第39話 お父様へのご挨拶
「……うう、む」
「まだ悩んでるの? もうすぐ着くよ」
「いや、分かってるよ。分かってるけどさあ……」
肩を落としながら、情けない声を出すヒューズにキオが苦笑する。
さっきからずっとコレだ。何年経っても、彼が立派な大人になっていても、やはり『父親』との関係というものは難しいらしい。
「ヘタレ、ヘタレヒューズ。いい加減に覚悟を決めなさい。惚れた女の前で、そんな惰弱極まる姿を晒すもんじゃないわ」
「だじゃく、きわまる……」
「……ふふっ」
尻を蹴っ飛ばすようなジェニーの毒舌に、隣を歩いていたコレットが吹き出した。
「ねえ、ヒューズ? あなたが格好良くて素敵な人だってこと、誰よりも私が知っているわ。だから、それを見せてくれる?」
「お、おう! 任せとけっ!」
「その意気、その意気だよ。頑張って、ヒューズ!」
姉弟の励ましにあい、青年はふんっと胸を張る。どうやら気力を取り戻したようだ。
強がりも多分に含まれているであろうが、そもそもからして根が素直な所が素晴らしいと、キオはそう思う。
「単純って言うのよアレは」
「ジェニーの舌鋒は、今日も鋭く冴え渡っているね」
幼馴染のため息に、キオはそれ以上のコメントを控えた。沈黙は金である。間違いない。
「……あっ。ひょっとして、向こうに見える小屋がそうですか?」
不意に、コレットが顔を上げた。その手のひらを返して、なだらかな坂の先へと向けている。
「ええ、そうですよ。あそこが通称・薬師小屋。ヒューズの――実家ですね」
ジェニーの説明に、ヒューズの表情が露骨に強張った。
やれやれと首を振る少女を見て、キオはなんだか懐かしい気持ちになる。
そうだ、昔はこうだった。ヒューズが意地を張り、それをジェニーが茶化す。キオはそんな二人を微笑ましく見守っていた。
(まるで、あの頃に帰ったみたいだね)
記憶の奥底から蘇った光景。それに目を細め、キオは空を見上げる。
のどかなトスカナ村に、今日も気持ちの良い日差しが微笑みかけてくれていた。
☆ ☆ ☆
迷宮都市の混乱は、一日や二日で収まるものでは無かった。
一連の事件で命を落とした冒険者たちは少なくはなく、生き残った者もまた手傷を負った。
調査の名目で一時的に迷宮への探索が禁じられ、さらに国への報告に各所への手回しにと、関係者たちは大忙しであっただろう。
ヒューズ等も聞き取りを求められ、そこにキオも同行した。魔術や神の奇跡を使った取り調べを、当然の如くに誤魔化したのだ。
『あいつ等も生き残ったか。運が良いよなあ』
冒険者たちの被害状況を耳にして、ヒューズはそう苦笑した。
あいつ等、というのはキオが初日に遭遇した、あの獣人達である。地底湖でヒューズに伸された後、異変の際に冒険者たちに助け出されていたらしい。
とはいえ、巨人の『熱』の影響をもろに浴びていたせいか、はたまたあのネストという男が何かをしたか。受け答えも満足に出来ない、心神喪失の状態であるらしかった。
自業自得だと、その場に居た関係者たちは誰もが口を揃えて言った。
異常な精神状態にあったとはいえ、逆恨みをしてヒューズに襲い掛かったのは弁護できない。
まして本懐を遂げたならともかく、返り討ちにあったのだから、目も当てられないというものだ。
一応、回復の余地はあるそうなので、それなりに元に戻ったら『奉仕活動』へ従事させる。そんな風に、冒険者たちが息を巻いていたようだ。
『落とし前ってのは大事だよな。俺もそう思うぜ』
そう言ってヒューズは、既知の関係にあったらしい協会員の肩へ手を回し、爽やかに笑っていた。
青ざめて顔を引きつらせていたその協会員が、彼に何をしたかは聞かなかったが、その辺はキオには関係の無い事であった。
そんな些細な事よりも、ヒューズ等の仲が以前よりも更に近づいたように見えた事の方が重要なのだ。
迷宮から帰還した後、コレットたち姉弟と彼は何やら話をしたらしい。夜を徹するようにして続いたそれは、いったいどんなものだったのか。
『詮索はしちゃダメよ。覗いても聞いてもダメ。私だって興味はあるけど、悪趣味よ』
ジェニーのダメ出しを受け、キオは彼らに関する一切のセンサーを閉ざした。
それでも、心配はなにもしていない。だってヒューズはもう、あの村に居た時のような子供ではないのだから。
数日の休養を経て体調を取り戻し、そうして五人は『目的』を果たすためトスカナの村へと旅立った。
『案内』をしたのはキオだ。ヒューズの懇願とジェニーの許可を受け、能力の一部をコレットたちに曝け出したのである。
あっという間にひと月以上は掛かる道中を踏破し、彼女たちは目を見張っていたが――けれども、それ以上は何も聞いてはこなかった。
