第47話 パーティー追放
「……今まで、世話になったな」
その言葉と共に、テーブルの上に小袋が置かれた。ドン、という重たい音が響く。中身はおそらく、相応の金が詰まっているのだろう。
だが、今のトルクにそんな事へ気を配る余裕は無かった。
「んだよ、それ……っ」
声が震える。
いつもの宿、いつもの酒場。なのに周囲の喧騒が、なぜか遠くから聞こえてくる。
「トルク、お前も分かってるだろう。もうこの辺りが限界だ」
「そ、そんな事は……」
「ある」
男の言葉に、周りを囲んでいた『仲間』たちが、ためらうようにうつむいた。
「お、おい……なあおい、みんな何とか言ってくれよっ! お、俺だってまだ役に立てる! 雑用だってなんだって、俺がーー!」
「ーートルク、そういう事じゃねえんだ」
リーダー格の男が首を振る。
「協会から、一定以上の技能保持者達に知らせが下りた。地方へ、細部に渡っての探索任務だ。俺らも島での警備が終わったら、ミーステアの樹海に向かうつもりだ」
「だ、だから俺もっ」
「……ある田舎村で、付近の森に上位の魔神が出たらしい。迷宮都市の方でも、一騒動があったようだ。もし、この先に同じような事が起これば」
男は、トルクの目を正面から見据えて言った。
「……お前の身を守れん」
「あ……」
「最悪の事態に陥った時、俺にその選択をさせないでくれ」
臓腑にナイフが差し込まれたかのような、冷たい感覚。息が出来ない。言葉が出ない。
「あのさ、やっぱり……せめて島での仕事が終わるまでは一緒に……」
「そうだよ! 今回の件を終わらせてさ、トルクの事はそれから考えても……」
おずおずと、他のメンバーも口を挟む。
「…………お前も、もう四十近いだろう」
けれどもそれを手で制し、リーダーが淡々と言葉を吐き出した。
「この辺で足を洗え。冒険者だけが生きる道じゃない」
「それ、お前が言うのかよ……!」
気が合う仲間たちだった。共に夢を語り、一流の冒険者になろうと励まし合った。年齢が一回りは上のトルクも快く受け入れてくれて、成功も失敗も共に分けあいながらここまで来た、のに。
「……こ、後悔するぞっ! お、俺を見放した事を、絶対にっ」
「ああ」
男が頷く。
「そうだな、お前の言う通りだろうな。けどーーーー仲間を死なせるよりは、悔いがねえ」
「あ……」
その言葉と共に、 仲間達がトルクを見る。先ほどのように口を挟む者はもう、一人もいなかった。
眼差しに宿っているのは、同情に罪悪感。切なさと申し訳なさが入り交じった、憐憫だ。
トルクを見下し、嘲り軽蔑するような感情は何処にも無い。
だからこそ、それがあまりにも辛くて耐えきれなかった。
「ぐ……チクショオオオオオオ!!」
小袋をひったくるように奪い取り、トルクは駆け出した。追い掛けてくる足音も、声も無い。どこにも無い。
走りながら、涙を流しながらトルクは悟る。
これが、三年に渡って苦楽を共にした仲間たちとの、別れなのだ、と――
☆ ☆ ☆ ☆
「――と、まあそんな感じでな! ふざけるなって、俺の方から見限ってやったわけよ!」
なはは、とトルクが笑った。
そうして木製のジョッキをグイッと口へ傾け、一気に飲み干してゆく。
「ぷはあっ! あーうめえ!」
「そ、それじゃあ……さっきのお金は、えっとその時の」
「ああ、そうだよ。使う気になれなかったかんな、あれで清々したぜ」
ウハハハハ、と彼は笑う。その声にはしかし、言葉とは裏腹に力が無い。
脈拍、息遣い。そして断片的に浮かびあがる記憶から判断するに、トルクが語ったそれは事実とはいささか異なるのだろう。けれど、キオは指摘をせずに頭を下げた。
「それでも、お礼を言わせてください。ありがとうございました」
「いいって、いいって! 気にすんなってばよ!」
再び麦酒を飲み、そうしてトルクは赤ら顔で笑う。
そんな彼を見ながら、ジェニーが首を傾げた。
