第3話 ちょっと森まで行ってきます
「おお、キオ。大丈夫かい? ご苦労さんじゃったのう」
キオ達二人が小屋の外に出ると、杖を付いた老人が一人、おっとりとした足取りで近づいてきた。
ジェニーの祖父であり、この村の長・コロードだ。心配そうに眉根をひそめ、あちらこちらへ視線を巡らせている。
「おじい様、家で待っててって言ったのに」
「いや、すまんすまん。じゃがな、キオや冒険者さま達が心配でのう」
のんびりとした口調で孫娘に答えると、老人は照れ臭そうに頭を掻いた。
「大丈夫ですよ、村長さん。少し休んで栄養を取れば問題ないそうです」
ジェニーにしたのと同じ説明を、その祖父にも繰り返す。それは良かったのう、と朗らかに笑う姿は孫娘にそっくりだ。
「すみません、詳しい報告はまた後で。後始末がまだ残っていまして」
そう言って、キオは村の中心部へと視線を移す。何人もの村人たちが行き交い、楽しそうに笑いあっている姿が見えた。
「僕もお祭りのお手伝いをしたいのですが、あっちを放っておくのは望ましくないかと」
「むう、明日ではダメなのかい? お前さんも疲れたじゃろうて」
「はい、放置しては被害が他に及ぶ可能性が高いです。それに僕は疲労を感じる機能がありませんので」
人の好い老人は、申し訳なさそうに項垂れた。
見かけ通りの好々爺である彼は、キオを実の孫同然に可愛がってくれている。こき使うような真似をするのが心苦しいのであろう。
「すぐに帰ります。森の最奥には恐らく――」
と、そこでキオは後ろを振り返った。
小屋の内部から怒鳴り声が響き、次いで床を荒々しく踏み鳴らす音が聞こえる。
男性一人分の足音、他には無い。そうキオが判断すると、間もなく入り口が開かれて男が一人、姿を現した。
『不屈の炎』のリーダーである、ゲイルと名乗った冒険者だ。赤い髪を肩口まで伸ばし、戦士風の装いを纏っている。
肉体年齢は二十七歳。長年の実戦と鍛錬によって磨き上げられたであろう体は、強くしなやかな筋肉が程よく身についていた。
「はあ、はあ……っ! ア、アンタ! やはり居たか! あれは夢じゃなかったんだな!」
「あの、冒険者さま。もう少し休まれた方がよろしいかと思いますが」
脈拍も激しく、発汗もあり。極度の興奮状態に陥っているようだ。
安全な場所に落ち着いたことで、判断力が戻ってきたのかもしれない。ゆえに自身の置かれている状況の異常さに気が付いたのだろう。
「アンタは何者なんだ!? ただの村人じゃないだろう!?」
「ただの村人ですよ」
答えたのはキオではなく、その隣で寄り添っていたジェニーだ。
「道案内から土いじりまで、村の雑事はなんでもござれ。彼はどこに出しても恥ずかしくない、村人中の村人です」
「い、いやいや! そんなわけはなかろう!? 上位の魔神を苦も無く屠ったんだぞ!?」
その叫び声を聞いて、村長とその孫娘の視線がキオに集う。
これが気まずいという感情か、と。そんな事を考えつつ、少年はサッと目をそらした。
「とにかく、すぐに俺を街まで送ってくれ! アンタならそれが出来るんじゃないか!?」
「出来ますけど、お勧めはしかねます。貴方にはもう少し休息が必要ですよ」
「そんな事を言ってる場合じゃない!」
キオの言葉に、男が激昂する。
「この村の存亡に関わる事態かもしれないんだぞ! すぐに手を打たねばならん!」
ゲイルの表情は真剣そのもので、そこには他者を気遣い己の為すべきことを成す、冒険者としての誇りが垣間見えた。
「あの森の最深部には、まだ何が潜んでいるか分からんのだ! すぐに大規模な調査隊を組むよう進言を……!」
その判断は正しい。やはり彼は一流の冒険者なのだとキオは納得した。
ならばなおさらに、自分が向かうべきだとそう思う。
「ですので、今から行ってきます」
「な、なに? 行ってくるって――まさか!?」
「はい、ちょっと森の奥の奥まで」
なんでもなさげにそう言うと、ゲイルは目を剥いてのけ反った。
「だ、ダメだ! どんな不思議な力を使えるのか知らんが、あそこは並大抵の深度じゃない! 一人では危険だ!」
その判断も正しい。深度が高い――すなわち魔素の濃い場所では何が起こるか分からない。普通の人間であれば、単独での探索など絶対に行わないだろう。
だが、幸か不幸かキオは普通の『人間』ではなかった。
「なら、この方もお連れしたらいいわ」
「ん、そう?」
「ええ、その方が何かと話が進みやすいでしょう。後でちゃんと処置をしておけば良いし」
彼女がこういった意見を述べるのは意外だった。
外部の人間に対しては、普段からそれとなく行っていることではある。だが積極的に『処置』を行うことを、ジェニーは好まないとキオは知っていた。
「あまり気は進まないけどね、今回ばかりは仕方ないと思う。元々、こっちの事情で巻き込んでしまったわけだし」
「そうだね、分かったよ」
となれば、すぐに向かった方が良い。ゲイルにはまだ休息と治療が必要であろうが、いたずらに時間を消費するのは好ましくない。
「では参りましょう。申し訳ありませんが、お仲間は残していってください」
「お、おい? 俺の話を聞いていたか?」
唖然とするゲイルに、ジェニーが微笑んだ。
「はい、聞いておりましたよ。ですので、早く解決をするべきだと思いまして」
「かいけつ?」
「ええ。さあ、彼に触れてください。こんなふうに」
ジェニーがキオの右腕にしがみつき、体を寄せる。
「ジェニーも行くのかい? 気をつけてな。キオ、この子を頼むぞい」
「お任せください」
とんとん拍子に進んでゆく物事。完全に理解の範疇外に置かれたゲイルが、ポカンと口を開けた。
「……やっぱりまだ、夢を見ているのか?」
呆然とした呟きが風に乗り、空へとむなしく消えていった。




