第35話 運命さえも貫いて
迷宮の前は、更なる混乱がひしめいていた。
「中の様子は分からないのかっ!?」
「氷の魔術じゃダメだっ! まるで効きやしないぞ! くそ、魔導具も――」
冒険者協会の関係者だろうか。何人もの男たちが右往左往としている。
彼らは遠巻きに『それ』を見ている事しか出来ないようだ。
古代の神殿を思わせるドーム状の施設は炎の中に消え失せて、その姿かたちさえ分からない。
周囲に伝播する熱気は徐々に広がっている。恐らくはそう時間が掛からずに、この都市そのものを吞み込んでしまうだろう。
時間は無い。余裕は無い。けれども――問題は無い。
絶望に喚く人々の頭上を駆け抜け、キオはそのまま炎の中へと飛び込んだ。
人が認識できる速度ではない。何かの光が瞬いた、とすら感じられないだろう。
内部の施設は既に原型を留めていない。床が剥がれ、柱は崩れ、至る所が赤熱化している。
魔術による保全の類が仕掛けられていただろうに、まるで意味を成していない。
(……あそこか)
キオのセンサーが、『それ』を捉える。
複数の柱が倒れ込み、折り重なるようにして積まれている場所。
その下に、迷宮への出入り口がある。
≪高周波ダガー 起動≫
左手首を外側に傾け、右手をそこへと添えて抜刀する。
微かな金属音が響き、現れたのは小ぶりの短刀だ。波動干渉により、この世のあらゆるものを寸断する近接兵器。
キオは勢いを殺さず、眼前へと迫る柱に向けて、それを無造作に振るった。
手応えは無く、反動すら無い。けれども効果は劇的だった。
秒間数万を超える斬撃の嵐を浴び、支障物は全て細かいチリと化して周囲に散らばる。
その結果を確かめる暇すら惜しい。舞い散る粒子を背に、キオは迷宮へと飛び込んだ。
(――そこに、居るね。生体反応は二十一。全員――人間)
生きとし生けるものを焼き尽くすような焦熱地獄の、その中で命を保っている理由。
それは間もなく判明した。
「た、たすけてくれ……あああ……」
「いやだあ……こんなところで死にたくないよぉ……」
泣きじゃくりながら震える一団。迷宮攻略中だった冒険者達だろう。
彼らの中心に、青白く輝く何かが見える。炎の揺らめきの中で散ってゆくそれは、煌めく花弁であった。
(……もしかして、あれがシリウスの結晶花かな?)
水晶のように輝く花は、周囲の炎と拮抗して冒険者たちの命を繋ぎとめているようだ。
けれど、それも長くは持つまい。花は次々と舞い散り、数を減らしてゆく。
絶望に叫ぶ彼らに向けて、キオは片手を差し向けた。
周囲の熱エネルギーに干渉して反転、外側へと押しやる冷気へと変換する。
「あ……れ……?」
「あつく、ない……?」
呆然とする冒険者たちに歩み寄り、キオは状態を確認する。
大なり小なり怪我を負ってはいるが、致命傷には程遠い。これなら問題はないはずだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、あんたは……?」
「通りすがりの村人です」
ポカンとする冒険者に笑って誤魔化す。ジェニーが良くやるアレである。
「た、助けが来たのか……!? だ、だったら頼む! まだ、逃げてない奴らが居るんだ!」
冒険者たちの一人が、血相を変えて叫ぶ。
「ヒュ、ヒューズが……! コレットちゃんも……!」
「あ、アイツら……! お、俺らを助けるために……ああ……」
安堵と共に押し寄せてくる後悔の念。
彼らは先ほどとはまた違った涙を流し、頭を抱えてうずくまっている。
「な、なんであんな……あんなふうに、俺たちは……!」
「ヒューズ達は、下層に居るんですね?」
「あ、ああ……第九階層の地底湖だ。あ、あいつらはそこで……」
