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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第2章 迷宮都市と終焉の巨人
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第15話 ヒューズの苦悩


「――はい、お疲れさまでした。取得品は確かにこちらで引き取らせて頂きます」


 受付嬢がにこやかに笑い、代金を差し出してくれる。手元に集まったそれを確認して、ヒューズは息を吐き出した。

 

 今回は第十層まで攻略できた。手に入ったアイテムも、相応に価値のある物ばかりだ。

 単純な収入として見ても、今までの中で五本の指に入るほどの儲けがあった。


(まあ、キオのアレには敵わねえけどな)


 思わず苦笑が漏れる。昨日、再会した昔馴染みが持ってきたモノは、この世に二つとない超貴重品だ。

 

 正直に言って、喉から手が出るほどに欲しい。それが叶うならヒューズはどんな事でもするだろう。

 とはいえ、別に莫大な富を得たいわけではない。そう、その金が必要な相手は他に居る。


「お待たせ、コレット。ほい、今回の取り分だ」


 近くの椅子に座って待機していた相棒に、分け前を手渡す。

 そのまま中身を確かめもせずに仕舞おうとするのを見て、ヒューズは肩を叩いた。


「おいおい、ちゃんと見ろって。俺が誤魔化してたらどうするんだ」

「ヒューズはそんな事をしないもの」


 全幅の信頼を含んだ眼差しを前に、どう返して良いのか分からなくなる。

 本当に呆れたくらいのお人好しだ。これで彼女は優れた冒険者なのだから、なんとも言えない。


「少し待っててくれるか? 例のアレが入荷しているか、見ておきたいんだ」

「え、でも……」

「ちょっと確認するだけさ」


 そう断りを入れて、ヒューズは協会内の魔導具取り扱い所へと足を運ぶ。

 目録を見せてもらい、物品を確認。目当ての物は――やはり、ない。


「シリウスの結晶花ですか?」

「ん、ああ……」


 協会員の問いかけに、ヒューズは生返事をする。


「何度も言いますけど、仮に物があったとしても取り置きは出来ませんよ。アレが必要な人は山ほどいますので」

「分かってるよ。主にお貴族様たちが、だろ?」


 答えもせずに肩を竦める彼へ、ヒューズは同じ仕草を返してやった。


「一応、出物があったら教えてくれ。ほら、いつものだ」

「……確約は出来ませんよ」

「ああ、それでいい」


 銀貨を一枚放り投げ、そのままヒューズは踵を返す。

 こんな事くらいしか出来ない自分が歯がゆくて、胸がむかむかとしてくる。

 湧き上がってくるのは、どうしようもない苛立ちだ。それを何とか堪え、ヒューズは肩を落とした。


(情けねえなあ、俺も。あの頃からちっとも成長出来てやしない)


 ため息が出そうになるのを、しかし無理矢理に抑える。

 弱気は禁物だ。いつだって心の隙に、死は滑り込む。


 頭を振り、そっと胸元へ手を伸ばす。何かに思い悩むとき、こうするのが癖になっていた。

 落ち着かない時、焦りそうになる時。そこに触れるだけで、気持ちが安らぐのだ。この五年の間、自身を支えてきた物のひとつがこれである。

 

 だが、今回ばかりはそれだけでは足りない。

 皮鎧の首元へ指を指し込み、そうしてヒューズは『それ』を取り出した。


「……キオ」


 平たい板を布で包んだような、不思議な形のお守り。それは村を出るときに手渡された、友人からの餞別であった。


『――ほら、これ。中にあの羽も入れてあるんだよ。ヒューズの夢がどうか叶いますように……って』


 脳裏に閃く、あの日の会話。

 そう、彼がいつも語ってくれたのは、村の誰も知らない、聞いたことも無い物語だった。

 オトギバナシとかいうそれに出てくるのが、天使の羽。ささやかな願いを叶えてくれる、優しいアイテム。


「……頼むよ、どうか叶えてやってくれよ」


 お守りを握りしめ、強く願う。

 

「ジュールの――コレットの大切な弟を、治してやってくれ……っ!」


 分かってる、あれは単なる物語だ。羽もキオの手製であって、本物じゃない。

 それでも祈らずにはいられない、願わずにはいられない。


 呪毒に侵されたジュールの目。彼に光を、色を取り戻してあげるのがコレットの夢であった。

 

 そのために必要なのが、シリウスの結晶花。迷宮の奥底にしか生えないとされる伝説の薬草だ。

 市場に出回る事も、ごく稀。たとえ運よく見つけたとしても、目が飛び出るような金額が要る。

 

 だからヒューズとコレットは特定のパーティーやクランに所属せずに、コンビを組んだのだ。

 余計な人数を加えれば分け前で揉める。結晶花を彼女の物と出来る可能性も低かった。


(あの子たちは、あんなに苦労してきたんだ……幸せになったっていいだろう……!)


