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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
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第37話 終焉の巨人


 ――『巨人』は困惑をしていた。


 紅蓮が舞い踊り、深紅の光が宙を焼く。

 押し寄せる炎は津波と化して、迫る、迫る、迫る!


 巨大極まる焔の脅威に対し、『それ』の姿はあまりにも儚く、矮小だ。

 

 何故、こんなちっぽけな存在を焼き尽くす事が出来ないのか。

 あり得なかった、こんな事はかつて経験した事が無い。

 

 万物すべて、あらゆるものが巨人の前に屈したのだ。

 たとえ神々でさえも抗えなかった炎。遥か遠き太古においても、その焔に心身を蝕まれぬ者は皆無であったのに。

 

 ――だというのに、何故だ?


 巨人からすれば、豆粒に等しい『それ』は人間と呼ばれる、()()()()()()。その筈だ。

 脆弱な肉体と魂。巨人の熱に踊らされ、贄となり糧となる、単なる燃料。その筈――なのに。


 ――これも、弾くか。これも、通じぬか!


 炎の波は、『それ』の眼前で分断され、二つに割れて消え失せる。

 いつの間にか『それ』の片手に、これまた小さな武器が握られていた。

 柄も刃も短い、小刀。だが、そんなちっぽけなものに、巨人の火焔は断ち切られたのだ。


 ――ヌウッ!


 『それ』の手が閃き、斬撃が飛ぶ。

 数百、数千、数万――数えきれない程の不可視の刃が迫り来る。

 それは振動を伴い、空間を引き裂く波となりて、巨人の元へと降り注ぐ!


「コオオオオオオオ――」


 吐息が燃える、炎と燃える。

 やがて生じる焔の竜巻は、振動波と激突して大爆発を引き起こす。

 舞い起こる焦熱、空間そのものを吹き飛ばすほどの衝撃。それが瞬く間に周囲へ満ちてゆく。


 ――ふん、これでも焼け焦げひとつせぬか。


 さしもの巨人すら身じろぎするほどの爆風を、しかし『それ』は涼し気に受け流す。

 その衣服は焦げ跡すらなく、煙のひとつも立ち昇っていない。


『それ』の向こうに見える、二つの『豆粒』も同様だ。いかなる術を使ったか、あちらも焼け焦げる様子すら無いようである。


 一進一退。全くの互角に見える攻防。

 それが、巨人には腹立たしかった。

 

 矮小極まりない人間などと、競り合う事が恥ではある。

 だが、それだけではない。


 ――なんだ、なんなのだ。この奇怪な衝動は。


 実力は伯仲。どちらも一歩も退かぬ死闘。

 そう、一見すればそう思える。思えてしまうのだ。


 ――こやつ、底が知れぬ!


 不気味だ。不可解だ。こんな『敵』とは、相まみえた事が無い。

 遥か太古の神話の時代。幾多の神や龍とも矛を交え、容易く焼き滅ぼしてきた。

 だが、これほどまでに手応えの無い相手は――


 ――おのれ。あと、今少しというところで。とんだ邪魔が入ったものだ!

 

 神代の昔、世界を巨人が焼き尽くしたあの日。

 轟々と燃える終焉の中、役目を果たして力を消耗し尽くしたその時に、自身は封じられてしまった。

 ヒトを含めたあらゆる存在。世界が燃え尽きたことで、理性を取り戻した連中の手で、巨人は地の底深くに沈められてしまったのだ。

 

 その封印は強固であった。

 巨人の炎を逆用することで領域を固定して狭め、更に力を消耗させてゆく。見事な芸当だ。よくぞ考え付いたものである。

 

 更にそれでは足りんとばかりに、術式を組み合わせ、彼らは『領域』のうえに建造物を打ち立てた。

 巨人の力を汲み上げ、永続的に積みあがってゆく無限の迷宮。侵入者が現れることですら織り込み済みであった。

 迷宮内を変動させ、魔素を高めて魔物を造り、それと闘わせることで次々に巨人の炎を削ってゆくのだ。

 万が一の時に備え、氷結の魔導具や『花』も仕込んでおく。何もかもが抜け目なく、完璧といって良い仕上がりだった――

 

「――だから、それを逆に利用したんですね」

「……っ!?」


 目の前の『人間』が呟く。

 巨人からすれば豆粒以下の矮小な生命体。なのに何故か、その声は思念の波と変じて朗々と響いた。

 

「僅かな歪み、システム的な穴を突いて能力を伝播させた。優れた冒険者たちが迷宮に挑み、その力を尽くすたびに漏れ出る『熱』を循環させて取り込んだ。恐らくは力も全盛期に近いところまで取り戻していたのでは?」


 ――なんだ、こいつはなんなのだ。

 

 巨人の困惑は更に増す。何故、口に出してもいない言葉を、正確に読み取って――

 

「そうして少しずつ、少しずつ……封印を破ろうとした。力を消費させていると見せかけ、迷宮にも手を加えた。今回のように、彼らを誘い込むような変動を起こしたのも、一度や二度じゃありませんね。更に条件に合った人間に炎の種子を植え付けた事もあった、と」

「……!」

「けれど、分からないのはただ一つ。あなたが解放されるまでには、まだまだ長い歳月が必要だった。なのにこうして今、封印は破れようとしています」


 『人間』が顔を上げる。

 小さな、ごく小さな眼差し。取るに足らない矮小な視線がしかし、巨人の魂を鋭く射抜く。

 

 ――こいつは、敵だ。恐るべき敵だ!

