第48話 心機一転
「よいせっ――と! ふう、これで全部か?」
甲板へと荷物を下ろし終え、トルクが息を吐く。
「そうですね。お疲れさまでした」
同じように梱包された荷物を置き、ひょいひょいと脇に寄せながらキオは頷いた。
船の上に山と積まれたそれらは、中々に壮観である。
トルクも似たような感想を抱いたのだろう。頬を緩めながら『商品』の数々を眺めている。
「しっかし、キオって意外と力があるんだな? 汗も掻いてねえみたいだしよ」
「ええ、田舎育ちなので」
さりげなくジェニーが口を挟む。
特に疑問は無かったようで、トルクはそうかあ、などと呑気に笑っている。
あまり深く物事を考えない性格なのかもしれない。だとすれば、キオ達にとっては有難い事である。
「だから、船に乗るのも初めてですよ」
そう言って、キオは顔を上げた。丸みを帯びた船体には、四本のマストがそびえ立っている。いわゆるキャラック船に近い形状だ。だが、その動力は風任せ、というわけではないようだ。
内部、船底の辺りに奇妙な構造が組みあがっている。そうしてそこから、魔力反応が検出されているのだ。恐らくは速度を調整したりとするのだろう。それを確認し、キオは周囲を見回した。
「……色んな人たちが乗っているんですね」
甲板の上には、船員以外にも人影があった。
その服装も様々で、中には明らかに武装をした冒険者らしき面々も居るようだ。
「ああ、モーストロへの観光客や祭りの参加者だな。乗船代と引き換えに護衛を引き受けている奴らもいるだろうぜ。海の上にも魔物は出るし、積み荷狙いの海賊なんかもいやがるからな」
そう言って、トルクは船の縁をぽん、と叩く。
「まあ、この船は教会で聖別された水を流しながら運航するようだし、周囲の魔素が濃くなる心配はなさそうだけどな。護衛連中もそれなりに腕が立ちそうだし――ちと金は掛かったが、安全が一番だぜ」
やはり、彼を頼って正解だったとキオは思う。
肩を竦めて笑うその姿には、旅慣れた風格が漂っていた。
「あの、売れるといいですね……!」
興奮気味に声を上げたのはジュールだ。大量の荷物を前に、目を輝かせている。
そういえば、とキオは思いだす。市場でも、この子が一番熱心にあれこれと品定めをしていた気がする。
(もしかしたら、商売にも興味があるのかな?)
それもいい。道は一つじゃない。これまで、この少年は自分の将来を夢見る事など出来なかったのだ。
ボルトも、それを見越して旅立たせたのかもしれない。愛想も無く不器用な男であるが、情は深いのだ。
それに、このまま薬師になるにせよ、商売っ気が多少はあった方が良いとキオも思う。
「おうよ、めっちゃ売ってやるからな! そしたら、皆で美味い飯をたらふく食おうぜえ!」
「はいっ!!」
ジュールの頭をくしゃくしゃと撫で、トルクが笑う。出会ってまだ間もないというのに、気安い仕草だ。だが、少年も嫌がってはいない。むしろ嬉しそうに頬を赤らめている。
商品の仕入れを通して、意気投合したのだろうか。二人は意外と相性が良いようだ。
「……赤字になっても、酒代は出しちゃだめよ」
「そう?」
「ええ、そう。あれは調子に乗るわ。放っておいたら、何処までも飲み過ぎちゃうでしょうし」
昨夜の酒豪っぷりを思い出したのだろう。ジェニーの評価は辛くて渋い。
どうやら、財布の紐は固く固く結ばれてしまっているようだった。
「……なんだかさ」
「え?」
「ジェニーって、良い奥さんになりそうだよね」
「ふえっ!?」
少女の顔が、たちまちのうちに赤くなる。
アルコールは摂取していないはずだが、この反応。
――照れているのかな?
