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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
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第33話 焔の目覚め

 

 地底湖で行われた一連の戦いは、ついに終着を迎えた。

 生死を分ける天秤は、危うい所でヒューズ達へと傾いたのである。

 

 ――生き残った、勝者として。


「ヒューズ……っ!」


 激戦を制し、肩で息を吐くヒューズの元へ、コレットが這うようにして駆けつける。

 その手には、あのお守りが握られている。どうやら、拾い上げてくれていたらしい。

 我を忘れているように見えて、抜け目は無い。彼女らしい律義さだとヒューズはそう思う。


「怪我、怪我は……っ」

「ああ、大丈夫だ。なんてことねえさ」


 氷結させた傷口を撫で、ヒューズは笑う。

 とはいえ、治療は必要だ。氷の魔力への耐性はあるが、凍傷にでもなったら目も当てられない。


「き、奇跡を……」

「まだ回復しきってないだろ? 背負い袋を寄越してくれ――うん、これでいい。今はこいつで充分さ」


 袋の中から取り出したのは、特製の傷薬だ。薬草を採取し、ヒューズ自身が調合した代物である。

 子供の頃から、父に徹底的に仕込まれた知識と腕は、それなりの域に達していた。

 そう、それは本草学の技能検定で三級を取得できるほどに。


(……ったく。世の中、何が役に立つか分かんねえよな)


 凍結を解除し、簡単に治療を施す。手際が良いと自分でも思ってしまうのが悲しい所だ。

 家業を継ぎたくないと村を飛び出したのに、父から得た技能が結局、こうして身を助けている。


「……運命、か。つまるところ、そんなもんなのかねえ」

「え?」

「いや、なんでもねえさ」


 苦笑しながら首を振り、ヒューズは切っ先をネストへと向けた。

 どうするか、等と悩む事も無い。これを生かしておくのは危険だ。

 

 迷宮においては、都市法で定められた規則が在ってないようなものとなる。

 人の目の届かぬところで何が起ころうと、自己責任。それが冒険者の宿命でもあった。


「一応、聞いといてやるよ。お前はいったい、何がしたかったんだ?」


 このまま放っておいても失血死は間違いない。ヒューズの槍は鋼鉄を撃ち貫き、ネストに決定的な致命傷を与えていた。だから後は止めを刺すか、放っておくかの違いでしかない。

 だが、このまま命を奪うのは躊躇われた。同情や義侠心からではない。ヒューズの直感が、なにか嫌なものを覚えていたのだ。


「結晶花について、妙な事を言っていやがったな? それと関係があるのか」


 この男が根っからのクズなのは分かる。他者を踏みにじる事、それそのものに快感を得ているだろうとも理解は出来る。だが、わざわざヒューズ等をこの地底湖にまで誘い込むような真似をして、殺し合いまでする必要があったのか。


