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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
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第40話 父と息子



「……なるほど。これがシリウスの結晶花、か」

 

 小台の上に置かれた『それ』を見て、ボルトは眉を微かに上げた。

 

「ああ、そうだ。間違いなく本物だぜ。コレから薬をこしらえる事は出来そうか? 悔しいけど、俺じゃあ雫を絞り出すのが精一杯で……」

「……フム」


 息子の問いかけに、薬師はしばし腕を組んで目を閉じる。


 結晶花から、呪詛を消し去るほどの霊薬を錬成するには、熟練の技が要るという。キオの知る限り、それを可能に出来るほどの腕を持つ知り合いは、一人しかあり得なかった。

 

「……祖父じいさんがな」

「え?」

「若いころに、それを扱った事があるそうだ。確か調合表レシピも残っている」

「ほ、本当かよっ!?」

 

 これはまた凄い偶然である。それとも、やはりこれが運命というものだろうか。

 

 ヒューズの隣で親子の会話を見守っていたコレットも、キオと同じ事を感じたのだろう。

 聖印をその手に取り「主よ……」と彼女が仕える神に感謝の念を捧げていた。

 

「じゃ、じゃあっ! 調合できるんだな!? ジュールの目は治るんだな!?」

「結論を急ぐな。お前の悪い癖だ」

「お、おう……すまねえ」


 興奮して詰め寄ったのを恥じたか、ヒューズがバツの悪そうな顔で頬を掻く。

 そんな息子を見て、ボルトは戸惑ったように目を瞬かせていた。予想よりもずっと素直に謝罪を表したのが、意外であったのかもしれない。


「……まあ、いい。少し、目を見せろ――動くな。そのままだ」

「は、はい……っ!」


 緊張したように固まるジュールに彼は手を伸ばし、顔のあちこちを触診してゆく。

 幾つかの質問を重ね、目の状態を確かめるように瞼を開いたり、瞳を覗き込んだりとしているようだ。

 

「なるほど、これは魔神の呪詛の類だな。それもそれなりに階級が上の奴からのものだ」

「え……?」

「前に症例を見た事がある。厄介なものだ。当然、お嬢さんも試みただろうが……神の奇跡でも癒すどころか、症状を緩和する事さえ難しかったはずだ」


 戸惑うコレット達を尻目に、キオはやはりと頷いた。最初に見た時から、なんとなく見当はついていのだ。

 目に宿る魔素の気配が、森で対峙した魔神たちのそれと似通っていた。魔傷痕とやらと、共通する情報データがあったのだ。

 

 ゆえに、そうだろうと目算を付けていたために、キオではどうしようもないと即断出来た。


「あ、あの時はもう無我夢中で、弟を連れて逃げるのが精一杯だったので……すみません、相手が何だったのかすら……」

「……良く殺されなかったものだ」

「いや、わざとかもしれねえ。あのバケモノどもは、そうやって苦しむ人間を見て愉しむらしいと聞いた事がある」


 ヒューズの言葉にキオは再度頷く。今度もまた、納得が行き過ぎる推測であった。

 あの『魔神』の性根の悪さ、醜さは思念波で十分すぎるほどに伝わってきた。

 どこか潔さのあった、終焉の巨人とは大違いである。あの焔の化身は、早々にキオを難敵として認知し、決して侮りもしなかったのだから。


「で、では弟は……結晶花でも……!? 一度は全身の呪詛が解けたのに!」

「……下手な薬師に当たったな。その際、呪いが目に収束したんだろう。もう少し長引いていたら、腐り落ちてたかもしれん」

「くさり、落ち……っ!?」

「予兆はあったはずだ」


 薬師にじろりと見られ、ジュールが気まずそうに身を縮こまらせた。

 

「ジュール……あなたは……」

「ごめんなさい、姉さん。えっと、あの」


 呆然とする姉に対し、少年は目を伏せた。

 気まずげな空気が流れそうになるがしかし、それを打ち破ったのはやはり『彼』であった。

 

「なんだ、ジュール! まだ隠し事があったのかよっ!」

「わっぷ、ヒューズ!?」


 わしゃわしゃと髪の毛を手で乱雑に掻き回し、ヒューズは笑う。

 

「ったく、しょうがねえ奴だな。まあ、姉ちゃんに心配は掛けたくねえもんな。それは分かる!」

「う、うん……」

「でも、こういうのはな? 後から知った方が辛いんだ。それは理解できるよな?」


 こくり、と頷く弟分に対し、青年は快活な笑い声をあげた。

 

「コレット、許してやってくんねえかな。男には意地ってもんがあるんだ」

「でも、ジュールはまだ子供で……」

「そんなの関係ないさ」


 コレットの肩をそっと叩き、次いでヒューズは労わるようにその背を撫でた。

 

「どんなに小さくてもな、男は男だ。コイツもな、いつまでもガキじゃねえのさ」

「……っ!」


 ハッと目を見開き、コレットが弟へと視線を傾ける。

 口元をきゅっと引き絞り、それでも彼は真摯な眼差しで姉を見上げていた。

 

「相変わらず古臭い考え方ね。ヒューズらしさ、ここに極まるって感じかしら」

「お前はほんっっと、変わんねえな!」

 

 ジェニーの茶々が冴え渡る。彼女は本当に空気の『読める』女の子であった。

 

