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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第3章 勇者と『カミ』の巫女
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第45話 新たな出会い


 その場所は、賑やかな喧騒に包まれていた。


 石畳が敷き詰められた通りの向こうに、蒼く煌めく水面が見える。

 少し視線を動かすと、右へ左へパタパタと行き交う人々の姿があった。彼らの袖は短く衣は薄く、肌も浅黒い者が多い。人種も様々で、屈強な風体をした獣人や地人ドワーフが重い荷物を担ぎ上げながら豪快に笑い合っている。


(……へえ)

 

 潮騒が響き、海の香りが鼻腔をくすぐる。

 人ならぬキオであっても、それは新鮮な体験であった。


「わあ……っ!」


 ジュールが目をキラキラと輝かせ、周囲を見回している。その忙しない様子を見て、ジェニーがくすりと微笑んだ。


「活気のある街ね」

「うん」


 迷宮都市とはまた違う賑やかさ。これが港町というものか。キオは軽い驚きを覚えていた。

 辺りには屋台が立ち並び、老若男女の区別なく皆が声を張り上げて客の呼び込みをしていた。

 やはり、というべきか海鮮をふんだんに使った料理が多いようだ。

 串焼きに網焼き、中には魚一匹丸ごとを焼いた豪快な代物まで。よりどりみどりであった。


「美味しそうね」

「うん」


 ジェニーの瞳が、ジュールとはまた違った輝きを帯びる。

 息が荒くなり、気配が鋭く尖り始めた。

 飢えたソウルが呼び覚まされるその前に、キオはジェニーに声を掛ける。


「まずは、船を確保してからにしようか」

「がう」


 良いお返事であった。

 押し黙った少女の代わりに、翠髪の少年がキオの方へと振り向く。


「港町ってボク、初めて見ました!」

「それは良かった」


 ポン、ポンと頭を軽く撫でるとジュールはくすぐったそうに目を細めた。

 本当に素直な良い子だ。なにか、ご馳走をしてあげたくなる。


「やはり串焼きかしら」

「抜け目が無いね」


 キオの思考を読み取ったかのような提案。

 今日も幼馴染様は絶好調であった。


(というか、迷宮都市の時よりもはしゃいでいる気がするなあ)


 その理由も、なんとなくキオは理解できた。

 あの都市にひしめいていた、閉塞感のようなものがここには無いのだ。

 何処までも広がるような、開放された空間。自由闊達そのものが、この街には溢れている気がする。


「ジェニーの言うとおりだね。これは得難い経験かも」

「でしょう? 楽ばかりを求めていたらダメなのよ」


 仰る通りであった。

 当初、キオはジュールとジェニーを抱えて、ひとっ飛びで島に向かおうかと考えていたのだ。

 それに待ったを掛けたのが目の前に居るお嬢様である。


 ――駄目よ。ちゃんと船を手配して、順序を踏んだ上で辿り着かなきゃ勿体ないわ。


 その時はどういう意味か分からずに首を傾げたものだが、今ならはっきりと頷ける。

 

(なるほどなあ。やっぱりジェニーは頼りになるなあ)


 ジュールに広い世界を見聞させるのに、自分の足で歩かなくては意味が無い。

 いつまでも、キオが傍にいられるわけではないのだ。

 人間のルール、この世界の決まり事をキチンと学ばせる必要があった。


 ゆえに、この港町までキオが二人を運び、そこからはちゃんと正規のルートで赴く流れとなったのだ。


「えっとまずは……そう、乗船券が必要なんだよね? あそこで買えるのかな」


 キオが船着き場の方を指さすと、ジェニーは少し考えるそぶりを見せた。


「そうだとは思うけれど。とりあえず尋ねてみましょう」

「はいっ!」


 答えたのはジュールだ。わくわくそのものが詰まったように表情を輝かせ、今にも飛び跳ねそうにうずうずしている。

 意外と、やんちゃな所があるのかもしれない。今までは目の事や姉への遠慮が、色々なモノを押し込めていたのだろう。


(……良い経験を、積ませてあげたいな)


 彼もいつかは、キオの元を旅立つのだろうか。

 そも、ジュールがずっと村で薬師をするとも限らない。

 その時、ヒューズのように笑顔で見送れるようで在りたいと、キオはそう思う。


(……本当に、不思議だね)


