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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
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第18話 焔の予兆



「うーん、やっぱりそうか……」


 ドーム型の施設を眺めながら、キオは首を傾げた。

 

「なにか、おかしなことでもあるの?」


 そう尋ね返したジェニーの、その手にあるのは空っぽの木皿だ。載せられたスープを啜り終えた彼女は、物足りなさそうに屋台を眺めている。

 

「すみません、おかわりを」


 キオは店主へ代金を支払い、再び熱いスープを皿の上へと注いでもらう。

 中身は豆と野菜、それと塩漬け肉を煮込んだもの。調理に魔導具を用いているのか、出来たてアツアツのままだ。

 そうしてジェニーは、さいの目に切られたお肉をスプーンですくい取り、ふうふうと冷ましながらお口へ放り込む。

 

 味をじっくりと堪能しているのだろう。彼女は目を閉じ、体を震わせている。

 

「……素晴らしいわ」

「それは何より」


 続けて彼女は、玉ねぎと人参に似たみじん切り野菜をすくい、優雅に食す。食しまくる。

 肉体労働者向けの味付けなのか、やや塩気が濃いようだ。普通なら塩分過多になりそうであるが、彼女の胃と体には支障ない。体質的なものだろう。

 月一でこっそりと健康診断しているキオがそう判断するのだから、間違いがなかった。何より彼女の運動量は半端ではないのだ。

 

 ――けれど、この都市にいる間は少し控えさせるべきかもしれないな。

 

 キオがそう悩んでいるうちに、木皿が店主に返還される。ジェニーが食事を終えたらしい。

 まだもの欲しそうにしている彼女へ目配せをして、少し離れた人気の無い区画へと移動する。


「――それで、気になることってなにかしら?」


 ふわさ、と。ジェニーは髪を翻してそう言った。何かを誤魔化すとき特有の仕草である。

 

「うん、あの迷宮なんだけどさ。昨日と造りが変わっているね」

「……迷宮内の構造が変化しているってこと?」


 その通りである。石壁の位置がずれ、生える草花が置き換わり、水辺が突如として姿を現す。

 少しずつ、けれども確実に。まるで迷宮全体が生き物のように変動しているのだ。

 

「階層は地下に伸びている。これは変わらない。全部で二十七層だね」


 キオは地面へと指をさす。

 

「その奥底に、何かが居る。迷宮の核のような何かが」


 それはどうやら、外部から封じられているように思えた。

 異なる次元断層の、結界めいた場所。相当に手が込んだものだ。どんな魔術を使ったのか、キオでは見当が付かない。

 

「そこにね、この世界の基準から見ても、かなりの上位にあたるだろう熱力場を計測したよ」


 先に遭遇した、あの最上位魔神クラス――いや、単純なエネルギー総量ならそれを軽く上回るだろう。

 

「そこから力を汲み上げて、迷宮を形成してるみたいだ。これは凄い仕組みだよ。手間暇も掛かってる」


 生物のように新陳代謝をする迷宮だ。組成を分析しただけでは、作られた年代を把握できない。

 空間に満ちる熱量から計測するに、少なくとも一万年以上は前――古代、神話の時代の代物だ。

 

「その核を利用する形で、迷宮が動いているの?」

「利用というか、消耗させているようにも思えるね。力を、エネルギーを徐々に削いでいるみたいだ」


 それでも、その途方もない時間を掛けてもまだ消滅には至らない。それどころか、今にも溢れ出しそうなほどに蠢いている。

 例えるなら、活火山。噴火直前のマグマが鳴動しているようにさえ感じる。

 逆に経年により封印がほころび、少しずつそれが広がりつつある、と――

 

「……キオなら」


 少しだけ顔をしかめ、いかにも嫌そうにジェニーは口を開いた。

 

「それが解放される前に、やっつけられる?」

「出来なくはないけど、難しいね。僕が攻勢を仕掛ければ、たぶんこの都市が吹っ飛ぶと思う」


 キオが得手とするのは、やはり破壊なのだ。何かを攻撃し滅ぼしつくすこと。

 火力へと大多数の比率を傾けているため、繊細な作業はそこまで得意ではない。

 内部に入り込んで核だけを無力化することは、至難の業であった。

 

「例えば中に媒介でもあれば、話は別だけど……」


 空間にそれを侵入させようとする前に、壊してしまうだろう。

 現実的な手段ではない。

 

「ただ単に、()()を滅ぼすことだけなら十分に可能だよ。特に難しい話じゃない。けど、その代償が大きすぎると思うんだ。今の僕では、この規模の被害は防ぎきれない。そんな風には作られていないからね」


 そも、キオはそういうモノなのだ。

 全てが終わった後から来て、全てを終わらせるために力を振るう。

 ゆえに、最終兵器。誰かを守るためではなく、何かを殺すために使われる――

 

「――キオ、こっち見て」


 ぺちん、と。両頬が手で挟まれる。

 目と鼻の先で、ジェニーがキオを見つめていた。

 

「何度でも言うわ。キオは私の幼馴染で、トスカナ村の村人。それ以上でもそれ以下でもないの」


 吸い込まれそうだと、キオは思う。

 その蒼い瞳は澄み渡り、宝石のように煌めいていた。



『――お前は兵器だ。それ以上でもそれ以下でもない。そう在るように私が作った』



 記憶メモリーの奥底から、古い――とても古い会話データが再生される。

 

 

『――けれど。お前が、もし。もしもいつか……りたいと、そう望むのなら――』

 

 

 あの時、『あの人』は珍しく微笑みながら、自分に語り掛けていたっけ。

 それを反芻しながら、キオはジェニーと向かい合う。

 

「うん、分かってる。ありがとう、ジェニー」

「ん」


 こつん、と。額と額がかち合う。

 

 大丈夫。決して自分を見失ったりしないと、キオは思う。

 たとえいつか、この温もりが失われてしまったとしても、思い出は消えない。

 彼女がくれた全てを記憶し、この世界で生きてゆく。そう、キオは決めたのだ。

 

「何か他に方法が無いか探してみようか。迷宮についても調べてみたいね」


幸い、というべきか。

今すぐに差し迫った危機、というわけではない。

少なくとも数十年単位の余裕はありそうだった。


「ただ、あまりここに長居をしてもあれだし、いったん村に帰るのも良いかもね」

「そうね。じっくりと腰を据えて考えましょう」

「あと、ヒューズにもその辺の話を――」


 そこで、キオは言葉を止めた。それは人間でいう所の違和感であった。

 センサーに走った、微かなノイズ。誤差であると、切り捨てても問題ない範囲のもの。


 ――しかし。

 

「ねえ、ジェニー。やっぱり帰るのは後にして、もう少しこの都市に残ろうか。村長さんにはお話をしておくから」

「ん、わかった」


 なぜ、とも。どうして、とも。彼女は尋ねない。ただキオが必要であるならと、頷いてくれるのだ。

 それに深い感謝の念を抱きながら、キオは迷宮を睨みつけた。

 

 微かな、ごくごく僅かな歪み。

 それはこの世界に在るべきではない、在ってはならないモノだ。

 

 すでに反応は消えていて、観測値にも残っていない。痕跡も見当たらないのだ。

 まさしく無。全てのセンサーも誤報を告げている。疑う余地は何もない。

 

 けれど、人ならぬキオは。それをある種の『予感』と捉えていた――

 

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