「……ふん。話が済んだなら続けるぞ。確かに、結晶花でも完治は難しかった――かもしれん」

「え?」

「神官のお嬢さん、アンタは運が良かったな。この坊やの目からは『種』が消えている」

「種……?」


 そうだ、とボルトが頷く。

 

「俺たち薬師はそう呼んでいる。魔神が植え付ける呪詛の素だ。これを取り除くにはその部位を丸ごと切り裂くしか方法が無い」


 ――もしや、それはまさか。

 

 話の展開の、その先がキオには読めた。

 初めてジュールを視たあの時を思い出す。その種とかいうものはもう、存在すらしていなかったはずだ。

 

「なのに――これではまるで、大元が()()()()()()()()かのようだ。不思議とは思わんか」


 そこで、ボルトがキオに視線を向ける。

 

「……不思議ですね」

 

 それは嘘じゃない、間違いの無い感想だ。

 キオがサッと顔を背けると、ジェニーが二人の間にさりげなく割り込んで来る。

 

「ボルトさん。結論を言ってください。治るんですか、治らないんですか?」

「……うむ。可能だ。結晶花から薬は作れる。一晩もあれば十分だろう」


 その言葉に、コレットがへなへなと膝から崩れ落ちる。

 慌ててヒューズとジュールが駆け寄り、左右から彼女を支えて寄り添った。

 

「なお、る……じゅーる、が……ああ……」


 顔を手で覆って、わっと泣きじゃくるその姿を見て、彼女の『家族』である男二人は右往左往とオロオロする。


「ほら見なさい。男の意地なんてね、所詮はこんなものよ」

「辛辣だね」


 それでもジェニーの口調は柔らかく、その眼差しはとても優しげだ。

 

「そ、そうと決まれば、俺も手伝う! なんでも言ってく――」

「いらん」


 にべもなく、息子の提案を彼は切り捨てた。一刀両断である。

 

「助手は、キオに頼む。お前の手など借りん」

「お、親父……!」


 ヒューズは体を震わせ、拳を握りしめる。

 そこに在るのは怒りでは無い。もう彼は、そんな事で憤るような子供ではないのだ。

 

「お、親父の気持ちは分かるけどさ、俺だってこの子の為に何かをしてやりたいんだ! だから……」

「そこの娘を放ってか?」


 虚を突かれたように、ヒューズが黙り込む。

 

「お前の嫁になるのだろう。見知らぬ土地で心細い思いをさせるな」

「お、お義父さま、私は、別に――」

「――その男の言う通りにしてやってはくれんかの、お嬢さん」


 割り込んで来た声は、格子窓の外から聞こえて来た。

 もちろん『彼』がいつからそこに居たのか、キオには分かっている。

 

「邪魔するぞい……っと、おおヒューズ。久しぶりじゃのう」

「そ、村長……?」

「大きくなったなあ! 立派になったなあ! さぞかし、こやつも誇らしいじゃろうて……のう?」


 突然に水を向けられて、ボルトが目を反らす。

 

「しかしまあ、言うようになったもんじゃ。なにせお前さんの時はほれ、酷かったからのう」

「……む」

「緊張する新妻をほっぽり出して、山へ薬草の採取に籠りおったからのう。いくらケガ人が出たからとはいえ、三日三晩も嫁を放置しておったよな?」


 その場の全員の視線が、薬師に集中する。ジェニーの目つきが冷え込んで見えるのは、キオの勘違いでは無いだろう。


「……人は経験から学ぶものじゃ。誰だって同じなんじゃよヒューズ」

「いや、えっと」

「こやつもな、お前さんに贈り物をしたいんじゃよ」


 意味が分からず戸惑うヒューズへ、村長は片目をつむって見せた。

 その言葉が何を示すのか。キオにも分かった。

 この親子は、根っこのところが本当に良く似ているのだ。

 

「二級の合格祝いと、結婚祝い。父親として、息子に何かを贈ってあげたいんですよね?」

「え――」


 弾かれたように父を見るヒューズに、けれどもボルトは背を向けた。

 

「……あんたらは」

「うん?」

「相変わらず、お節介だな」


 強張ったような呟きに、老村長は破顔する。

 

「性分じゃからのう。なあ、キオ?」

「ええ、村長のおっしゃる通りです」


 ハハハ、と笑う二人にジェニーが吹き出した。

 やがてその声は周囲に広がり、ジュールもコレットも――皆が笑顔でお腹を抱えてしまう。

 

 ――自惚れてもいいのかな?

 

 その光景を眺めながら、キオはひとりごちる。

 傲慢な考えかもしれない、自分勝手な思い込みなのかもしれない。

 けれど、彼らのこの姿を、この幸せそうな笑顔を。自分は――

 

「ええ、そうよ。キオが守ったの」

「ジェニー……?」

「胸を張っていいと思うわ。今回ばかりは私だって文句は言わないし」


 つま先をちょんと上げ、ジェニーは指先をそっと伸ばす。

 

「でもね、何度でも言うけど絶対に忘れないで。誰がなんて言おうとも、あなたは英雄や勇者様にならなくてもいいのよ」


 彼女はいつだって決めつけない。

 キオに対して、こうしなさいとは、決して言わない。

 未来を縛ろうとはせずに、ただ願って道を指し示すだけ。



「あなたは()()。トスカナ村の、ごく普通の村人なんだから」



 ――ああ、やっぱり。彼女には敵わないや。

 

 頭を撫でてくれる、幼馴染の優しい温もり。

 それがとても嬉しくて、キオはくすぐったそうに目を細めるのであった。

 

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