表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
25/46

第24話 対峙


「――おはようコレット」


 兄貴分へと溜まりにたまったうっ憤をぶつけた、その翌朝。

 いつもよりもやや遅く目覚めたヒューズは、部屋から出て――そうして相棒と鉢合わせた。

 

 けれども焦りも気まずさも、なにもない。

 できる限りに爽やかに、ヒューズは快活な笑みすら浮かべて朝の挨拶をする。

 

「お、おはようヒューズ……?」


 恐る恐ると返される言葉。昨夜の件を思い出したのだろう。

 視線はあちらこちらへと彷徨い、落ち着かなげに体を震わせている。その変化が、今のヒューズには余すことなく見て取れた。


 あからさまな不安と怯え。その全貌は分からないが、彼女が知られたくない事情を抱えていることは明白だった。


(だってのに、どうして俺はこんなに落ち着いているんだろうな?)


 彼女が心配なことには変わらない。

 けれど、それすらも受け止めて穏やかに笑みすら浮かべられるほどに、ヒューズには余裕があった。


(……キオのお陰か)


 あの月明かりの下での稽古で得たものは大きく、とても言葉では言い表せない。

 浮ついて迷ったヒューズの慢心や焦りを、木っ端みじんにしてくれたようにも思える。

 

「大丈夫か? 気分は悪くないか?」

「え、ええ……あ、あの……」


 何かを言いたそうに口元を動かす相棒を、ヒューズはただ静かに見つめる。


「……ごめんなさい」


 結局、何も言えずに俯いてしまったコレットの、その肩を優しく叩く。


「いいさ。言いたくなったら話を聞くから、いつでもそうしてくれよな」

「ヒューズ……」

「さ、準備ができたら出かけようぜ。今日は協会に行く日だろ? 稼ぎの良い依頼クエストがあるといいな」


 茶目っ気たっぷりに片目をつむって見せると、コレットは泣き笑いの顔で頷いた。



☆ ☆ ☆



「……なんだこりゃ?」


 協会の中は、常になくごった返していた。

 元々、トロンの冒険者協会は他のそれよりも、人の出入りが数多い。

 迷宮都市という特異な場所が、冒険者や依頼人を引き寄せているのだ。


 それを踏まえたうえで、これは異常だとヒューズは断言できる。

 皆、興奮に目を血走らせ、怒鳴り合っている者まで居るようだ。


「ヒュ、ヒューズ……」


 コレットが怯えたように相棒の裾を掴み、身を竦ませている。

 それでも、踵を返すような真似はしない。どんなに様子がおかしくても、彼女もまた冒険者なのだ。


「とにかく、何があったかを聞いて――」

「――おい、行くぞ! 先を越されちゃなんねえ!」


 冒険者の一団パーティーが、他を押しのけるようにして駆け出してゆく。

 唖然としてそれを見送るヒューズの、その肩が叩かれる。


「ヒューズさん……ちょっと」

「あんたは」

「黙って――と言いたいところですが、この状況じゃあ無駄ですかね」


 ヒューズの目の前で苦笑いしているのは出土品を扱う、交易所の職員だ。

 協会へと赴くたびに『報酬』を渡し、結晶花の情報を求めた、あの――


「何があったんだ? この騒ぎはいったい」

「出たんですよ、アナタのお望みのもの……シリウスの結晶花が」

「えっ!?」


 その発言に驚いたのは、コレットだ。

 弾かれたようにしてヒューズを見る彼女に、気まずさが募ってゆく。

 そっと目を背け、頬を掻いて誤魔化しながらヒューズは叫ぶ。

 

「まあ、ちょっとな――って、それより! 本当なのか!?」


 もしもその情報が真実ならば、冒険者たちが色めき立つのも理解できる。

 アレを手に入れれば、それこそ一財産だ。もしも無傷で持ち帰ることが出来たなら、一生を遊んで暮らせることだって夢ではない。


(……落ち着け。焦るな、ここで浮き足立ったらダメだ)


 逸る気持ちを抑え、ヒューズは大きく息を吸い、吐き出した。


「……情報の出所は?」

「今朝早くに出戻ったパーティーからのものです」


 いわく、傷つき疲れ果て、息も絶え絶えに協会へと駆け込んだ彼らは、大声で告げたそうだ。


 

 ――シリウスの結晶花が、迷宮で出土したぞ!



