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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
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第36話 願い



「あ……ウ――」


 乾いた声が漏れ出る。熱い、何もかもが熱くてたまらない。

 何が起こっているのか、ここは何処なのか。何も分からない。理解が出来ない。

 霞む視界の向こうに見えるのは、巨大な――あまりにも巨大な影。

 

 灼熱の火炎の中に立つそれは、魂の底から震えあがるほどの威容を持ってヒューズ達を睥睨している。

 

 ――何故、まだ燃え尽きていないのか。

 

 あまりにも強烈に迸る視線は、そう物語っているように思えた。

 

(んなこと、俺が……知る……かよ……)


 存在の格が違うと、ハッキリと分かる。

 万全の状態であっても、変わらない。文字通りに手も足も出せないだろう。

 アレは、人がどうにか出来るような矮小なモノでは無い。


「ぐ……あ……」


 周囲に在るのは、紅蓮と燃える炎のみ。焦熱の海の真っただ中にヒューズ達は浮かんでいた。

 

「神よ……うんめい、しんよ……」


 腕の中で、コレットが身じろぎしながら聖句を唱え続ける。

 その両手には聖具と――そして、ヒューズと繋いだ指先には、あのお守りが握られていた。

 

「あ……」


 薄く淡い光が布袋から漏れ出し、二人をすっぽりと包み込んでいる。

 押し寄せる炎の波に抗えているのは、どうやらこれのお陰のようであった。

 

(……キオ)


 彼が、何かを施してくれていたのか。絶体絶命の窮地にあって、その輝きだけが僅かな救いだった。

 

 ――けれど。

 

「主よ……どうか、どうか……ひゅーず、だけは……このひと、だけは……」

「これ、っと……」


 その防護壁にも限界がある。膜を通して伝わる熱気に炙られ、気力も体力も消耗してゆく。

 それでも、コレットは。必死に、ただ必死に――残された力を振り絞るようにして、神の奇跡を願う。

 

「やめろ、コレット……やめて、くれ……」


 元々、尽きかけていた精神力。その全てを用いて彼女は神術を行使しようとしている。

 ほんの僅かでも愛する男を生かそうと、命を削っている。

 

 必死にその動作を止めようと、手を握りしめるも、もはや力が入らない。

 その添えるだけの指先を見て、コレットが泣き笑いの顔をした。

 

「ごめ、なさい……ごめん、ね……やっぱり、わたし、が……」

「ちがう、コレット……!」

「やっぱり、わたし、が……のぞんじゃ、いけなかった、んだ……」


 涙さえも、流れる傍から蒸発してゆく、その眼を拭うことさえ、今のヒューズには叶わない。


「じゅーると、あなた、と……しあわせに、なれると、おもったのが……だめ、だったのかなあ……」

「――ッ!!」


 最後の力を振り絞り、ヒューズはコレットを抱きしめた。

 悔しい、悔しくてたまらない。どうして、どうして、どうして――それだけが頭の中を駆け巡る。

 だって、こんなの無いじゃないか。彼女が今まで、どれだけ苦労と悲しみを重ねて来たと思っているんだ。

 やっと、やっと報われるはずだったのに。幸せになれるはずだったのに!

 

「ちく、しょう……ちくしょう……」


 炎が渦となって轟々と唸る。周囲の光が段々と弱まり、儚く消えてゆく。

 

「じゅーる、ひゅー、ず……」

「う、ぐうう……コレット……!」


 目の前が真っ赤に染まる。もう何も見えない、分からない。

 押し寄せる絶望の中、ヒューズはただひたすらに最愛の女性を抱きしめ、願い続ける。

 

(どうか、どうかお願いします。俺はどうなっても構いません。だから、お願いします……! コレットを、コレットを――)


 けれど、誰に祈ればいいのだろう。誰に願えば届くのだろう。

 こんな残酷な結末へと信徒を叩き落した、運命の神とやらに?

 

 それとも――

 

「あああ、ああああ……ああああああああ……っ!」


 燃える、目の前で愛する人が燃えてゆく。炎の中に飲み込まれてゆく。

 

 ――嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ――!!

