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第二十九話 鉄と血



福岡市・中国軍日本占領本部地下――


薄暗い廊下に、規則正しい靴音が響く。

音は冷たいコンクリートの壁に反射し、やがて一枚の重い鉄扉の前で止まった。

扉が軋みを立てて開かれると、部屋の奥には制服に身を固めた二人の拷問官が、無言で立っていた。


部屋に入ってきたのは、中国軍の劉大将。

背の高い影が部屋の薄闇を覆い、縛られたイシカワに冷たい視線を落とす。

目隠しをされ、顔は血に濡れていた。


劉は鼻で笑い、低く吐き捨てる。


「肮脏的恐怖分子……(この薄汚いテロリストめ……)」


目の前の存在を人間とすら認めない、氷のように無慈悲な視線を向けながら、劉は日本語で言葉を重ねる。


「お前の存在など、この地の塵にすぎん。

だが一つだけ利用価値がある。仲間の居場所を吐けば、苦痛から解放してやる」


イシカワは血を吐きながら顔を上げ、かすれ声で吐き捨てる。

「……やっぱ中国人は進歩しねぇな。昔っから盗みと拷問しか能がねぇ」


劉の瞳がわずかに細まり、口元に冷たい笑みが走る。

次の瞬間、劉の軍靴が鋭く振り上げられた。

ドスッ、と鈍い音が薄暗い部屋に響き、胃が締め付けられるように痛む。イシカワの耳にだけ、グチャっと睾丸の潰れる音が響いた。


「ッ……!!!」


全身の筋肉が硬直し、声にならない悲鳴が喉に引っかかる。

胃が裏返るような吐き気に襲われ、胃液が逆流して口端から垂れ落ちる。

椅子の拘束に縛られながら、脚が痙攣し、呼吸すらまともにできない。


劉は靴を拭うように床に下ろし、嘲るように見下ろした。

「どうした?まだ始まったばかりではないか」


劉の冷たい声が再び降りかかる。

「舌を噛まぬよう……歯を、すべて抜け」


直ちに二人の拷問官が鉄製の器具を使い、無理やりイシカワの口をこじ開ける。

次の瞬間、1本の歯が鋭い圧力で引き抜かれる。血の味が口内に広がり、またしても吐き気が襲う。


「ガッ……ああっ……!」

体が震え、痛みと吐き気が入り混じる。

空気は鉄と血の匂いで重く、必死に息を吸うたびに胸が締め付けられた。


イシカワの意識は、激痛に引き裂かれ、断続的に遠のく。

その度に耳に残る劉の冷酷な声に、絶望が全身を這い上がる。


***


数時間前――糸島市街付近の街道。


夜の湿った空気の中、街灯もない舗装の割れた街道を、イシカワ、ナカムラ、ハヤシの3名が警戒しながら進んでいた。

彼らは本隊の前方を行く斥候部隊。後方の林には十数名の行軍本隊が待機し、三人の合図を待っていた。


「警戒を怠るな」

イシカワが小声で呟く。

夜の街道は不気味なほど閑散としており、かえって何かが潜んでいる気配だけが、夜気に漂っていた。


その時――低い羽音。

イシカワが咄嗟に手を上げ、仲間に制止を示す。


「……ドローンだ、隠れろ」


三人はすぐさま街道脇の廃屋の影に身を滑り込ませた。

闇の中に赤い光点が浮かび、小型ドローンがゆっくりと街道を哨戒している。

三人は息を潜め、張りつめた沈黙の中、ただ通り過ぎるのを待った。


張りつめた緊張。ハヤシの顔に、ふとクモの巣がまとわりつく。ひんやりとした糸が頬や髪に絡みつき、思わず身震いする。

「……っ!」

反射的に手で払った瞬間、足が横の空き缶を蹴り飛ばす。


カランッ――!


ハヤシの心臓は激しく跳ね、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。呼吸が乱れ、短く浅い息が漏れる。


乾いた金属音が夜に響き、ドローンの赤い光がギラリと揺れ、瞬時にこちらへ旋回する。


「しまっ――!」


次の瞬間、ドローンの銃口が火を噴き、街道に火花が散った。


***


後方・林の中――本隊待機地点。


微かに、先ほどの乾いた金属音と銃声が夜気を裂いた。


「……銃声…か?」

イノウエが耳を澄ませ、緊張した顔で周囲を見渡す。


マツモトも同じく、身体を低く構えながら反応する。


「斥候部隊になにか……いや、応答がない」

ざわめきが林の中に広がる。


その時、冷静な声が響いた。


「落ち着け。こちらは斥候隊に何かあったと仮定して行動する」

サカイがゆっくり前に出る。


「イノウエ、マツモト、お前たちは援軍として斥候隊の位置へ向かえ。

残りは山道ルートを後退して安全を確保しつつ、身を隠せ。絶対に無闇に姿を現すな」


隊員たちは瞬時に理解し、それぞれ任務を分担する。

斥候隊は孤立している。援軍はすぐには到達できない。

夜の闇の中、林の葉がざわめく音だけが、緊張をさらに増幅させていた。




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