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極挨覇道 挨拶侍  作者: 石鹸ソイソース
第1章 社内の人にこんにちは

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第18話 眠る前のブルーライトカット

鬱展開注意

苦手な方は飛ばしてください

 注ぎ直した熱い玉露を前に胡坐をかく。

 戦前の精神統一。


 しかし心を穏やかにしすぎてはいけない。

 腹に据えた怒りと、高揚した精神を蓋をするように押し込める。

 爆発を生み出すために、今は圧縮し押しとどめる。

 重しとなるのは、幼年期の思い出。どこまでも落ちてゆくような悲痛な記憶。


 目をつむり、過去を思う。


 俺は、虫を採っていた。

 網などついていない長い棒を振り回しながら森を徘徊する。

 友人はみなカブトムシやクワガタを探す中、自分はルリボシカミキリだけを探していた。

 鮮やかな青。

 初めて見た時。それが初めて美しいという感情を知ったのだと思う。

 どんな花や絵画、電飾や空中投影。どれだけ世に美しいと言われるものを見てもこんな感情は抱いたことは無かった。


 だがそれ以来捕まえることができずにいた。放流されているクワガタなどと違ってカミキリムシは一般的に害虫である。養殖なんてされるはずもない。

 あの時は偶然、未利用区域から飛んできたのを奇跡的に見つけたのだと思う。


 だから次の夏が待ち遠しかった。

 5歳になり、一人でもよく出歩くようになった。そしてその年は郊外まで行くことにした。

 友人を誘って子供だけの冒険。心躍らないわけがない。

 母には大量の栄養カートリッジや、変温下着をこれでもかと持たされた。別に回線は通じるし救援を呼べば30分もかからずくるはずなのに、それでも心配と笑う母が可笑しかったのを覚えている。


 友人は飛行タクシーでも大騒ぎだった。

 案の定、着陸するなり駆け出した足は夕暮れまで止まらない。

 日が暮れ始めてなんとなく足が重くなり皆が固まるようになった頃、古来から続くライトトラップを仕掛けることにした。


 闇夜が訪れるのを今か今かと待ちながら、俺はスズメバチに刺されたとか、俺はヤマカガシに噛まれたなんて傷口を自慢しあった。

 自分はせいぜいブヨに噛まれた程度なのが妙に悔しくて、マムシに噛まれたなんてウソをついて強がった。しかし安直な嘘はすぐにバレて、傷口を見せろと脱がされると背中にパンパンに膨れたマダニがいた。

 それを躊躇なく平手で潰すのだ。飛散した血が顔に付いてもケラケラと笑う友人につられて笑いが止まらなかった。


 そしていつの間にか夜になった。

 ライトトラップは強烈だった。

 張った白いシーツは黒い羽に覆いつくされ、あまりの気持ち悪さに3人とも言葉を失った。


 だが友人の一人は無言でシーツに突っ込んだ。

 マッドな質感の反射の無い黒点がミヤマクワガタだと狂喜乱舞。

 黒いシーツがはためいて白が戻る。


 かぎづめのある甲虫はその時シーツに残ったのだろう。

 俺はシーツの隅に青い点を見つけた。


 捕まえられなかった。動けなかった。

 眺めていたい。そう思ったのだ。


 友人がお前の虫と差し出すまで視界は青に染まっていた。

 透明なケースに納めて明け方までニマニマと眺めていた。

 友人が何を話していたのかも、何も覚えていない。

 タクシーが飛来するまで青しか意識に無かったのだ。


 早く母に話してやろう、父に自慢してやろう。

 妹に、この美しい青を早く見せてやるのだ。


 焦る気持ちで開いた自宅のドアは妙に軽かった。

 動きが重かったのではない。

 情報量が減り、シンプルに思えた。


 扉の標識。並んだ鉢植え。壁のタペストリー。

 当然あると思っていたものが無い事に後になって気が付いた。


 家を間違えたなんた事は考えもしなかった。

 平屋の一軒家。特徴的な紫の屋根。

 いつも見ていた軒先に、変わらない右開きの自動ドア。


 気付くきっかけは暗い玄関。

 こんな景色は見たことがなかった。

 母が出迎え、父が臭いから早く風呂に入れと言うものだとばかり思っていた。


 靴がない。壁紙投影もない。そして温かさがない。

 誰もいない。

 何も無い。


 無機質な廊下。

 誰の好みも反映していない新品のような壁。

 心臓が止まった気がした。


 靴を脱ぐことすら忘れて、向かったリビング。

 そこにはただ四角い空間。


 ダイニング。離れ小島のシンクが浮き立つ。


 自室。寝台はおろか学校の課題すらない。


 足が重い。ほんとに蛇にでも噛まれたのではないだろうか。


 妹の部屋?本当にここは妹の部屋だっただろうか?