 

「ひゅーず、ひゅー……」

「たすけて、だれか……だれか……っ!」


 紅蓮の真紅に溶けゆく思考の中で、何かが閃く。

 何もかもが燃え尽きてゆく中、ヒューズは最期にそれへと縋り付いた。

 

「…………オ」


 そうだ。もっとずっと幼いころ、こんな時に彼は来てくれた。ヒューズが泣いていると、いつも飛んできてくれた。


『大丈夫だよ、ヒューズ』


 そう言って、泣き止むまでずっと傍に居てくれた――

 

「キ……オ……」


 彼は居ない。ここに居るわけがない。

 けれども、願わずにはいられなかった。乞わずにはいられなかった。

 

 その名を呟かずには、いられなかった。


「……にい、ちゃ――」



 ――瞬間、炎が吹き飛んだ。

 

 

 爆音と共に天が砕け散り、何かが炎の海へと降り立つ。

 そうしてさざ波の如くに揺れる焔の中心に、あり得ざる人影が在った。


「え……?」


 うそだ。これはきっと夢だ。今際の幻だ。

 だって、ここに彼が居るはずが無い、のに。

 

 けれども、その後ろ姿は。子供の頃からずっと見続けてきた、ヒューズが憧れたあの背中で――

 

「――良かった。間に合ったみたいだね」


 振り向く、彼が振り向く。あの優しい笑顔で歩み寄ってくる。


「あ……」


 いつの間にか、ヒューズ達を包む炎が消え失せていた。

 身を焦がすほどの熱気が、何処かへと遠ざかってゆく。

 

「……うん、大丈夫。彼女も命に別状は無いね」


 目と鼻の先まで近づくと、キオはコレットへと視線を落とす。

 

(べつじょうは、ない? たすかる? これっとは、たすかる……?)


 ヒューズの意図を察したように、キオが微笑む。

 

「凄いなあ、ヒューズは」

「え……?」

「ちゃんと守り切ったんだね。君は大好きな女の子のために、本当に頑張ったんだね……」


 ぽん、と。頭に手が置かれる。

 何年振りかの、懐かしいその感触。

 呆然と見上げるヒューズに、キオは柔らかい眼差しを向けた。

 

「……大人になったね、ヒューズ」

「あ、あ……ああ、あ――」


 やっぱり、これは夢だ。そうに違いない。

 だって、ずっとずっと夢見ていたその言葉を。

 いつか聞きたいと欲していた願いを、他でもない彼が――

 

「――にいちゃんッ!!」


 ヒューズはしかし、感慨深さを振り切るように叫ぶ。

 彼の背の向こうから、迫りくる紅蓮が見えたのだ。

 大津波の如き巨大な炎が、三人を呑み込まんと押し寄せてくる。

 

 見る間に広がる膨大な真紅の輝き。万物全てを溶かしつくさんとする、絶対の炎。

 まるで生き物のように伸び、命そのものを舐めつくさんと、灼熱の舌を伸ばし――そうして、瞬時に()()()()()

 

 キオが無造作に、ひょいっと持ち上げた右腕。

 それに巻き取られるようにして、巨大な焔が分解されてゆく。

 

「だから、もう泣かなくてもいいんだよ」


 炎の巨人に背を向けたまま、のんびりとした、安らぎに満ちた声でキオは告げる。

 ああ、そうだ。昔もそうだった。ヒューズが困ったときに、彼は必ずそう言ってくれたのだ。

 

「この槍と一緒に、あの街へ帰ろう。ジュール君たちもね、二人の帰りを待っているから」


 槍が、ヒューズの眼前に突き立てられる。ヒューズが愛用していた、あの氷の魔槍だ。

 震える穂先から冷気が漏れ出し、二人の体を優しく包み込んでゆく。


「あ……」


 瞼が落ちる、開けていられない。

 堪えきれないほどの眠気が、ヒューズの意識を閉ざしてゆく。

 

「……後は僕に任せて、ゆっくり休んでいて。何も心配は要らないからね」


 暗闇に堕ちる寸前、最後に見えたもの。


「大丈夫だよ、ヒューズ」


 それは昔と何も変わらない、大好きな『兄』の笑顔であった――

 

 

 

 

   ☆       ☆        ☆

         

         

         

         


