第46話 楽しいお食事
港町の酒場は、昼夜関係なく盛況だ。旅人や船乗りたちがひっきりなしに訪れ、喉を潤し胃を満たしてゆく。そんな食事処の一角で、『彼』は旺盛な食欲を見せつけていた。
「んぐっ! んぐっ……! ウマッ!!」
ガツガツガツと、凄まじい勢いでフォークとスプーンが乱舞する。
今またひとつ、こってりと煮付けられた魚に三又のフォークが突き刺さり、半身ごと口へ運ばれてゆく。ぷるぷる震える赤身魚を頬張ると、男はそのまま麦酒を一気に飲み干した。
「ぷはあああああああああ!! うっはああああ!!」
至福の表情で息を吐き、木製のジョッキをドカッとテーブルへ叩きつける。
「す、すごい……」
「そうだねえ」
その向かいで、ジュールがポカンと口を開く。
彼の食欲に圧倒されているのだろう。
健啖なのは良いことだと、キオが隣を見る。
「オサカナ、オイシイ。ウミノサチ、ステキ」
そんな食事風景にも我関せず、もう一人の食闘士が海鮮料理に舌鼓を打っていた。
男と比べると、作法は優雅で美しい。けれども量はそれ以上だ。
次々に空となってゆく皿を見て、ジュールが呟いた。
「す、すごい……」
「そうだねえ」
迷宮都市でも、彼女の旺盛な食欲は遺憾なく発揮されてはいた。ジュールもそれを見ていたはずだが……比較対象が居ると、余計に目立つのだろうか。キオとしてはジェニーが美味しくご飯を食べてくれるなら、それだけで幸せなのだが。
「いやあ、メッチャ喰うなア、このお嬢ちゃん」
「ええ、健康的でしょう」
「まあ、ちびちびお上品に食事をするより、こっちのが見てて気持ちがいいわな!」
そう言って快活に笑うこの男性を、キオは一気に好きになる。
そうそう、その通り。ジェニーはこれが良いのだ。これが素晴らしいのだ。とてもわかっていらっしゃる。
うんうんと頷くキオに、男はほろ酔い調子で食事を続ける。
「いやあ、しかし悪いなあ。奢ってもらっちまってサア」
「いえいえ、お気になさらず。助けて頂いたお礼ですから」
そうかあ、と照れ笑いしながら男は頭を掻く。
「っと、そういやまだ名乗ってなかったな。俺はトルクってんだ」
「トルクさんですね。僕はキオ、この子が」
「ジ、ジュールですっ! はじめましてっ!」
とても元気が良い。キオは花丸満点をあげたくなる。
「そして、こちらの愛らしさ極まる美少女がジェニーです」
ナプキンで口元を拭いつつ、ジェニーが慎ましく頭を下げる。
「お、おう……? びしょ……?」
「美少女です。人が産みだした、この世の奇跡です」
「キオったら、もう」
素直に思った事を告げると、ジェニーの口角が吊り上がった。ニコニコニコニコ、とてもご満悦である。ご機嫌的なオーラが立ち昇っていた。よほど料理が美味しかったのだろう。
「おうおう、お熱いねえ! 今時、そこまでのろける奴は滅多にいねえぜ!」
「そうですか?」
「ああ、でもまあいいじゃんか。変にじれってえより、俺ぁ好きだね。お似合いだぜ、お二人さん」
「トルクさん、この揚げ物もどうぞ。美味しいですよ」
キオは仰天する。まさかの事態に震えが止まらない。
――あのジェニーが、食事を差し出した……!?
「おう、悪いなあ。いやあ、久しぶりに美味い飯を食えた気がするぜ」
「あの、その。そんなにお腹、空いてたんですか……?」
慄くキオを尻目に、ジュールがおずおずと問いかけた。
「ああ……ここ数日はろくなモンを食べてなくてさあ。酒ばっかり飲んでたから」
なんともいえない顔で、トルクが頷く。
「俺はな、これでも冒険者だったんだぜ! 暁の刃っちゅう、それなりに有名なパーティーの一員でさ」
「冒険者だったんですかっ!」
ジュールの目が、にわかに輝きだす。
「ああ、一級昇格に手が届こうってやつも居るくらい、有望な奴らでさ。そんな連中の面倒を俺が見てやってきたわけよ」
「へえ……! すごいですね!」
幼い少年からの尊敬を浴びて、トルクが得意そうに鼻を高くする。
「おうよ! あいつ等は剣も弓も魔術も、まあ達者だったけどな。朝起きるのは苦手だし、荷物の整理も手間取るし……俺が居なきゃ、ダメな奴らでさあ」
「へえええええ……!」
ジュールの反応がよほどに気持ち良かったのか、男の調子が段々と弾んでゆく。
「火炎山に登った時も、俺が色々と準備を整えてやってさ。だからみんな、俺に感謝して――」
「なのにどうして、たったひとりでお酒ばかりを?」
「キオ」
キオが首を傾げてみせるのと、ジェニーの制止の声が飛ぶのは同時だった。
「う……」
「あっ」
聞いてはいけない事だったのだろうか。
目に見えて落ち込むトルクに、ジュールがおろおろと両手をさまよわせている。
「あの、トルクさん」
「……たんだよお」
「え?」
途端に目を潤ませ、ポタポタと。半泣きになりながら、トルクが肩を落とす。
「パーティーを、追い出されちまったんだよおお……!」




