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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
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第42話 旅立ち



「それでは、気を付けての。旅の無事を祈っておるぞ」


 のどかな春の陽気に相応しい、のんびりとした声が響く。その挨拶を皮切りに、次から次へと村人たちが見送りの言葉を掛けてゆく。

 

「元気でな、ヒューズ!」

「嫁さん、大事にするんだよっ!」

「くそっ! 俺もあんな奇麗なお姉さんと知り合いてえ!!」


 やっかみと祝福交じりの声。相変わらず、この村の連中は賑やかだと、ヒューズはそう思う。

 

「ありがとな、皆。次も土産話をたっぷりと持ち帰ってくるよ」

「この十日間、喋りっぱなしだったものね」


 十日、そうそれだけの時間をヒューズは故郷で過ごした。

 名目としてはジュールの経過観察であったが、懐かしく賑やかな日々を過ごせたと、そう思う。


「……まあ、確かに。朝から晩まで誰かしらが寄って引っ付いてきたけどな」

「みんな興奮し過ぎよ、もう。少しはコレットさんを気遣って欲しかったわ」


 ジェニーの呆れたような言葉に、コレットがくすりと笑う。

 

「でも皆さん、とても親切にしてくださいましたよ」

「本当に? 騒がしくて、ゆっくりと出来なかったのでは?」

「いいえ、色々な場所を見せて頂きました。ヒューズがどんな風に子供時代を過ごしたか、興味深いお話をいっぱい聞かせてもらえたんですよ」


 申し訳なさそうにするジェニーに、コレットは何処までも優しく微笑みかける。

 

 ――うちの嫁さん、本当に奇麗だなあ。

 

 自慢、自慢である。世界中に喧伝して歩きたい気分だった。

 なし崩し的に夫婦の誓いを結んでしまったが、いずれはきちんとした形で式を挙げたいとヒューズは思っている。

 

 花嫁衣装を纏ったコレットの美しさ、可憐さが脳裏に浮かぶ。口元が自然と緩んでしまうのが自分でも分かった。


「……いやらしい顔。これはケダモノの目つきね。コレットさんに無体な事をしてはダメよ」

「お前に言われたくはねえんだけどな?」


 野獣の王の如き眼光を持つ少女を、ヒューズは軽くにらむ。


「これくらい言わせなさい。五年前は見送りさえ許さなかったくせに」

「……う」


 そうだ、それを言われると辛い。あの時はもう、頭が色々と茹だっていた。

 突然に村を飛び出したヒューズを、それでも送り出してくれたのは兄貴分であるキオだけだったのだ。

 

「……すまねえ。なんというか、お前にも心配を掛けちまったな」

「自意識過剰ね。私がヒューズなんかを心配するはずが無いでしょう」

 

 そっぽを向き、早口でまくし立てる妹分を見て、懐かしい気持ちが湧き上がって来た。

 そうだ、とヒューズは思い出す。この娘は、キオ以外には昔からこうなのだ。優しくて情が深いくせに、他人にそれを見せるのを何よりも嫌う。

 

「……キオ。もしやこれが『つんでれ』か?」

「流石はヒューズ。応用力が高いね」

「……二人とも?」


 ジェニーの眼差しが凍てつくような寒さを纏う。春の陽気さえも吹き飛ばしかねない猛吹雪だ。

 誤魔化すように二人そろって頬を掻き、そうしてヒューズは『彼』に視線を向ける。


「……じゃあ、行ってくる」

「……む」


 黙りこくったまま腕を組み、それでも彼――ボルトは息子から目を反らしはしない。

 それでいいと、ヒューズは思う。何もかも、全てがいきなり変わるわけは無いのだ。

 この十日間、父とそこまで話が出来たわけではない。それでも、酒を共に酌み交わす事くらいは叶ったのだ。

 

 奇妙な沈黙が流れる中、ヒューズに寄り添っていたコレットが前に出て、深々と頭を下げた。

 

「お義父さま、ジュールの事をよろしくお願いいたします」

「……ああ」


 頷き、ボルトは傍らに在る小さな頭に手を置いた。

 少年は口元をぎゅっと引き絞り、何かを堪えるように震えている。

 

(……昨日までは元気にはしゃいでたのにな。まあ、無理も無いか。生まれて初めて――姉と離れ離れになるんだもんな)


 ――そう。ジュールは、ヒューズ達に同行はしない。この村に残ると、彼自身が決めたのだ。

 

「こいつが、へこたれない限り……薬師にしてみせる。安心しろ」

「……はい」


 ボルトの言葉に、コレットもまた震える声で頷く。

 少年が選んだのは、彼の弟子となり薬師の道を歩むこと。

 それが自分の運命だと思うと、ジュールは姉たちにそう告げたのだ。

 

 どうやら、霊薬作成の手伝いをするうちに、何か惹かれるものがあったらしい。

 だが彼がトスカナに残る事を決めたのは、そればかりが理由では無いはずだ。

 

(……近すぎるからこそ、見えない気持ちもあるからな)


 それはヒューズと父も一緒である。

 ジュールが少し早い一人立ちを宣言したのも、薄々とそれを勘付いていたからではないのか。

 

「……ヒューズ」

「ああ」

「姉さんを、よろしく……!」


 振り絞るように出された声に、ヒューズは真剣な眼差しで応える。

 男と男の約束だ。決して破る事は許されない誓いだ。

 

