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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
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第27話 焔の災厄


 ――そこは、紅蓮の焔が乱舞する焦熱の世界であった。

 

 人も獣も建築物も、そして神すらも――キオの眼前で、全てが炎に熔けてゆく。

 もしも仮に地獄というものがあるのなら、それはこのような光景なのかもしれない。

 

 大地はすでに形を為さず、赤々とした光が吹き上がり、空の彼方までを染め上げてゆく。

 そして、その業火の中で、巨大な影が幾つも幾つも絡み合い、あるいはぶつかり合っていた。

 

 漆黒の翼を広げる竜、残された命を貪る蟲の群れ、灼熱の大地を這う不定形の粘液――

 

 雷が跳ね、風が舞う。ありとあらゆる天変地異が世界を揺るがし、そしてそれすらも炎の中に飲み込まれてゆく。

 

 

 先程まで在った、神殿の小奇麗な一室は煙のように消え失せて、まったく別の光景が姿を現していた。


 灼熱と紅蓮に彩られた、真紅の輝き。それをじっと見つめながら、キオはやはりと理解する。

 

(なるほど、これはたぶん記録媒体みたいな物なんだな。いわゆる、データディスクの一種だね)


 不可思議極まる事態を前に、けれどもキオはただのんびりと、そんな事を考えるのだった。

 

 

『――――』



 聞こえる、何かの声だ。

 目の前で逃げまどい、無残に滅びゆく小さな命たちからでは無い。

 この映像を見ているキオに、直接語り掛けてくるもの。

 

 聞いたことのない言語であるが、問題はない。

 意思疎通が困難な相手のそれを汲み取ることは、慣れたものであった。

 

 

『――終焉はきたれり』



 それは恐らく、警告であったのだろう。

 

『――目覚めさせることなかれ。再び世界を焼き尽くすことなかれ』


 声には怯えがあり、そして諦念があった。

 

 

『これなるは旧き世界。かつてここに在った、我らが世界。しかし、もはやそれは崩れて滅び去るのみ。神殺しの竜や狂える神々、そして何よりもあの巨人の手によって――』



 その声に反応するかの如く、ひときわ大きな轟音が響き渡る。

 現れたのは、巨大な炎の怪物だ。猛火がそのまま人の形を為したように立ち上がり、雄叫びと共に巨腕を振りかぶる。

 その手に握られているのは、巨人の身の丈よりも更に大きな炎の槌だ。まるで焔そのものを纏うように、それを一気呵成に振り下ろし――

 

 ――すると、大地が消滅した。

 

 唱和するかのような炎の雄叫びを前に風が震え、空が裂ける。

 万物の全てが、それに触れるたびに焔へと変じていくかのようだ。灼熱のマグマが広がり、火炎の波濤が海となり地平線の彼方まで形成されてゆく。

 

 焦熱地獄へと世界が移り変わる中、他の巨大生物たちもまた、さらに猛々しく暴れまわる。

 まるで、その熱に浮かされるように。瞳を爛々と赤く輝かせ、超常的な能力を出しつくす。

 

 

『神でさえ、抗えぬ。その炎の熱には抗えぬ。終末へ向けて荒れ狂うモノたちを、あの炎が煽り立てたのだ。もはや誰にも止めることは叶わなかった』


 

(神々の、黄昏……)


 キオの知識にある、古い神話。かつて北欧と呼ばれた地において語り継がれた、世界終焉の伝説だ。


(確かあれも、炎の巨人によって世界は焼き尽くされ、神々も全て滅び去ったはず)



『我らの過ちを、繰り返すことなかれ。神と人の間に生まれし子等よ。汝らが出自を恥じることなかれ。ゆえに償いを込めて、我らは『あれ』が眠る聖域を定めた』



 聖域。やはりそれは、あの迷宮の事なのだろうか。ならば、その奥深くにて燃え盛る『核』の正体は――

 


『――心せよ。決して触れることなかれ。悠久の時の果てに、あの炎が消え去るその日まで――』



 映像は、そこで終わっていた。

 

「……キオ?」


 心配げなその声に、キオは目を開く。

 周囲の景色は再び、神殿の個室内へと戻っていた。

 

