東北で空を見上げて 中
田んぼや畑が広がる道、そこはもう彼の田舎だった。夏に来ることが多かったので、ひまわりが沢山咲く箇所を彼はこの日も目印にしながら、通り掛かる瞬間を待ち構えた。もちろんまだあの黄色い元気な姿を見せてくれる筈はないのだが、在って欲しいと期待する気持ちが彼の視線に沿道を追わせた。昼下がりの温かな陽を浴びながら、沿道の青草は気持ちよさそうに風にそよいでいる。
父も近所、といっても本家から一キロ以上離れている家々の畑やどこかに、誰か居ないか目を凝らしはじめた。皆親戚か知り合いなのだ。父子は窓を開けた。新鮮な土と草の匂が入ってくる。父は人が走る速さぐらいに車のスピードを落として、「岡ちゃん居ねえかな」などと呟いた。
平野に広がる畑に、うっすらと緑の新芽が出ている。ハクセキレイが畑で小走りしている姿が減速した車から見えた。山形県にもいるんだなと、緑郎は思った。東京に居た時にも彼らはよく近所の畑や川に居て、あの綺麗な白黒の小さな体を素早く動かしていた。妹が小学一二年生の頃によく「飼いたい。獲ろう」と彼にねだった鳥だ。ハクセキレイを捕まえて鳥籠で飼う、それは鳥から空を無理やり奪うことになって可哀想と思った緑郎は、妹の言葉に耳を貸さなかった。だけど、どうしてもハクセキレイを飼いたかった妹は、畑で白米を餌におびき寄せようとしてみたり、やけくそに走り出して飛び掛かっていた。そのせいか、黒土の畑を駆けるハクセキレイを見掛けると緑郎はいつも「あっ」と反応した。幼かった妹の奮闘が、今も胸をかすめた。
白黒のすばしっこい小鳥たちを見送って、山形県の畑はさすがに規模が大きいと、山の麓まで広がる大地を彼は眺めた。気が逸れて、山側に視線を伸ばしていたら、あっという間にひまわりの咲く畦道を通り過ぎてしまって、緑郎は慌てて振り返った。やっぱりまだ咲いていないけど、在るのが分かってホッとした。
道路の両側に広がる田畑の中に大きな杉の木が六本並んでいる箇所が目の端に写った。その濃緑な杉の木々は、広大な畑と道路を仕切る立派な柱のように立っていて、木の前に立つと大人の男よりも太い胴をしている。夏になると、平野においてそこだけひんやりした日陰が出来るので神聖な場所のようでもあった。
山形に来る度、数十メートル先にあっても彼に本家に着いたと思わせる威厳を放っていて、そびえ立つ濃い緑と黒の門のようでもある。彼は背筋を伸ばして、開けていた窓を閉めた。
帰り、車から六本杉を見ると、あの威厳は風がどこかへやってしまったみたいにただの木のようになっていた。大人になって仕事や人付き合いを知ってから、本家の人たちと話してみると、言ってることがよく分かるので、距離が近くなったような気がする。それに、本家の人たちは、旅館に野菜をおろし、繁忙期には互いに手伝いをしに行き来する為、緑郎の手伝いを喜んでくれて、親戚関係以上に仕事仲間として歓迎された。
本家から車で二十分くらいした所に祖父母の家がある。そして更に車で十分ぐらい海岸方面へ行くと旅館がある。この日は、祖父母の家に到着したら、それで用は済むので、緑郎はもうすっかり安心していた。車の窓を全開にした。夕方近くの田んぼの匂がした。
西の山が金屏風のように輝き始めた頃、祖母の家に着いた。
祖父母は、車のドアがバタンバタンと閉められる音で到着に気付き、子と孫を迎えに玄関から出てきた。
まずは、祖父母に挨拶をし、仏壇へお土産をお供えして線香をあげる。
茶の間で、お茶と菓子、果物を出してくれて、祖父母は長い車での移動を労わろうとしてくれる。
父は早速、緑郎を下働きから始めさせて旅館の業務内容を把握させる事、後は兄妹で継いでも良いと思ってる事、自分は歳だから早い内から緑郎が手伝ってくれて頼もしいと思ってる事などを祖父母と緑郎に確認しながら話た。ほとんど一人で喋っていた。
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