第25話 もう一人の神官
――その日、アリシアはいつになく上機嫌であった。
『不屈の炎』の一員として、先の冒険を終え古巣へと戻ったあと、次から次へと幸運が舞い込んできたのである。
「うふふ……なんて素晴らしいのでしょうか」
思わず声が零れてしまう。
例えば、探し人。しばらく姿を見せず、心配していた冒険者仲間が、ひょっこりと顔を見せた。
そして例えば、探し物。ずっと探していた文献が協会経由で出品され、破格の値段で買い求めることができた。
「これも、運命神様のお導き――いえ」
アリシアは懐へと手を忍ばせ、『それ』を取り出した。
「もしかしたら、テンシ様のご加護かしら?」
手のひらに収まる、真っ白で美しい小さな羽。
旅立ちの際、あのトスカナ村でもらった工芸品だ。
逸話といい、非常に興味をそそられたため、ゲイルにねだってアリシアが持ち歩いていた。
九死に一生を得た冒険と引き換えがコレでは、割に合わない――などと、皮肉屋の仲間がそう言っていたのを思い出す。
(思えば、私たちも良くぞ生きていたものですね。何の準備も無く、上位魔神と戦って生き残るだなんて)
アリシアが所属する『不屈の炎』は、熟練した冒険者パーティーである。謙遜せずとも、一流と自負できる。
しかし、相手が相手であった。千の軍勢すら滅ぼす怪物を敵に回して、死者どころか五体満足に帰れたことは奇跡と言っていいだろう。
(もしもアレが活動限界に達していなかったら……ゾッとしますわ)
魔神の出現は、最優先の報告事項である。
強行軍めいた早足で街へと戻ると、アリシア達はすぐさまに協会へ駆け込んだ。
そして、そこからが大変であった。
聞き取り調査に、報告・報告・とにかくひたすらに報告の嵐。息つく間もなく、様々な部署へとたらい回しにされてゆく。
アリシアも神殿と協会を何度となく往復し、お偉いさん方を相手に喋りっぱなしであった。
(――けれど、終わりよければ全てよし。その後の幸運だけでお釣りがきますわ)
頬が緩む。気分が高揚する。はしたなく、鼻歌なんぞを口ずさんでしまいそうだ。
大変なのはこれからだと、アリシアも理解している。
それなりに高位の神官である自分は、協会と神殿の橋渡しを期待されているのだ。
けれど、息抜きは必要だ。絶対に不可欠である。
「うふふ、うふふふふ……! さあ、やることも終わりましたし、ゆっくりと文献を読み解きましょう!」
そうして、次なる冒険への糧とする。
この果て無き探求心こそが、アリシアの『運命』なのであった。
逸る気持ちを抑えようともせず、さあ宿へと戻ろうと踵を返し――
「――あら?」
アリシアの目が、その少女を捉えた。
通りを行き交う人々の中で、ひときわ目立つ空色の髪。風に揺られてたなびくそれに、見覚えがあった。
――どうして、彼女がここに?
こちらの視線に気付いたのだろうか。少女は器用に人と人の間をすり抜け、驚き戸惑うアリシアの前に立つ。
「こんにちは、冒険者様。またお会いできて嬉しいですわ」
「貴女は……」
青空のように輝く長い髪と、美しく整った顔立ち。
間違いない、彼女はトスカナ村の村長の孫娘だ。
(名前は、確か……)
「ジェニーですわ。お久しぶり――というには、少しお早いでしょうか」
アリシアがそれを思い起こすよりも先に、少女が答える。
「所用がありまして、『不屈の炎』の皆さまが旅立ったのち、後を追う形で私たちもここへ」
「私たち……あっ」
そこで、アリシアは気付いた。ジェニーの少し後ろに、少年が立っている。
トスカナ村で見送りをしてくれた、あの少年だ。素敵な羽をくれた人であるのに、なんて失礼な。
あろうことか、こんな間近で気配を読み落としたことに、アリシアは自身の不明を恥じてしまう。
そんな女性神官の内心を他所に、少年は前へと出ると、ペコリと頭を下げた。
「こんにちは、冒険者様。今日はとても良いお天気ですね」
毒気の全くない、朗らかな笑顔。まるでお日様のようだと、アリシアはそう感じた。
ほのぼの、という言葉は彼の為にこそあるのかもしれない。
見ているだけで気が抜けて、心が安らいでゆく。
「申し訳ありません、冒険者様。少しだけお時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
畏まった喋り方で、ジェニーが深々と頭を下げる。
その節々には迷いがなく、見惚れるような綺麗な所作だ。
「頭をお上げください、ジェニーさん。私などに、何も遠慮することはありませんよ」
それは強がりでも虚栄でもなく、本心であった。
運命神に仕える者はみな、人と人の縁を何よりも重視する。
多くの人間とふれあい、言葉を交わして知己を広げてゆく。
定めを行くものは、己のみと思うなかれ。他者との関わり合いの中にこそ、数多の道が生まれるのだ。
ゆえにアリシアは微笑みを浮かべながら、ジェニーたちへと手を差し伸べる。
「さあ、お話しください。これも何かの運命ですので――」




