表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
42/44

第41話 朝日に輝いて



 ――ジュールを癒す霊薬は、言葉通りその一晩のうちに完成した。

 

「これが……?」


 朝日が差す小屋の中、一同の前に『それ』が晒される。

 震える声で尋ねるコレットに対し、ボルトが無言で頷く。

 

 楕円形に作られた小さな陶器製の瓶が、小台のうえに鎮座している。

 胴体部の先には短く伸びる注ぎ口が備わっており、そこから微かに涼やかな匂いが香っていた。


「これを両目に注ぐ。覚悟はいいな?」

「いや、他に言い方は無いのかよ」

「……ふん、事実を言っただけだ。」


 目薬の類に忌避感を持つものは多い。

 父はそう言いたいのだろうが、あまりにも不器用な口の利き方にヒューズは苦笑を漏らしてしまう。

 

(ああ、そういえば……親父は昔からそうだったっけな)


 思えば、自身が反発してしまった過去の諍いも、きちんと思い直せば筋は通っていたように感じる。

 ヒューズが子供であり過ぎたのと、父親の口数が少なすぎたこと。

 それらが引き起こした、なんという事はない親子間のすれ違いであった。

 

「あ、ありがとうございまひゅ……!」

「……気にするな。大したことじゃない」


 勢いよく頭を下げるジュールに、ボルトは鼻を鳴らして頷いた。

 

「……お前も少しは役に立った。だから出来た。それだけだ」

「いや、だから言い方」

「……む」


 息子の呆れたような声に、薬師の目が逸らされる。不器用極まりないその姿に、誰もがみな吹き出してしまう。

 

「なるほど。これがツンデレってやつですねボルトさん」

「……なんだそれは」

「僕が生まれた場所での古代語です」


 キオの物言いに、けれどもヒューズは何故だか納得してしまう。

 語感が妙にしっくりくるのだ。つんでれ、今度から父を形容するときに枕詞に付けてみようか。

 

 そんなどうでもいい事にすら感動を覚えつつ、ヒューズはジュールの頭に手を置いた。

そう、この霊薬作りに携わったのは、父とキオだけでは無いのである。

 

「……頑張ったな。疲れてやしないか?」

「ううんっ! とっても勉強になったよ! 薬草とかも触らせてもらえて、それでっ!」


 興奮したように捲し立てるジュールに、キオが微笑ましげな眼差しを向ける。


「うんうん、テンション高めだねえジュール君」

「……だからなんだそれは」

「古代語です」


 おかしなやり取りを繰り返すキオと父。

 そのやり取りさえ、ヒューズにはなんだか新鮮に感じられた。

 

「弟が、お邪魔ではありませんでしたか? この子が、突然にあんな事を言い出すなんて」

「……む、いや。なんてことは、ない」


 申し訳なそうに眉をひそめるコレットに対し、ボルトはどこか慌てたように言い繕う。

 

「僕を治してくれるお薬なんだから、僕がお手伝いしたかったんだ……!」

「ジュール……」


 その言葉に、ヒューズは昨日のやり取りを思い出す。あの時、ジェニーや村長と共に村を巡ろうとした際、ジュールはそう言い出して道を引き返したのだ。

 当然のように戸惑う姉の説得にも耳を貸さず、少年はハッキリと主張した。

 かつてないほどに強硬な態度にオロオロとするコレットに、ヒューズはジュールの肩を持つことで場を収めたのである。

 

『――男の子には、そういう時があるものさ』


 珍しくジェニーの冷やかしも飛んでこない。

 そのまま村長やキオの取り成しもあって、即席の助手見習いが誕生した――というわけであった。


「さあさ、そろそろ試してみてはどうかのう?」

「ええ、このままだと延々と喋り続けた挙句に、日が暮れちゃいそうだわ」


 村長一家の指摘に、ジュールが照れ臭そうに身を縮める。

 どこか弛緩とした空気が漂う中、ボルトが瓶を手に取った。

 