 さらにその証拠は、リーダーの手に握られていたという花片だった。

 薄汚れてひび割れて、実用には殆ど耐えられないような代物であったそうだが、鑑定の結果は本物。

 

 それを聞きつけた冒険者たちは、当然のごとく大騒ぎ。

 人の口に戸は立てられず、右へ左へとその話は流れ、やがて協会を巻き込むほどの一大事になった――と。


「そ、それが本当なら……っ」

「階層は? 現時点でのマッピングも出回っているのか?」


 焦るコレットを制し、ヒューズは努めて冷静に問う。


「そ、それはまだ。けれど、心当たりのあるという冒険者の方が居まして」

「……なに?」


 訝しむヒューズを前に、職員は奥へと手招いた。

 

「……どうしましょうか?」

「行ってみよう。話を聞くだけならタダさ」


 けれども、警戒だけは忘れない。

 周囲に目を配りつつ、ヒューズたちは男の後をついてゆく。


 訪れたのは、交易所そばの一角だった。天井を支える大きな柱が等間隔で立ち並び、周囲はひっそりと静まり返っている。

 どうやらここは穴場のようで、人の影は見当たらない。


 ――そう、目に映る限りにおいては。

 

「……心当たりってのは、そこの柱に隠れている奴のことかい?」


 前へ前へと歩き出す職員を尻目に、ヒューズは立ち止まって顎をしゃくる。

 驚いたように振り返る彼の、その向こうから声が掛かった。


「……ほう? なかなか目敏いじゃないか」


 のっそりと柱の影から這い出したのは、大柄な男であった。

 重厚な鉄の鎧に、禿げ上がった頭部。その姿は、一度見たら忘れられるものではなかった。


「ひ……っ!」


 慄くコレットを背に庇い、ヒューズは一歩を踏み出す。


「――お前は」 

「そう気色ばむなよ。別に、取って食おうってわけじゃねえんだ」


 老獪に笑う男――ネストを見ながら、ヒューズは内心の苛立ちを抑え込む。

 

 ――落ち着け、あの態度に惑わされるな。


「俺たちに何の用だ? 物騒な話はごめんだぜ。こっちは忙しいんでね」

「ああ、知ってるとも。結晶花が必要なんだろう? コレットの弟を癒すために」


 気安く名前を呼ぶな。そう叫びたくなるのをグッと堪え、ヒューズはあくまで平静を装う。


(……昨夜、キオに鍛え直してもらわなかったら、挑発に乗っていたな)


 彼にはどれほど感謝しても足りない。

 だからこそ、その弟分として恥ずかしい真似をしてなるものか。


「知っているぜ、その場所を」

「……なに?」

「シリウスの結晶花が在る階層だよ。アレを見つけたのは、俺の知り合いの冒険者でね」


 信用は出来ない。論ずるに当たらない。

 嘘か真か、判別をする以前の問題だ。


「そうかい、じゃあサッサと持ち帰ってくればいいだろう?」

「まあ、そう言うなよ。俺がそいつと『トモダチ』なのは知っているはずだ。事情もようく分かってる」


 肩を竦め、いかにも心外というようにネストは首を振る。


「だからこれは善意の提案さ。神官様へのお布施だとも。ここで巡り合ったのも、何かの運命――だろう?」

「……っ!」


 唇を噛み切るような勢いで、コレットが黙り込む。

 わなわなと震えるその肩をそっと叩き、ヒューズはネストへと向き直った。


「悪いが、借りは作らない主義なんだ。小金が欲しいのなら他を当たってくれ」


 顎をしゃくる振りをして、ヒューズは周囲を見回す。

 職員の姿は既に無い。脅されたか、金を握らされたか。

 どちらにせよ、恨むつもりは毛頭なかった。冒険者稼業なんて、こんなものだ。


 後で筋は通させてもらうが、腹を立てても始まらない。

 それに、この男と引き合わせてくれたことについて、ヒューズはある意味では感謝もしていた。


 どちらにせよ、ケリはつけねばならないからだ。


「つれねえやつだな。コレットが大事じゃねえのかい?」


 舐めつけるような目で、大男はヒューズ等を見る。

 まるで蛇のようだ。得物を狙う、いやらしい眼差し。こちらを下に見ていることが丸わかりだ。


 それは余裕か、はたまた傲慢か。決めるのは自分たちだと、ヒューズは決意する。


「大事だからこそ、自分の手で掴みたいのさ」

 

 目を固く閉じたコレットを抱き寄せ、見せつけるように笑ってやる。


「俺たちは相棒だからな。他人が入る余地はねえのさ」

「ヒュー、ズ……」


 間近に見える、茶色の瞳から涙がこぼれ落ちる。

 それをそっと指ですくい、ヒューズは微笑んだ。


「見せつけてくれるなあ、色男。その女の過去を知ってて、そう言ってるのかい?」

「過去に拘る男は嫌われるぜ、オッサンよ」

「……言うじゃねえか」

 

 ネストはしかし、激昂もせずに不敵に笑う。

 恐れてはならない。けれど、見下してもならない。どんな相手でも油断はするな。

 『敵』はヒューズよりも格上の冒険者だ。保持している技能も二級以上を備えていると聞いていた。


 しばし、二人は虚空を挟んで睨みあう。

 その間に見えない火花が散り爆ぜて――やがて、ネストが背を翻した。


「降参だ、ヒューズさんよ。結晶花は第九層に在る。地底湖があったろう? それがまだ変動せずに残っているのさ。そのほとりに、群生しているとよ」


 振り向きもせず、ネストが告げる。

 

