第2話 トスカナ村への帰還
冒険者たちの帰還は、平和な村をそれなりに騒がせていた。
威風堂々と旅立っていった歴戦の猛者たちが、傷つきながらも無事に戻ってきたのだ。
これはめでたい、宴じゃ祭りじゃと、みんな大はしゃぎであった。
「……気持ちは分からんでもないがな。程ほどにしてもらいたいものだ」
施術小屋に案内されてきた六人の治療を終え、薬師の男が鬱陶しそうに格子戸の外を見る。
整然と組まれた細い木枠の向こうで、村衆たちが老若男女問わず走り回っていた。
強面を鬱陶しそうに歪め、薬師はむっつりと黙り込んだ。
とはいえ、彼も心底から憤っているわけではないと、少年は知っている。
薬師の眼差しは柔らかく、口元がわずかに緩んでいた。
苦笑、というべきなのだろう。人間らしい複雑な感情表現だった。
「みんな、冒険者さまたちのお帰りを喜んでいるんですよ」
「……ふん、俺には騒げる口実が出来たとしか思えんがね」
それは否定できない。薬師がため息を吐くのを見て、少年はくすりと笑う。
彼らは娯楽の種を見過ごさない。飲んで食べて歌って、ワイワイガヤガヤと楽しむ機会を常に欲しているのだ。
「冒険者さまたちの具合はどうですか?」
「あらかたは神術で癒されている。あの神官様は腕が良いな。いや、信仰心に篤いと言うべきか。特別な治療は必要なかろう」
どちらかといえば、疲労の方が問題だと薬師は腕を組む。
その見立ては、少年とほぼ同じであった。
「……ゆっくりと寝かせておけ。後は、栄養をたっぷりと取ることだ」
「食事でしたら、マーサおばさんがシチューを用意するって張り切ってました」
「……そうか。ならそっちは任せる」
簡潔に言い捨てると、男は少年に背を向け――
「……お前はケガをしていないんだな」
「はい、なんともありません」
「……そうか。ならばいい」
彼は知っている。少年がちょっとやそっとでは、傷一つ負わない体であることを。
それでも心配してくれるのだ。労わってくれるのだ。
(これが『嬉しい』という気持ちなんだよね)
この村の人たちは、自分に色んな事を教えてくれる。心というものの在り方を見せてくれる。
ほんの微かだが、思考回路にノイズが走る。それが少しずつ人間に近づけている証拠のように思えて、少年は微笑んだ。
こんな風に自己を分析出来るのも、村の皆のおかげだ。
そして、何よりも。彼女の――
「……そろそろ、アレが来るだろう。相手をしてやれ」
それだけを言って、薬師は小屋の奥へと歩き去ってゆく。
彼の判断は正確だ。全くもって間違いがない。
何故ならもうすでに、耳の集音回路が足音を捉えていたのだ。
並列してセンサーが起動し、こちらに向かって駆けてくる何者かの正体を検知する。
あと、二十秒ほどでたどり着く。目減りしてゆく数字を確認しつつ、少年は背後を振り返った。
「――キオっ」
同時に、扉が開け放たれる。柔らかな春の風をまといながら、空色の髪がふわりと揺れた。
「やあ、ジェニー。今日も健康状態は良好だね」
胸元へ飛び込んで来た少女を受け止め、その背を撫でる。
「あなたの方はどうなの? ほら、見せなさい」
パッと顔を上げたかと思うと、細くしなやかな指先が体のあちこちを這いまわる。
人間なら、これをくすぐったいと感じるのだろうか。
「よし、服も汚れてないみたいね。破れもほつれも何処にも無し」
「うん、君に怒られそうだからね。細心の注意を払ったよ」
「まさか、それくらいで怒ったりしないわ。グチグチと嫌味は言うけど」
ご自分のことが良く分かっていらっしゃるようで、何よりである。
「冒険者さま達のお怪我は?」
「うん、問題ないよ。休息をとって、栄養を補給すれば大丈夫だって」
「それは良かった。よく頑張ったわね、偉いわキオ」
つま先で立ち、ジェニーは少年の頭を撫でた。
これはまた、降って湧いたようなご褒美だ。これだけで報酬には十分すぎる。
「でもね、無理はしちゃダメ。いつも言っているけれど、あなたはこの村の住民だってこと、それを忘れないでちょうだい」
「うん」
ぽん、ぽんと頭を優しく叩かれる。
なんと、頭ぽんまで追加とは、今日はなんて良い日なのだろう。
「……っと、言い忘れてた」
しばらく感動に浸っていると、ジェニーが少年の頬へと手を触れて微笑んだ。
「おかえりなさい、キオ」
「うん。ただいま、ジェニー」
視界いっぱいに広がる、喜びの表情。誰よりも何よりも大切な、少女の笑顔。
それを記憶回路に刻み込み、少年――キオもまた笑みを返した。