キオの幼馴染は、何故か時々こうなるのだ。
褒められる事に、あまり耐性が無いのかもしれない。
「あの、キオ……? えっと、それってどういう……?」
ジェニーは恥じらうように体をゆすり、両手を胸の前で組んだ。
ほんのりと色付いた頬に、潤んだ瞳。海風になびき、空色の髪がふわりと揺れている。
可愛さ極まりない仕草を前に、キオの画像保存が止まらない。
「おうい、キオ! もう少ししたら、船が出るってよ。貨物庫を使わせてもらえるから、もう一仕事しようぜ」
「はい、分かりました。それじゃあ行こうか、ジェニー」
「あ、え? あれ、え?」
パチパチと目を瞬かせる少女に、キオは首を傾げた。
「うん、どうかした?」
「……なんでもないわ、もうっ! 早く運びましょう!」
キオの腕を強引に取り、荷物へ向かってジェニーがずかずかと歩き出す。
「……なんだ、あれ?」
「なんでしょうね?」
背後で聞こえる、男二人の声。それはキオの方こそ聞きたい事であった。
(女の子って、やっぱり不思議だなあ)
幼馴染に腕を引っ張られながら、かつて最終兵器と呼ばれた少年は、そんな事を思うのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
「わあ……! すごい、動いてる!」
船の縁から身を乗り出し、ジュールがはしゃぐ。
生まれて初めての航海だ。キオもその気持ちは良く分かる。
果てしなく続く蒼い海原を見ているだけで、わくわくとしてくるのだ。
「ジュール、もう少し下がりなさい。落ちたら危ないわ」
ジェニーがお姉さん風を吹かし、少年の肩を引く。
ジュールが村に住むようになってから、彼女はあれこれと面倒を見てくれているのだ。
かつての兄貴分から預かった子だという意識もあるだろうが、それだけではなさそうだ。
彼女は一人っ子だ。上にも下にも兄弟姉妹は居ない。
村にも子供は居るが、ジェニーの立場上そこまで近しい関係ではないのだ。
本当の姉弟のような二人を見て、キオはなんだかくすぐったい気持ちになる。
(本当に、大きくなったなあ。そうだよね、もう十七歳だ。ちゃんと十七歳になれたんだものなあ)
その成長を、ずっと近くで見守って来た身として、感慨深いものがあった。彼女に蒼い海を見せる事が出来て本当に嬉しい。
「……なんかいいよなあ、ああいうの」
「トルクさん?」
「やっぱさ、子供が楽しそうに笑う姿ってのは、見てて気持ちが良いよなあ」
キオの隣で、トルクが空を見上げた。
昼下がりの日差しを受け、まぶしげに目を細めている。
「……ありがとな」
「え?」
「俺みたいな冴えないおっさんによ、機会をくれて」
そのまま、へたり込むように床へと座り、トルクは苦笑いする。
「分かってたんだぜ、本当はさ。俺が、アイツらの足手まといになってるって」
「それは……」
「ろくに剣も振れねえ、魔力だって使えねえ。得意なのは少しばかり口が回るのと、長年鍛え上げた荷物持ち――ってな」
笑っちまうだろ?と、トルクは顔を伏せる。
「一流の冒険者になるんだ、なんて夢を見てさ。なのに、ダメなんだ俺。魔物とかを前にすると、震えちまってさ……なっさけねえの」
手のひらをひらひらと振りながら、トルクは笑う。力無く、笑う。
「……トルクさんは、どうして冒険者に?」
「俺のひい爺さんが、けっこう名の通った冒険者だったらしくてよ。ガキの頃から、その話を聞かされて育ったんだ」
曾祖父への憧れ。
それが彼の冒険心を動かしたのだろうか。
「んで、いざ冒険者を目指してはみたものの……なーんの適正もなくてさ。取れた技能も、本草学とかそんくらいでよ。戦う事も出来なかった」
「でも、諦めなかったんですよね?」
