五分ちょうだい
すっかり日も傾き、うっすらと暗くなり始めている景色……いつも通る通学路を、一人の美女と一人の美少女が通っている。アカリとリミだ。
こんな時間だから通行人もそこまで多くないだろうと思っていたが、やはりまだそれなりに人はいる。
並んで歩く美女&美少女が通りすぎる度、通行人は振り返る。一人でも周りの視線を独り占めしてしまうであろう女性が、二人並んでいるのだ。逆に振り返らない方がおかしい。
「そろそろ、この時間帯でも明るくなってくれるといいんだけどねー」
と、由香。時期的にはそろそろ、放課後過ぎでも明るくなってほしいところだが、最近は温暖化やら氷河期やら魔暴事件やらですっかり変な気候になってしまっている。
この間なんか、セミが鳴いているかと思えば突然雪が降りだす始末だ。
「それで、話って何かな、リミちゃん」
最近の気候の変化に内心文句をつけながら、ここでリミに疑問をぶつける。そもそも、一緒に帰ろうと言いつけられた理由だ。
まあ予想はできる、おそらく彼のことだ。
十年前までは幼なじみである彼……勇界 達志よりも背が低かった由香だが、十年という歳月は二人の身長を逆転させた。
もしも二人が同じように時を過ごし成長していたならば……今も昔と身長差は変わっていなかっただろう。むしろ広がっていたかもしれない。
相手は男の子だし、急な成長期があったかもしれない。
だが……十年間、ベッドの上で眠り続けた達志は、その間肉体の成長が止まっていた。故に、普通に体が成長した由香のみが、達志よりも身長が伸びたのだ。
そんな由香に見下ろされ、達志よりも少し背が高い(ウサ耳込み)リミは、自分よりも背が高い由香を見上げる形になる。
「……実は、先生」
「やだなぁ、もう学校じゃないんだし、二人きり。いつも通りでいいよ」
「……では、由香さん」
学校では教師と生徒という立場から、お互いの立場以上に干渉することはしない。だが、こうして学校を離れ、それも二人きりであるなら……変に取り繕う必要はない。
最初……彼女と出会った頃は、様付けで呼ばれたりしたものだ。正直その頃でも気恥ずかしかったのだが、こうして教師になり、その学校の生徒になったリミから様付けで呼び続けられるのは、たとえ二人きりでも恥ずかしい。
だから頼み込んで、なんとか呼び方を変えてもらった。残る幼なじみ二人も様付けに気恥ずかしそうにしていたが、猛はなんだかんだ満更でもなさそうだったし、さよなは諦めたらしい。
そんなこんなで、リミが由香を様付けで呼ぶことはない。そして現在、二人きりや、事情を知る者の前では、こうした砕けた呼び方になるのだ。
すぅはぁ、と深呼吸をしてから、由香を見つめるリミの瞳は、やはり綺麗だ。由香から見ても、そう思う。ほぁあ、キレイ……
……と、感心している場合ではない。きっと達志のことを聞かれるのだろう。十年前の事故以来、リミはずっと達志のことを気にかけていた。
彼が目覚めてからは、その恩義を果たそうと日々奮闘している。
彼の幼なじみとしてここは一つ、なんでも相談に乗って……
「あの、由香さんのことについて聞きたいことがあるんですがっ」
「うんうん、なんでも聞いあれぇー?」
予想外だった。まさか達志のことではなく、由香自身のことについて聞かれるとは、全くもって予想外だ。
「わ、私?」
「はい! 前々からその、スタイルの秘訣を教えてもらいたかったんです!」
予想外の相談に困惑する由香に構わず、リミは目をキラキラさせながら近づいてくる。
……とはいえ、その相談内容、少々無理がある。
「リミちゃん、充分スタイルいいと思うけど」
当のリミは、校内二大美少女の一人として数えられている。自然、容姿端麗であることは想像するに難しくないし、実際に見ても非の打ち所がないスタイルだ。
まあ当の本人は、自分が校内二大美少女の一人であるとは知らないようだが。
「そうですかね。あまり自信がなくて……周りにはセニリアや由香さん、それにさよな様……魅力的な女性ばかりですし」
「あー」
リミが自信が持てない理由。それは周りに魅力的な女性が多いかららしい。とはいえ由香とさよなはリミより十年の歳月を経ているわけだし、セニリアは……あの人、何歳なんだろう。
だがリミの心配は杞憂なものだと思う。由香がリミの歳の頃はここまでスタイルは良くなかったし、そもそも素材が違う。十年経てば今の由香を越える容姿になるだろう。
「……って、たっくんにはえろくなったって言われたんだよね。教え子のそんな姿、想像したくないな……」
「?」
達志にえろくなったと評された由香を越えてしまえば、それはどれほど妖艶な女性になるのか。考えるのが楽しみなような、怖いような。
心配事をしていたリミに今の言葉は届かない。
確かリミの母親は、めちゃめちゃ綺麗な人だった。あの人の娘ならば、将来とんでもないことになるだろう。
「まあ心配しなくても大丈夫だって。むしろ変な努力するより、そのまま規則正しい生活を続ければオッケーだよ!」
「そ、そうですか……」
わざわざ相談してくるくらいだから何事かと思ったが……こう言っては悪いが、大したことない悩みだ。
いや、それとも別の理由があるのだろうか。
「それにしてもいきなりどうしてそんなことを? ……さては、好きな子に自分を良く見せたいとか!?」
考えられるのは、これだ。リミの年頃なら好きな人くらいいてもおかしくないし、その人に良く見られたいというのもなんらおかしくはない。
それに、由香、こういう話大好きだ。教師になっても、こういった恋ばなには興味津々だ。自分のことは棚にあげて。
「いえ、別に……というか、好きな人はいませんけど」
「……へ?」
ウキウキでリミの言葉を待っていたのだが、返ってきたのは予想外の予想外、斜め上どころか真上過ぎる言葉だった。
いや、ちょっと待ってくれ。確かリミは、達志のことが好きなのではないだろうか? 確かに彼女自身の口から聞いたことはないが、これまでいくらもそういう素振りはあったし……
「あれ……あれぇー?」
「ゆ、由香さん?」
「ごめん、五分ちょうだい」
自分の中でこうだと思っていたものが覆された時の人間は、動揺からわかりやすくパニックになる。今の由香がまさに、それであった。




