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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
44/44

プロローグ② 久遠



戦線は、既に太陽系外周部にまで押し上げられていた。


 宙域に瞬く、僅かな光芒。超高熱が波濤の如くに押し寄せた影響か、未だ爆発の名残が周囲に漂っている。


 砕け散った岩石と、氷片が揮発し虚ろにたゆたう雲――かつて海王星と呼ばれた星の残骸を背にして、KIOは彼方に在るカイパーベルトを静かに見据えた。


 そう。散在する小天体群の狭間に、『それ』は在った。


 暗黒の宇宙空間で明滅する、無数の幾何学模様。不気味に蠢くそれは、生物であるかどうかすら定かではない。


≪意思体を確認。総数――約一億二千万≫


 

 ――減った、随分と少なくなったものだ。



 太陽系全域に広がっていた往時と比べれば、その数は一%にも満たないだろう。

 KIOはセンサーを拡大させて探知するも、他の宙域に反応は無い。

 ならば、ここが正念場である。ようやく、待ちに待ったその時が訪れるのだ。



 ――だが、油断は出来ない。してはならない。

   


 KIOはそう判断し、右手に構えたソーラーブレードへエネルギーを集中させた。

 柄の左右から吹き上がる光の双刃が、見る間に膨れて増大してゆく。


 ≪グラビティ・ジェネレーター出力最大≫


 両腰部に備わった制御装置が急速にその力を振るい始める。

 同時に、KIOはブレードを離して前方に固定させ、その刃を回転させた。


 風車のごとくに巡りだす太陽光の刃。それはKIOの全身を覆い隠すほどに広がり、輝く盾と化し――


 ≪――意思体からの『共鳴』確認≫


 『敵』の体がたわんで震え、音無き音が宇宙に満ちる。

 億を超える共鳴波動が結集し、ただ一体に向けて――放たれた!


 それは光すら超えて迫る、おぞましき不協和音。

惑星をも容易く破砕し消滅させる、悪魔の旋律。

 強固きわまりない防護壁ですら凌ぎきれず、残滓がKIOのボディを削り取ってゆく。


 四肢が軋み、指先が千切れ飛びそうになる。

 頬が裂かれ、視界が狭まる。片目にヒビが入ったのだ。


 常を上回る程の熾烈な攻撃。今までは防げていた『盾』が完全には機能していない。

 恐らくは、対策を立てている。こちらの戦力を学習しているのだ。

 全方位から降り注ぐ『共鳴』を受け止め、全身が次々と損傷してゆく。


 しかし、KIOは痛みなど感じはしない。

 苦悶の表情一つ浮かべずに、両手を強く打ち合わせた。


 ≪虚数演算開始――≫


 手を引き離し、天地に重ね――それを逆回しに転ばせる。顕れたのは、手と手の間に浮かぶ小さな円だ。


 ≪――装備選択ウェポンセット


 それを前方へと差し向け、更にその外周部を囲むようにして、両腕を旋回させる。

 二重写しに嵌る円。それは()()である。

 距離も数もサイズすらも関係ない。その円の向こうに敵が在り、それを余すことなくKIOは捉えたのだ。



 ≪Distortion(ディストーション) Blade(ブレイド)



 掲げた右腕を、ただ静かに振り下ろす。

 残影が閃き、微かに空間が揺れ――そうして、()()()()()()()


 音も光も存在せず、いかなる衝撃も現れない。

 それはあらゆる防御も回避も意味を成さぬ、究極の斬撃。時空を切り裂き、対象の存在そのものを断つ、絶対の刃だ。


 それを証明するかのように、宇宙の暗闇は再び平穏を取り戻していた。

 その宙域にはもはや、何も無い。あの忌々しい幾何学模様はただの一つも存在していない。

 勝利の天秤は、KIOへと傾いたのだ。


≪意思体の完全消滅を確認≫


 しかし、KIOはその余韻に浸る事など無い。

 周囲にセンサーを傾け、『敵』の残存戦力を探る。

 返って来る答えは『否』。この宙域の――太陽系内の『敵』は残らず殲滅したのだ。


 しかし、本懐を遂げたはずのKIOの表情に喜びは無い。

 ただ淡々と、現状を確認するのみだ。


≪――状況を終了。機体浄化を完了≫


 『敵』をただの一破片たりとも『あそこ』へ向かわせるわけにはいかない。

 処理を念入りに実行し、そこでKIOはようやく戦闘状態を解除した。


 ≪任務達成を確認。帰還します≫

 

