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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
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第26話 知識魔さまの本領発揮


 ――かつて神々は(ことごと)くが死に絶え、たった一柱の最も新しい神だけが遺されたという。

 ゆえに、この世界においての『神官』といえば、運命神に仕える者のみを指すのが常だ。


 冠婚葬祭全てを取り仕切る彼らは、どんな集落にも欠かせない生命線ライフラインを担っている。


 そして人が集まれば村となり、やがて街と化す。

 となれば必然的に、どんな集落にも『神殿』が存在するのだ。


 城ほどに巨大なものもあれば、掘っ立て小屋同然のこじんまりとしたものまで。

 運命神に仕えるしもべが居て、奉り立てる聖印さえ在れば、どんな所でもそこは神の社なのである。


 アルミナと呼ばれるこの街にも、もちろんそれは存在する。

 東西の交易が結ばれる要地であるがため、見栄を張ったか。この神殿はそれなりに大きい。

 城下町に置かれても違和感のないであろう、煌びやかで豪奢な施設。


 そしてその一室で、三人の男女が顔を合わせていた。




「……なるほど、迷宮都市の成り立ちですか」


 ほう、と。重々しい仕草で、アリシアが頷く。

 その瞳はどこか、キラキラと輝いているように見えた。

 豊かな金の髪がはらりと揺れ、煌めきながら宙に踊る。

 彼女と同じく運命神に仕えるコレットは、どちらかといえば痩せぎすな体型だ。それに対し、アリシアは幾らかふっくらと肉感的であるとキオは思う。

 

 どちらも柔和な顔立ちではあるものの、目の前の神官には陰らしきものが全く見当たらない。

 弟想いで、どこか儚げな印象のあるコレットとは、あらゆる意味で正反対であった。

 

 簡素な小机の前に座したまま、ジェニーが改めて姿勢を正す。


「はい、トロンに冒険者の友人が居るのですが……」


 ジェニーの視線が、ちらりと小机の上に伸びる。

 木製の簡素な作りの台の上には、果実水や焼き菓子が並べられていた。

 香り立つ匂いに、本能めいた何かが目を覚まそうとしていたのかもしれない。彼女はお肉のみならず、甘いものにも目が無いのだ。


「……最近向こうで物騒なことばかりが起こっているそうで」

「ふむふむ」


 ――堪えた。余所行きモードの幼馴染は理性の子なのである。キオはよく頑張ったと褒めてあげたくなる。

 そんなジェニーの言葉に、アリシアは興味深げに目を細めた。


「あちらの冒険者協会でも、注意喚起が行われていると聞きました。彼も不安に思っているようで、私たちが少しでも何かの力になれれば、と……」

「お二人とも友人想いなのですね。とても素晴らしいことですわ」


 そう言いながらも、アリシアの返事はどこか上の空だ。

 すでにその思考は迷宮都市について流れ飛び、知識を呼び覚まそうとフル回転しているのだろう。

 

(ゲイルさんの言っていた通り、そっち方面に長けた方だなあ)


 己が知識を語りたくて語りたくて、仕方がない。

 全身から、そんな雰囲気を漂わせている。



『――見ろ、KIO! ついに再現できたぞ! このソーラーブレードはな、柄の片側から放出されるエネルギーを逆流させ、双刃を形成し――』


 

 性格はまるで違うのに、どうしてだろうか。キオは自身を作り出した『彼女』を思い出してしまう。

 

