第14話:夜の置き土産と、平穏の継続
旧採掘坑道の奥深く、静寂を取り戻した空間で、私はその場にしゃがみ込み、救出したハイエルフの少女と向き合っていた。
「……君の名前は?」
声を落として尋ねると、少女は少し身を強張らせたものの、翡翠色の瞳でじっと私を見つめ、か細い声で答えた。
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**【対象追加登録:フィリア】**
* **関係性**:旧採掘坑道で保護したハイエルフの少女
* **備考**:組織に拉致され、魔石脈暴走の触媒として魔力を搾り取られていた。保護状態。
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(フィリア、か。大国の陰謀に巻き込まれた彼女をこのまま連れ帰るわけにはいかないが、ここに放置すれば組織の残党や別の追手に拾われるリスクが高い。何より、我が家の平穏を守るためには、この事件を『王国の騎士団による鮮やかな解決』として終わらせる必要がある)
私は【多重思考】を働かせ、最もスマートな後始末のシナリオを秒速で構築した。
やるべきことは一つ。ここに「王国騎士団の精鋭が突入し、激闘の末にテロリストを制圧して人質を救出した」という完璧な既成事実を作り上げること……ではなく、むしろ「謎の内部崩壊によってテロリストが自滅・無力化されていた」という形に落とし込むことだ。
「フィリア、少し驚くかもしれないが、これから君を安全な場所へ送り届けるための『舞台装置』を作るよ」
「え……?」
私は立ち上がり、空間魔法と極小の魔力操作を応用して、坑道内にそれらしい激しい抵抗の痕跡を作り出した。壁面には本物の闘気によるものと見違う剣痕を刻み、気絶した頭領の衣服や周囲の環境にも戦闘による損壊を施していく。
最後に、【ストック】から取り出した匿名性の高い緊急連絡用の魔導通信機――もちろん私の魔力が一切残留しないよう加工した代物だ――を、坑道の入り口近くの目立つ岩陰へと転がした。
「これを王国騎士団の定点観測網が拾えば、数時間以内に彼らがここに到着する。そうすれば、君は正式に保護されるというわけだ」
「あなた……一体、何者なの……?」
フィリアは、目の前で淡々と証拠工作をこなす同い年ほどの少年の姿に、畏怖と戸惑いが入り混じった複雑な眼差しを向けていた。暗闇の恐怖と絶望の中にいた自分を圧倒的な強さで救い出してくれた黒フードの少年。その静かな佇まいに、彼女は確かな安心感と好感を抱いていた。
「……ヒューイ。ヒューイ・エルドランドだ」
私はフードの陰から少しだけ顔を覗かせ、静かに己の名を告げた。
「でも、この名前は誰にも言わないでほしい。私がここに来て君を助けたことも、全部二人だけの『秘密』だ。約束できるかい?」
「……うん。約束するわ、ヒューイ。……助けてくれて、本当にありがとう」
フィリアは翡翠色の瞳をまっすぐに向け、力強く頷いた。
「よし、いい子だ。それじゃあ、騎士団に保護された後の説明についても合わせておこう」
私はフィリアのまっすぐな瞳を見据え、穏やかに告げた。
「騎士団の人たちが来たら、君は恐怖のあまり細かい経緯までは見ていないと伝えるといい。『気がついたら組織の連中は気絶していて、魔導陣も壊れていた。誰かが自分を助けてくれた』――その事実だけを素直に話せばいいのさ。余計な嘘をついて辻褄が合わなくなるより、その方が自然だ」
フィリアは私の言葉をしっかりと咀嚼し、揺るぎない眼差しで頷いた。
「わかったわ。あなたの秘密も、私を助けてくれたことも……絶対に誰にも言わない。ただ、何者かが私たちを助けて逃げたってことだけを伝えるわ」
「助かるよ。君なら分かってくれると信じていた」
最後に、【ストック】の交換機能から「5,000pt」を支払い、上質な回復用の秘薬をフィリアに手渡す。搾り取られていた魔力と体力がみるみるうちに回復し、彼女の顔色には本来の健康的な美しさが戻ってきた。
私は坑道の入り口付近に彼女を優しく誘導し、外の様子を確認する。
通信機からは微かな発信シグナルが流れ始めていた。王国騎士団がこの異変を察知し、急行してくるまでもう間もなくだ。
(よし、これで工作は完璧だ。あえて中途半端に気絶した敵を残しておくことで、騎士団側には『内部抗争か、あるいは正体不明の腕利きによる急襲』と判断させればいい)
私は気配遮断と【身体強化】を再び全開にし、影に溶け込むようにして旧採掘坑道を後にした。
◇
それから数時間後の早朝。
領内の邸宅の自室。窓から差し込む柔らかな朝日の中で、私はベッドの上に配置していた【幻影身代わり人形】を回収し、何食わぬ顔で自身の体に寝具を整え直した。
階下からは、慌ただしく馬を走らせる騎士団の蹄の音や、城館が緊迫した空気へと切り替わる物音が微かに響いてくる。
(ふう……。これで、父様たちが大々的に動く前に『事件の解決』と『人質のエルフ少女の保護』が向こうから勝手に転がり込んでくる算段だ)
しばらくして、屋敷の執事や使用人たちが青ざめた顔で私の部屋の扉をノックした。
「ヒューイ様! ご朝食の時間でございますが……あの、外で大変なことが――!」
私はゆっくりと布団から起き上がり、窓辺の光を受けながら、いつもの「病弱でか弱い一人息子」の声音と表情を作ってドアの方へと振り返った。
「……どうかしたの? 朝から外が騒がしいみたいだけど……」
心配そうに首をかしげる私の演技に、使用人は安堵と焦りが入り混じった表情で頭を下げた。
領内の大きな危機は誰にも知られることなく、私の手によって完璧に処理されたのだ。
(これでいい。私の平穏な日常は、今日も変わらず守られた)
私は微かに微笑み、何事もなかったかのように穏やかな一日の始まりを迎えるのだった。




