第十八話 旭川奪還作戦③
午前3時50分。
アグリたちが司令本部の扉を蹴破るのとほぼ同時刻、コムロ率いる宿舎制圧班は、東側のロシア軍宿舎前に静かに迫っていた。
宿舎制圧班の中核を担うコムロ。その後ろには、元会社員で格闘技の経験を持つオオハラと、ロシア軍の攻撃で大学を失った地元女子大生のナナオが続く。
オオハラは優しげな風貌ながら戦闘能力は高く、仲間からの信頼も厚い。
ナナオは葛藤を抱えつつも、雪月花の意志に共鳴し、雪月花に身を投じていた。
宿舎はまるでビジネスホテルのような造りで、一室に2〜3人が雑然と寝泊まりしていることが事前調査で判明している。
薄暗い廊下に足音を忍ばせながら、コムロは小声で指示を出した。
「戦闘は避ける。抵抗しなければ撃つな」
部屋の多くは無施錠だった。
軍人たちは長期滞在ではなく夜間だけの宿泊なので、鍵をかける習慣は薄いらしい。
コムロはそっと扉を押し開け、眠る兵士の近くに忍び寄った。銃口を彼らの喉元に向け、静かに起こす。
「おとなしくしろ。動けば撃つぞ」
言葉は通じなくとも、銃口を突きつけられた兵士たちは、無言で両手を頭の後ろに回した。
拘束には結束バンドが使われ、手足を固く縛られた。
拘束した兵士たちは、建物内の空き部屋にまとめて静かに運ばれていく。
そこは建物突入直後、安全な監視拠点として確保してあった場所だ。
数名の監視役が交代で見張りにつき、個別に監視役を割く負担を減らすための措置だった。
こうして拘束兵の監視体制を確立しつつ、制圧作戦は迅速に進められていく。
進むうち、廊下の壁に掛けられたロシア語の看板が目に入る。誰も意味は理解できなかったが、気にせず先へ進んだ。
だが、看板を過ぎてすぐ、最初の扉を開けたところで異変に気付いた。
「……女性宿舎か」
看板は、女性専用エリアを示す警告で、男性の侵入厳禁と記してあったのだ。
コムロは拳を強く握りしめた。
――迷いは許されない。ここで立ち止まるわけにはいかない。
だが、心の奥底では女性兵士や基地で働く女性職員たち――”女性”を人質にとる現実への葛藤が激しく揺れていた。
不意に、鋭い声が廊下に響く。
「Кто там?!!」
振り返る間もなく、銃声が炸裂。隊員の一人が胸を撃ち抜かれ、床に崩れ落ちた。
緊張が一気に爆発する。
部屋からは女性兵士たちが飛び出し、ある者は慌てて扉に施錠し、ある者は銃を構えて応戦した。廊下はたちまち銃撃と怒号の渦と化す。
「銃を捨てろ!降伏しろ!」
恐らく通じ無いであろうが、コムロが叫び、隊員たちは即座に反撃態勢を整えた。
オオハラは狭い廊下で敵兵をかわし、組み伏せ、拳や膝で急所を打ち、無力化していく。
ナナオも必死に銃を構え援護するが、一人また二人と倒れていく仲間に、動揺を隠し切れなかった。
銃弾が飛び交う中、コムロたちは少しずつ押し込んでいき、やがて宿舎の女性エリア内の制圧を果たした。
―――と思ったその瞬間。
倒れた兵士に紛れて隠れていた女性職員が、床に落ちていた銃を素早く拾い上げた。
やめろ……!!
次の瞬間、銃口がナナオに向き、乾いた発砲音が響いた。
ナナオの胸に赤い花を咲かせ、彼女は力なく膝をつく。
「……ナナオ!」
コムロはすぐさま女性職員に銃を向け、一発の銃声とともに彼女を射殺した。
だが、その場に広がったのは勝利の空気ではなかった。
非戦闘員を射殺した。そして仲間の死――取り分け、雪月花の中でも最若手、最後まで戦う事を躊躇していたナナオの死。
その重みが、全員の胸を押し潰すように沈黙をもたらす。
誰かが嗚咽をこらえているのが聞こえた。硝煙の匂いだけが、いつまでも鼻腔にまとわりついていた。
コムロは深く息を吸い込み、拳を握りしめながら呟いた。
「…くそ……こんな……」
しかし、感傷と罪悪感に浸る時間は無い。
オオハラが感情を押し殺した声でコムロを促す。
「部屋の鍵を壊す。立てこもってる連中も全員拘束だ」
宿舎制圧班は再び動き出したが、その足取りは、先ほどよりも重かった。