「ああ、みっともなくしがみついちまった。俺だってひい爺さんの血が流れてるんだ。いつか真の才能に目覚めるんじゃねえかって、雑用や荷物持ちを積み重ねて……気が付いたらさ、この年になってた」
たはは、と。トルクはまた笑った。
「そんな俺を、あいつ等だけは笑わなかった。知識と経験は貴重だって言ってくれて、ずっと俺を……俺を……っ」
「トルクさん……」
「……ぐずっ! はは、ははははは……まあ、そんな所だ!」
勢いをつけて立ち上がり、よろめきながらもトルクはしっかりと足を踏みしめる。
「よ……っと! いい加減、ちゃんと現実を見なきゃな。このままじゃ、あまりにも恥ずかしくて故郷にも帰れねえ! せめて、てめえの腕で食っていけるようになんねえとな!」
「トルクさんなら、きっと大丈夫ですよ」
「そ、そっかあ?」
はい、とキオは頷く。
「仕入れの時の、トルクさんの目利きは確かでした。それに、あの『魔導具』も……ちゃんと、あなたは先を見ているじゃないですか」
「キオ……」
「もしもダメでも、次があります。なんだったら、僕たちの村に来ますか? トルクさんなら歓迎しますよ」
気負い過ぎないで欲しいとキオは思う。それで、心身を壊してしまった『博士』を知っているから。
やがてトルクは体を震わせ、乱暴に袖で目元を拭うと――パッと顔を上げて叫んだ。
「……っ! よおし、やったるぜえ! 年齢がなんだ! 三十七歳がなんだっ! 俺はまだまだ、いけるぞお!」
「はい」
勢いを増すトルクに、キオは微笑む。
その表情を思う所があったのだろうか。トルクは目を瞬かせながら首を捻った。
「……なあ、キオ? なんでお前はそんなに、優しくしてくれるんだ? ぶっちゃけ、俺は大した事はしてねえんだぞ?」
「一期一会、ですかね」
「いち……なんだそれ?」
「僕の故郷にあった、古い古い言葉です。出会った人と、また会えるかは分からない。だから、ひとつひとつの縁を大事にするんです」
それはかつての宇宙では、決してあり得なかったこと。奇跡のような現状を前に、キオはいつもその言葉を噛み締めてきた。
彼の人生を救うなどと、おこがましい事は言えない。けれど、この出会いを大切にしたいとそう思うのだ。
「あなたも、その一人なんです。きっとね」
「キオ、俺は――」
トルクが何かを言いかけた、その瞬間だった。
「……これ、は」
ハッとして、キオは甲板を睨みつける。いや、正確にはその下の下――遥か深き、水底を。
「ど、どうしたんだ?」
「トルクさん、船内へ入ってください」
「え……? な、なんだよいきなり」
――速い。しかも、複数来る。
深海に『それ』の反応があった事を、キオは知っていた。だが距離は遠く、眠るように静まっていて魔素もごく薄い状態であった。おまけにこの船は、神の奇跡で清められた聖水に守られながら航行しているのだ。
だというのに、今はどうだ。急激に魔素が濃く澱みだし『それ』は恐るべき速度で、この船めがけて――上昇している!
「ジェニー、ジュール君! こっちへ!」
「え、キオさん――わっ!?」
二人を抱え、トルクの手を引く。
すぐさまに船の中央へと移動したキオを、他の船員や乗客たちがぽかんと見ている。
「――皆さん、下がって! 来ます!」
声と同時に、次々と水しぶきが上がる。
「な……!! あ、あれは……っ!?」
誰かが叫ぶ。
そうして現れたのは、巨大な生物たちだった。
青白いうろこを纏った、長い首の獣。
それらはうねりながら、牙を剥き出し甲高い奇声をあげた。
「シ、シーサーペント……!」
慄くように、トルクが呟く。
こちらを見下ろす、五つの頭部。爛々と輝く目が、明らかな敵意を宿す。
おぞましき海竜の群れは、船を完全に包囲していた――