その心中に在ったのは、キオに対する感謝と――ヒューズへの絶対の信頼。
それが、そのことが。キオは嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
だからこそ彼の成長を正しく伝えたいとそう思い、珍しく使命感に燃えていたのだ、が――
☆ ☆ ☆
「――帰れ」
開口一番のそれに、心がへし折られそうになる。
なんという絶望感だ。彼に比べれば、あの終焉の巨人でさえ可愛く見える。かつてない強敵であった。
「ボルトさん、あの」
「……家を飛び出した時点で、もう俺の手を離れている。こんな奴の事は知らん」
取り付く島も無い。なんという塩対応か。防御機能が完璧に過ぎる。
けれどもここで諦めるわけにはいかない。キオが勇気を振り絞ろうとするも、その前にジェニーがサッと一歩を踏み出した。
「ボルトさん。ヒューズに対してならともかく、キオにそんな態度は取らないで」
「……む」
「八つ当たりは止めて頂戴。あなた達の親子関係に、彼を巻き込んだら許さないから」
――凄い、流石はジェニー。
キオは感嘆としてしまう。自分よりもよほど最終兵器に相応しい。あのボルトが完全に圧されている。
「ジェニー、キオ。もういい、その辺でやめてくれ」
「ヒューズ?」
「悪い、情けえねえよな。ジェニーの言う通りだ、これは俺たちの問題だもんな」
ヒューズがキオ達を制して、ゆっくりと歩み寄る。長年、断絶をしていた父親の元へ。
「……親父」
「なん――」
「すまねえっ!」
キオは少なからぬ驚きを覚えた。
ボルトが唖然と目を見開いたのだ。こんな彼は今まで見たことが無い。
そう、困惑する父の前で――ヒューズは深く深く頭を下げていた。
「お、まえ……?」
「何もかも、親父の言う通りだ。家を勝手に飛び出た俺が、いまさら何をってそう思う。でも、そのうえで頼む!」
ヒューズは体を折り曲げたまま、凜とした声で告げる。
「話を、聞いてくれ。俺の大事な人たちの願いを、どうか聞いてやってくれ」
「ヒューズ……」
声を漏らしたのはジュールだ。どこか呆然と、青年の姿を見ている。
色彩の無い彼の世界でも分かったのだろう。兄と慕った男が、誰のために頭を下げているのかを。
「わ、私からもお願いいたします……! どうか、どうか弟を助けてください……!」
コレットもまた、眦に涙を浮かべながら、必死に頭を下げる。震える肩に宿る感情は、読み取るまでも無く明らかであった。
次いでジュールもまた、慌てて叫びながら姉にならうように頭を下げる。
「あんたら、は……?」
そんな彼女らを見て、理解が及ばないというように、ボルトは目を瞬かせている。
これもまた、レアな姿である。十年を共に村で過ごしてきたのに、今日は珍しい事のオンパレードであった。
やはり、人間は不思議で面白いとキオはそう思う。
「ご挨拶が遅れました、私はコレットと申します。彼は弟のジュールです」
「ジュ、ジュールですっ! あの、ヒューズを怒らないでください! ヒューズは僕らのために、あのっ!」
「その通りです、彼のお陰で今、私たちは生きてこの場に居られるのですから」
顔を上げ、コレットがジュールの背中を優しく撫でる。
唖然とするボルトに、彼女は真摯な眼差しを向けた。
「突然に押しかけて、身勝手な事とは思います。けれどもどうか、私どものお話だけでも聞いてくださいませ」
「お前、まさか……」
ボルトが呆けた声で呟く。その相手は目の前の女性ではなく、その傍らに寄り添う実の息子だ。
「嫁を、連れてきたのか……?」
「へっ!? いや、その話はまだ――」
「――はい」
微かに慌てるヒューズの腕を取り、コレットが頬を寄せて微笑んだ。
「私たちは家族になるんです。それが歩むべき私の運命だと、そう決めました」
「む、う……?」
「ふつつかで至らぬばかりの娘ではありますが、どうぞお見知りおきを――お義父さま」
今度こそ、決定的な一撃を受け、ボルトがよろめいた。
そんな父を見るのはヒューズも初めてであったのだろう。彼もまた、ポカンと口を開けている。
「ボルトさん? あなたの義娘になる方なのに、こんな所でいつまで立ち話をさせるつもりですか?」
「お、う……」
ジェニーの追撃に、名薬師はぎこちなく頷いた。
「な、中に入れ……話は、そこで聞く」
「ありがとうございます、お義父さま」
「や、やった! ありがとう親父……!」
喜ぶヒューズに、コレットもまた幸せそうに微笑を向ける。
それを見て、うんうんとジェニーが満足気に頷く。
取り残されたのはキオと、彼らの表情が視えないジュールである。
二人は顔を見合わせ、どちらからともなく呟いた。
「……女の人って、強いね」
そう。きっとそれは、世の真理であるのだ。