「……クックヒッ」

「なに?」

「ヒヒヒ……ハハハ……咲く、咲け! 熱だ、命だ! 結晶花……ひゃはははははっ!」


 気が触れたように嗤い出し、男は身をよじる。

 それは現実から逃れようとしているかのようで、いっそ哀れでさえあった。


「……ヒューズ。ネストさ――この人が、さっき言ったことは本当よ」

「コレット……?」

「私は運命神に仕える者として、許されざる禁忌を犯しました」


 震える声で目を伏せる。涙は流さずとも、その心が泣き叫んでいる事は明白だ。

 苦しそうに肩を揺らすコレットが、何故だろうか。ヒューズには、小さな子供のように見えた。


「さっきの話が本当だとしても、俺の答えは変わらねえよ。だから……」

「違うの」


 コレットは目をぎゅっと瞑り、唇を噛み締めた。


「私の罪はね、もう一つあるの」

「え……?」

「私はね、ヒューズ。あの子を――ジュールを疎ましく思ってしまったの」


 ぽかんと口を開けたヒューズに、コレットは泣き笑いの顔を向けた。


「あの村に居た頃は、生きながら腐っていくみたいだった。神官として、禁忌に触れることを繰り返して。もう自分が何をしているのかも、良く分からなくなっちゃって」


 だからね、とコレットは涙を零す。震える声で、泣き続ける。


「いつものように『処置』を終えて帰って来た、あの夜。ベッドで眠るあの子を見て、私は……呟いてしまった」

「コレット……」

「この子が居なければ、良かったのに――って」


 膝を屈し、コレットは両手を地面に投げ出した。

 断頭台に上った罪人のように、許されざる罰を待ち受けるかのように。


「……ね、軽蔑したでしょう? 何の罪も無いあの子に、おぞましく醜い感情を抱いた私を」


 ああ、そうかと。ヒューズは唐突に納得を果たした。

 コレットへの想いを打ち明けたあの日、彼女が躊躇いを見せたその理由。

 確かにそれは、罪悪感だったのだ。自分だけが幸せになっていいのかと、そう思ったのだろう。


 その根元に在るのは、無垢な魂たちの運命を閉ざしたこと。

 そして――最愛の弟へ抱いてしまった、理由なき憎悪であったのだ。


「あ、あなたにはもっと、ふさ、ふさわしい、じょ、じょせいが……っ!」


 震える背中は儚くて、小さくて。とてもネストに気炎を吐いた女性と同一人物とは思えない。

 目の前で哄笑し続ける大男が、なお一層に憎らしく感じる。この屑が、と。唾すら吐き捨てたくなった。

 