 キオにとって、時間とはただ経過するだけのものだった。

 過ぎ去ったものを省みる事など、非効率的だと教えられてきた。

 なのに、今はどうだ。


 年月を重ねるごとに、楽しみが増えてゆく。人との縁が繋がってゆく。

 幸せが、広がってゆく――


(なんて、この世界は素晴らしいんだろう)


 キオは深い喜びと共に、水平線の向こうへと広がる海を見据えた。

 蒼い海、というものをこれまでキオは見た事が無い。


 かつての宇宙で訪れたのは、どれも『奴ら』に汚染された灰色の水面ばかり。

 押し寄せる波も停止し、生きとし生けるすべての息吹が死に絶えた――虚無の景色だけだ。


 この港町のように、生命の輝きに満ち溢れた、潮の匂いが薫る事など決して有り得なかった。 


「……きっと、今度も良い日々になるわ」

「そうかな」

「ええ、そうよ」


 キオの裾をちょんとつまみ、ジェニーが微笑む。

 彼女が言うなら、間違いは無い。そう考えると、より一層に楽しみな気持ちが湧いてくる。


「キオさん、ジェニーさん! 早く行きましょう!」

「うん」


 もうすでに歩き出していたジュールにせっつかれ、キオ達二人は苦笑を交わす。

 そうして船着き場へと向かおうとした、その時だった。

 

「おい、あんちゃん! これ見てくれよ!」

「はい?」


 声を掛けてきたのは、体格の良い初老の男性だった。

 ござのような敷物を広げ、そこに幾つかの果物のようなものを載せている。


「珍しいモノだぜ。滅多に手に入らねえ代物だ! 買わなきゃ損だぜ!」

「これは、食べ物なんですか?」


 ジェニーが興味を惹かれたように品物を見つめている。

 色とりどり、形も様々なそれらを、キオはサーチした。


 ――毒は無い。食べてアレルギー反応を起こすようなものも含まれていない。


 けれど、これが美味であるかどうかまでは分からない。

 成分に問題はなく、食すること自体は平気であろう。

 

「特にコレだ! ここから南方にある山でしか採れない逸品だぜ! さ、食べてみな!」


 男が手に取ったのは、ござの奥に二つ並ぶ黄色い果実だ。

 楕円形の形をしている。地球でいうところの、レモンに近いだろうか。

 いかにも人の好さそうな笑顔を浮かべ、男はそれを見せつけてくる。


「……酸っぱいわ」

「だろう? だがこれが、中々に癖になるんだな」

「…‥確かに。後を引くかも」


 勧められるがままに、ジェニーが果実を齧る。

 止める暇も無い早業だった。


「んじゃ、ほれ」


 二口目を頬張るジェニーに向けて、男が手の平を差し出した。

 なにかの風習だろうか。


「わん?」

「ちげえよ! 金を払えって言ってるんだ!」


 キオが手を載せると、すぐさまに振り払われた。


「……へえ、そういうこと」


 なにやら納得の表情を浮かべたジェニーが、三口目を齧り取る。


「ああ、そうだ。これは非常に貴重な果物でな。滅多に手に入らねえんだ。だから、ちゃんと支払ってもらわなきゃ困るぜ」

「そんな! そっちが勧めてきたんじゃないですか!」


 得意げな顔をする男に、ジュールが食ってかかるも、鼻で笑われてしまう。


「タダとは言ってねえぜ。悪いが、これも商売でな」

「……キオ?」


 ジェニーの視線に、キオは頷く。

 目の前の男性は、真実を語ってはいない。

 果実に関しても、すべてがウソでは無さそうだが、宣伝文句の色が強い。

 キオ達がおのぼりさんと見て、強引に売りつけようとしているのだろう。

 

 ――さて、どうするかな?


