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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
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第31話 ネスト


 自分が奪う側の人間だと気付いたのは、いつからだったろうか。

 物心が付いたころにはもう、ネストは自身をそう認識していたようにも思う。

 

 恵まれた体格、人よりも優れた力。抜きんでた天性の戦闘センス。

 それら全てを併せ持ったネストが、冒険者への道を歩み出したのは、自然なことであったのだろう。

 

 特段の挫折も無く、何かに苦悩することもなく、経験を積むほどに力も技も知恵も増してゆく。

 表向きの顔を繕うことも、裏家業に手を染めることも。苦も無く出来た。

 

 やがて、相応の付き合いの人間たちが周りに集い、ゴロツキのような冒険者たちの頭を気取るようになる。

 金も女も、そして暴力にも。なにも不自由することは無くなっていったが、それでもネストは満たされなかった。

 

『なんだ、世の中ってえのは、こんなに簡単なモンかよ』

 

 心のどこかが、何かを渇望しているのだ。地位か、名誉か。それとも更なる力なのか。

 どれもしっくりは来ず、年月を重ねるごとに空しさのようなモノが積もってゆく。

 

 ただ、時折――自身の心が暗い悦びを得る機会はあった。

 

 例えばそれは、オツムの弱い連中を煽てて、使い潰される様を見たとき。

 例えばそれは、男に貢いで破滅してゆく娼婦に、最後の一押しをしたとき。

 そして例えばそれは、愛し合う恋人たちを引き裂き、憎しみと疑念の中で絆をもろくも崩れさせたとき。

 

『ああ……愉しいなあ……』

 

 それらを己自身の手で行うその瞬間、ネストは欠けた心が僅かに潤うのを感じていた。

 けれど、それが何なのか。単に力を振るう示威行為であるのかどうか、判別が付かなかった。

 

 転機が訪れたのは、トロンで活動を始めてから三年ほどが過ぎた頃のことだ。

 その日、ネストは協会からの依頼を受けて迷宮へと潜っていた。

 目指すは迷宮第九層。比較的に出現しやすい地底湖の、そのほとりでの採集作業であった。

 なんてことはない、つまらない依頼。それでも暇つぶしにはなるだろうと、自身が所属するパーティーと共に、九階層へと向かい――

 

 

 

 ――そこで、ネストは己の『宿業』を知った。

 

 

 

 きっかけは、協会の些細な失敗ミス。依頼が複数の冒険者パーティーで被って受けてしまったのだ。

 『運が良い』ことに、対象の植物はその時にたったの一株しか見当たらず、当然の如くにトラブルへと発展した。

 

 最初は言い争い、それがやがて互いに武器を抜き合う事態となるまで、そう時間は掛からなかった。

 もちろん、それはネストの誘導によるものだ。これくらいの楽しみがあってもよいだろうと、仲間も含めたその場の全員を煽り立て、そうして諍いまで導いた。

 この程度の冒険者たちならば、どんなことになろうと対処が出来る。それは傲慢でもあったが、正しい事実であった。

 

 だが、その時に予想外の事故が起こる。魔素の濃度が上がったからか、魔物たちが大挙して押し寄せ、乱戦となったのだ。

 迷宮探索は多勢では向かわない。それが普遍的な、暗黙の了解であった。魔術や魔導具、そして魔力。それらを操るものが密集して『振るう』と、魔素が高まりやすくなる。たまに迷宮内ですれ違う以外、干渉は最低限にするのが決まりのようなものだ。あるいは、持ちつ持たれつの範囲で手助けをする。それ以上は自己責任だ。力無き者に冒険などは務まらない。

 

 そして、今。その例外が起こってしまった。通常では考えられない人数の衝突。魔術や魔導具が閃き、血しぶきが舞い踊る。

 

 やがて、殆どの冒険者たちが力尽き、躯と化して迷宮の地べたに転がっていった。

 立っているのはネストただ一人。あれほどに居た魔物たちも、全ては仕留められて血袋と化している。


「こいつらも、ちったぁ見どころのある連中だったんだがなあ。こんな形でおっ死ぬとは、無情なもんだねえ」


 元々の発端が誰であったのか、責任の所在など気にもせずに、ネストは笑う。

 

「……全滅、か。いや、一人だけ生き残ったな」

 

