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第三十話 拷問


福岡市・中国軍日本占領本部地下


鉄椅子に縛られたイシカワの両腕が、拷問官に掴まれて持ち上げられる。

劉大将はゆっくりと歩み寄り、まるで検分するようにイシカワの指を一本ずつ眺め、薄い笑みを浮かべた。


「かつて南京で、日本兵がどれほどの人々の指を切り落とし、耳を削ぎ、逃げぬよう足を焼いたか……知っているか?」

低い声は湿った石壁に反響し、空気を一層重くした。


「歴史は巡る。だが今回は、貴様の仲間の情報を吐かせるためだ」


拷問官が錆びた鉈を取り出し、イシカワの右手の小指に押し当てる。

瞬間、刃が骨を砕く鈍い感触とともに、血飛沫が床を濡らした。


「――ッッ!!!」


イシカワの喉から、声にならない叫びがほとばしる。

全身が反射的に痙攣し、縛られた腕が引きちぎれるほど暴れる。

だが次の瞬間、薬臭い布で口を塞がれ、苦悶の呻きは鉄と血の臭気に溶けて消えた。


劉は楽しむように目を細める。

「まだ吐かんか? 沈黙は美徳か? それとも臆病ゆえか?……お前たち日本人は、過去に我らの祖国を蹂躙した。火を放ち、女を犯し、子を殺した。だが最後は原子の炎の前にひれ伏した。哀れな末路だ」


再び刃が振り下ろされ、人差し指が飛んだ。

指先が床に落ちるたび、イシカワの意識は闇に引きずり込まれそうになる。


「……ク、…ソ……ッ」

歯をすべて抜かれた口から漏れる声は、舌足らずで掠れ、もはや言葉ともつかぬ呻きだった。


劉はその様子に冷笑を返した。

「まだ余力があるか。ならば耳を捧げよ。かつてお前の先祖が中国人の耳を戦果として数えたように」


拷問官が短刀で左耳を掴み、根元から切り裂く。

鋭い痛みが頭蓋を貫き、視界が白くはじける。

血が頬を伝い落ち、熱と冷たさが同時にイシカワを苛んだ。


「――――ッ!!!」

全身が震え、声にならぬ叫びが口から漏れる。


劉はその姿を冷徹に見下ろし、さらに言葉を重ねる。

「かつての日本帝国は、武力で我らを抑えつけた。だが今は逆だ。お前たちが犬のように頭を垂れ、我らに蹂躙される番だ」


次の瞬間、拷問官が鉄の棒を赤熱させ、イシカワの片足に押し付ける。

ジュッ、と肉が焼ける音と焦げた匂いが立ち込めた。


「アアアアアア――――ッ!!!」


拘束された体が狂ったように跳ね上がり、全身の筋肉が硬直する。

痛みと絶望が脳を焼く。

だが、イシカワは、まだ折れてはいなかった。


血に濡れた唇を震わせ、くぐもった声を必死に絞り出す。

「……ナカ……マは……ぜっ、…はいに……うら、へぇ……」


その言葉を聞いた劉は、鼻で笑い、冷たく吐き捨てた。

「良い、良い。口を割らぬ犬ほど、調教のしがいがある。だが覚えておけ――必ず吐かせる。貴様ら薄汚いテロリストは一人残らず我らが踏み潰す」


そしてゆっくりと拷問官へと目配せする。

「続けろ。情報を吐くまで地獄を見せてやれ」


部屋は再び鉄と血と肉の灼ける匂いで満たされていった――。



***



福岡市・日向山山中。


濃い霧と湿った木々に包まれた斜面で、白虎隊の本隊が身を潜めていた。


火も灯せず、暗がりの中、葉擦れの音だけが不気味に響く。


「……それで、イシカワはどうした?」

沈黙を切ったのはサカイだった。声を潜めているが、焦燥が隠せない。


ナカムラが顔を上げ、低く答えた。

「街道沿いでドローンに発見された。退避を試みたが、進路を塞がれ……。物陰に潜んでいたところ、中国軍の分隊が現れた」


「イシカワさんが……囮になってくれたんです。俺たちを先に行かせて……俺があんなところで空き缶さえ蹴らなければ……!」

ハヤシの声は震えていた。


サカイは短く息を吐くと、冷静に確認する。

「つまり、殿を買って出たイシカワは戻らなかった、か」


そこで木陰からイノウエが口を開いた。

「俺とマツモトが合流して援護に向かった。だが……」

苦々しく唇を噛み、首を振る。

「どこを探しても、イシカワの姿は無かった。死体も、痕跡すら」


サカイは低く唸るように付け加える。

「――捕まったってことか」


その場に重い沈黙が落ちた。

誰もすぐには言葉を返せなかった。

ただ、それぞれの胸に、仲間を奪われた怒りと焦燥が渦を巻いていた。




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