 けれど、それよりも。なによりも、大きな感情がヒューズの中で荒れ狂っていた。


「……なあコレット。俺に相応しい女性ってなんだよ。どんな奴の事を言ってるんだ?」

「そ、それは……もっと清らかで優しくて、綺麗な女の人で……」

「俺はコレットがいい」


 即座に応えて、コレットの肩を抱き寄せる。もちろん、ネストから目線は外していない。

 この男に邪魔をされるのは、ここまでで十分だ。これ以上、余計な真似をされてたまるものか。


「コレットの過去が許されるかどうか、それは俺じゃあ分かんねえさ」


 罪悪感に苦しむ彼女を、理解した等とはとても言えない。

 その行いが良いか悪いかを決めるのはヒューズでは無いのだ。

 どれほどに償いを重ねた所で、それを決めるのはもう、この世から消えた命でしかない。


「でもさ、ジュールはまだ生きてるんだぜ。取り返しがつかねえって事はないだろ?」

「け、けど!」

「つうか、俺は安心したけどな。すっげえホッとしたし」

「……へ?」


 嘘でも冗談でも何でもない。心の底から安堵した。それは間違いない。


「コレットもさ、そんな風に思うことがあるんだなって。人間らしくて良いと思うけど」

「は、え?」

「あのさあ、真面目に考えすぎなんだよ。ジュールの事だってそうだろ? 善意が百で、悪意がゼロでなければ愛してねえとか、んなわけねえし」


 当たり前だ。どんなに愛する人の事でも不満は出てくる。盲目的に好意を抱く事だけが愛じゃない。

 人の心は、そんな風に割り切れるようには出来ていないのだ。


「誰かが言ったっけな。人は信じたい事だけを信じるって。俺から見た二人は仲の良い姉弟だよ。きっとジュールもそう思ってる」

「で、も……!」

「その辺も含めてさ、帰ったら腹を割って話そうぜ。俺と君とジュール。三人でさ」


 微笑むヒューズに、コレットが目を見開く。

 その瞳に大粒の涙が後から後から盛り上がってゆく。


「俺に出来るのは、それだけ。コレットと一緒に居る事だけだ。何があっても、どんな事が起こっても」

「ヒュ、ヒューズ……」

「苦しかったら言えよ、俺もそうするから。悲しかったら吐き出せよ、俺もそうするから」


 自分たちは相棒なのだ。掛け替えの無いパートナーなのだ。


「だから、ほれ。昨夜に言った通りだ」


 コレットの目端に溜まった涙を拭い、ヒューズは微笑んだ。


「一緒に背負おうぜ。どんなに重たい荷物でも、二人なら担いで歩いていけるさ」

「あ、う……うぅぅぅぅ……っ!」


 コレットがヒューズの胸に飛び込み、泣きじゃくる。

 彼女が負った傷はきっと、癒えるような物ではないのだろう。どれほど和らいでも、かさぶたとなって永遠に残る。

 それでもいい、とヒューズは思う。共に居れば泣きたい時に抱き合える。苦しい時に支え合える。


 きっとそれが――自分たちなりの未来の歩み方なのだと、そう思うのだ。


「ア、ヒアアアアアアアアアア!?」


 耳をつんざくような絶叫が轟いたのは、そんな時であった。


「なにっ!?」

「これは……っ!?」


 ヒューズはコレットを背に庇い、後ずさった。

 眼前で、今、信じがたい現象が生じている。


 ネストは、あの人を食ったような大男は。こちらに手を向けて必死に何かを喚いている。

 その指先から焦げた匂いが漂い始める。何故なら、そう。ネストの全身は――


「燃えて、いる……!?」


 炎に包まれ、ネストはもがきながら四肢をばたつかせている。

 恐ろしい業火だ。瞬く間にその姿かたちさえも分からぬほどに炎が吹き上がり、轟々と燃え盛っている。


「なんで、ナンデダァァァァ!! オデは、ぢがう! オデは、奪ウほう、なのニぃぃぃ!」


 身勝手極まり無い言葉。それが火炎の中で響き渡る。


「オデハヂガウ! カミに選ばれ、だのにぃぃぃ……! ハナ、花をよごぜぇぇぇ! まだ、まだ足りな――」


 もがく、もがく。恐らくは文字通りに死ぬほどの激痛が体を苛んでいるのだろう。

 この世の物とは思えない苦悶と絶叫が、途切れることなく炎の音色と共に唱和する。

 他人の運命を閉じることに悦楽を覚えた男の、それは凄惨なる末路であった。


「――因果応報、か。確かにお前の言った通りだな」


 怒りも無い、哀れみも無い。ヒューズはただじっと、その男の行く末を睨みつける。


「――! ――!」


 最後に、ネストは誰かの名を呼んだ。炎の中にもがく瞳がヒューズを――いや、その向こうに在る何かを見ている。そうしてそれは絶望に溶け崩れ、やがて煙と化して消えてゆく。


「……終わったな。しかし、これはいったい」


 未だ消えずに燻ぶり続ける火を見て、ヒューズは更に距離を取る。

 周囲の熱気が異様に上昇しているように思えた。熱い、暑くてたまらない。

 見ればそこかしこから、煙のようなものが噴き出している。


 ここは危険だ。すぐさまに退避すべきだ。

 コレットも同じことを思ったのだろう。流水の滝へと視線を向け――そして、短い悲鳴を上げた。


「ヒューズ、あれっ!」


 コレットが指さす先で、光が煌めく。


「花が――咲いてゆく……!?」


 それは恐ろしく、幻想的な光景であった。

 青白く輝く花弁が、ゆっくりとゆっくりと開く。光の粒子を花粉のように撒き散らし、優美に……華麗に。

 思わず今、ここに在る状況を忘れてしまいそうなほどに、ヒューズ等は目を奪われそうになる。


「結晶花が……結晶花が……っ!」


 呆然と呟くコレットを抱き寄せ、慎重に慎重に――湖のほとりへと歩いていく。


「これが、シリウスの結晶花……!?」

「間違いない、絵姿で見た通りだわ」

 

 コレットが膝を屈し、はらはらと涙を流す。

 そのまま神へ祈りを捧げようとして、しかし彼女は首を振って立ち上がった。


「……ごめんなさい。今は、そうしている余裕も無いのに」


 それでも短く、神への感謝の言葉を呟きコレットは結晶花へ手を触れた。


「確か、根元を土ごと……取れた」

「コレット、奇跡だ。『保全』を――願えるか?」

「ええ、やってみる」


 コレットが花を片手に、聖具を額に押し付ける。

 