 ――あの人も、喋り出すと止まらなかったっけ。


 きっと目の前の神官も同じタイプだ。間違いない。うずうずと機会を待ちかねている所がそっくりだ。


「お二人は、迷宮都市についてどれくらいの知識をお持ちでいらっしゃいますか?」


 その問いに、キオとジェニーは目配せをし合い、どちらからともなく頷いた。


「はい、かつては古い神様を祀っていた聖域であったと聞きました。その魂を慰めるため、長い長い年月を掛けて周囲を固めて増築し、それを繰り返すうちにいつしか――」


 口火を切ったのはキオだ。

 ヒューズや屋台のおじさまたちから得た情報などを元に、知りうる限りを話す。


 迷宮が今のように、姿かたちを自在に変えるようになったのはいつからか、それは都市の歴史にも記されてはいないそうだ。

 冒険者協会の前身となる組織が成立したのは、今から五百年ほど前。ちょうどその頃から、迷宮攻略が活発化し始めたと、記録にはある。


 迷宮からの出土品が経済を回し、それを必要とした人が集まることで、更に更にと加速する。

 小さな村から始まったトロンは、やがて都市へと発展。今では迷宮産業と呼ばれるほどに、莫大な富の流れを生みだしたのだ。


「けれど今に至るまで、最下層に到達した冒険者は存在しないとか」

「そのようですね。我々『不屈の炎』も一度挑戦してみましたが、二十層への到達が精々で……あとはもう、這う這うの体で逃げ帰りましたわ」


 そう苦笑しながら、アリシアはテーブルに置かれた杯を手に取り、果実水を口に含む。


「……ふう。このイレイアの果実、甘酸っぱくてとても美味しいですよ。ジェニーさんたちもどうぞ、焼き菓子と一緒にお召し上がりくださいな」

「ありがとうございます」


 にこやかにそう促され、ジェニーはしずしずと――内心は恐らく喜色満面に――杯を傾け、焼き菓子をゆっくりと口元へ運んでゆく。

 どうやら、少女の視線の行方に気が付いていたのだろう。流石は年の功である。アリシアはジェニーの様子を微笑ましく眺めたのち、改めて口を開いた。


「私の知る限りでは、二十三層が限界点のようですね。それより下は、未知の領域です」


 センサーの検知により、あの迷宮は二十七層であるとキオは知っている。

 つまり、完全攻略まであと四層。たったそれだけの壁がしかし、果てしなく分厚いのだろう。

 

「あの迷宮に関しては、あまりにも謎が多くて。最初にその聖域を築いたのが誰なのか、どのような経緯で迷宮へと増築されたのか――今に至ってもまるで不明なのです」


 アリシアは語る。

 歴史上、かの迷宮内部を学術探査目的で潜ったものは何人も居たらしい。

 優れた魔術の使い手が、その持てる力を尽くして調べようとしたものの、あまりにも年代が古すぎて遡れなかった、と。

 となれば他に手段は無く、彼らは調査を断念することしか出来なかったそうだ。

 

 ゆえに、その不可思議さと謎はより一層に加速した。人々は迷宮に対してありとあらゆる仮説を述べて、突拍子も無い噂話を口に載せてゆく。


(……なるほど。前から少し気になってたけど、この世界では魔術や魔道具を使えば結果がすぐに導き出されるから、そういった過程があんまり重視されないんだな)


 地質学が未発達であるのも、その辺りに理由があるのかもしれない。

 利便に富みすぎるのも、それはそれでアンバランスなのだろう。

 

「内部が生き物のように蠢き、常に形を変えてゆくこともまた、人々の想像を掻き立てました。この世界に迷宮は数あれど、そのように奇妙な場所は他に存在しないのですから」


 ――いわく、あの迷宮の変化は古き神の呪いである。

 ――いわく、禁断の魔術を用いた老賢人が、今も最下層でさまよっている。

 ――いわく、世界最古の魔性痕が迷宮の奥底に刻まれており、それが数多の魔物を生み出している。

 

 荒唐無稽な妄想から、高名な学者が組み立てた論説に至るまで。どれも決定打となり得るものは無い。

 何故ならその迷宮は、遥か昔から誰にも攻略されたことは無いのだ。

 

「不思議ですよね? 一番最初は、恐らく十階層にも満たなかった場所のはずなのに。それでも、最深部に到達した者は記録に残されていません」

「……アリシア様は、どうお考えなのですか?」

「私、ですか? そうですね……」


 キオの問いかけに小首をかしげ、それでも得たりとばかりに神官は頷く。

 もしかしたら、彼女はその質問を待ちわびていたのかもしれない。

 

「お二人は『焔の巨人』をご存じでしょうか? 民話に出てくる、恐ろしい炎の怪物のことを」


 キオのメモリーには存在しない事柄だ。そんな巨人の話は聞いたこともない。

 しかし、傍らの少女には心当たりがあるようだった。

 

「お祖父さまから、聞かされたことがありますわ。山も海もなにもかもを焼き尽くし、最後は自分自身も燃やしてしまった哀れな巨人――ですよね?」

「ええ、その通り。細部に違いこそありますが、主だった流れはどれも同じ。そしてこの怪物にまつわる物語は、世界各地に存在するのです」


 それはかつてキオが存在した宇宙において、比較神話学と呼ばれた領分だ。

 たとえば洪水神話に代表されるような、普遍的に共通する逸話。伝説に残された事象を比べて、実際の歴史上で起こったものを探り出すのである。

 

(焔――炎を操る巨人、か)


 あの迷宮の奥深くに眠るモノ。そこから感じる熱量は膨大極まりなく、あらゆるものを焼き尽くしかねない存在感があった。

 

「それと迷宮にどんな関係が?」

「はい、実はかつて私たちが第二十層に到達したとき、奇妙な壁画を発見しまして」


 ジェニーの問いに、アリシアが神妙な表情を返す。

 

「そこに描かれていたのは、炎のような文様の中で踊る巨大な人型の怪物でした。そして、それに焼き尽くされて崩壊してゆく建物や人の群れ――」


 その光景を思い出したのだろうか。アリシアはぶるりと体を震わせた。

 

「その周囲には、文字が刻まれていました。古い、古い……今では失われた古代文字。かつて、真なる『ヒト』が駆使したともされる、神話の時代の産物です」

「真なる、ヒト……」



『――この世に満ちる有象無象の群れ。ヒトの出来損ない風情が、生意気な』



 以前に相対した、あの最上位魔神が巻き散らしていた思念波が再生される。

 嘲りと憤怒をもとにして、確かに『あれ』はそんなことを言っていた。

 

