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第十九話 旭川奪還作戦④


銃撃の反響がまだ耳に残る中、コムロは自分の靴音さえ重く感じた。

廊下の先からは、怯えたような声や家具を動かす音が漏れている。

鍵付きの部屋だ。中に残っているのは兵士か、職員か。


オオハラが前に出て、バールを振りかざし、力任せに扉の蝶番をへし折った。

反動と共にドアが開き、中にいた二人の兵士が怯えた目でこちらを見た。

銃口がわずかに持ち上がった瞬間、コムロは躊躇なく飛び込み、銃を蹴り飛ばした。

オオハラが背後から押さえ込み、結束バンドで手首を固める。


「次だ」


短い指示が飛び、班員たちは次の部屋へと移動する。

息を切らしながらも、誰一人声を荒げる者はいなかった。

さっきまでの激戦と、仲間の死が、全員の胸に鉛のように沈んでいた。


やがて宿舎の最奥へ到達したとき、通信機が小さく鳴った。


『こちらシノハラ、司令本部制圧班、マリューチンを確保。そちらは?』


その報告に安堵する声は誰からも上がらない。

コムロは低く返答した。


「……了解。こちらも制圧完了。捕虜二十三、死者……四名」


一瞬、通信の向こうが沈黙した。


『……了解した。負傷者は医療班に引き渡せ。こちらからも増援を送る』


通信を切ったコムロは、班員たちを振り返った。

皆の顔に疲労と悲痛が滲んでいる。


その時、ロシア語の怒号が微かに聞こえた。


「司令本部側か……?」


オオハラが呟く。

コムロは頷き、無線機を握り直した。


「こちら宿舎制圧班、司令本部の状況を報告願う」


数秒のノイズの後、アグリの声が返ってきた。


『……本部は制圧。マリューチンを確保した。だが――敵兵に気付かれた。本部に集まってきている』


コムロは短く息を吐き、班員たちに再集合を命じた。


「監視は八名、それ以外は外へ出るぞ。アグリ班の援護に向かう」


彼らは廊下を戻りながら、部屋の鍵を一つずつ再確認し、人質の監視を残して外へ向かった。夜明けの冷気が頬を打つ。

雪解け水の匂いに混じって、硝煙と血の匂いがまだ消えていなかった。






一方、司令本部。



割れた窓から冷気が入り込み、書類や地図を吹き散らしていた。

机の前に膝をつかされているマリューチン大佐は、両手を背後で縛られたまま、アグリを睨み返している。


「全兵に降伏命令を出せ。お前の声でだ」

アグリは短く命じた。


マリューチンは薄く笑みを浮かべ、低い声で呟く。

「Проклятые восточные шакалы…!(呪われた東のジャッカルども!)」


「通じねぇよ」

傍らのタカノが吐き捨てる。


アグリは表情を変えず、マリューチンの襟元を掴んで顔を近づけた。

「今すぐだ。こちらは宿舎の兵、約二十人を人質として拘束済みだ。中には非戦闘員も居る。お前が命令すれば、人質は撃たずに済む」


しかしマリューチンは顔を背け、唾を床に吐き捨てた。


その時、外から重い足音と叫び声が近付いてきた。

窓越しに、司令本部をぐるりと取り囲むロシア兵の列が見える。

アグリの耳に、無線機から低く短い声が届いた。


『こちらコムロ班、司令本部後方に潜伏完了』

『シノハラ班も到着、指示を待つ』


アグリはわずかに頷き、無線を切った。

作戦は二段構えだ。

本部内でマリューチンら将校を人質に降伏を迫ると同時に、宿舎で拘束した兵たちを外に見せつける。

包囲している兵に「このまま戦えば上官と仲間が殺される」と思わせるのが狙いだった。


アグリは視線をミカとサラに送り、二人は即座にもう一人の大尉と中尉を引き立てた。

二人のロシア将校は口を布で塞がれ、割れた窓際で並ばされる。

外から目視できるよう、頭に銃を突きつけながらミカは英語で叫ぶ。


「いいか、見せしめに撃つ気はない。だが――降伏しないなら分かっているな」


更にアグリが無線でコムロに指示を飛ばす。

「監視している人質を数名を包囲の後方に連れて来くるんだ。なるべく小柄な奴がいい。外の連中に見せる」


『…了解』


まもなく、東の兵宿舎から、手足を縛られた数名の”女性”兵士と非戦闘員が、銃を突きつけられたまま引き出される。

彼女らの姿を見た兵たちの列に、ざわめきが走った。


アグリはその反応を見逃さない。

マリューチンの耳元に、再び冷たく言葉を落とした。

「このまま続ければ、人質を一人ずつ殺す。命令を出すんだ」


しかしマリューチンは、氷のような声で答える。

「殺したければ、殺せ。兵士など畑で取れる」


緊張は一気に張り詰め、いつ撃ち合いが始まってもおかしくない空気が広がっていた――。



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