 幸い、懐は温かい。この実がどれほどするのかは知らないが、買えない事は無いだろう。

それに法外な値を付けるとも思えない。向こうも下手に騒がれるのを嫌うはずだ。

 ほどほどに、少し割高くらいで買わせるつもりなのだろう。


 ジェニーも既に四口目を齧りついてるし、これも人生勉強と割り切って購入するか。

 もしくは意識を探り、適正な価値を割り出した上で、彼と値引き交渉をするのも面白そうだ。


 キオはそうして、いくつかの選択肢を検討する。

 どれを選ぶか、それはやはりジェニーの胃袋と相談するべきだろう。


 けれど、その結論を出すよりも早く――横合いから伸びた手が、その選択肢を奪い去ってしまう。


「……かあっ! まっじい! マズすぎらあ!」

「な、なんだテメエは!?」


 男性が呆気に取られたように目を剥く。

 それもそのはず。ご自慢の『貴重品』とやらが、目の前で噛み砕かれて飲み込まれてしまったのだ。

 ジェニーの手にあった物ではない。それはもう、彼女のお腹へと消えている。ござに残されていた最後のひとつを、『彼』が搔っ攫ったのだ。


「おうおうおう、ガキ相手にみっともねえ事をすんじゃねえよ!」

「な、なにを」

「これはな、ベルの実っつう果物だ。少しは珍しいだろうが、貴重品ってもんじゃねえ!」


 店主に凄んで見せたのは、薄汚れた長衣を着た中年の男性だった。肉体年齢は三十七。ボサッとした黒髪をなびかせ、顎には無精ひげを伸ばしている。

 少しばかり筋肉はあるようだが、鍛えられているとまでは言えない。いわゆる、中肉中背というやつだ。

 

 ――そこまでを瞬時に割り出し、キオは首を傾げてみせた。


「あ、そうなんですか?」

「おうよ。俺の故郷にいけば、それこそカゴいっぱいに取れるぜ。だっつうのに、なんだよこれは!」


 腕まくりをしながら、中年男は店主に詰め寄る。


「実が熟すのは、当分先だ。今の時期じゃねえ。季節外れの実を取って、うさんくせえ商売をしやがって!」

「な、なんだと」

「うるへえ! 俺はな、頭に来てんだ!」


 目を血走らせ、男は肩を怒らせる。


「蕩けるような甘さが自慢のこれを、よりにもよって酸っぱさがクセになるとか抜かしやがったな!」

「そ、それは」

「熟しきった奴はお払い箱とでも言うのかよ! テメエもオッサンはもう用無しだから――とか言うのかよ!」

「いや、言ってねえよ!?」


 段々と、話の論点がずれてゆく。

 中年男性はついに涙目になりながら、喚き散らし始めた。


「チクショウ、チクショウ! どいつもこいつも、皆で俺をバカにしやがって!」

「……なんか人生、辛い事でもあったんか?」


 ついに同情の視線を向け出した店主に、男は更に激昂してしまう。


「そうだよ!! 辛い事しかねえよ! だから、ほれ!!」


 男は懐に手を突っ込むと、小袋を取り出し中身をぶちまける。金貨がじゃらじゃらと零れ落ちるのを見て、店主が目を丸くした。


「これで文句ねえだろ! この実は二つ、俺が買い取った!」

「お、おう……? つうか、これ多すぎ……」

「いいか! もう変な商売は止めろよ! 次に見かけたら店の前で号泣すっからな!!」

「ひい……っ!?」


 情けなさ極まる脅しをしかし、涙目で言い切ると男は背を翻した。 

 そのまま、のっしのっしと歩き去ってゆく。


「えっと……えっと?」


 ジュールがオロオロと視線を左右に飛ばす。

 気持ちは分かる。これはどうすべきなのだろうか。

 遠ざかる背中を見ながら、キオも首をひねってしまう。


「……とりあえず、お礼を言いましょ」


 ジェニーの提案を受け、三人の意見が一致する。

 確かにそれが、人の道というものだろう。


「あの、すみません」


 彼を追いかけ、キオは声を掛ける。

 男は両腕を腰に当てて肘を広げ、ふらつきながら歩いていた。

 よほど、ストレスが溜まっているのかもしれない。

 

「う……」


 と、そこで男が突然に蹲ってしまう。


「どうしました?」


 駆け寄り、キオはすぐさま体をサーチする。

 腰と膝の辺りが擦り減っているのと、酒気が強く残留している以外は――特に異常は無さそうだ。


「は……」

「は?」

「腹、減った……」


そう言って、世にも情けない声を出しながら、男は眉をへの字に曲げた。


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― 新着の感想 ―
果たしてこのおっさんは何者なのか? 盛大に散財してましたが、食事ができるくらいの資金は懐に残っているのか?
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