前はそんなに、優しくしてくれるんだ? ぶっちゃけ、俺は大した事はしてねえんだぞ?」

「一期一会、ですかね」

「いち……なんだそれ?」

「僕の故郷にあった、古い古い言葉です。出会った人と、また会えるかは分からない。だから、ひとつひとつの縁を大事にするんです」


 それはかつての宇宙では、決してあり得なかったこと。奇跡のような現状を前に、キオはいつもその言葉を噛み締めてきた。


彼の人生を救うなどと、おこがましい事は言えない。けれど、この出会いを大切にしたいとそう思うのだ。

 

「あなたも、その一人なんです。きっとね」

「キオ、俺は――」


 トルクが何かを言いかけた、その瞬間だった。

 

「……これ、は」


 ハッとして、キオは甲板を睨みつける。いや、正確にはその下の下――遥か深き、水底を。

 

「ど、どうしたんだ?」

「トルクさん、船内へ入ってください」

「え……? な、なんだよいきなり」


 ――速い。しかも、複数来る。

 

 深海に『それ』の反応があった事を、キオは知っていた。だが距離は遠く、眠るように静まっていて魔素もごく薄い状態であった。おまけにこの船は、神の奇跡で清められた聖水に守られながら航行しているのだ。


 だというのに、今はどうだ。急激に魔素が濃く澱みだし『それ』は恐るべき速度で、この船めがけて――上昇している!

 

「ジェニー、ジュール君! こっちへ!」

「え、キオさん――わっ!?」


 二人を抱え、トルクの手を引く。

 すぐさまに船の中央へと移動したキオを、他の船員や乗客たちがぽかんと見ている。

 

「――皆さん、下がって! 来ます!」


 声と同時に、次々と水しぶきが上がる。

 

「な……!! あ、あれは……っ!?」


 誰かが叫ぶ。

 そうして現れたのは、巨大な生物たちだった。

 青白いうろこを纏った、長い首の獣。

 それらはうねりながら、牙を剥き出し甲高い奇声をあげた。

 

「シ、シーサーペント……!」


 慄くように、トルクが呟く。

 こちらを見下ろす、五つの頭部。爛々と輝く目が、明らかな敵意を宿す。


 おぞましき海竜の群れは、船を完全に包囲していた――

 

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