「主よ、大いなる運命の神よ。信徒の願いを申し上げます。形が失われる事無く、姿が失せる事も無く、ただ在るがままに――」


 額に脂汗が浮き上がり、コレットの背が細かく震え出す。

 周囲から高まる熱が、彼女の心を逸らせ、煽り立ててゆくかのようだ。

 それでも神は、信徒を見捨てずに奇跡を起こした。

 白き光が天井から突き抜けるように差し込み、花を包み込む。


「ああ、主よ……お慈悲に感謝を申し上げます……!」


 これで、衝撃による破損や劣化を防いで持ち歩ける。

 喜びに叫びたくなるのを、ヒューズは必死にこらえた。


「さあ、脱出しよう。長居は無用だ。あの連中も――」


 倒れ伏し、あるいはうずくまる同胞たちを誘おうとして、ヒューズは目を見開いた。


「な、んだと……っ!?」

「み、皆が……燃えて……っ!?」


 先ほどのネスト同様に、冒険者たちが炎に包まれ焼かれ出す。

 一人、また一人。次々にそれは伝播し、焔の地獄がそこへと広がってゆく。


「う、うわああああああ!? たた、助けてくれっ!」


 まだ無事な冒険者たちが立ち上がり、右往左往とよろめき出す。

 それを見て、遅まきながらヒューズは気付いた。


(燃えているのは、地べたに横たわっていた連中だけ、か……?)