 そう。微かに息があったのは、ネストと情婦の関係にある、パーティー副リーダーの女だけであった。

 実力もそこそこに有り、なによりも若く見てくれが良かった。そこが気に入り、自分のものにしたのだ。

 

「……ネス、ト」

「お、喋れるか。大したもんだな。そうだな、昔のお前は一流の冒険者を目指してたもんな。その名残はまだあるか」


 将来が有望で、特に槍さばきに関しては目を見張る物があった。真面目で清廉潔白を絵にかいたような女で、気位も高い。

 だからこそ、そんな女を自分に溺れさせたかったのだ。


 やがて女は、武芸の稽古よりも容姿を磨くことを優先するようになった。

 凛とした表情はだらしなく蕩けて崩れ去り、浅ましい笑顔でネストへ媚を売るようになる。


 そうして少しずつ、少しずつ。彼女は腐っていった。


吟遊詩人に唄われるような、名の知れた英雄になるのだと。そう語った願いはすり代わり、出会った頃の輝きはもう、微塵も残っていない。


(感慨深いモンがあるな。コレ、俺がここまで堕としたんだぜ? 一種の芸術品だな、うん)


 それをしかし、ネストは勿体ないとも思わなかった。それどころかむしろ、悦びを覚えてしまう。

 未来が、将来が、夢が。狭く狭く閉じられてゆく。それを導いたのが、他でもない自分である事実に心が疼いた。

  

(さて、どうするかねえ。まだまだ使い道は色々とあるし、愛着も沸いてるからなあ)


 女の髪を持ち上げ、ネストは笑う。

 そう、使い捨てるには惜しい。色々と楽しませてもらった礼もある。あとちょっとだけ傍に置いてやってもいいか。この事を恩に着せて、更に――

 

 しかし、そんな楽しいもくろみも、次の瞬間に雲散霧消する。

 

「――ッ!?」


 揺れる。すべてが揺れる。地の底から響くようなそれと共に、激しい振動が縦横無尽に迷宮を駆け抜けてゆく。

 

 さしものネストも、片膝をついて異変をやり過ごそうとするも、それは無駄に終わる。

 

⦅―――――――――――――――!!⦆


全身の――いや、魂そのものが焼いて崩れ落ちるような破滅の衝動。

それは後から後から湧き上がり、ネストの心身を炎の中へと誘ってゆく。


 聞こえたのは、声だ。この世のものとは思えない、獣とも人ともつかぬ叫び声。

 

 その時、生まれて初めてネストは恐怖を知った。奪われると、そう思ったのだ。


『燃え、よ――』


 怯えるネストに、その声は強く強く要求した。

 

『爆ぜ、よ――』


 あまりにも力強い、火の化身の如きその言葉。

 

『焼き尽く、せ――』


 いつしか恐怖は立ち消えて、全身を歓喜が包み込んでいた。

 それは、あまりにも清々しい気分であった。

 まるで生まれ変わったような――否、ネストは確かにこの時に一度燃え尽き、そして炎の中から蘇ったのかもしれない。

 

 分かった。心の奥底から、魂そのものが理解をした。

 

 自分が何を欲し、何を得たいと思っていたのか。

 

 いつの間にか振動は収まり、そうしてネストは見た。

 燃え尽きてゆく冒険者たちの命、その熱を吸い取るようにしてひとつの結晶が花開くのを。

 

「こいつは――」


 聞いたことがある。シリウスの結晶花。万病に効くという、伝説のアイテム。

 

 その時、どうしてだろうか。ネストの脳に、煮えたぎるような()()が注ぎ込まれたように思った。

 理解が噛み合い、知識が繋ぎ、そうして答えを導き出す。

 

「結晶花は、命を糧に開花する――いや、その際に生じる魂の熱をもって花弁を開く……」


 それが正しいと、何故か分かった。

 ネストは全能感にさえ浸りながら、夢見るようにうっとりと微笑んだ。

 

 ――そうか、これは天啓だ。

 

 開いた花弁を毟り取る。やり方も、なんとなく理解できる。

 それを乱暴に煎じると情婦の口へと流し込んだ。途端に表情が色づき、血の気が取り戻されてゆく。


「ああ、ネスト……! やっぱりあなたが、私を……」


 状況を悟った女が、歓喜の声と共にネストへ抱き着こうとして――

 