「はい。僅かに残された遺跡や文献の中には、彼らの存在を示す痕跡がありまして。今よりもっと高度な文明を築き、神々に選ばれ生み出された原初の種族。私たち人間の祖先であったともいわれる、偉大な存在です。この世にある全ての魔導具も、その始まりは彼らが作ったものである、とも」


 創世神話ではありがちな逸話だ。人間の原型となり、後に世界へと広がる人々の祖となったものたち。

 けれど、ここは地球とは異なる物理法則が在る、幻想世界だ。決して作り話と笑い飛ばすことなど出来ない。

 

「そうそう、こちらは私がずっと探し求めていた文献なのですが……ここを見てください」


 アリシアは古びた紙の束を台に載せ、それらを重ねて広げてゆく。


「こちらは知る人ぞ知る、運命神様のご降臨を綴った()()――と言われているものの写本です。この絵姿にほら、描かれている巨大な炎や怪物たち。それに立ち向かうヒトの図がありますわ。これは恐らく、『彼ら』を描いたものではないかと――」

 

 アリシアは熱に浮かされたようにそう語り出し――不意に、ハッと頬を染めて恥じらった。

 

「失礼しました、話がずれてしまいましたね。どうも彼らのことになると、夢中になってしまい……申し訳ございません」

「いえ、お気になさらず。それで、刻まれていた古代文字というのは」


 こほん、と。咳ばらいをして彼女は頷く。

 

「――すべては炎に終わり、炎に消える。地を燃やし干上がらせ、やがて世界を灼き尽くす」


 先ほどまでとは打って変わった厳かな口調。それはどこか預言めいた、滅びを謡う言葉であった。

 

「其の巨人、久遠の焔となりて命を導く。終わりへと、滅びへと。全てを消し去る終焉へと――」


 そこまでを一息で語り終え、アリシアは懐から何かを取り出した。

 黄金色に輝く、金属製の円盤だ。手のひら大のそれを、彼女は小台の上へと置く。

 

「これは?」

「その壁画の一部にはめ込まれていたものです。調査の名目でちょろまか――入手したもので。きっとこれも運命なのですわ」


 にっこりと満面の笑みを浮かべる神官様。

 それを言えばなんでも許されると思っていないだろうか。キオの疑念は尽きない。

 

「不思議な造りでしょう? 誰に見せても意図すらわかりませんでした。装具なのか、はたまた祭具なのか。それすら不明でして」

 

 ただ――と、アリシアは円盤の表面をそっと撫でる。

 

「直感、とでも言いましょうか。これはあの炎の巨人にまつわる何かを伝えるものなのでは、と。そんな風に思うのです」


 あり得る話だ。先の古代文字から察するに、その怪物が迷宮へ関連している可能性は高い。

 逸話の本人ではなくとも、それに類する何か。あるいは原型である、何者か――

 

「触ってもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ。遠慮なさらずに」


 キオは円盤を手に取り、じっと眺めた。

 炎のような文様が表面に記されている。きっと壁画にあったという『それ』と同じものなのだろう。

 汚れは無い、傷も無い。まるで新品同様だ。遥かな時を経て来ただろうに、まったく歳月の重みを感じさせない。

 

 そのままそっと、円盤を裏返す。

 そこにあったのは、虹色のプリズムだ。差し込む日差しを反射して、盤面全体を覆うように光り輝いている。

 

「とっても奇麗でしょう? 見ているだけで吸い込まれそうになりますわ。どんな魔術を用いて作り出されたのか、とても興味を惹かれまして」


 だからお守り代わりに持ち歩いていると、そんな風にアリシアは微笑む。

 

「……不思議な光」


 傍らのジェニーもまた、その円盤を覗き込んで目を瞬かせている。

 そうだ、肉眼で見ればそうとしか感想を抱かないだろう。

 

 だが、人ならざるキオの知覚は、まったく別のものを捉えていた。

 

(これは……まさか)


 七色に浮かぶ光の紋。そこにはごく小さく細やかな凹凸が、らせん状に編まれている。

 キオからすれば、ひどく原始的な作りのそれは、ライブラリの知識の中に在るものだった。

 

「……キオ?」


 ジェニーが幼馴染の異変を察したのだろう。

 問いかけの声にしかし、キオはそっと首を振った。

 

 ≪――解析完了。起動条件に必須となる事象名『魔力』を代替。疑似構成して変換・再生開始――≫ 

 

「ごめん、ちょっと観てくるね」



 ――そうしてその一言を告げた瞬間、キオの視界が一変した。

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― 新着の感想 ―
この虹色円盤はやはりデータディスク!? DVD! DVD!! さーて中身はどんなお宝映像ですことやら。
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