第43話 ひとつの予感
3章、開幕です!
よろしくお願いいたします!
「うーん……今日も変わらず、かあ」
晴れわたった青空の中、キオは大地を見下ろしながらそう呟いた。
『目標』に関するセンサーの反応は無い。なにも無い。
それ自体は喜ぶべき事なのだが――と、キオは微かに首を傾げた。
(ヒューズの見間違い……だったらいいんだけど)
彼らが旅立ってから、もうひと月が過ぎた。
それから毎日のように、キオはこうして空から地表・地殻を探査している。
ヒューズが見たという『それ』は、三角や四角に丸などが雑多に集合していたらしい。
――その形状はすなわち、幾何学模様だ。
かつてキオが異なる宇宙で死闘を繰り広げた『奴ら』の特徴に、酷似している。
その事を、今まで考えなかったわけではない。こちらの世界へやって来た時、すでに今と同様のサーチは済ませてある。
その時も、反応は無し。
だから、これまでは安心していた。あえて、それ以上は考えないようにしていたのだ。
「変わらないのなら、それは良いことではないの?」
「まあ、そうなんだけどね」
呟きに応える声は、キオの胸元から届いた。
ちらり、と視線を落とすと、そこには蒼い瞳が輝いている。
「キオが疲れないのなら、気が済むまですればいいとは思うけど」
言葉と共に、長い空色の髪が風に揺られてふわりとたなびく。
陽光の中に照らし出される、蒼と青のコントラストがあまりにも美しくて、キオは思わず画像を保存してしまう。
「……確かに、そこそこエネルギーは消耗するけどね――っと」
ひときわ強い風が吹き、キオはジェニーを抱え直した。
今は、背中と太ももに手を回して持ち上げた、いわゆるお姫様抱っこの姿を保っている。
ジェニーご所望の体勢なのだ。なんとなく、気分も良さそうに見えるから不思議である。
「私としては、もう少しこうしていても全く構わないのだけど」
「そう?」
「ええ、そうよ」
周囲の温度調整も行っている。とはいえ、決して快適とは言えない姿勢の筈なのだが。
そう思っているうちに、ジェニーはそろそろと腕を伸ばし、キオの首元にかじりつくようにして顔を埋めてしまう。
――女の子って良くわからないなあ。
昔、ヒューズに空中散歩を提供した時は、途中で気絶してしまったというのに。
彼女は最初から、ちっとも恐れる様子が無かった。やはりキオの幼馴染は心の強い子である。
(……しかし、気になる事はまだ他にある)
確かに『奴ら』の反応は無い。けれど、微かなエネルギーの奔流を感じる。
奇妙に胎動する、うねりめいたもの。それは、この星の上で静かに脈打っているようだった。
その位置を捉えて確認し、そうしてキオはフッと思いだす。
(……そうだ。魔神が放っていた思念波の中に、確か)
その記憶をたどるようにして、空の上から四方を見渡す。
北と東、それに南方。距離はまちまちだが、そこに『何か』が潜んでいる。
反応自体はまだ微弱。けれど、この世ならざる『何か』が確かに在る。
「……なにか悩んでいるの?」
「うん、どうしようかなあって」
それぞれの熱力場は、人が容易に立ち入れる場所には無いようだ。
まるで、そう。あの終焉の巨人のように、特殊な領域に封じられているような――
「私に答えられるものなら、教えて。でなければ、その時になってから聞いてくれればいいわ」
「……それで、いいのかな」
「ええ、もちろん。責任なんて感じる必要は無いのよ」
ジェニーは笑う。周囲に広がる青空のように、健やかに爽やかに微笑んでくれる。
「だって、あなたは何処にでもいるような、ごく普通の村人なんだもの」
お決まりの台詞をドヤ顔で言い放ち、ジェニーはキオの頬を撫でてくれる。
それが何だかくすぐったくて、けれどとても心地良い。
もしかしたら、これが幸せというものなのかと、キオはふとそう思う。
「……なら」
「え?」
「ううん、ならちゃんと守れる力を用意しておかなきゃいけないな、って」
空を見上げ、輝く太陽を直視する。
人の網膜とは違い、目が潰れる事も灼かれる事も無い。
キオはただ、そこに在る光の恵みを受け止め、静かに体内へと巡らせてゆく。
もう使う事は無いと思っていた。この先も、出来れば使わずに済ませたいとそう思う。
――けれど、何が起こるかは分からない。
あの醜悪な魔神が森の奥へと突然に現れたように。
あの焔の化身が突如として目覚めてしまったように。
予想外の事は起きるものだ。
それは、気が遠くなるほどの長い年月を戦いに捧げて来た、最終兵器たるキオ自身が良く知っている。
たとえ『奴ら』がこの世界に現れたとしても、その存在を許さぬための切り札が必要なのだ。
「……キオ」
「大丈夫だよ、僕は大丈夫」
少し不安げに見上げてくる少女に微笑みかけ、キオは静かに『それ』を稼働させてゆく。
使用するには、まだ時間が必要だ。この世界の構成要素は、元居た宇宙と細部が一致しない。
それは逆に、大いなる差異となって災いを呼び寄せてしまう。だから、きちんと馴染ませねばならない。
消費されるエネルギーは莫大。
その他の特殊兵装とは一線を画す『超兵器』
上手く使わなければ、この世の理そのものを捻じ曲げて崩壊させてしまう――それはまさしく神の御業だ。
「僕はトスカナ村のキオだよ。これまでも、そして――」
揺れる蒼い瞳をみつめながら、キオは目を細めた。
「――きっと、これからも」




