第1話 不屈の炎
新連載です! よろしくお願いいたします!
「――ちぃっ!! いったい何匹いやがるんだっ!」
日の光さえ覆い隠すほどに、うっそうとした森の奥深く。
密集した木々の狭間に、怒号と悲鳴が響き渡っていた。
狂乱的な戦いの中心で、戦士ゲイルはただひたすらに剣を振るう。
(くそっ! 見誤った! 魔物どもの数が多すぎる……っ!)
肉を断つ音が響き、血しぶきが草花を紅く濡らす。もう何体の怪物を切り伏せたか、数える気にもなれない。
状況は最悪だ。ゲイルは歯ぎしりしつつ、周囲を見回す。
仲間たちは皆、何とか無事ではあるようだ。陣形を崩さず、各々の武器や魔術を駆使して必死に戦いを続けている。
だが、限界は近い。疲労は着実に積み重なり、彼らの四肢から生きる力を奪い去ってゆく。
依頼失敗の文字が脳裏に浮かぶが、命には代えられない。
ここが決断の時だと、ゲイルは息を大きく吸い込んだ。
「――態勢を立て直すぞっ! 撤退だ!」
リーダーの一声に、仲間たちは即座に従う。
迷う者など一人もいない。彼らは一流の冒険者であった。
ハーフエルフのリュミエが簡易詠唱を行い、右手を掲げる。それが合図であった。
「後方っ! ダンク! アレン!」
ゲイルの短い呼び声に、二人の仲間が付き従う。同時にまばゆい閃光が周囲に広がり、魔物たちが悲鳴をあげた。
「おぉぉぉぉ!!」
ダンクが斧を旋風のごとく振るい、驚き戸惑う怪物どもを薙ぎ払う。ドワーフの古強者である彼の膂力は、並の戦士数人分に匹敵する。抗う事すらできず、異形の肉体が紙のように千切れ飛んだ。
「セイッ!」
その機を逃さず、もう一人の青年が矢を速射する。
狙い過たず、それらは次々と魔物たちを貫き、勢いを鈍らせてゆく。
「みんな、こっちだ!」
先導するように駆け出したのは、パーティ最年長であるレリックだ。
卓越した密偵技能を持つ彼の先導により、一行は素早く森を駆け抜けてゆく。
道など無いに等しい。草と根っこが辺り一面に生い茂るも、彼らが足を取られる事など有り得ない。
窮地でこそ冷静であれ。それこそが『不屈の炎』の信条だ。
彼らは今まで何度もこうした危機に陥りつつも、その度に乗り越えてきた。一流の冒険者である自負が、六人の心を支えていたのだ。
敗北しても命があれば取り戻せる。
名誉よりも実を取る。
誰一人として異を唱えることすらせず、ただひたすらに足を動かす。
ただその中で、リーダーたるゲイルは胸の内に焦りを燻ぶらせていた。
冒険者協会から受けた依頼、それは簡単な調査であるはずだったのだ。
魔素が異常に色濃くなった、未踏の森林。ゲイルの経験上、そういった場所には魔物たちが『産まれ』やすい。誰の目にも留まらぬままに数を増やし、やがて人里へと押し寄せてゆく。そんな例を、これまで何度も彼は見てきていた。
油断をしていたつもりはない。近年、こういった地は増え始めている。民衆の不安は否が応にも広がり、早急な対処が求められていた。
ゆえに実績を積んだ、べテランの冒険者パーティー『不屈の炎』に探索の依頼が持ち掛けられた、のだが――
(予想以上だ! こんな田舎にまで魔物どもが蔓延っていやがるとはっ!)
森の最奥に到達すらできず、撤退を余儀なくされる。悔しさは募るが、そんな感情に身を任せるわけにはいかない。
それよりもゲイルには、もっと気に掛かる事があった。
(『予言』は、やはり――)
恐るべき予感に冷や汗を流す。もしもアレが真実ならば世界の危機だ。人類種族全ての存亡に関わる異常事態。
奮戦の末に得た情報、それだけは何としても持ち帰らねばなるまい。
そう、ゲイルが覚悟を決めた、その時だった。
「――ぐあっ!?」
先頭を走っていたレリックが、突然に吹き飛んだ。
痩身痩躯の体が、ゲイルの真横を通り過ぎ、鈍い音を立てて崩れ落ちる。
「なにっ!?」
木に叩きつけられたか、レリックはその根元にうずくまって血反吐を零している。相棒のその姿に、ゲイルは目を疑った。
いったい、何が起こった!?