 睡眠阻害剤入りの栄養カートリッジを使ったせいだ。きっと意識が混濁しているのだ。

 きっとそうだ。

 家族は自分に気が付いていないのだ。

 呼べばきっと。絶対に。。。




 声が出ない。

 喉元がひとりでに締め上がるようで、空気が出ない。

 驚きだろうか。悲しみなのだろうか。よく分からない。


 何より。声を発して誰も答えない時が、とてつもなくコワい。


 震える喉元に支えられた視界は、同じように震える手を写している。

 こんなにも部屋が広かっただろうか。それともこの手が小さいのか。


 景色の下が波打つように乱れてゆく。

 詰まる鼻が鬱陶しい。


 やめろ。泣くなよ。

 そしたら今にでも父さんが出てきて「泣いちゃったか!?全く情けない」とバカにされる。


 まだ部屋をいくつか見ただけだろう。

 探していない所はいっぱいあるだろう。

 納戸にクローゼット。床下にお菓子を隠していたことだってある。


 探せよ。

 泣く暇があるなら探せよ。情けない。


 テーブルに乗って、見渡した。

 廊下を何度も往復した。

 床を這ってあらゆる隙間を覗いた。


 暗くなって明るくなる。

 睡眠阻害剤入りの栄養カートリッジの殻が増えてゆく。


 光が霧散するように眩しい。

 瞼を開けているのが億劫になってきた。

 どこにも居ないのだと否定し続けていた事実が沁み込んでくる。


 人との別れが悲しいものだということは映画で知っている。

 呼吸は荒くなり、涙をこぼす。そんなシーンを何度も見たことがある。


 でも、自分の目には涙が浮かばない。

 肺も均一な運動を繰り返す。

 だらしなく開く口は何も発しない。


 思考をやめた脳の領域を埋めるように思い起こされる妹の姿。


 なんにでも興味を持ち、チョロチョロと動き回る。

 彼女の視界から消えると、決まって付いてきて「何してるの?」と聞いてくる。


 いつも大きなウサギのぬいぐるみを抱え、じっと見てくる。

 どこかから帰れば「何してたの?」と根掘り葉掘り問い詰めてくる。

 だから絵をかいて、それを折り紙にして渡してやると、いつも蔓延の笑みで見つめ、感謝も言わずに走り去る。そして忘れた頃にわざわざ「ありがとう、お兄ちゃん」と言いに来る。


 彼女は俺の折り紙を何度も何度も見返して、大事そうにしまい込むのだ。

 彼女の部屋の北東の床板の下に隠したお菓子の缶は、色とりどりの折り紙でいっぱいだった。


 そうだ。

 まだ見ていないじゃないか。


 そんな狭い所にいるはずが無いのは分かっている。

 でも、でも何か。本当にいたのだと思わせてほしい。


 そう願って剝がした床板の下には、配管が伸びるばかり。缶は見つからない。


 そんな思い出は無かったのではないだろうか。

 幼年学校で植え付けられた知識の一部で、本当は家族なんていないのでは無いだろうか。

 きっと何か異常がおきて、教育記憶が現実領域に沁みだしてしまったのだ。

 そうだ。絶対そうだ。

 今すぐにでも病院に連絡して直して貰おう。それがいい。


 そういって、大事にすればきっと迎えに来てくれると期待する心が無かったといえば嘘になる。


 いつからか頑なに開きたくないと思ってしまったニューロキャストの連絡アプリを病院予約のために起動する。するとと一件通知が来ていた。

 心配性の母でも、知りたがりの妹でもなかった。

『転身のお知らせ』

 市民管理センターからの無骨なメッセージに背筋が凍る思いだった。


『こんにちは!市民管理センターです。リスクアセスメントポイントが15に達しましたので本日を持ちまして錦山末吉さんは転身となります。新しい親御様は剛月丹永外様。それに伴い姓が変更となりますが、ご希望であれば旧姓を使用することができます。ご希望の場合には市民管理センター窓口にご連絡下さい。』

『また、移動につきましては明日正午に旧錦山邸にお迎えに上がりますので、待機していただくようお願いいたします。』


 幼なくとも幼年学習を終えていれば転身の意味する事くらい分かる。

 何らかの理由で、現在の親では養育不可能と判断された。

 是正が入る事も無く、一時転換でもなく、転身が敢行されたということは、第三者の評価として家族が存在しないと言うことだ。


 持っていた床板がスルリと手から抜け落ちる。

 板は跳ね上がり、けたたましい雑音を立てるが数度繰り返すと気絶したように黙り込む。


 そして裏返った板には「たすけて」と拙い文字が張り付いている。


 頬に雫が伝う。

 ああ俺はちゃんと泣けるんだ。

 ぐちゃぐちゃでドロドロで糸を引く感情が処理しきれずに、唯一簡潔でポジティブな自己評価だけが浮かんだ。


 しかし顔を拭うのに、ワイヤーグラスを取ると文字は消えてしまう。

 仮想現実に書かれたテキストだった。


 もうどこまでが嘘であってほしいのか全く分からない。

 体に力も入らない。

 探す気力もない。しかし夢にいざなう眠気は訪れず、現実に俺を縛り続けている。

 ただ何もせず窓の外を眺めることしかできない。


 時間の感覚が曖昧になったころ、家の戸が開く音がした。

「こんにちは!市民管理センターです!末吉君、迎えに来たよ!こんにちは!市民管理センターです!末吉君、迎えに来たよ!こんにちは!市民管理センターです!末吉君、迎えに来たよ!」

 

 ゴリゴリと床を削るような音を響かせて2体のロボットが迫ってくる。

 6本のアームが遠慮も無しに体を持ち上げる。

 抵抗する気も起きない。何よりする理由もない。


「こんにちは!市民管理センターです!末吉君、迎えに来たよ!こんにちは!市民管理センターです!末吉君、迎えに来たよ!こんにちは!市民管理センターです!末吉君、迎えに来たよ!こんにちは!市民管理センターです!末吉君、迎えに来たよ!こんにちは!市民管理センターです!末吉君、迎えに来たよ!こんにちは!市民管理センターです!末吉君、迎えに来たよ!」


 ロボットによる雑な運搬。

 がらんどうの部屋が遠ざかる。


 玄関を過ぎるとき、ふとアクリルケースが目に入った。

 中のルリボシカミキリは動かなかった。


 あんなに鮮やかだった青は、錆付いたように色あせていた。

次回、本戦開幕。

仕事がまた忙しくなってきてしまいました。更新遅れますごめんなさい。

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