花明かりの東京郊外 中
四月に入り、道路脇の植物や近所の庭の木々が次々と若葉を芽吹き、冬枯れの寂しかった町に緑が差し込んだ。家の前の道路脇では春に見かけるいつもの雑草がまた一年過ごすよう背を伸ばしている。
妹は、緑郎とは別の美術大学を卒業し、在学中から遊びで描いていた油絵タッチのイラストが人気を得て、現在はデザイン会社で忙しいながらも結構のびのびと働いている。
久しぶりに週末の休みが取れた妹は、午前十時、同じぐらいに起き出してきた緑郎と、自然とのんびりブランチの支度を始めた。人肌に温めた牛乳をグラノーラに順に注ぎ、緑郎は録画しておいた二人のお気に入りの海外のギャグアニメを再生した。
兄妹はソファに並んで腰掛け、深めの碗を持ちながら「ふふふ」とか「くくく」とか、それぞれに声を漏らしながら、ふやけたグラノーラと力の抜けたアニメを楽しんでいた。無心で過ごすブランチは、無邪気だった頃の土曜日だった。妹のいる暮らしは太陽のある世界に戻ったようだった。
アニメを視ている途中で、紅茶を飲もうと、ふいに梅乃は立ち上がり、やかんに火を着けると小走りに戻ってきて、良い事を思いついたように言う。
「ね、雑誌で新しいパン屋さん見つけたんだけど、近いから今日行ってみない?」
「ふん。 駅前?」
「八の子駅の先の、ここから自転車で三十分ぐらいのとこ」
緑郎の言う駅前は家族が頻繁に利用する中村駅の事で、八の子駅というのは、石山家には縁のない北側の隣町の小さな駅で、あまり栄えてもいないくせにどこを目当てにやって来るのか、ヤンチャな学生たちが集まってくるので有名で、この辺の良い子達はあまり近づかないエリアだ。
中学生の頃、八の子駅方面にある駄菓子屋に冒険がてら兄妹二人で行って、緑郎はちょっと恥ずかしかったのだが、駄菓子屋の店先で赤く着色されたスモモを分け合って食べていたら、「ガキのくせに発達して」とか「どこまでいったの好きなんだろ」などと、気色の悪い事を言う高校生らしき男の子たち三人組に、自転車でうろうろしながら囲まれた事があった。それは同じ男の自分に向けての羨望だろうと解釈し、緑郎は去るのを待っていたのだが、隣に顔を向けると梅乃が怯えて縮こまっている。咄嗟に少年たちの顔を見てみると、妹に物欲しげな視線を纏わりつかせている。妹への言葉かと気づいた緑郎は焦り慌てて、梅乃の腕を後ろに引いて店の中へ入れた。
という事があって、以来、梅乃は八の子駅周辺は視界に入れてはいけない異類異形がいる地域、という風に警戒し近寄らなくなった。また、梅乃は関西弁の男にしつこく付き纏われて道を訊ねられた時も、以降、関西弁は下品で嫌いだと言うようになった。そしてそういう記憶は長く保たれるように出来ているようだった。
後日、何も知らない父が度々八の子駅方面のラーメン屋に行こうと土日の昼に子供たちを誘うことがあって、異性である父を前に、心を閉ざす事でしか思春期の胸の内を守る方法が分からなかった梅乃は都度、暗い顔をして黙り込んでいた。他者の性的娯楽の種にされそうだった。嫌だった。言葉にすると、心が生々しく傷ついてしまう予感が感情内に強く潜んでいた中学生の頃は特に、妹が独りで身を守ろうと耐えている姿が緑郎には悲しくて、放っておけなかった。世の中には、傷ついたことを抵抗なく話せる人もいるけど、言葉に出来ない方が、緑郎にはよく分かる。それで、彼は妹に平穏を取り戻させてやりたい一心で知恵を働かせ、
「あっちは学校で近づくなと言われているから、我々は行かない事にしているんだよね」
などと、そのつど、うそぶいて拒否したのだった。
それから事態が長引くのを悟った緑郎は、秘密裏に両親に事情を説明し、「梅乃はあっちにはたぶん永遠に行かないのでご了承下さい」と伝えた。
ひとまず梅乃が嫌なことを忘れられるまで、好きにさせて、家族は味方で安心安全だと思えるようにしてやるのが先決だと彼は両親に説明したが、父は「気にしないで行っちゃえばいいんだよ。ラーメン食えば忘れる」と、娘の心の中を見ようとしないので、梅乃が打ち明けられなくても仕方がなかったと緑郎には思われた。やっぱり子供の意見は通用しないかと落胆しそうになった時、母が、
「お母さんがぶっ飛ばしてやりたいよ。ラーメン屋は一旦置いといて、なにか用がある時は困ったね」と、梅乃のことを心配してくれたので、
「まじであそこは何も無い町だから大丈夫」
と、母に説明して、以来、父以外の家族はほとんど近寄らなくなった。
しかし今回、大人になりライフステージも変わり、自ら行こうと誘っているので、たぶん妹は八の子駅周辺を許したようだと緑郎は判定した。
「ふうん。いいよ」
「じゃあ、トイレが済んだら出掛けよう」
「うん」
緑郎は返事をしながら、久しぶりに聞くこの妹のお馴染みの台詞が懐かしくて、回想した。
トイレというのは大の事で、腸が整ってからでないと外出はしないという意味なのである。梅乃といえばこの台詞というぐらい、妹の原理的な行動基準を示している。妹は、腸という言葉や存在を知る前から、体からの影響で気分が変わる事に気づいていて、その事を昔から子供ながらに彼に語っていたのである。教えられていないにも関わらず、妹は医学的な発見を自力でしていたと彼は今日に至っても関心している。
体内で起こっている事に敏く五感も優れている妹は、彼にとっては外の誰よりも圧倒的に自分自身の感覚に忠実な視点を持った人物で、快不快、好き嫌いといった自我を彼に強く意識させる魅力がある。そしてそういう妹の感覚は彼が不思議に思う世の中や、人間への理解にいつも一役買っている。
学部は異なるけど、緑郎と同様、美大生だった妹が感じ取ってくる世の中は彼が思うより色彩が鮮やかだし、人の失敗や不格好や不思議を好意的に見ていて、面白みに溢れた捉え方は人の緊張をゆるませ、彼が感じ取ってくる世の中の圧力を軽くした。一方で、梅乃にとっては、緑郎の物事や抽象から目の付け所をすぐに見抜けるセンスと鋭い感受性、困っていると心の伴った理解で行動してくれる機転と共鳴力は、不条理な世の中においてどんなに心強いか知れなかった。
そういう訳で兄妹はずっと相棒で仲が良いのだが、いずれにしても梅乃の支度には時間がかかった。緑郎の方は腸が整いやすいし、日焼け止めを塗る以外は化粧をしないので、準備は簡単に済む。この春も、前に買った古着のナイロンジャケットが巷で通用するようだから、まだ安心していられそうだ。緑郎はどっかり尻をソファに沈めたまま、のんびり時が来るのを待つ事にした。ついでに己の紅茶が運ばれるのも待っていたが、妹は自分のマグだけ持ってソファに戻ってきた。
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