第14話 美味なる食卓
香味野菜と肉の煮込みに魚のパイ、ロースト肉の盛り合わせと焼きたてのパン――
色とりどりの料理が、テーブルの上に所狭しと並べられてゆく。
食欲をそそるであろう匂いが立ち昇り、それに誘われて皆の手が次々と伸びる。
「おいしい」
もちろん、先陣を切るのはキオの幼馴染である。語彙も少なく、ただひたすらに料理を口に運んでゆく。
その表情は至福そのもの。目じりをとろんと緩ませて、ハグハグもぐもぐと食する、食しまくる。
「いい食べっぷりだねぇ、お嬢ちゃん! これもどうだい? 新鮮な果実水だよ」
「いただきます」
コップに注がれた琥珀色の液体を、ジェニーは即座に口へと運ぶ。流れるような仕草だ。無駄というものが一切ない。
それでいてマナーも完璧。醜い咀嚼音などまったくさせない。優雅な雰囲気さえ漂わせつつ、彼女は食欲の権化へと変じていた。
「す、すごいですね……?」
コレットもその様子に、ぽかんとしている。
キオにとっては見慣れた光景なのだが、初対面の彼女にしてみれば驚きなのだろう。
見る間に空になってゆく皿へと視線を傾け、戸惑っているようだ。
「いやあ、懐かしいなあ。その食への餓狼っぷり。そういうところはさ、ちっとも変わってねえのな」
「だねえ」
ヒューズの言葉に同意を返す。
もちろんジェニーも心身ともに大いに成長をしてはいるが、彼女の本質的な部分は子供の頃と変わっていない。
その事実にいつも、キオは救われているのだ。
「お待たせしました! この宿自慢の果物料理です!」
と、皿を抱えて少年――コレットの弟であるジュールがやってきた。
「ありがとう、ジュール。助かるわ」
姉の労わるような微笑みを受け、少年は照れ臭そうに身を縮めた。
仲の良い姉弟なのだろう。それを見守るヒューズの眼差しもどこか柔らかく、暖かい。
しかしキオのセンサーはまた別のものを捉えていた。ジュールの両眼、そこに得体の知れない反応がある。
「ジュールくんは、その。目に異常が――」
「キオ」
ふと口にした問いかけを、ジェニーが制する。
――しまった、聞いてはいけない事だったか。
しかしキオが訂正しようとするより早く、コレットがゆっくりと頷いた。
「ええ、もう五年ほど前になりますか。魔物に襲われて、その際に呪毒を受けてしまって……」
弟の頭を撫でながら、コレットは目を伏せた。悲しみの感情が、彼女たちから伝わってくる。
「申し訳ありません、余計なことを」
「いいえ、お気になさらず。この子は目を閉じていることが多いので、疑問に思いますものね」
キオの謝罪をしかし、コレットは微笑みと共に受け止めてくれた。
「治す手段はあるんです。ただ、その……希少な素材が必要でして」
そう言って彼女は曖昧に笑う。
ちらりと向けられたその視線の先には、ジュールの姿があった。
「あの、ぼくも完全に見えないわけじゃないんです。姿かたちだけはハッキリと分かるから。ただ、目の前が全部真っ白に塗りつぶされていて、えっと……」
つっかえながらも、ジュールがそう一生懸命に説明してくれる。
「僕がこんなのだから、いつも姉さんに迷惑を掛けてばかりで、申し訳なくて……」
「ジュール、そんな事は無いのよ。私は貴方が居てくれるから頑張れるんだもの、ね?」
うつむく弟の頭を、コレットが優しく撫でる。
その光景を眺めながら、キオはジュールから聞いた話を咀嚼する。
――なるほど、理解は可能だ。恐らく物体を幾何学的に捉えているのだろう。古いCG技術のように、視界内の全てがワイヤーフレーム構成のように見えているはずだ。そこに『在る』のは分かっても、その表面にある情報を彼は読み取れないのだろう。
「……キオ?」
「ごめん、僕には無理だね」
ジェニーの囁きに、否定をもって返す。
キオの能力の殆どは、破壊に傾いている。自己修復や簡単な精神処置などは可能でも、生物の肉体を復元したりは出来ない。
自分は所詮兵器。人を癒すようには作られていないのだ。
「いいのよ、キオは神様じゃないんだから。出来ない事はいっぱいあるわ。それでいいのよ」
「……うん」
淡々と、ジェニーは事実を述べる。慰めではない、彼女は心からそう思っている。