 

「……それはどうしてなのか。あなたの覚醒を早めた『それ』が何なのか。どうやら、あなた自身も知らないようですね」


 その事は確かに不審であった。巨人の目算でも、まだまだ外に出るには時間が掛かると見ていたのに。

 

 ――だが、そんな事はどうでも良い。何者の目論見がそこに在ろうとも、我はただ燃やすのみ。ただ――焼き尽くすのみ!

 

 全身を戦慄かせ、極限の集中を持って巨人は『それ』を睨みつけた。

 

 ――ならぬ、出し惜しみはならぬ! この『人間』を侮っては、ならぬ!!


「……!」


 瞬間、ひときわ煌めく焔が立ち上がる。

 予兆も無く、起こりも無い。ゆえに絶対に防げない。


 それは単なる炎ではない。

 過去まえを炙り、現在いまを焼き、未来さきを燃やし尽くす。

 まさしく因果焼滅の輝きだ。


 あらゆる時代、あらゆる空間、あらゆる場所に在る事を許さず。

 定めも、運命も。その存在そのものすらも無へと焼き払う。


 耐えられる者はいない。

 いかなる生命であろうとも、例え神でもあり得ない――筈、であった。

 

 

「――なるほど」



 赤々と燃え盛るヴェールの向こうから、その呟きが漏れた。


「やはり、これはそうだったのか。概念消滅――この場合は焼滅かな。この世界にも使い手が居たとは驚いた」

「ガ……ア……?」


 聞こえる、炎の中から声が聞こえる。

 窮極と燃える焔の中から、声が響く!


「炎を用いて空間と存在への干渉度を変節させる……そうか、こんなアプローチもあったのか」


 淡々とした、抑揚の無い口調。およそ感情というものが抜け落ちたかのような声。

 そうして静かに、一歩が踏み出される。炎の中から『それ』が現れる。

 衣服はあちこちが焼け焦げて破れ、煙が立ち昇る。それは待ちに待った光景だというのに、巨人は唖然として震え出した。


 ――こ、やつ……!?


 あの炎に晒されて、何故。何故だ!? どうして――


 ――その肌に、焼けた痕がただの一つも無いのだ!?


 慄く惑いはやがて、生まれて初めての『恐怖』へとすり替わる。

 

「終焉の巨人――確かに、その名に相応しい能力ですね」 

 

 なんだ、こいつはなんだ。この『人間』は、なんなのだ!?



()()()()()()



 その呟きと共に、虚空へ拳が突き出される。

 無造作に、ひょいと繰り出された一撃。


 しかし、それは見る間に光と化して膨れ上がり――


「――ガアッ!?」


 巨大な、あまりにも巨大な拳圧となり、巨人の体へ着弾する。


 衝撃、衝撃、衝撃! 


 視界が回転する。体が横転する。

 かつて味わった事の無い屈辱に、その混乱は極みへと達した。


「グ……オ……!」

 

 ――あり得ない、こんな事はあり得ない!!

 

 巨人の身を覆っているのは、単なる炎ではない。

 魂の根源から溢れ出る絶対的な防御壁。ありとあらゆる攻撃、呪詛や神の奇跡すらも触れる傍から焼き尽くす。

 神代の時代に封じられた時も、それを逆用されただけで、ついぞ破られる事は無かった。

 

 ――なのに、それなのに!

 

 全身が震える。体が炎の海へと横たわる。四肢がひび割れ、肌が崩れてゆく。

 たったの一撃で、この身が崩壊する寸前にまで追い込まれている!


「オオオオオオオオオオオオ!!」


 吠える、吠える、吠える!

 旧き世界を焼き尽くした者として、終焉の担い手として。

 

 ――これの存在は看過できぬ。認めることは出来ぬ。ここに在る事を許さぬ!

 

 強靭な意志と魂が命ずる元に、巨人は力を振り絞って立ち上がる。

 

 ――まだだ。まだ滅びぬ! 我を舐めるな、人間ッ!

 

 この世に炎が失せることなどあり得ない。そしてそれが在る限り、巨人は何度でも蘇る。

 人間の、生きとし生けるすべての心に『熱』が灯る限り、何度でも!

 久遠にして不滅。それが終焉と呼ばれた巨人の本領なのだ。

 

「オオオオオオオオオオオオ!!」 

 

 振り上げた手の中に、極大の火炎が収束して槌と化す。

 これぞ大地を砕き、大陸を沈め、世界を崩壊へと導いた焔の一撃!