「――アリシアっ!」
それでも、行動は見誤らない。即座に女性神官に指示を出し、レリックの元へと駆け寄らせる。
同時にダンクと共に前へ出て、彼らを庇うべく身構えた。
「いかん、ゲイル! こやつはまさか……っ!」
ドワーフの強者が、震えながら唾を吞み込んだ。
豪放磊落、常に不敵な態度を崩さぬ彼が、慄いている! その事実が、ゲイルの背筋を凍らせた。
――そうして、木々の向こうからそれが姿を現す。
漆黒の巨体、長く裂けた顎から覗く鋭い牙。巨大な四足で地を踏みしめ、真っ赤な目を蘭々と輝かせている。
禍々しさに満ちた、その姿。額から突き出る三本のねじれ曲がった角を認識し、ゲイルは悲鳴をあげた。
「グ、グレーター・デーモン……っ!?」
押し殺した叫びを受け、仲間たちの体が硬直する。
「まさかの大物じゃな……! それもウルフ型か、初めてお目にかかるぞい」
冗談めいたダンクの声には、しかし力が無い。
当たり前か、とゲイルは思う。魔神はそんじょそこらの魔物とは一線を画す、恐るべき存在なのだ。
ただ在るだけで世界の法則を捻じ曲げ、溢れ出る魔力が周囲を汚染してゆく。
たとえ下位の魔神であっても、熟練した冒険者たちが徒党を組んでなお、死闘を覚悟せねばならない難敵なのだ。
だというのに、目の前のそれは三本角。すなわち上位の魔神であることを示している!
(……終わる、のか? ここでおしまいなのか?)
目の前が暗くなる。絶望が心を塗りつぶしてゆく。
上位魔神とは、ゲイルも一度だけ遭遇した事がある。崩壊した迷宮から溢れ出した魔物の群れ、その中心に『それ』は居た。
当時はまだ新人の冒険者であった彼は、未だに夢に見るほどに『それ』の恐ろしさを心に刻みつけられたのだ。
手を振るだけで嵐が起こり、その咆哮は人を容易く血煙に変えてしまう。
国宝級の魔道具まで持ち出して、多数の犠牲の末にようやく討伐されたほどの、生きた災害。
「……ゲイルさん。貴方は行ってください。ここは、僕らがなんとか」
震える体を叱咤し、パーティ最年少のアレンが弓に矢をつがえる。
「この近くには村もある。誰かが危機を知らせないといけないよね。ほら、頑張ってくださいって、村の人たちに見送られちゃったし」
泣きそうな顔で、しかしリュミエもまた魔導杖を掲げた。
「ここが死に場所か。まあ、それなりに楽しい人生じゃったわ」
斧を構え直し、ダンクが笑う。
「おまえ、ら……っ」
ゲイルは二の句が継げずに、唇を噛み締めた。
全滅必至のこの状況でなお、仲間たちは最後の希望を繋ごうとしている。
「い、け……ゲイ、ル……」
視界の端で、レリックとそれを支えるアリシアが立ち上がるのが見えた。
万に一つ、それすら叶わないかもしれない。ゲイルがこの場を離脱できる可能性など、無きに等しい。
それでも彼らは冒険者として、成すべきことを決意したのだ。
(くそ、くそ、くそったれぇ……っ!)
もはや、他に方法は無い。ゲイルは悲愴な覚悟と共に剣を構える。
それを見て仲間たちが微笑む。たとえ強がりだとしても、胸を張って困難に挑みたかったのだろう。
これが恐らく、自分たちが共に戦える最期の機会となるのだから。
グレーター・デーモンが嘲るように顎を開く。
瘴気が漏れ零れ、それだけで木々が萎れて枯れてゆく。事象の歪みが発生し、周囲が急速に色を失い光が失せる。
咆哮の前兆だ。
それを見て、肉の壁となるべく仲間たちがゲイルの前に出た。
甲高い耳鳴り、それが終焉の呼び声のように響き――
「――っと、すみません」
唐突に、魔神の姿が消え失せた。
「……は?」
それは誰が漏らした声であったか。
ゲイルを含めた『不屈の炎』たちは誰もが皆、ポカンと間抜けに口を開ける。
あれほどの巨体が煙のようにパッと消え、代わりに一人の少年がそこに立っていたのだ。
「あぁ、良かった。間に合った。ご無事でなによりです」
その少年は、のほほんとした朗らかな笑みを浮かべていた。身に着けているのは簡素な短衣とズボン。鎧や剣どころか、ナイフすら帯びていない。
顔立ちも平凡で、薄い茶髪を短く切り揃えた――まさに何処にでもいる、村人のようなその姿。
「おま、それ……」
「あ、ごめんなさい。こんなモノ持ってたら気持ち悪いですよね。 今、ポイしちゃいますから」
少年の手から、それがあっさりと投げ捨てられる。
ドサリ、と音を立てて転がるモノにゲイルの目が吸い寄せられた。
「あ、消えちゃいましたね。角だけが残るんだなあ」
フムフムと、興味深そうに少年が頷く。
地面に落下したそれ――『上位魔神の首』は、瞬く間に塵となって消え失せていた。
「い、いま……なにをしたの?」
「はい、魔素濃度が高い魔物がいたので、首から下を消滅させました!」
リュミエの問いかけに、少年があっけらかんと答えた。
「……ショウメツ?」
目を見開き震えるハーフエルフの魔術師に、ゲイルは心底同情をしてしまう。
無理もない、こんな状況わけがわからない。誰だって現実逃避をしたくなる。
いや、もしかして自分たちは既に殺されていて、今際の夢を見ているのではないか?