 空間が揺らめき歪み、やがてその姿が描き消えて――





 ――そうして今、その一部始終を余すことなく鑑賞し終え、フェリィ・ジュベッドは息を吐いた。


モニターに映し出されていた『記録映像』を消し、ゆっくりと立ち上がる。


『奴ら』の侵食を万が一にも防ぐべく、KIOの戦闘行動中は一切の通信も観測も行う事は無い。フェリィが結果を知るのはいつだって全てが終わったあと。


――最終兵器が使命を果たした、その後だ。


 ふらつく足を叱咤し、乱雑に伸びたケーブルを掻き分けて、這うように床を進む。

 向かった先にあったのは、旧式のポッドだ。人型にくり抜かれた台の上に、目的の『彼』が寝そべっている。


「……ご苦労だったな、KIO」

「いえ、成すべきことを為しただけです」


 淡々とした返事に、フェリィもまた黙って頷く。

 そう、目の前の彼は己の役割を果たした。兵器として生まれた意義を成し遂げ、太陽系内から『奴ら』を葬り去った。


 ――だが。


「損傷率は四十二%か。ずいぶんと手こずったな」

「はい、消耗度の割合も過去最大です」

「……そうか」


 フェリィは重い、重いため息を吐く。

 KIOが苦戦した事を憂いているのでは無い。むしろその逆であった。


「なあ、KIO。私たちが『奴ら』と戦い始めてから、今日までどれほどの年月が経過したか分かるか?」

「はい、博士。二一九年と二十二日です」

「そうだな、二百年だ。あの悪魔どもが、お前への対策を取り始めるまでに、それだけの時間が掛かった」


 薄々と、フェリィも予想はしていた。そうあってくれるなと、柄にも無く神へ祈りもしたのだ。

 何故ならそれが示すものは、あまりにも絶望的な事実であった。


「先ほど計測が終了した。今回取れたデータと照合させて、確定した」

「……博士、それは」

「ああ、そうだ。観測出来る範囲内に、反応はひとつも無かった。この銀河系――天の川銀河の外もそうだ」


 驚きは無い、ただそこに希望すら存在しないと知っただけだ。


「あらゆる銀河、あまねく宇宙において――他の生命体が生存している可能性は、限りなくゼロに等しい」


 その結論を、他でもないフェリィ自身が有り得ないと断じたかった。

 この宇宙がどれほどに広大だと思っているのだ。

 AIが適当に書いた三流SFでも、もっとまともなストーリーを生成するだろう。


「そう、既にこの世の全ては『奴ら』に浸食されているのだろう。分かるか、KIO? どうしてあの悪魔どもがお前という存在をこれまで学習してこなかったのか。歯牙にも掛けてこなかったのか!!」


 台をぶん殴り、地団太を踏み鳴らす。

 こんな、こんなバカげた事があってたまるものか。


「この太陽系なんぞ、奴らにとっては辺境も辺境……単なる田舎村に過ぎないのさ! 価値など無い、認識さえもロクにしていない!」


 『奴ら』を人体に例えるなら、そう。KIOが二百年を掛けて叩き潰せたのは、手足や胴体などでは無い。無数に在る細胞の、ほんの一欠片。抗体が及ぶまでも無いと判断された、取るに足らない一事象。蚊に刺された以下の反応なのだ。


「あと、どれだけ費やせばいい? どれほどに時間を掛ければ……奴らを残らず滅ぼし尽くせるんだ?」

「博士――」

「なあ、KIO。私は今、()()()だったかな?」


 再びの問いかけに、彼は躊躇うことなく答える。


「はい、博士。今の貴女で十一人目です」

「ハッ、もうそんなに使い捨てたのか。あと一人で一ダースだな! シャンパンでも開けて祝おうか!」

「博士はアルコールを嗜まれなかったと記憶しておりますが」

「……ふん、冗談だ。お前もくだらない事まで良く覚えているものだな? 記憶領域メモリーの無駄遣いだぞ」


 申し訳ありません、と謝罪するKIOが忌々しく目に映る。

 八つ当たりと知っていながら、フェリィは舌打ちをして――そうして、ポッドのその向こうを見つめた。


 そこには半透明に濁った、長方形のケースが並んでいる。そのうちの一つには培養液が満ちており、小さな肉塊がプカプカと浮かんでいた。

 