 

 空間さえも焼き尽くしながら迫る炎に対し、『それ』の体躯はあまりに儚く小さい。

 何百、何千、何万倍もの質量差。誰が見ても明らかになる結末。滅びの時は、ついに来た。

 目前へと唸る破滅に向かい、『それ』はひょいっと片手を持ち上げて――

 

 

 その槌を、()()()()()()

 

 

「―――――っ!?」

 

 そうとしか、形容が出来なかった。槌はひしゃげてすり潰され、見るも無残に砕けてゆく。

 火の粉が塵となって舞い散る中、巨体がゆっくりと前のめりに沈み込む。

 

 驚愕と恐怖。未知の衝動に心身を撃ち抜かれた巨人は、傅くように体を折る。

 動かない、四肢も炎も何もかもが動けない。動くことが叶わない。

 その動揺は、ほんの一瞬。時間にして一秒にも満たない刹那の空白。

 

 しかし、その間隙を『それ』は見逃さなかった。

 

 『それ』が拳を後方へと引き絞る。

 悪夢めいた緩慢な仕草。周囲の全てがひどくゆっくりと動いて見える。

 やがてそこへ、炎に包まれた上半身が吸い込まれてゆき――

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 瞬間、巨人の体は遥か上方に在った。

 

 ――なんだ、なんなのだ!? なにが起こったというのだ!?

 

 必死に『眼』を凝らす。周囲の炎を視界と繋げ、そうして巨人は『視た』

 『それ』が、拳を突き上げている。天へと呼応するかのように、その手は高々と掲げられていた。

 

 ――まさか、まさかまさかまさかッ!?

 

 何度目かの『あり得ない』を巨人は知る。吹き飛ばされたのだ。打ち上げられてしまったのだ。

 先ほどのように拳圧を膨れ上がらせたわけではない。

 あのか細くちっぽけな腕で、豆粒以下の存在が、その拳で!

 

 四肢の崩壊が加速する。けれど、まだ決定打には程遠い。永遠の灯を消すことは叶わない!

 すぐさまに周囲の炎が纏い、補い、復元してゆく。

 『それ』も無限に力を振るえるわけではあるまい。必ず底は尽きる。ならば、最後に勝つのは巨人である。

 そうだ。この世界に灼熱と燃ゆる火が輝く限り、この身は不死不滅――

 

「――では、それが無い場所へ」


 再び、淡々とした声が響く。

 

 ――なに?

 

 揺らぐ視界の中で、指先を『それ』がこちらへ向けて突き付けていた。

 なんの圧もなく、なんの力も込められてない。

 けれど、何故か。巨人はそれが――もはやこの世に居ないはずの、死神の鎌に見えた。


 ――ま、さか!?

 

 ゾッとするほどの『冷たさ』が炎の巨人の思考を凍てつかせる。

 間を置かずに晒された二度の再生。それに手間を掛けさせられ、しかも空中に在っては身動きが取れない。纏う炎は勢いを失い、因果焼却を振るう事すら叶わない!

 

 ――こんな、こんな馬鹿な……!

 

 何をされるかは分からない、何をするのかも分からない。

 けれど、それが己にとって決定的な絶望であると、巨人は理解していた。

 

 ――いつから、いつからこやつはッ! この場面を……この、瞬間をッ!

 

 冷徹に、冷静に。誘導されていた。計算されていた。

 恐らくは、巨人と『それ』が対峙した時から、もう既に。


 この局面は、そうだ。()()()()()()()()――

 

「――装備、選択」

 

 その呟きと共に、詰み(チェックメイト)の宣言が放たれる。

 

Black Hole(ブラックホール) Lancer(ランサー)


 巨大な闇が圧縮し、ひと振りの槍と為って巨人へ迫る。

 恐ろしい、おぞましい漆黒。あれはダメだ、あれを受けてはダメだと本能が叫ぶ。

 持てる限りの全ての力と炎を尽くし、それを防がんと試みるも――

 

 ――な、にっ?

 

 焼く事も出来ない、逸らす事も出来ない。

 ただ、吸い込まれてゆく。

 光も炎も何もかも、そうして巨人の体そのものも、闇の中へと消えてゆく。

 

 ――オ、オオオオオオ!?

 

 声すら出ない、何も出ない。

 圧倒的な重圧に圧し潰されて、魂そのものが圧縮される。

 光も無く、炎も無い。恐るべき虚無の世界へと誘われてゆく――

 

 ――これ、は。

 

 巨人は悟る。最早逃れられぬとそれを悟る。

 絶望と後悔の中で、しかし奇妙な安堵があった。


――そうか、これが……


 遥か太古から、今に至るまで。誰も巨人に与えられなかった。与える事が叶わなかった。

 滅びを導き、万物すべてを焼き尽くす。たとえ死の神でさえも施す事は不可能だった、それは。

 

 ――()()、か。

 

 その最期に微かな笑みを残して。

 巨人の意識は、魂は、その炎は――暗黒の空間に消え失せた。

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