「えっと、まずかったですか? 潰したり焼き払ったりすると周りに被害が出そうなので、パアっとやっちゃったんですが」
「やっちゃったんですか」
思わず敬語を返してしまい、ゲイルは天を仰いだ。なんだこれ、なんなのだこれ。
もはや理解の範疇外。やはりすべては夢なのではなかろうか。
「……ハッ、俺もヤキが回ったな。こんなわけのわからねえ幻覚を見ながら死ぬのかよ」
「運命神さま、どうか貴女様の御許へ……哀れな信徒をお導き下さい……」
仲間もまた、目の前の光景から逃避すると決めたようだ。
レリクスたちの虚ろな呟きを聞きながら、ゲイルは尻もちをつく。ダメだ、もう立っていられない。
「大丈夫ですか? 呼吸も荒いし、体温も上昇してますよ。傷の手当てをしないと」
「てあて」
「はい、手当です」
もうどうにでもしてくれ、と。ゲイルは力無く笑う。
「村までご案内しますね! おいしい食事を取って、ゆっくり休んでください。この前もお伝えしましたが、うちの村は温泉が名物でして」
そこでふと、ゲイルは気づいた。似たような言葉を、つい最近聞いた気がする。
再び、少年に視線を移す。平々凡々とした見た目だと、そう思う。あまり記憶に残らなさそうな――と言っては失礼か。
「っと、そうだ。その前に向こうも片付けてこないと。少しだけ待っていてくださいね」
ゲイルの後方をひょいと眺め、少年は歩き出す。あまりにも無造作な、まるで散歩にでも行くような仕草だ。
「……あのさ、もしかして」
少年が木々の向こうへと歩き去るのを見送り、リュミエがつぶやいた。
「彼、あの村のしょうね――」
その言葉が最後まで言い終えられる前に、足元が揺れた。
大きな、大きな音が響き、木々がざわめくように葉を舞い散らす。
「お待たせしました。さあ、行きましょうか」
何事かとゲイルたちが戸惑う間もなく、少年があっさりと戻って来た。
「あ、すみません。ちょっと目を瞑っていてもらえますか? すぐ済みますので」
有無を言わせない言葉に、冒険者たちは反射的に従ってしまう。
目を閉じた瞬間、体が微かに持ち上がるような、得体の知れない浮遊感が全身を包み込む。
「はい、もう良いですよ」
合図が来たのは、その直後であった。
わけもわからず目を開けると、眼前には平野が広がっていた。
「……はっ?」
いったい何度驚けば、自分たちは気が済むのだろう。ゲイルは恐る恐ると後ろを振り向き、そこに森の風景が在るのを確認する。
自分たちが、つい先ほどまで居たであろう場所。それが、どうしてあんな遠くに見えるのだ?
「ね、ねえゲイル? あそこにあるのって」
リュミエが指し示した方を向くと、整地された道筋の向こうに、見覚えのある門構えがあった。
間違いない、あれは少し前に立ち寄った村だ。自分たちは数日を掛けて、あそこから森へと向かって――
「さあ、行きましょう。すぐに薬師さんを手配しますので」
ゲイルたちを先導するように、少年が歩き出す。
「あっ」
その背中を目で追って、思い出す。
そうだ、彼はそうだ!
ほんの数日前、ゲイルたちがふもとの村に立ち寄った際、確かに自分たちは会っていた。ほんのわずかだが、言葉を交わしていた!
「村の入り口で、掃除をしていて……村長を呼びに行ってくれた……」
呆然とした呟きに、少年が応えた。にっこりと笑いながら振り向き、会釈をしてくれる。
ああ、やはり。どうして忘れていたんだと、ゲイルは目を見開く。
あの時も彼は、こうして頭を下げながら――
「ようこそ、トスカナ村へ。ゆっくりしていってくださいね」
――確かにそう、言ったのだった。
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