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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
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第17話 不穏な影


「これは中々の光景だね……」


 キオ達が宿を出て、そうして歩き出すこと、小一時間ばかり。

 中央通りを抜けたその先に、目的の場所はあった。

 

 まず目に映ったのは、ドーム型の巨大な施設である。素材の殆どが石材で構成されているそれは、見るからに年季の入ったものだ。

 よくよくと分析すると、箇所によって素材の新旧がはっきりとしている。何度も何度も積み足して作り上げてきたのだろう。

 

 その入り口を飾るのは、石造りの円柱とそれに支えられた三角形のペディメントだ。キオの知識の中にある古代ギリシャと呼ばれた文明のそれに近い。この世界においても、古典様式といわれる作りである。


 その名の通り古の神殿を想起させる荘厳な門構えは、見るものを圧するような雰囲気を醸し出していた。

 

「……屋台が、いっぱい」


 だが、キオの幼馴染の眼差しはそれとは別の物を捉えて離さない。

 周囲に所狭しと立ち並ぶ食事処や料理の屋台などなどに、彼女の興味は収束されていた。

 

「そうだね、種類も豊富だね」

「片っ端から制覇したいわ。日替わりなのかしら」

「それは気になるね」


 だとすると厄介だ。下手をすれば月単位で居座りかねない。

 ジェニーは聡明で気遣いの出来る女の子だが、ひとたび食欲に堕ちるとダメだ。物事の優先順位が容易く変動する。

 

「でも、お小遣いだけだと足りないかも」

「む、そうね……」


 ジェニーは腕組みをし、考え込むそぶりをする。

 とはいえ、その解決策も一応はあるのだ。キオは答えが分かっていながらも、それを提示してみる。

 

「アレの換金が済むなら、懐は相当に暖かくなると思うけど」


 なにせ、立派なお屋敷が建つらしい代物だ。下手をしなくても贅沢三昧が出来るだろう。

 だが、それを是と頷けない理由が二人の間にはあった。

 

「まあ、止めときましょ。ヒューズの言う通り、そう簡単にお金になるものじゃないみたいだし」


 昨夜、彼に口止めをされた後、キオ達はこっそりと頼まれたのだ。

 あの魔神の角の欠片は、しかるべき時に処理させてほしい、と。

 

 確かに、あんなものを何処から持ちこんだのかと騒がれたら事である。

 手荷物検査でも発覚しなかった物だ。出所を探られるのはマズい。

 

 とはいえ元々、キオ達もあぶく銭で儲けるつもりはない。

 そもそも、物品の買い取り自体がこの都市では容易なことではなかった。

 

 そこらの露天商に売りつける程度のものならともかく、きちんとした商店で換金するには手続きが幾つも必要なのだ。

 許可証もなければ、この都市の市民でもない。そんなキオ達にしてみれば、友人であるヒューズを頼り冒険者協会に持ち込んでもらう以外、他に方法が無かった。

 

 それなりの手順に気を付ければ、迷宮での出土品として処理できる。だから納得は出来るのだが――

 

「それに、ヒューズに必要なものみたいだし」

「だね」


 同感であると、キオは頷く。

 センサーで読み取るまでも無い。ヒューズの声色と表情にはどこか、後ろめたさが滲んでいた。

 

「格好つけてんのよ、きっと。それで一人前になったつもりなんだわ」


 手厳しい感想だが、そう間違ってはいないのかもしれない。

 

「だからまあ、こっちから言うのは止めときましょ。アイツがちゃんとそれに向き合って、私たちを納得させられたら渡す。それでいいと思うわ」

「うん、そうだね」


 安易な救いは相手の為にならない。そう彼女は言っているのだ。キオに教えているのだ。

 彼女はいつだってそうだ。この異質極まる幼馴染の規範に、指標に、道しるべに――良心になろうとしてくれている。

 

「……ありがとう、ジェニー」


 お礼を何度言っても足りない。彼女は昔からそうなのだ。いつだってキオの幸せのために、心から寄り添ってくれる。


 それが少しだけ申し訳なくて、他に返す言葉が浮かばない。


「お礼はあそこの串焼きで良いわ」


 そっぽを向きながら、ジェニーは屋台を指さす。頬がわずかに紅潮しているのが、可愛らしくてたまらない。

 ジュウジュウと音と煙を巻き散らす鉄板、そこへ視線を向けてキオはくすりと笑う。

 

「では、ジェニー様にあちらを献上いたしましょう」

「よろしくてよ」


 くすくすと微笑み合い、手と手を繋いで歩き出す。

 そんなひと時に、キオは何よりも幸福を感じていた。

 