探知している反応は違う。そこよりも更に下だ。
そこで、何かがあったのか。だが、聞いている暇が惜しいし、今の彼らではロクに説明も出来ないだろう。
今はジェニーもここには居ない。
だからキオは仕方なく、彼らの思考と記憶をそのまま読み取ることにした。
(――なるほど)
彼らがその全てを把握していたわけではないようだが、大まかの所は分かった。
(ヒューズ……君は……)
思考が疼く。嬉しさと喜びが入り混じったような、奇妙な律動だ。
もしかしてこれが、誇らしいという感情だろうか。
「皆さんはここで待っていてください。すぐに、外へとご案内しますので」
「あ、おい……どこ――」
――へ、という言葉を置き去りにして、キオは奥へと突っ走る。最早、彼らには目もくれない。
目的地への最短経路。そこへと到達しようとした、その時。
「……うん?」
何かが、地面に突き刺さっている。青白い冷気を穂先に纏う、それは見覚えのある槍だった。
「これは、ヒューズの……」
柄に、そっと触れる。
りぃん、と。甲高い音が響き、微かに槍が揺れたように思えた。
「そうかあ……君も、ご主人様が心配なんだね」
槍を引き抜き、一回転させるとキオはそれを背負った。
「よし、一緒に迎えに行こうか」
その言葉と共に、キオは真下を睨みつけた。
在る、そこに在る。遥か二十七層を超えた先で、彼らは――生きている!
「コード認証……代替解除」
あのデータディスクから得た情報、そこから辿って見つけたもの。それは『核』への扉を開くためのカギだ。
緊急時にのみ使用するはずだったのだろうか。巧妙に隠されていたそれも、キオの前では意味を為さない。
魔力を科学の力で解析し、電力と波動で編んでそれを繋ぐ。
そして、その先。肝心要の媒介は――すでに、その領域に在った。
ヒューズは、言いつけ通りに『あれ』を手元から離していない。それが、二人の命を繋いでいるのだ。
キオの行くべき道筋を、示してくれているのだ。
「……君は、僕との約束を守ってくれたんだね」
――ならば。今度は自分がそれに応える番だ。
「復元武装・検証開始」
この状況を突破するのに最適なモノ。
それはかつて、最後まで再現が叶わなかった特殊兵装だ。
≪データサンプリング・完了。対象名【アークデーモン】所有技能【咆哮】――検証終了≫
キオの元になった『それ』が所有していた兵器のひとつ。あの宇宙での構成要素では、できなかった。不可能だった。
けれど、この世界でなら。未知の力に触れた今ならば、それを取り込み――復元可能だ。
≪――兵装解放――≫
右手を掲げる。手のひらを開く。
『なあなあ、兄ちゃん! キオ兄ちゃん! またお話を聞かせてくれよ!』
浮かぶ、笑顔が浮かぶ。
『キオ! 俺、絶対にすっげえ冒険者になるからっ! だから――』
彼と過ごした、掛け替えのない思い出が蘇る。
「――装備、選択」
音が鳴る。開いた手の中に、それが鳴る。
囀りの如き走りから、やがて甲高く響き、響き、響き――瞬く間に空間そのものへと満ちてゆく。
巡り破裂し打ち合い迸る、それは滅びを導く破壊の唱和!
「Howling――」
壊させない、死なせない。彼の夢の邪魔は決してさせない。
相手が誰であろうとも。たとえ、世界を焼き尽くした巨人が敵であろうとも!
「――Destruction!」
振り下ろした手の先で、全てが崩れ去る。
連鎖する破壊の音叉に晒されて、耐えきれるものなどありはしない。
加速する視界。あらゆるものを打ち砕きながら、キオは進む。
目指すは迷宮最下層。その奥に潜む根源領域。
大切な『弟』の待つ焦熱の地獄へ、ひと振りの槍と化して突き進む――