「うん、大丈夫だよ。なんとなくだけど、経緯は理解できたかな」

「えっ?」


 きょとん、と。アリシアが目を瞬かせる。おっといけない、余計なことを言ってしまった。

 

「申し訳ありません、彼も旅の疲れが出ているようで」

「そうなのですか……?」


 探るようにじっと見つめられ、キオはただ微笑だけを返す。

 

「こちらはお返しします。ありがとうございました」

「いえ、なにかのお役に立てたなら良いのですが」

「それはもちろん」


 とても有益な時間だった。これでいくつかの仮説を組み立てることが出来る。


それに何より、()()()()()()()も手に入った。

 

「お忙しいでしょうに、申し訳ありません。こんな貴重な物まで見せて頂いて……」


 ジェニーが頭を下げる。

 確かにそうだと、キオも思う。自分たちは知り合いと言えるかも怪しい、旅の通りすがりの間柄だ。

 それにも関わらず、彼女は誠意を尽くして知る限りのことを打ち明けてくれた。

 

 本当に有難い。こちらの事情を明かせないことが心苦しくなってしまう。

 

「いえ、お気になさらず。これも運命神に仕えるものの務めですから」


 それに、と。アリシアは額に手を当てて眉根をひそめた。

 

「何故でしょうか。お二人の――キオさんの力になるべきだと、どうしてかそう思うのです。ええと、なんて言えばよいのでしょう」

「アリシア様……」

「そう、恩を返すべきだと、私は感じて……」


 彼女にあの時の記憶はない。すべてをキオがすり替えたはずなのに。

 

 思えば不思議な縁だった。

 『不屈の炎』との関わりが、巡り巡って真実への助けとなる。

 もしかしたら人はこれを指して、運命と呼ぶのかもしれない。


「お二人のご友人に運命神のご加護がありますように、私もお祈りを申し上げますわ」


 アリシアは傍らに置かれた杖上の聖具を手に取り、そっと掲げる。頂点部にある金属製の輪がしゃらん、と音を立てて揺れた。

 楕円を描く輪の中で、兎の彫刻がゆっくりと回る。運命を司る神は、地上においては白い兎の形を取るらしい。

 それを模した彫り物などを、神官たちは必ず体のどこかに身に着けているそうだ。

 神が人の世へと紛れて現れた時、その道しるべとなるように。

 

「あの迷宮は本当に危険極まりない場所です。けれども有史以来、あそこへ挑む者たちは後を絶ちません。もちろん、その見返りが大きいからこそ、というのは理解できるのですが……」

「そんなに貴重な品々が出土するのですか」


 ジェニーの問いかけに、アリシアが頷く。

 

「魔導具の類は言うに及ばず、生えている草花にも特別な効果が……」


 そこで、フッと。アリシアは眉をひそめた。何かを考え込むように頬に手を当て、吐息を漏らす。

 

「どうなさいました?」

「いえ、その……今までお話した通り、あの迷宮が炎の巨人にまつわるものだとしたら、少し思い当たるものがありまして」

「と、おっしゃいますと?」


 微かに身を乗り出す少女に対し、アリシアは宙へと視線を移す。

 まるで、そこになんらかの答えを見出すかのように。

 

「あの迷宮で出土するものは、氷の魔力を纏うものが多いな、と」

「氷の魔力……」


 思わず、キオとジェニーは顔を見合わせる。そういえば、ヒューズが使っていた得物も冷気を纏った槍であった。

 確かあれも、迷宮で手に入れたものだと彼は語っていたはず。

 

「有名な所だと、シリウスの結晶花もそうですね。あれもトロンの迷宮でのみ出土する、氷の結晶花です。如何なる病も癒すと呼ばれる奇跡のアイテムですわ」

「えっ」


 思わぬところでその名が出たせいか、ジェニーが息を呑む。


「あれは炎の熱で溶けるどころか、逆に吸い取ってしまう性質があるようで。だから万病に効くと言われているのですよ。癒しの術でも治せないほどの病魔や呪毒、それは基本的に魔素による熱が原因だと言われておりますし」