「……いいな?」

「は、はいっ!」


 緊張して固まるジュールのまぶたに、無骨な指が当てられる。

 開かれた瞳に向けて、瓶がゆっくりと傾けられた。


「あ……」


 青白く輝く液体が注ぎ口から流れ出し、少年のそれに注がれた。

 右目、そうして左目。順繰りに零れ落ちる煌めきに、誰もが目を奪われた。

 

 ――そうして、瞬く間に霊薬はその効果を発揮する。

 

 瞼の周りから赤黒い熱気が爆ぜ、宙へと蒸発。吹き上がる蒼と朱の霧の中――白く濁った瞳孔に、翠の光が差し込んだ。


「ジュー……ル?」


 恐る恐ると声を掛ける姉の前で、少年は二度、三度と目を瞬かせる。

 

「……見える」


 その瞳から、透明な涙が零れ出す。

 

「見えるよ、姉さん……姉さんの、顔が分かるよ……!」

「……っ!」


 声にならない声を上げ、コレットが弟の体を抱きしめる。

 

「うあ、うああああ……ああああ……っ!」

「ねえさん、おねえちゃん……っ!」

「ありが、ありがと、ございま……うわああああああんっ!!」


 まるで火が付いたように、彼女は泣きじゃくる。

 ずっと、ずっと堪えていたのだろう。これまでの彼女を想えば、罪悪感と恐怖に眠れない夜もあったはずだ。


(……こんなコレットを見たのは初めてだな)


 愛する人の背を撫でながら、ヒューズはふと思う。

 悲しみに、絶望に流した涙は見た。けれども、()()を目にした事はついぞ無かった。

 それは姉弟が互いのために流す、喜びの涙。窓から差し込む朝日の輝きに照らし出され、光煌めくその姿は、まるで一枚の絵画のように神々しくて――

 

 

 ――ヒューズはそれを、心から美しいと、そう思った。

 

 

 

 

      ☆    ☆    ☆





「……ふん」


 辛気臭い空気を振り払うように、ボルトは小屋の外へと出た。

 眩しい日の光に晒されて、僅かに足がよろめく。久しぶりの徹夜仕事は、中々に体へ応えたようだった。


「ヒューズの、やつめ……」


 久しぶりに見た息子の顔は、妙に凛々しく輝いており、生きる力に溢れているように感じた。

 

「……俺も年を取るわけか」

 

 自嘲するようにつぶやいた、その時だった。ふらつく体を支えるように、横合いから手が伸びる。

 それが誰のものであるかなど、見るまでもない。どこまでもお節介な男だと、ボルトはそう思う。

 

「大丈夫ですか?」

「……こんなもの、何でもない」


 強がりを言うが、恐らくは無駄であろう。この不思議な空気を纏った『少年』は、昔からそうだった。

 穏やかで、およそ何かに対して怒りを見せた事すらない。

 どれほどに素っ気なくしても、まるで態度を変えずに人の世話を焼くのだ。

 

 ――そう。誰かのために心を尽くせるのが、嬉しくて嬉しくて仕方が無いと、そういう風に。

 

「……お前は」

「はい」


 ニコニコと微笑むキオの姿に、ボルトは何かを言うべきだと口を開きかけ――しかし、やはり黙って首を振った。

 代わりに小屋から一歩、二歩と踏みしめるようにして歩き出す。

 あそこは眩しい。あまりにも尊過ぎて、直視が出来ない。

 

 昨夜、ジュールやキオから聞いた話を思い返し、猶更にそう感じてしまう。

 息子は自分とは違う。あの男は、愛すべき伴侶を救い、見事に守り切ったのだ。

 

(……そうだ、俺とは違う)


 微かに疼くそれは、劣等感か。まさか息子にそんなものを覚える日が来るとは思わなかった。

 それが悔しくて、そして何故か清々しく感じる。

 

「……いつまで着いてくるつもりだ」

「お気になさらずに」

「……ふん」


 そんなボルトの気持ちを見透かしたかのように、肩を支えながらキオが一緒に歩き出す。

 本当に気にくわない男だ。何もかもを見透かしたかのような態度を取る。

 そして、それを苛立たしいとも思えない自分が、ボルトは一番気に入らなかった。

 