 既に息絶えたか、致命傷を負っていたか。命が尽きようとした者たちだけが、炎の化身へと変じている。

 その火は更に、更にと延焼を続けていた。地肌が赤熱化し、水草が瞬時に燃え上がる。そうしてたちまちのうちに、周囲が焔の中へと包み込まれてゆく。


「ヒューズ……っ!!」


 コレットが、悲鳴を上げた。火炎地獄に叩きこまれたから……ではない。

 彼女の目は、別の物を捉えていた。


「ば、かな……!?」


 ヒューズの視界に映ったのは、満開と咲き誇る青白い結晶花。

 それらは炎を吸い取るようにして、次から次へと芽を出し、つぼみが開いてゆく。


「ひ、あ……っ!」


 コレットの目が恐怖に慄く。それはヒューズも同じであった。

 幻想的で美しい光景はしかし、だからこそあまりにも恐ろしい。


 異常極まりない事態。焔の中に咲き乱れる水晶の輝きに、魅入られてしまいそうだ。


「け、結晶花だ……お、俺のモン――ぎゃあっ!?」

「バカ野郎! 行くなっ! 死にたいのかっ!」


 呆けたような笑顔を見せ、結晶花の方に歩み寄っていった冒険者のひとりが、猛火に焼かれて絶叫する。

 たちまち火の彫像と化した『それ』からヒューズは距離を取る。


「あ、ああ……結晶花だぁ……」

「ヒヒ、これで大金持ちに……」


 ゆらりと立ち上がる冒険者たちの目に、またもや炎が揺らめき出す。


「――っの!」


 まだ『静心』の効果は残っている。

 収拾がつかなくなるその前に、ヒューズは槍の魔力を解き放った。


「……うおっ!?」


 全力を振り絞った後だ、大したことは出来ない。

 けれども、吹雪く氷に晒されて彼らが目を瞬かせる。今の内だと、ヒューズは叫んだ。


「滝だっ! 早く行け! 逃げるぞ!」


 蹴りだすようにして、連中を『流水』の方へと突き飛ばす。

 何人かはそれでも、ちゃっかりと結晶花を毟り、その手に抱えているようだ。


「皆さん、こっち……!」


 コレットもまた、聖具を振って冒険者たちを誘導しようと試みている。そう、二人も必死であった。

 これだけの数の冒険者が死ねば、協会は大打撃を被る。ひいてはこの都市そのものの運行に関わる大事となるのだ。


 それになにより、彼らの中には以前に命を助け合った者たちも居る。見殺しには出来ない。


「コレット、こいつらと先に行け! 俺は後に――」


 そう言って相棒の背を押した、その瞬間。


「……なんだ?」


 ヒューズは見た。見てしまった。


 炎と結晶花がせめぎ合う摩訶不思議な光景の真っただ中に、何かが居る。

 黒と灰色とわずかな白。それに彩られた円に三角形、四角形。

 それらは乱雑に混じり合い、人型大の塊となって立っているのだ。

 一見して、塵やゴミが集合したかのような奇妙なオブジェ。それは微かに明滅しながら、ゆらゆらと揺らめいている。


(魔物……いや、違う。あれは、そういうものじゃない!)


 肌身で感じるような、魔素の気配は無い。魔力の圧も無い。

 だが――直感が訴えている。あれは、人が近づいてはならぬモノだと。


「逃げろ、コレット!!」

「え――」


 その叫びが放たれたのと、同時。

 『それ』が静かに大地に沈み――


≪―――――――――――――――――!!≫


 

 雄たけびが、爆ぜた。

 

 

「あ、あああああ……っ!?」

「が、お……っ!?」


 魂の奥底を揺さぶられるような、あまりにも激しい声。

 心身を焼き尽くされるようだと、ヒューズはそう思った。

 視界が真っ赤に染まり、四肢が臓腑が業火にあぶられてゆく。


 それは幻覚か、真実か。何もかもが分からない。


「コレ……ット……!」


 それでも相棒だけは守りたいと、救いたいと。

 必死に残された力を尽くし、氷の魔力を呼ぼうとするも、それすら叶わない。


「あ……っ」


 槍が手から弾かれて何処かへ飛んでゆく。

 霞む視界の中で、ぱしゃんと。愛槍が水しぶきの中へ消えていった。


 伸ばした手が空しく宙を切る。しかし、絶望はむしろここからであった。


「――っ!?」


 足元が抜ける。焼け落ちる。消失する!


 視界の全てが急加速し、体が下へ下へと落下してゆく。

 見えるのは、赤。純粋なる紅蓮の花々。

 業炎、猛火、火焔――あらゆる表現が陳腐に思えるほどの、それは灼熱の地獄であった。


「こ……れ……」


 理解の全てを超えた光景。もはや思考すらままならない。どうすることも出来ない。

 それでも、ヒューズは手の内に在る柔らかな温もりだけは手放さなかった。


「ひゅ……ず……」


 呼応するように、しっかりと抱き返される腕の感触。

 それだけが、今のヒューズにとっての全てであった。


「ア――」


 眼球すら沸騰しそうになるほどの、この世ならざる高温。

 その中心に、何かが在る。


『――それは大地を燃やし、空を燃やし、海をも燃やし尽くして。最後には自分自身も燃やして消えた』


 声が響く。脳裏に何かが蘇る。

 男の声。もう何年も耳にしていない、唯一の身内の声。

 ヒューズの父親の声だ。


『哀れな巨人、炎の巨人。血肉は焔の煤となり、地の底深くに積もって果てる――』


 なんで、今。こんな事を思い出すのだろう。ぼやけた頭の中に、ただただ声が響くのみ。

 息をするのもままならず、目を瞬く事すら苦しく遠い。

 

 けれど、その中で。それだけははっきりと見えたのだ。


「きょ、じん……」



 ――紅蓮の中に悠々と立つ、炎の巨体を。

 




☆ ☆ ☆



 

「――っ!」

「キオ?」


 弾かれたようにキオは顔を背け、そうして窓の外を睨みつける。

 

(これは……この反応は、まさか)


 ――早い、早すぎる。自身の予測を超えて事態が動き出している。


「あの、どうなさいました?」


 目を瞬かせるアリシアを他所に、ジェニーがハッと顔を青ざめさせた。


「……もしかして、ヒューズが?」


 ジェニーの問いに、キオは頷きだけを返す。


「すみません、急用が出来ました。このお礼は必ずまた、改めて」


戸惑う神官に微笑みだけを残し――最終兵器は、静かに立ち上がった。

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