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第十四話 諜報作戦


しばらく続いた雪が止んだのは、夜明け前だった。


深々と降り積もった粉雪の上を、数人の影が音もなく移動する。気温は氷点下十度。吐息すら凍りそうな空気のなか、雪月花の諜報部隊は、旭川のロシア軍補給拠点に接近していた。


先頭を行くのはアグリ。その背後にミカとコムロ、さらにその部下のサラと、シノハラが距離を取りながら続く。


目的は、司令部基地の構造把握と通信傍受用のビーコン設置。

気づかれずに情報を盗み出す。それが雪月花の戦いの第一段階だった。


「気温、マイナス十度。風向き、北北西。……音の通りが良すぎるな」


ミカが小声でつぶやく。端末に映し出された気象データを睨みながら、アグリに頷きを送る。


「南壁、監視ドローン回避完了。地下ダクトの蓋も脆い。いける」


コムロの声が通信に乗った。彼の背後では、若い女性――サラが雪の中に伏せ、冷静にセンサー装置を設置している。顔の下半分を覆ったスカーフが、吐息で白く濡れていた。


「五分以内に作業完了。感知範囲は基地の通信棟直下まで届くはずです」


「よし、後退。警戒を崩さず、南東の林まで戻る」


アグリの指示に全員が素早く頷く。

夜の闇に紛れて動く影たちは、静かに林へと消えた。




「……問題なし。ビーコンは正常に作動中。基地内部の無線ログ、取得開始」


数時間後、雪月花の隠れ家に戻ったコムロとサラが、モニターを前に淡々と報告する。部屋には電気ヒーターの音が響き、冷え切った身体がじわりと温まっていく。


「やるわね、サラ。訓練通り、完璧だった」


ミカが珍しく素直に褒めると、サラは照れたように笑ってから、小さく頷いた。


「……この三日間で取得した通信ログ、解析が終わったわ」


ミカが数枚のデータシートを広げる。アグリ、シノハラ、コムロ、そしてサラが囲むように集まった。


「輸送ルート、物資の搬入口、交代勤務の時間帯……司令部の構造が見えてきた。ただ、マリューチン大佐の動きだけは依然として不透明」


「表に出てこないってことか。警戒心が強いな」


シノハラが鼻を鳴らす。


「それか、奴も“何か”を警戒してるのかも」


アグリがぽつりと呟く。


その言葉に、ミカが頷く。


「気になる通信が一つあった。ロシア本土と旭川基地の軍用チャンネルで交わされたもの。これ、音声ログよ」


ミカがスピーカーの音量を絞り、音声を再生する。


《――またか……ウクライナの亡霊どもめ。モスクワでの爆破は何回目だ?》


《中央通信網がまた一時麻痺したらしい。FSBが血眼になってるとか。》


《こっちにまで飛び火しなきゃいいがな。せめて極東は静かにしてくれよ……》


音声はそこで途切れた。


しばし沈黙が支配する。


「……亡霊、だって?」


シノハラが呟く。


「ウクライナの、かつての抵抗勢力……いや、国家が消えてなお戦い続けてる連中?」


ミカが頷いた。


「ロシアの正式な記録では“存在しない”ことになってる。でも、いる。向こうでも、まだ終わっていない」


アグリは黙っていた。目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。


「……なら、ウクライナが今も戦ってるのなら――こっちも負けてられないな」


アグリの視線が、再び作戦地図に注がれる。

春は、近い。




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