「……ほう?」


 そうして屋台へと繰り出そうとした、その矢先。

 大柄な男が一人、キオ達の前を横切った。

 恐らくは冒険者。ヒューズとは対照的に、重厚そうな鎧を纏った戦士風の成人男性だ。

 

 つるりと禿げ上がった頭を揺らし、男はピタリと立ち止まる。

 その視線は、キオの隣に居るジェニーに向けられていた。


「……なにか、御用ですか?」


 キオが口を開くよりも早く、ジェニーが男へ尋ねる。

 

「いやなに、ずいぶんと奇麗なお嬢ちゃんが居るって思ってな。冒険者には見えねえが、ここの住民かい?」


 気安げな口調だが、その瞳には好色そうな色が宿っている。

 いかにも品定めをしているが如き視線をしかし、キオは前へ出て遮った。

 

「観光です。迷宮を外から見に来ました」

「ふうん、そうか。じゃあ俺が案内をしてやろうか?」


 からかうような口調。だが本気ではなさそうだ。人目があるのを気にしているようにも見える。

 

(けど、強いな。とてもよく鍛えられている)


 肉体年齢は三十三。壮年というには少し遠い。冒険者として最も脂がのっている頃だろう。

 

「いえ、結構です。彼と二人きりで十分なので」


 ニッコリと外行き用の笑顔で答え、ジェニーはキオの腕を取った。

 

「へえ、そんなガキとねえ? 大丈夫かい、お坊ちゃん。そんななりで、大事な恋人が守れるのか――なっ?」


 下卑た声はしかし、途中で驚愕に固まった。

 不意に伸ばされた手を、キオが軽く払ったのだ。

 

 力など込めていない、失礼にも当たらないように最小限の動きで、受け流す。ただそれだけの動作。

 

「お前……なんだ?」


 男の瞳に警戒の色が浮かぶ。その心臓が一瞬、軽く跳ねたのをセンサーが感知する。

 

 恐らく、彼はそれなりに場数を踏んでいるのだろう。だから、分かったのだ。

 今、自身が伸ばした手は、完全に意識の外――死角から滑り込んだはずの一触。

 それを苦も無く反らした少年に、彼は畏怖を覚えている。

 

「少し、心得がありますので」

「……そうかい」


 それ以上、男は何も言わなかった。肩を竦め、飄々と歩き去ってゆく。

 しかし、その足取りにはわずかに乱れが見える。少なからぬ驚愕が、無意識に体へとフィードバックされたらしい。

 

 引き際が良い。たぶん、こういったやり取りも手慣れているのだろう。

 魅力的な美少女を口説くことよりも、得体の知れない相手とのいさかいを避けることを優先したのだ。

 

「……背負ってた斧は、魔導具だね。だいぶ使い込まれてるみたいだ。相当に腕の立つ冒険者だね」


 そのまま、ドーム状の施設の方へと姿を消すのを見届けて、キオはそう評価を下す。

 人格は褒められたものではないのかもしれないが、強いは強い。並の戦士では、何人束になって掛かっても返り討ちに遭うだろう。

 

「ふうん、そうなの」


 しかしジェニーには、さして興味の無い事柄であったらしい。

 彼女の興味はもう、屋台の方へと戻っているようだ。


「まあ、冒険者の街だし。色々な人がいるんでしょ」


 それだけを言って、キオを引っ張りながら食を為さんと歩き出す。

 

 今さっきの出来事など、まるで気にしていない。

 彼女が嫌な思いを抱えずに済んで良かった――と思っていると、不意にジェニーが顔を上げた。

 

「……私、奇麗だって」

「うん」

「キオも、そう思う?」


 キオをじっと見つめる眼差し。そこには深淵とした蒼い闇が広がっているように思えた。

 

 ――答えを間違えたら危うい。

 

 危険信号アラートが体内で静かに鳴り響く。

 

「ジェニーは世界で一番可愛いよ」


 何十通りもの会話パターンを瞬時に分析し、導きだした答えは結局、キオがいつも思っていることであった。

 

「……そ」


 一瞬、ジェニーが目を閉じる。

 そうして再び開かれたとき、既にそこには餓えた狼の炎が宿っていた。

 

「まあいいわ。食事をしましょ」


 弾んだ声と足取り。しかしそこに、ほんの少しだけ躊躇いがある。

 ジェニー愛好家第一号を自称するキオが見逃すはずも無い。

 

「……怒ってる?」

「ううん、全然。だってキオだもの」

「そう? ならいいんだけど」


 答えにならない返事を告げて、ジェニーはコロコロと笑う。

 

 ――迷宮よりなによりも、目の前の幼馴染の方が、よっぽどに謎めいている。

 

 どこか晴れやかに笑う彼女の姿を堪能しつつ、キオはわずかに首を傾げるのだった。


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