「――え?」


 その首筋を、斧が断ち切った。

 

「ど、して……?」


 生から死へ。瞬く間に叩き落されて、訳も分からぬままに女は息を吐く。

 

「なあ、どんな気分だ? 助かると思った運命から一転して、命が消えていくのは、さ」

「な、んで……」

「いやあ、理由なんてねえんだけどよ。強いて言えば、そうだな……?」


 蒼白な顔で、絶望に染まり切った女の顔を眺め、ネストが嗤う。


「俺はな、お前のその顔がずっと見たかったんだよ」

「――――っ」


 泣いて喚き、後悔と絶望の果てに女が死んでゆく。運命が、閉じられてゆく。

 

「――――――――」


 体の震えが緩やかに失せ、目は虚ろに開かれたまま、そうして女は溢れる涙と共に絶命した。

 

 それを存分に眺め、死にざまを楽しみ、やがてネストは立ち上がる。

 自分が為すべきことを、為したい道を知ったのだ。己が生まれた意味を理解したのだ。

 

 ――他者の運命を己の手で閉じ、消し去ること。そうして、()()()()()

 

 それこそが欠けた器を埋める唯一の手段なのだと。

 かくしてその日、ネストは自身が何者であるかをようやく悟った。

 自覚した己の欲望を満たすため、あらゆる手段を用いて他人への干渉を続けて――

 



(ああ、懐かしいなあ)


 ――そうして、今。ネストはこの場所に再び舞い戻り、光の花を前に愉悦の時を迎えようとしていた。


 目の前に居るのは、固い絆で結ばれているであろう、若い男女。

 世の中のことなど、何も分かっていないガキどもだ。

 純粋で純朴。正義とか愛とか、そういう素晴らしくくだらない何かを、心から信じている連中だ。


(たまんねえ、たまんねえなあ……! この瞬間がいつも、たまんねえなあ!)


 コレットはひとつだけ勘違いをしている。ネストにとって、金などどうでも良いのだ。

 ただ、あればあるだけ便利である。所詮は手段。目的を見誤ってはならない。

 大切なのは、満たすこと。自分では無い、他の誰かの運命を――この手で閉塞させることだ。


「さあて、行くかい? お坊ちゃん」


 斧を片手に掲げ、ネストはゆっくりと歩き出す。

 踏みしめた足元から炎のような昂ぶりが伝わり、心の臓を通って脳を焼いてゆく。


 ――迷宮が、悦んでいるのだ。血を捧げよと、薪をくべよと吠えているのだ。


(そう焦るなよ。俺だって我慢してるんだ。美味い料理を喰うには、下準備が欠かせねえだろう?)


 誰に言うともなしに、心中でそう呟く。

 コレットを拾い上げたのは、全くもって正解だった。これ以上ない選択だった。


 あの若造ヒューズを殺してもいいし、生かしたまま飼い殺しにしてもいい。

 そうしてあの、運命に仕える娘を再び手元に置く。その絶望をしゃぶりつくして、そして最後は――


 ゾクゾクとする。全身が歓喜で震えて、叫び出してしまいそうになる。

 溜まりに溜まった願いと欲望、成就を迎えるその時に向けて、ネストは斧を振りかぶる。


 刃の先に居るのは、槍を構えた青年。体力も底を尽き、神の奇跡も届かない。

 魔物の群れを掃討している最中で、『抱擁』の効果も切れたのだろう。光の膜はもう、その身を覆っていなかった。

 

 状況は絶望的。誰が見ても勝ち目などは無い。


 だというのに、若造は強がりを隠さない。

 鋭くこちらを睨みつけるその眼差しに、かつてネストが『満たした』あの情婦のそれが重なる。


(……そういや、あの女も槍が得物だったっけなあ)


 ならばこれこそがきっと、運命だ。カミサマもきっとそう仰っている。

 

 ――さあ、奪え。収穫の時は来たれり。


 聞こえてきた声は、果たして己のものか、それとも。

 どちらでもいい、なんでもいい。自分はただ満たすだけだ。

 

 湧き上がる衝動に身を任せ、炎の激情を伴って。

 そうして、ネストは若き冒険者へと躍りかかった。

 

 



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