 細胞分裂によって作り出された、まだ発生初期の胚である。あれがいずれ、次の『自分フェリィ』になるのだ。


「……あと、何人を使い潰せば叶うのだろうな?」


 今のフェリィは厳密にいえばフェリィ・ジュベッドその人ではない。

 初代の記憶を代々受け継いだ、彼女の模倣品に過ぎないのだ。


 それでも、例え紛い物でも意思は在る。胸に疼く怒りと嘆きが、今もまだ渦巻いている。

 まるで呪いだと、自嘲する。人類を滅ぼされ、愛する幼馴染すら奪われた女の――決して消えぬ執念。


「……博士、提案がございます」

「なんだ? 言ってみろ」

「はい、ここでお終いにしませんか?」


 それは、まるで予想だにしない答えであった。

 呆けた目を向ける主に向けて、KIOはあくまで淡々と事実を告げる。


「太陽系全域から、『奴ら』の反応は消えました。貴女の本願は叶ったと推定いたします」

「お、お前は……なにを……」

「貴女の存命中に、決して再び侵攻はさせません。この場所にさえ居れば、博士の無事は確保可能であると存じます」


 それは――恐らく正しい。


 位相次元投影技術の応用と、並行世界よりもたらされた波動重子理論の併せ技。これにより、この研究室は完全無敵の防御機構を備えている。たとえ『奴ら』がKIOの脅威を認識したとしても、もう遅い。『十一人目フェリィ』は、あと十年もすれば耐用年数が尽きる。その前にここへ辿り着くことは不可能であろう。


「これ以上の戦闘行為の続行による、貴女の幸福が見込めません」

「こう、ふく……? 私の……?」

「はい、博士。貴女の幸せです」


 あまりにも虚を突かれた言動の連続に、呆けた声しか返せない。

 

 ――幸福? そんなモノを私が得てもいいのか?


「いかがでしょうか? ここが落としどころであると、私は提案いたします」

「お前は、私に……私に――」


 ――妥協をしろと、そう言っているのか。諦めても良いと、そう言っているのか。

 

 酷い侮辱だ。この二百年を何だと思っているのか。

 けれども、フェリィの口から罵倒の言葉は出てこない。


 分かっているのだ。理解してしまっているのだ。

 『奴ら』の根絶など夢物語だ。だったらもう……良いのではないだろうか?


「貴女は十分に人類の為に尽くしたかと思われます」


 ――良いのか、良いのか……? もう、投げ出してしまっても良いのか?


 疲れ果てた心に、その言葉が甘く甘く染み渡る。

 フェリィは思わず、手を伸ばしていた。それはきっと、誰かに言ってもらいたかった問いかけで。だからこそ、諦念の気持ちが湧き上がってくる。


「博士――貴女はもう、休まれても良いのではないでしょうか?」


 常に無表情であったKIOの口元が、微かに緩む。

 眼差しに、確かな労わりの色が見えた。


 そうしてそれが、その表情が――



『フェリィ、もう君は休んでも良いんじゃないかな?』


 

 ――初代フェリィの記憶に在った、最愛の幼馴染かれの笑顔と重なった。



「だ、めだ……」


 声が震える。指先が震える、全身が震え出す。


「駄目だ……! そんな事は駄目だっ!!」

「博士……」


 伸ばされた救いの手を振り払い、フェリィはKIOが横たわるポッドの縁を鷲掴む。


「許さない、そんな戯言で許されるものかっ! あの悪魔どもは滅ぼさねばならんっ! どれだけの時を費やしても――どんな手段を使っても!」


 ポッドの表面には、狂気の炎を目に宿した女の姿が映っていた。

 かつては青空のように輝いていた髪はくすみ、血走った瞳が燃え、やせ衰えた顔には深い皺が刻まれている。肉体年齢は三十代半ばであるのに、それは老婆のように醜く見えた。

 かつての初代が没した時を彷彿とさせる姿。彼女が乗り移ったかのような、その執念!

 

「奴らがこちらを取るに足らない塵芥と認識しているなら、それを利用してやるっ! アップデートを積み重ね、繰り返し――奴らが学習を終えるその前に、滅ぼせばいい!」


 それがどれ程に困難な事であるとは分かったうえで、フェリィは叫ぶ。叫び続ける。


「だから頼む、頼むKIOッ! 『奴ら』を――『奴ら』を一匹残らず消し去ってくれ! この宇宙から駆逐してくれッ!」


 そうだ、これはもう初代の呪いなどでは無い。フェリィ『達』皆が望んだ戦いなのだ。

苦悶しながら散っていった十の命を背負って今、十一人目(じぶん)はここに居るのだ!


「ここで屈したら……なんの、なんのためにこれまで……ッ! 」


 もう、フェリィにはそれしか残されていないのだ。それを忘れて偽りの幸せの中で、穏やかな余生を全うする事など出来ない!