「それで、これからどうなさるおつもりですか?」
「……うっ」
それは、キオも気になっていた事だ。
トルクは言葉を詰まらせながら、自嘲気味にうつむいた。
「……商人にでも、なるかなあ。向いてるって言われた事もあったし」
「冒険者、やめちゃうんですか?」
「……まあ、な」
どこか残念そうなジュールの声に、トルクは苦笑で応えた。
「俺という器は、きっと冒険者なんかにゃ収まらねえのさ。そう、可能性を試すわけだ!」
誤魔化すように髪を掻き上げ、そうして彼は胸を張る。
「ちょうど聖剣祭の時期だし、モーストロにでも行って一旗あげるかってな!」
「聖剣祭、ですか?」
「なんだ、知らねえのか? 五十年に一度、あの島のご神体が開放されるのさ。んで、それが伝説に残るようなスゲエ剣なんだってよ」
トルクの説明に、キオ達は顔を見合わせる。
そんな話は、ボルトから聞いていない。
「なんでもな、その聖剣を手にした奴は――とんでもねえ力を手に入れられるらしいぜ」
「へえ……」
「その剣は岩だかなんだかに刺さってるらしく、それを抜ける奴がいるかどうか、広く勇者を募ってるんだってよ」
良くある英雄伝説だと、キオはそう思う。
選定の剣を抜いた者が王となり、栄光を手にする。為政者の箔付けにも良く使われたらしい、伝統的な手法だ。どうやらこの世界にも、似たような逸話があったらしい。
「トルクさんも、それを試しに?」
「んなわけねえだろ? 俺は剣どころかナイフだってろくに――ああ、いや」
慌てて首を振り、トルクはキオに向き直る。
「目的はそれじゃなく、その聖剣に集まる連中さ。相当な数がな、あの島へ渡っているらしいぜ」
「ひょっとして、その人たちを相手に商売を?」
「そうだ! 鋭いな、お嬢ちゃん! 人が集まりゃ、そこに必ず何かしかの需要が生まれるのさ」
こういった話が得意分野なのだろう。
打って変わってニヤニヤと笑いながら、トルクは人差し指を立てる。
「例えば食糧、例えば薬やその原料。包帯とかもそうだな。ただでさえ外界から閉ざされたような孤島だ。物はいくらあっても足りねえだろうしな」
「おお……」
案外と良く考えている。キオは感心してしまった。
「……それで、肝心の品物を手に入れるための資金は?」
「うっ」
ジェニーからの二度目の質問に、トルクはまたもや言葉を詰まらせた。
「日雇いの人夫にでもなるさ。仕事は幾らでもあるんだ。荷物を運ぶのは慣れてるし、そこで金を稼げれば」
「それは、聖剣祭が終わるまでに間に合うのですか?」
「……ううっ!」
更なる追撃。ジェニーのそれは途切れる事を知らない。
「……し、仕方ねえじゃんかよ。とにかく、先立つ物がなきゃどうにもならねえし!」
「本当に、お金がないんですね……?」
「ぐう」
予期せぬ処から口撃が迸る。
純粋な子供の疑問を前に、トルクが胸を抑えた。
「えっと、その……少し前にな、ちっと高い買い物をしちまってさあ。んで、残った金も飲み代に使ったから……えっと」
「ご、ごめんなさい……!」
「ああ、いや……別に……」
なんとも言えない空気が漂う。ジュールも己の失言に気付いたか、気まずそうに俯いてしまう。
こうして空気を読む事を知り、少年は大人になってゆくのかもしれない。
妙な感慨深さを覚えながら、キオは一つの考えを導き出そうとしていた。ジェニーの方へちらっと目配せをして、そうして口を開く。
「あの、トルクさん。良ければ、なんですが」
「ん、なんだ?」
「そのお金、全て僕が用立てましょうか」
その言葉を聞いた瞬間、トルクは目を見開いた。
「儲けが出たら、利益の一部を上乗せして返して頂きます。目利きもおありのようですし、あなたの将来に投資させてください」
その言葉は、どうも予想外のものだったらしい。キオの向かいで、男二人が泡を喰ったように慌て出す。