それがキオには、とても有難かった。
「そっか、キオでもダメか。じゃあ仕方ねえなあ」
会話を聞いていたのだろう、ヒューズが苦笑しながら頷いた。
そんなトスカナ村の住人たちの姿に、コレットとジュールは首を傾げている。
「うんにゃ、なんでもねえよ。キオはさ、えっと多芸だから。いろんな事が出来るし。俺の槍術の師匠でもあるんだぜ」
「え、そうなんですか!?」
「ああ、こう見えて俺より年上だしな。童顔ってやつだ」
驚いたようにこちらを見るコレットに、キオはとりあえず笑みを返しておく。
沈黙は金と言うやつだ。
「キオなら冒険者の教導員とかも出来るんじゃねえかなあ。槍だけでなく、剣や弓も教えられるだろ?」
「うん、出来るよ」
大したことではない。プログラムされた技術を、キオは長年に渡って積み上げてきた戦闘経験でアップデートさせている。ただそれを個々に合わせ、アレンジして伝えるだけだ。だから偉いのは自分ではない。その大元を作り上げ、培ってきた先人たちこそ尊ばれるべきなのだ。
――たとえその技術を継承する人々が、もうあの宇宙の何処にも存在しないとしても。
「ダメよ、キオはうちの村人だから」
じろり、と。ジェニーがヒューズを睨む。
「トスカナ村の、ただの村人。何処にでもいる誰か。それでいいの」
「お、おう……悪い」
気圧されたようにヒューズが口をつぐむ。
見れば、彼の前に置かれた木製のジョッキの、その中が随分と減っていた。
酒を口にしていたせいか、少し気持ちが緩んでしまったのだろう。
「もう、ヒューズはお調子者なんだから。ごめんなさい、ジェニーさん」
縮こまる相棒を軽く小突いて、コレットが微笑む。とても手慣れた仕草であった。
「そうだ、ヒューズに後で見てもらいたいものがあるんだ」
「へ、なんだ?」
「森で拾ったものなんだけどさ、冒険者協会とかで換金出来ないかなあって」
彼なら伝手があるだろう。
依頼を遂行する際の副産物などを、協会は買い取ってくれるとも聞いていた。
「ごめんなさい、ちょっと席を外しますね。行きましょう、ジュール」
すると、会話の内容を察したのだろう。コレットが弟を促して女将の所へ歩いてゆく。
そんな彼女の背中を、ヒューズが嬉しそうに目で追っている。これは惚れこむのも無理はないな、とキオはそう思う。
「で、物はなんだ?」
「これなんだけど」
キオはさりげなく宙に手を伸ばし、無造作に『それ』を取り出した。
黒光りするこぶし大の欠片。これは虚数領域に仕舞っておいた、最上位魔神の角の一部である。
ほとんどは主の滅びと共に魔素の塵と化して散ってしまったが、これだけは固定して残しておいたのだ。
既に処置は済んである。どう扱おうとも魔素の流出もなく、危険はない。
「……おい、なんだこれ」
「えっと、魔神ってわかるよね? あれの最上位種が森の奥にいてさ、倒した時に持ってきた」
ずんごろどっしゃんしゃん、と。派手な音を立ててヒューズがすっころぶ。
以前にライブラリで見た、大昔のコミックの登場人物のようだ。
「どうしたの!?」
慌てて駆け寄ってくるコレットを手で制し、ヒューズは頭を抱えている。
「ジェニー……! おま、お前ぇぇぇ!?」
「狩った獲物から素材を得るのは当然だと思うの」
「限度があるだろ!? 最上位種って、まさかアーク――」
そこでジェニーに口を押さえられ、ヒューズがもごもごと声にならない悲鳴を上げる。
「それで、どうかな? これでジェニーに色んな物を食べさせてあげたり、村の皆のお土産代にしたいんだけど」
足りるかな?と、キオはわくわくとした心持ちで昔馴染みに尋ねる。
「……下手しなくても、屋敷が立つぞ。お貴族様向けの超立派なやつな」
ジェニーの手を押しのけ、ヒューズが呆れたように首を振る。
「そんなに」
「お肉がいっぱい食べれそうね」
これは凄いと頷き合うトスカナ幼馴染コンビ。
「まったくお前らはさ、ほんっとうに変わんねえのな」
それを見ていたヒューズが、肩を竦めて苦笑する。
脱力しきった彼の表情は、何故だろう。とても嬉しそうだと、キオにはそう思えたのであった。