 ――ヒューズ達の意識が途絶えたのを見計らい、キオは立ち上がった。


 あの最上位魔神の時のような、光の防護膜では足りない。彼らの安全を確保できない。

冒険者たちを助けた時のように、熱エネルギーの反転だけでは、とても足りない。


 ならば、取りうる手段はただ一つ。


「……防御兵装を一部譲渡。エネルギーの供給を開始」


 ヒューズ等に背を向けたまま、キオは手のひらを掲げる。基点とするのは、傍らに在るこの槍だ。氷結の魔力を持っているのも都合が良い。

 そうして防御の要を移行すべく、極少機械群に命じ――


≪――承認不能。不確定要素有り。再考せよ≫


(ノー)だ。再考は認めない。速やかに実行しろ」


≪……承認。防御兵装一部解除≫


システムの抵抗をねじ伏せ、キオは護りを分け与える。輝く光が迸り、槍が仄かに煌めき始める。


そうだ、これでいい。

確かに危険(リスク)はある。他者への防御の譲渡と維持には莫大なエネルギーを消費する。けれども、問題はない。


≪防壁兵装の一時譲渡を完了≫


 自身の後ろに在る、愛おしい命の輝きを守ることに――なんの問題があるはずもない。

 

≪固定時間:保持限界――五分間と制定≫


 充分だ。それだけの時間があれば、決着をつけるには十分すぎる。

 

「少しだけ待っててね」


 眠る弟分たちにそう言い残し、キオは歩き出す。

 

 向けられるは敵意と殺意。そしてあの、魔神と同じ『エサ』への関心。

 話し合いは不可能。交戦は避けられない。見逃せば、この巨人はここから這い出て街を焼く。

 そして世界を――あの村を燃やし尽くすだろう。

 

「……戦闘状態への移行を確認。状況を開始する」


 それは見過ごせない、許してはおけない。

 胸の内から這い上がる、渦巻く炎。巨人が起こす熱とは違う。影響は完全に遮断しているし、関係は無い。


 ならばこれは、キオ自身に端を発するものなのだろう。ぐつぐつと、煮えたぎるような感情の波。

 今、この時にではない。それはボロボロになったヒューズを見た時、既に湧き上がっていたものだ。

 

 ――なるほど。これが『怒り』か。

 

 かつて感じた事の無いもの。それを胸に抱き、キオは歩き続ける。

 炎の波など苦にしない。鋼をも焼き尽くす焔も、効きはしない。何の意味ももたらさない。


 何故なら、自分は――

 

 

『――お前は兵器だ。それ以上でもそれ以下でもない。そう在るように私が作った』


 

 かつてキオを作った彼女の、懐かしいあの声が再生される。

 

 

『――けれど。お前が、もし。もしもいつか……りたいと』


 

 そうだ、あの人はあの時、そう言っていた。

 

 

『大切な誰かを()()()()()、そう望むのなら――』


 

 あり得ない仮定。

 全ての命が消え去ったあの宇宙において、決して叶わないはずの願い。

 けれども、あの人は。どこか疲れた顔で、優しく微笑んだ。

 

 

『その、誰かの悲しみに応えろ』


 

 歩く、歩く、歩き続ける。炎の道を辿って、その元へ。

 

 

『その、誰かの涙に応えろ』



 メモリーの奥底から、次々と鮮やかに再生される。

 キオの大切な人と、この町に来てから関わった人たち。彼らの嘆き悲しむその声が。

 流れ落ちる涙が、克明に浮かび上がる。

 

 

『そして、その。誰かの――』



 浮かぶ、浮かぶ、浮かぶ。絶望の果てに響く声。

 無力に嘆く少年の、罪に喘ぎ啜り泣く彼女の、そして最愛の人を救いたいと願う青年の――

 

 

「――『命の、叫びに応えろ』」



 宣言と共に、キオは立ち止まる。見上げたそこに在るのは、巨大極まりない真紅の悪夢。

 逆立った紅蓮の髪、炎と燃える瞳は赤々と輝き、矮小なる『人間』を睥睨しているようだ。

 

 感じる圧とエネルギー。それは観測通り、あの最上位魔神を遙かに凌ぐ。

 この世界に来てよりかつて、検知した事の無いほどの凄まじさ。およそ生物が持ち得る筈の無い超常の力。

 けれどもそんな些細な事は、キオには関係が無い。ただ必要なら戦う、それだけだ。

 

 目の前に立ちふさがるのは、かつて旧き世界を灼き尽くした焔の化身。

 全てを消し去り、滅びへと導く――終焉の巨人。

 

 そして、立ち向かうは()()()()

 

 『終わり』のその名を冠して向き合う、二つの超存在。

 燃え盛る炎の領域において、今。決戦の火蓋が切って落とされた。

 

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絶体絶命絶望の大ピンチに颯爽と現れ脅威を払うヒーローの背中…… こんなん泣いてまうやろ!!
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