第44話 薬師の頼み
「おうい、キオ」
空の散歩から戻り、ジェニーを送り届ける道すがら。坂の向こうから、ひょこひょこと軽快そうに歩いてくる人影があった。
「あれ、村長?」
「おお、ここにおったか。探したぞい」
「おじい様、何かキオに御用ですか?」
孫娘の問いかけに、老村長は相好を崩す。
「うむうむ。実はな、ボルトの奴がキオに頼みたい事があるそうでな」
「ボルトさんが?」
それはまた珍しい。彼からキオへの申し出など、五年に一度あるかないかのレア事案である。
「もしも急ぐ用事が無ければ、会いに行ってやってくれんかの?」
「はい、分かりました」
もちろん、断る理由などない。
この村の人たちは皆、キオの家族も同然なのだ。
むしろ喜んで馳せ参じたいとそう思う。
「……ボルトさんが、キオに」
「うん、珍しいよね」
「ええ。厄介な事じゃなければいいけど」
別に厄介な事であってもキオとしては構わないのだが、彼女はそうでもないらしい。
とはいえ、余計な口は挟まない。この愛らしい幼馴染は、食欲とキオの事に関しては決して譲らないのだ。
たとえ神とか魔王が相手でも、この子は敢然と立ち向かっていくだろう。そうと思わせるような、凄みがあった。
「頼もしいなあ」
「ほんにのう、誰に似たのかのう……少し強すぎやしないかのう……」
もう見慣れた光景であるからか、村長は達観気味に呟く。どことなく哀愁が漂うその背を、キオは労るようにそっと撫でるのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
「すまんが、少し用事を頼まれてはくれないか」
薬師小屋に着くなり、ボルトは単刀直入にそう切り出してきた。
いつものむっつり顔のように思えるが、表情は前よりも幾分か柔らかくなっている。
きっとそれは、彼の隣に居る『その子』のお陰なのかもしれない。
少しばかり愉快な気持ちになりながら、キオは頷いた。
「はい、もちろん。僕にできる事でしたら、なんでも言ってください」
「ああ……」
少しばかり決まりが悪そうに、ボルトは目をつむる。
彼にしては、いささか珍しい仕草だ。思わずキオは、ジェニーと顔を見合わせてしまう。
「……その、なんだ。もうすぐ妻の命日でな」
「奥様の?」
「そうだ、今年で二十年目になる。だから、その……花を手向けてやりたくてな」
不思議な物の言い方だった。
彼の亡くなった妻は確か、この村の墓地に葬られているはずである。
なにか、特別な花が必要なのだろうか。そう、キオが首を傾げていると――
「――確か、奥様は他所からいらっしゃったんですよね?」
その疑問を読み取ったように、ジェニーが口を開く。
「もしかして、奥様のご生家へ?」
「ああ、そうだ。その通り、だ」
ふう、っと。ボルトが息を吐き出す。
「あいつの故郷は、ここから遠く離れた孤島でな。中々、行く機会も……いや」
微かに苦笑を漏らしながら、薬師は首を振る。
「合わす、顔が無くてな。二の足を踏んでいた」
「ボルトさん……」
「だが、ヒューズの奴も立派になった。だから……報告を、してやりたくてな」
ボルトが東の空を見上げる。
もしかしたら、その先に亡き妻のふるさとがあるのかもしれない。
なんと声を掛けて良いか分からず、キオは頷く事しか出来なかった。
「けれど、俺はこの場所から動けない。その日はちょうど、隣村の祭りの日だ。毎年、酔っぱらった輩が騒いで怪我をしがちでな」
ああ、と。キオは納得する。川をひとつ越えた先にある村は、トスカナ村以上に祭り好きだ。
血の気が多い若者たちが騒動を起こしがちで、ボルトもまた薬師仲間の手伝いを良く頼まれていたのを思いだす。
「そこで、代わりにジュールを連れていって欲しい」
「ジュール君を……?」
そういえば、先ほどからジュールは一言も声を発していない。
妙に緊張しているように見えたのは、もしかしたらこのせいか。
「……ああ、良い機会だ。その目で見聞を広げてくるといい。これも修行のうちだ」
「は、はい! 先生……っ!」
重大な使命を授かった騎士の如く、少年はしっかりと頷く。
迷宮にまつわる一連の騒動の後、彼はボルトの内弟子となった。必死に、一生懸命に。それは良く働いていたのをキオは知っている。
敬愛する姉と『兄』の背を追うように、ジュールもまた日々成長を重ねているのだ。
そんな愛弟子に、休暇の意味も込めて旅行をプレゼントしたいのかもしれない。
様々な物が見えるようになった瞳で、広い世界を見せてやりたい、と。
相変わらず不器用な人である。キオは思わず笑ってしまった。
「……なんだ」
「いえ、別に。じゃあ、ジェニーも連れて行っていいでしょうか」
「村長の許可が出ればな」
出さないはずがあるまい。相手は孫馬鹿極まる、あの村長なのだ。
けれどもそれを口には出さず、キオはただ頷いてジェニーを見る。
「孤島……海……お魚料理……」
どうやら既に、彼女の意識はまだ見ぬ美食へと向かって羽ばたいているようだ。
餓狼モードに突入するのも、間近であろう。
幼馴染の理性が飛ぶその前にと、キオはボルトに向き直った。
「それで、その島の名前は?」
「……ああ。モーストロという。東の海に浮かぶ、小さな島だ」
その名称と、記憶していた地図を照らし合わせ――キオは微かに眉を動かした。
まさか、こんな偶然があるものなのか。
「……キオ?」
「うん、後で話すよ」
不審げに見上げる幼馴染に苦笑を返し、キオは頬を掻いた。
モーストロ。それは、その島のある位置は。
魔神が漏らし、キオが脈動を感じ取った――古き『何か』が眠る場所であったのだから。
本作の投稿について、他の作業などの関係もあり今後は週3回の投稿という形で進めていく予定です。
基本は月・水・金ですね。今回だけは土日に投稿しましたので、次回は7/8(水)に続きを投稿いたします。
特にこの3章は無理なく丁寧に、じっくりと書き進めていきたいと考えておりますので、引き続きお付き合い頂けましたら幸いです。