 どちらからともなく拳を前へと出し、そうして打ち鳴らす。

 

 ややあって、名残惜しそうに二人を見つめると、ジュールは後ろへと下がる。

 代わりに前へ出たのは――キオだ。

 

「……キオ」

「うん」


 言いたいことは幾らでもあった。まだまだ話したい事は山ほどにあった。感謝の気持ちも、何もかもが言い足りない。

 けれど、どんなにそれらの言葉を尽くしても、今の心情を語りきれないだろう。

 

 だから、ヒューズは笑って告げる。たった一言だけを彼へと贈る。

 

「いって、きます」

「……うん。君たちの行く道に、どうか笑顔がありますように」


 あの時と同じ微笑みを浮かべ、あの時とは少し異なる言葉でキオは頷く。


 ――それが、二度目となる兄との別れであった。

 

 

 

 

     ☆     ☆     ☆

                    

                    

                    


「良い天気だよなあ、ほんと」

「ええ、絶好の旅日和ね」


 どこか寂しそうに笑うコレットの肩を抱き寄せ、ヒューズはそっと後ろを振り返った。

 故郷が、トスカナの村が。雲に霞んで遠く遠くへ消えてゆく。

 

 五年前には感じなかった郷愁の念を振り払い、ヒューズは空を見上げる。

 

「さて、と。行く先はアルミナで良いんだよな?」

「はい、前にお世話になった神官様が、そこにいらっしゃる筈なので」


 どこか懐かしそうに、彼女は笑う。

 どうやらその神官様が、コレットに冒険者の心得を教えてくれたらしい。

 結晶花が出土するのが迷宮都市であると教えてくれたのも、その人だという。

 

「……ただ、少し心配で」

「うん?」

「アリシア様は、えっと。とても魅力的な方なので……その」


 頬を赤らめ、もじもじと恥じらうコレット。

 嫉妬めいた感情を出してしまうのが、申し訳なく思っているのだろうか。まして相手は恩人であるからだ。

 

 ――俺の嫁さん、めちゃくちゃ可愛い。

 

「俺にとってはコレットが一番奇麗なんだけどな」

「……もう、またそんな事を言って」

「本気だよ。俺は君に対してはいつだってそうだ」


 歯の浮くような台詞だと自分でも思うが、止められない。

 信頼と実績、それは行動で示していくべきであるが、言葉を尽くすのも大事な行為だ。

 

 心と心を真に通い合わせる事など、きっと誰にも出来やしない。

 だからこそ人は大切な誰かのために、文字や声を使って気持ちを伝えあうのである。

 

 五年前、ヒューズにはそれが足りなかった。だから、今度は間違えない。

 

「……でも、アルミナか。向こうも色々と大変そうだよな」

「ええ、各所の冒険者たちに要請が掛かっているとも聞くわ。だから私も心配で」

「だな、なんか助けになれれば良いな。迷宮都市にも、そのうちに顔を出しとこうぜ」

 

 キオ曰く、トロンの迷宮は少しずつ再生がされているらしい。

 

『巨人は消えたけど、あの領域はそのまま残ってるからね。もちろん、多少の影響はあるだろうけど……うん、あと数百年は大丈夫だと思う』

 

 お偉いさんにも、その意識をさりげなく刷り込んでおいたらしい。相変わらず、ヒューズの師匠は規格外の男であった。

 

「女将さん達にも、あらかじめ挨拶はしておいたけど、心配はしてるだろうからな」


 もう戻らないかもしれない。そう別れは告げてあるし、ジュールの近況も手紙で送っている。

 それでも、恩のある宿屋の夫婦に対し、もう一度会って感謝を伝えたかった。

 

「また行きましょう。きっといつか、ジュールも連れて」

「ああ、そうだな。それがいいな」


 互いに微笑み合って、歩き出す。

 そう、未来の事なんて分からない。それでも明るい希望を口に出して歩みたいと、ヒューズは思う。

 

 一流の冒険者になる。吟遊詩人の詩に上るような存在になる。

 

 明日を夢見る気持ちはきっと誰にも止められない。

 何故なら自分たちは()()()なのだから。

 

(……その『先』でやりたい事も、きちんと見えたしな)


 目を閉じれば、浮かぶのは『彼』の笑顔。

 

 

 ――俺も、外の世界を見たい! どんなものにも縛られず、いろんな人たちとふれあいたい!


 

 いつか、彼に語ったその言葉を思い出す。

 その想いは今でも消えていない。あれがきっと、ヒューズの原点なのだ。



(そうだ、冒険はまだ続く。見た事も無い場所に行って、様々な人たちと出会って、そうして――)


 

「……ヒューズ」


 指先に触れる確かな温もり、それをいつかのように強く、強く握り返す。


 ――そうしてこの『相棒』と共に、胸を張って語り継いでいきたい。


 旅先で出会う人々に。肩を並べる冒険者たちに。

 いつか出来るかもしれない、自分たちの子供に。

 

 強さでは無い、特異性でも無い。ましてやその不思議な素性でも無い。

 

 のんびり屋で、世間知らず。

 おっとりとして、穏やかな。




 ――そんな、優しい村人の物語を。

 


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