 彼女たちの過去、その全貌をヒューズは知らない。ただ、家族で巡礼に出ていた時に魔物に襲われ、五体満足であったのがコレットしかいなかった――という、事実だけだ。


 弟に向ける愛情と優しさ、そしてひたむきな強さ。

 彼女のその心に、ヒューズが想いを寄せるようになったのは、いつからだったか。


(キオに言えば、恐らくアレをくれる。快く渡してくれるはずだ……)


 それが分かってるからこそ、ヒューズは心苦しくなってしまう。


 最上位魔神から得た素材。売買する際に誤魔化すことは至難の業であろうが、方法はいくらでもある。

 トロンの迷宮は、それこそ何が出土するか分からないのだ。

 うまく立ち回れば、巨万の富を得られる。結晶花を買う事すら夢ではない――が。


「……言えるかよ、そんなの」


 つまるところ、これはちんけな矜持なのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()に、情けなくすがって良いものか。


 それに、だ。もしも、その懇願をしてしまったら、キオとの間にあった友情が、絆が。すべて崩れて消えてしまうのでは、という青臭い恐怖があった。彼とのそれは、父との断絶よりも避けたいと願う、ヒューズの拠り所なのだ。


「……けど、いざという時が来たら、迷ってなんていられないよな」


 ちっぽけな自身のプライドなど捨てて、伏して拝んで頼み込むべきだ。

 キオがそれを聞き届けてくれたら、ヒューズはなんだってするだろう。


 冒険者の恥さらし、情けない男だと自分でも思う。だが、それが単なる自己満足に過ぎないとしても、相棒の願いを叶えてあげたかった。あの姉弟に心からの笑顔を取り戻してあげたかった。


 自嘲気味な笑みを浮かべ、重い足取りでコレットの元へと戻ろうとして――

 

「……ん?」


 ――足が止まる。協会の出入口付近に、二つの人影が見えた。

 片方は相棒であるコレット。しかし、もう片方は。


(誰だ、見ない顔だな)


 大柄の男だ。重厚そうな鎧を身に着けていることからして、同業であることは間違いない。


(こんなところで、コレットへちょっかい出す奴がいるのか)


 少しの間とはいえ、彼女を一人にしてしまったことを悔やむ。その可憐な容姿と柔らかな物腰から、彼女は冒険者たちの間でも密かに人気が高い。先日、ジュールにちょっかいを出した獣人たちもその一派だ。


(あっちには、『言い聞かせて』おいたが――こいつはどうだ?)


 協会内なら、滅多なことをするまいと油断した。

 ヒューズが足早にそちらへ近づくと、男はにやりと笑う。


 薄気味悪い顔だ。その表情だけでも、この男の事を嫌いになるには十分すぎた。

 毛髪のひとつもない、禿げ上がった頭を震わせながら、男がコレットの肩を抱こうとする。


「――やめて!」


 ヒューズが怒鳴りつけようとするよりも先に、彼女が手を払った。


「へへへ、ずいぶんと威勢が良くなったなあ。昔とは大違いじゃねえか」

「それは……!」

「わかった、わかった。また今度な」


 コレットの背を気安く叩くと、男は歩き出そうとして――不意にヒューズの方へと顔を向ける。


「兄ちゃんよ、女はちゃんと選びな。アンタみたいなのには、もっと綺麗な花が似合うんじゃねえか?」

「てめえ――」


 事を荒立てまいと思ったが、限界だ。

 明らかな侮辱に掴みかかろうとするヒューズを、しかしコレットが押し留める。


「やめて、ヒューズ!」

「しかし、あいつはっ」

「お願い、なんでもないの。昔の知り合いだから。それだけ……だから」


 血の気の失せた、その青ざめた顔を見てヒューズは振り上げた拳を降ろす。


(なにが、あったんだよ……)


 しかし、問うべき言葉が出てこない。何度か試みようとするも、口はまるで開かなくて。

 ヒューズは下ろした腕を震えるコレットに添えて、その背を撫でてやる事しか出来なかった。


「へっ、安っぽい純愛もどきに溺れたもんだな。まあいい、じゃあなコレット。また会おうぜ」


 そう言って、男はあっさりと背を向けて歩き去る。

 遠ざかってゆくその影に、何かを吐き捨てようとして――ヒューズは押し留まった。


 男の、その背に輝く銀の斧がこちらを誘うように不気味に揺れている。


(こいつ……!?)


 男の自信に満ちた足取りには、まるで隙が無い。

 何よりも全身から放たれる、異様な圧がヒューズの勘を強く刺激していた。

 それは冒険者として生き抜いてきた本能、死の危険に対する備えだ。


「どうしました?」


 遅まきながら、協会員がこちらへ向かって駆け寄ってくるのが見えた。その声を耳にしながら、ヒューズは自身の、もう片方の手をそっと握りしめた。


 途端に心が安らぎ、少しだけ冷静さが戻ってゆく。


(……あ)


 無意識のうちに、手に取っていたのだろうか。

 指を開いたそこには、キオがくれたお守りがあった――


 

 

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