「頼む、頼むよ……頼むから……! お願いだから、KIO……ッ!」


 童女のように泣いて縋り、フェリィは必死で懇願する。

 命令では無い、指示でも無い。

 それがもたらす意味を、この先に待ち受けるものを。その全てを知ったうえでの――それは、願いであった。


「――はい」

「え……」

「はい、博士。ならば私は貴女の願う、望むがままに戦います」


 いつも通りの淡々とした、抑揚の無い声。

 けれども、何故か。その瞳には優しさと――微かな哀しみが宿っているように思えた。


 ――有り得ない。KIOがそんな感情を持つはずが無い。


 『奴ら』からの干渉を防ぐべく、最低限度の感情はチップにより持たせてはいる。

 けれども、それは喜怒哀楽という程の情緒を与えはしない。戦いに必要な、ギリギリのレベルにまで落としている。


 そう、そのはずなのに。


「KIO……お前は……」


 優しさは不要なのだ。誰かを労わる気持ちを、ここへ持ち込んではならないのだ。

 何故なら、ここより始まるのは、果てしなく続く永劫の苦闘。久遠の時を費やして、それでも報われる事は決して無い。


 たとえ勝っても得るものは何も無く、負けても誰かが死を悼んでくれる事も無い。結末はいずれも虚無でしかあり得ない。

 そう、KIOは最終兵器であるからだ。全てが終わった後に来て、全てを終わらせる為だけのモノだからだ。


 彼の、その軌跡を語り継いでゆく『誰か』はもう、この宇宙の何処にも存在しない――


「……お前は、何か望みはあるか?」


 視線を逸らし、フェリィはそう問いかける。

 くだらない、吐き気がする言動だ。罪悪感を誤魔化すための偽善に過ぎない。

 

 そんな主の欺瞞をしかし、KIOは静かに受け止めた。


「なら、あのお話を聞きたいと思います」

「なに?」

「あの絵本の、天使のお話を――私は博士の口から聞きたいのです」


 

 本来ならば、物語をわざわざ語り聞かせるまでも無い。

 声に出す必要などなく、彼ならば瞬時にそれを記憶出来る筈なのだ。


「……そんなものでいいのか?」


 だが、フェリィはあえて指摘はせずに、苦笑で応える。


「はい。それだけで十分です」

「……ああ、分かった。メンテナンスのついでだ、寝物語に聞かせてやろう」


 机の上にある、それをフェリィは手に取った。滑らかな感触が指先に伝わってゆく。

 丁寧にコーティングが施された絵本は色褪せる事も無く、その表面には汚れ一つ見当たらない。

 二百年以上の時が過ぎても、それは往時の輝きを保っていた。


 ――これが、この本が。フェリィ・ジュベッドという哀れな女が最後に残した、人間性という奴なのかもしれんな。


「むかーし、むかーし、ある所に……」


 ゆっくりと、ゆっくりと。懐かしい物語が声として流れ出す。


「人間を幸せにするのがお仕事の、とある天使がいました――」


 KIOは目を閉じ、聞き入るように耳を傾けている。

 今の彼は、兵器には見えない。戦う者の在り方とは思えない。

 そう、その姿はまるで――



 ――KIO、お前は。



 ふと沸いた疑念。

 それは『奴ら』と戦う事よりも恐ろしい想像だった。


「神様の命を受け、天使は西へ東へ……その翼をはためかせ飛んでゆきます」


 何故なら、それが叶う事は決して無い。

 夢に描くことすら、彼には許されない。


「彼女の羽は人々の願いを叶える力があり、その羽を全部使ったとき――」

 


 ――お前は、もしかして……



 その問いかけは恐らく、永遠に吐き出される事は無い。この先フェリィが何百人と続いても、彼女の誰もが声にすら出さないだろう。


 

 それは、罪だ。地獄に何度落ちても足りない、フェリィ・ジュベッドの罪。



「天使は、人間に――」

 


 嗚咽が零れ落ちるような、途切れ途切れの語り口調。

 異なる宇宙からもたらされた優しい物語を、フェリィは必死に紡ぎ続ける。


 寂れた研究室の、無機質極まる空間に。祈りにも似たその声は、ただ静かに響き渡っていった――

ここまで本作をお読みくださいまして、ありがとうございます!


これにて第二章は完結となります。

次章準備のため、投稿は二週間ほどお休みを頂きますね。

第三章「勇者とカミの巫女」は7月の第一週から投稿を再開する予定でございます。少しだけお待ち頂けましたら幸いです。


また、もしよろしければ↓の☆ボタンをクリックするなどしてご評価やご感想を頂けますと、嬉しいです。とても励みになります!


それでは、今後とも「最終兵器 村人A」をよろしくお願いいたしますー!


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