「炎を、吸収……」

「はい。私も過去に一度だけ目にしたことがありますわ。ほんの花弁のひとかけらでしたが。それはもう、ゾッとするほどに美しい氷の彫刻めいた造形で……」


 ただ、と。アリシアが続ける。


「あれをうまく扱うには、薬学に精通した熟練の薬師さまを見つけねばならないようですね。下手に扱うと、すぐに砕けて散ってしまうとか」


 ――薬師。キオの記憶回路に、一人の男の姿が浮かぶ。不愛想で偏屈と言われているが、彼の腕は確かだ。それだけは間違いない。

 偶なるところから広がった縁は繋がり、やがて収束する。

 

 これもやはり、運命というものなのだろうか。

 

「おっと、またお話が逸れてしまいましたが……少し不思議ではありますね。炎に関わる迷宮から生じるのが、相反する属性のもの。まるで……」


 根拠のない推論を重ねるのを拒んだか、アリシアが口ごもる。

 けれどもキオは、彼女が何を言いたいのかを正確に察していた。

 

 

 ――奥底に眠る、炎の熱を弱めるように。

 

 

 迷宮の前を訪れた時、センサーで感知した通りの事象だ。アリシアが語った事実は、その補強となりうる。

 となると、現在の冒険者たちが患う異様な興奮は。

 

「……ありがとうございます、アリシア様。本当に貴重なお話を聞かせて頂きまして」


 謝礼の言葉を告げたのはジェニーだ。黙り込んだキオの様子から、察してくれたらしい。

 相変わらずの以心伝心。頼れる幼馴染である。

 

「いえ、こんなもので良ければ。先ほどもお伝えしましたが、これもお礼の代わりだと思ってください」

「最後にもう一つだけ、お聞きしたいことがあるのですが」

「はい、なんでしょうか?」


迷宮の反応に変わりは無い。まだ、時間に余裕はあるはずだ。


 ならば、これも合わせて聞いておかねばならない。キオにとっては迷宮に潜む『それ』以上に、ヒューズたちのことが気にかかるのだから。

 ジェニーへそっと目配せをして、彼女が頷くのを見てから口を開く。

 

「運命神の神官様が、禁忌とされるものはなんでしょう?」

「……禁忌、ですか。そうですね」


 アリシアはしばし瞑目し、何かを考え込むように頬へと指を添え――そうして、答えを出す。


「他者の運命を閉ざすこと、でしょうか。これも厳密に否と定められているわけではないのですが」

「それは、命を奪うということですか?」

「そうとも言えますね。ゆえに我らが授かる奇跡はどれも、人を傷つけるものは存在しないのです」


 とはいえ、と。アリシアは微笑む。

 

「身を守ることまで否定するわけではないのです。自らも含め、誰かを救うために戦うこと。命の糧を得るために獣を狩ること。それを禁じてしまっては、生きることさえもままならないでしょう」

「それは確かに」


 納得のいく話である。ずいぶんと合理的なカミサマだとキオは思う。

 

「許されざると感じるなら、それは命を奪う対象が無垢なるものであること」

「えっ?」

「罪を何も背負っていない、この世に生まれ落ちる前の魂。運命を選択することさえ出来ない、そんな存在を害すること」


 金色に輝くアリシアの瞳は、ただ真っすぐにキオを見つめている。

 いや、もしかしたらキオを通してその向こうに居る誰かを、自身の同胞を捉えているのかもしれない。

 

「敬虔な神官であればあるほどに、耐えられないことでしょう。何故なら、それは――」


 ジェニーの表情が強張るのが分かった。彼女もまた薄々と勘付いてしまったのだろう。

 あって欲しくないと思う真実。検証へと稼働し始めるキオの思考回路に、ヒューズへ寄り添うコレットの笑顔が浮かんだ。

 

「――神の声が、いつ途絶えてしまうか。その恐れと、永遠に向き合い続けなければならないのですから」


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― 新着の感想 ―
スルトみたいなのが来たのかねえ。北欧神話はまだ神話の中でも神様がまともな分類なんよねえ
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