「……そうかい」


 是とも非とも答えない、問いたださない。

 それ以上に言葉を交わす必要は無かった。


 立ち去ってゆく冒険者を見送り――ヒューズは微かに息を吐き出した。



『……ヒューズ、しばらく迷宮には潜らない方がいいと思う』


 

 脳裏に響くのは、キオの言葉だ。

 彼は淡々と、事実だけを述べるようにヒューズへ告げたのである。



『迷宮の底、核にあたる領域には非常に強い力を持った何かが眠っている。最上位魔神さえ凌ぐエネルギーを持った、何かが』


 

 伝説でしか聞いた事の無い魔神。

 それすらも上回るとは、どんな怪物なのか。想像もつかない。



『その影響も少しずつ、些細な変化という形で現れ始めているはずだ。ヒューズの話にあった、冒険者たちの熱狂も恐らくは』

 


 熱に浮かされたように吠え猛る冒険者たちを思い出す。確かに、あれは異様であった。

 いかに伝説級の代物が出土したとはいえ、ろくに裏も取らずにああも焦りに身を任せるものだろうか。

 彼らの中には、ヒューズ等が見知った顔も多い。それなりに場数を踏んだ連中ばかりなのに。

 協会員たちの制止すら振り切って駆け出していく姿に、悪寒すら覚えてしまう。


(……キオの言った通り、ってか)


 迷宮の異変。それは神ならぬヒューズでは伺い知れない、恐るべきものなのかもしれない。

 忠告は聞くべきだ。キオの言葉に嘘など全くない。いつだってそうだった。彼が冗談を述べる事など有り得ないのだから。



『もしも、どうしても迷宮に挑むというなら。僕が前にあげた『あれ』を肌身離さず持っていて欲しい。いいかい、特に僕が居ない時は絶対にそれを――』



 傍らで震えるコレットを見る。その顔には迷いの色がありありと見えた。

 行くか、留まるか。情報の真偽はともかく、迷宮に結晶花が出た可能性があるのなら、選択は無いにも等しい。

 やはり、ヒューズは冒険者なのだ。その生き方は変えられそうも無かった。


「……行くか」

「えっ!?」

「無理はしない。あの男を信用したわけでもない。けれど、ここで手をこまねいて踏みとどまるわけにもさ、いかないだろ?」


 その言葉にコレットは歯を食いしばり、何かを堪えるように目を伏せる。

 だが、彼女にも否は無いと分かっているのだろう。

 時間も無い。迷宮はいつ変動し、出土品が姿を消すかもしれないのだ。


「……ありがとう」


 絞り出すような声。けれど、そこに確かに宿る感謝の念に、ヒューズは破顔した。


 ――ありがとうってさ、良い言葉だよね。


 かつてキオから聞いた言葉が蘇る。

 けれど、そう言ってヒューズに笑いかけてくれた彼は、今この都市には居ないのだ。


『――別の方向から、あの迷宮について探ってみようと思うんだ。幸い、当てはあるしね』


 昨夜、キオは別れ際にそう告げた。

 どうやら、最上位魔神との騒動で、とある冒険者たちと知り合ったらしい。

 そのパーティーが誰だか聞き、驚いた。彼らはヒューズも耳にしたことがあるほどに、名の知れた冒険者たちであったのだ。


(……相変わらず、規格外の兄貴分だよなあ)


 だから、彼は頼れないし、頼ってもならない。

 キオに告げた言葉の通り、これはヒューズとコレットの問題なのだ。


 どうしたら彼の心に、その孤独に寄り添えるのか、それは分からない。

 キオが普通の人間では無いと、それは他でもないヒューズ自身が良く知っていた。


(だからあの時、ジェニーはあんな望みを口にしたのか)


 悔しいが、彼に関することにおいて、あの妹分には一歩も二歩も劣っている。

 昔からそうだった。あの娘はいつもキオの隣にちゃっかりと居座り、その寵愛を欲しいままにしてしまう。

 

(――負けてらんねえ、なんて張り合うつもりはねえけどさ)


 たぶん、それは意地のようなものだ。

 幼稚な感情であるとは理解しているが、それこそが自分たちらしいと、ヒューズはそう思うのだ。

 

 だからこそ、今。

 キオに寄りかかるだけの子供でないと証明するために、一歩を踏み出す。


 危険は承知。何が起こるかも分からない。

 けれど、冒険とはいつだってそういうものなのだ。


「……ヒューズ」


 指先に触れる温もり、それを繋ぎとめるように強く握り返す。



 ――二人で必ず無事に帰ってくると、その祈りと誓いを込めて。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