「……俺は、妻を見殺しにした。助ける事が出来なかった」


 ぽつり、と呟く。

 

「あの日、あれが生まれたあの日。俺はどちらかを選ばなくてはならなかった」


 今でも鮮明に思い出せる。難産の末に苦し気に悶える妻と、無念そうに首を振る神官の姿を。

 

「選べば、片方だけは助けられる。悩んで、悩んで、悩んだ末に俺と妻は――」


 ――ねえ、あなた。あの時の約束を、今お願いしてもいいかしら?

 

 新妻を三日三晩放置してしまった際、ボルトは謝り倒して、そして彼女に誓わされたのだ。

 なんでも、言う事を聞く。何でも言ってくれと。

 いつか使う、いつかは行使する。そんな風に笑っていた彼女は、あの日もそうして微笑んだ。

 

「……アイツの名前は、俺が考えた。妻がそうしてくれと、望んだからだ」


 息を、ゆっくり。ゆっくりと、吐き出す。

 

「そんな約束をしなければ良かったと、何度後悔したかしれん」

 

 それは今まで、誰にも――村長にすら語ったことの無い心情の吐露。

 

「俺は、出来た父ではない。年々、妻に似てくるアイツをどう扱ってよいのか、分からなかった」


 キオは黙る。相槌すら打たない。

 ただじっと視線をボルトへ向けたままだ。

 

「アイツに家業を押し付けたのは、俺が下した決断が正しかったのだと、そう思いたかったから――かもしれん」


 キオは何も言わない、答えない。安っぽい慰めの言葉ひとつ、吐いてくれない。

 

「……最低の父親だ。家を飛び出されたのも、当然だ」



 ――なんで、わかってくれねえんだよ!!

 

 

 五年前、息子は悔しそうにそう叫んで、そして父に背を向けた。

 追えなかった、追わなかった。ただどうしようもない感情に身を震わせて、ボルトは立ち尽くすのみであった。

 

「……それでも、ヒューズは帰ってきましたよ」


 ようやく口を開いたキオが、それだけを告げる。

 事実、単なる事実。それがどうしようもなく、ボルトの胸を打った。

 

「……アイツは、男の顔になったな」

「はい」

「……大人に、なったんだな」


 息を吐く、もう一度だけ吐く。悲しみも苦しみも全ては消えない。

 けれど、それがほんの少しだけ。わずかにでも宙に解けて散っていくように思えた。

 

「……色々と世話を掛けたな。ヒューズを一人前の冒険者にしてくれたこと、礼を言う」

「えっ」


 同意するか、謙遜するか。どちらかが返ってくるかと思ったが、キオは意外にもきょとんと目を見開いた。

 

「……えっと、ボルトさんは」


 何故か気まずそうに、彼は頬を掻く。

 その仕草は、どこかヒューズのそれに似ているように見えた。

 

「僕の事を、恨んでいるかと思っていました」

「……はっ」


 ボルトは思わず、吹き出した。

 なんだ、何でも分かっているような面をして、そんな事を気にしていたのか。

 

 やはり、今日は気分が良い。とても珍しいものが見られた。

 ボルトは満足気に空を見上げた。

 

 やり方は間違っていたかもしれない。もっと上手く息子と接する事が出来たのかもしれない。

 それでも、今。ヒューズは立派な大人に成長し、自らの道を歩み出している。

 それは――その事だけは、誇ってよいのかもしれない。


(……なあ、アン。お前もそう思ってくれるか?)


 瞬間、爽やかな風が耳元で吹く。

 それがあまりにも心地良くて、ボルトは目を閉じた。


 

 ――本当にあなたったら、不器用なんだから。



 涼やかにさざめくそれに乗って、あの懐かしい笑い声が、聞こえた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ツンデレ、テンション高めは古代語…… そういう言葉が当たり前にあった世界が滅んでどれほど時が流れ去ったやら。 ジュールの目が見えた! ジュールの目が見えたわ!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