「キ、キオさん!?」
「お、おいおい! 何を言ってんだよ! ガキの小遣いじゃねえんだ。それなりに纏まった金が――」
「これで足りませんか?」
テーブルの下に虚数領域を呼び起こし、キオはそこから革袋を取り出す。
開いて見せると、トルクは仰天してのけ反ってしまった。
「お、おま……こ、こんな大金……」
「まだもう少しありますよ。お見せしましょうか」
「ばばばば、馬鹿っ! こんな所で見せるなよ!」
そう叫んでから、ハッとしてトルクは自身の口をふさぐ。次いでキョロキョロと周囲を見渡したのち、キオの耳元へと顔を寄せてきた。
「お、お前って金持ちの坊ちゃんか? まさか貴族とかそういう……?」
「いえ、違いますよ。単なる村人です。少し前に、臨時収入がありまして。いわゆる、あぶく銭って奴ですね」
「あぶ……?」
ぽかんとするトルク。やはり、唐突過ぎただろうか。そも、キオは実年齢こそ目の前の彼を超越しているが、見た目は十代半ばの少年だ。
童顔と相まって子供のようにさえ思える相手に、資金を融資すると言われて喜べはしないのかも――
「ほ、本当かよ……? 本当なのかよ!? いいのか、いいんだな!? 信じるぞ俺!?」
――喜んだ。
「ぜぜ、是非っ! 頼む! いや、お願いしますよキオの旦那!! うえへへへへ……!」
「うわあ……」
露骨に態度を変えた中年男性を見て、ジュールが顔を引きつらせる。
しかし、そんな少年のどん引きな視線を物ともせず、トルクは目を輝かせていた。揉み手をしながら、猫撫で声ですり寄ってくる。
「こう見えても、モノを見る目はありますんで……えへへ……」
「じゃあ、商談成立という事で」
「は、はいっ! やった……やったああああああ!!」
喝采をあげながら、トルクが泣き笑いの表情を浮かべた。
「運命神様、感謝しますぜ! これぞまさに、天からの思し召し! おっしゃあああ! 運が向いてきたぞおおおおお!!」
叫びと共にテーブルの上に身を乗り出し、ジョッキをひったくるようにして喉へと流し込んでゆく。
「ぷはああああ! そうだ! うんと金持ちになって、美人の嫁さんももらって! あいつらを見返してやる!! うひゃひゃひゃひゃひゃ!」
やはり、よっぽど溜め込んでいたものがあったのだろう。大声で喚きながら、トルクは杯を振り回す。
「おーい! 前祝いだ! 麦酒のおかわり!!」
そんな風にはしゃぐ彼とは対照的に、キオの隣に座る少女の表情は渋い。
「怒ってる?」
「……別に? キオがそうと決めたのなら、私は反対しないわ。そもそも、お金を無駄に多く使わせてしまったのはこっちだし」
理解はしたけど、納得はしていない。少女はそんなお顔をしていらっしゃる。
「……信用は、まあ出来そうだけど」
「うん、それは間違いないね」
「はあ……」
盛大なため息を吐きつつ、ジェニーはキオへと身を寄せた。
「契約書は作るわよ。ちゃんと取り分も決めること。無制限に貸し出しも無し」
「うん」
「い、いいんですか? ジェニーさん」
恐る恐るといった風にジュールが尋ねるも、彼女はそっと首を振った。
「言ったでしょう? キオがそうと決めたのなら、反対はしないと」
「けど、初対面の人に大金を」
「あなたは、その辺の感覚がしっかりしてるのね。良い事だと思うわ。大事になさい」
ぴしゃりと言い放ち、問答は終わりとばかりに煮魚を口へ放り込む。
そんなジェニーを前に戸惑う少年の頭を撫で、キオは微笑んだ。
「ありがとう、ジェニー」
「……どういたしまして」
ぷいっと顔を背け、キオの幼馴染は食事を続ける。
空の皿が更に積み重なり、そこへ酒を注文する声が続く。
「もっと持ってきてくれよ! うはははは! 人生逆転! ひゃっほう!」
混沌とした状況でしかし、キオはくすりと笑う。
なんだかとても、楽しい旅が出来るような――そんな、予感がしたのだった。




