第14話 裏目が出るのはいつもコインを投げてから
「なんとか体裁は保てたって感じでしょ?」
足を組んで腕を背もたれにかけてふんぞり返る課長は、今にも「褒めろ」とでも言いそうだ。
「いやあ、第2次子会社相手にあそこまで譲歩させるなんて思ってもみませんでした。いい勉強になりました。」
冷めたソイラテを一気に飲み干して、にやにやと笑っている。
ご満悦そうでなにより。今日はもう早く帰りたい。
「でしょ?だいぶめんどくさい事になったけど、貢献ポイントは増えるかもしれないわね。今日はさぞお酒が美味しいでしょう。今晩、付き合って下さらない?」
ほらきた。マフィアのボスみたいな座り方して、なにが「付き合って下さらない?」だ。
頼むから帰らせてくれ。今日はもう疲れた。
「今日は先約がありますので。残念ですけど日を改めさせてください。そうだ、コンペ主任が決まったら一度、課内で飲み会をしましょう。」
「それも良いけど、今夜は熱い夜にしてくれるんでしょ。商談前に言ってたじゃない。」
めんどくせえ。
商談前の失言は完全に俺が悪いが、断った腹いせに蒸し返すのは性悪だ。
「その節は大変失礼いたしました。情けない事ですが、今日はいきなりの商談で非常に心身ともに疲弊しましたので、帰らせて頂きたく存じます。」
立ち上がって、深々とお辞儀する。
読み違えた。
察するに、この女は機嫌が悪いのだ。
ニコニコとやってやったみたいな顔をしているが、唐突に横やりを受けて、プロジェクトも実質縮小。既に融通をきかせようと個人的に裏で話をまとめていただろう案件もすべて練り直し。
イラつくのは分かる。
俺だって既に推薦すると決めていたプラントの担当者に頭を下げに行かなければいけない。
でも、しょうがないだろう。
あんただって長年社会人やってるなら分かるだろう?
「失礼したのはそれだけ?」
カップを置いて、頬杖を付く顔に表情は無い。
それでも刺々しい感情は火を見るよりも明らか。
ウソだろこの女。
立ち合いの無作法やら、自己紹介やらエトセトラを今。ここで、糾弾する気だ。
やめてくれ。
やめてくださいお願いします。
俺はもう。すぐに。どうしようもなく。帰りたいのです。
どうか。どうか平にご容赦ください。ナム様。仏様。
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結局解放されたのは3時間後。
あれやこれやと細かい小言を言われ続け、入社時の話を掘り返され、課長自身の愚痴を挟み、また今日の不手際に話が戻る。
3ループはしただろうか。
その間、ご丁寧にコーヒーのおかわりを持ってきやがって、クソドールが。
いつもご機嫌な俺のファインちゃんですら、冷や汗かいてたぞ。ただの結露だけれど。
はあ。とりあえず、CBD入りの栄養カートリッジに交換する。
気分が落ち着く。持ってきておいてほんとに良かった。
THC入り方が精神的には良いだろうが、あれは無性に腹が減るからダメだ。
昔のまだ貨幣経済が残っていたころの社会人の大半は、時間に対して報酬を貰っていたらしい。
極論、何もしなくても報酬が貰えることになる。時間さえ経てば。
本当に羨ましく思う。そしたらさっきの3時間は、さぞ有意義だったと思えるだろう。
家に帰って、すぐにスーツを脱ぐ。あれを着ていてはリラックスなんて出来やしない。
キンキンに冷えた繊維水を飲みながら、だらだらと再整備品の中古ドールを検索するが、仕事のことが頭から離れない。
今日の立ち合い。これからの開発。それと明後日に迫った錦山との対決。
どれもこれもぐるぐると、熱を帯びては移り変わる。
上下左右を壁に囲まれていると思考まで狭まる気がしてくる。
外を見るともうすっかり日が落ちている。
今なら気温も下がって外はきっと気持ちいいだろう。それにそろそろ集まる時間のはずだ。
自然公園へと到着すると、ジャージだけでは少し肌寒かった。
街の眩しさとはかけ離れ、街頭の明かりだけの小道は、なんとも落ち着く。
虫や小動物への影響が考慮され、ここには小賢しい空中投影広告はない。
今日は月が綺麗だ。下弦の月というのだったか。
ナム課長のしたり顔に見えてどうにも可笑しい。
とうに暗いが林道地帯の往来は多い。通路横のベンチも満席。
歩いていると稀に羽虫が顔に当たるが、初夏を感じられて悪い気はしない。
嫌いな冬が去ったのだと思うことができる。
あの調温インナーの煩わしさから当分解放される。
林道の終わりに近付くと、少年少女の楽しそうな声が聞こえてくる。
今日は、十数人でトス回ししている。
ボールが発光していたとしても、暗い中よくやるものだ。案の定あまりにもミスが多い。
中等学生の逢瀬集会は今日も盛況のようだ。
広場横のいつものベンチが空いていた。
腰を下ろして遠目に逢瀬集会を見る。
水曜日の日の落ちた頃は、いつもここに居る。
放物線を描く淡い光の下で、はしゃぐ少年少女。
それをただ、ボーっと。見つめるだけ。
脳は白い。
考え事をしに来たという名目だが、何も思考に上がらない。
落ちたボールがこちらに向かって転がってくる。
かなり距離があるが、こちらへ少女がかけてくるを見て無意識に目を伏せる。
正直、いつもここへこの時間に自分がいるのか理解できない。
それは、和気あいあいとした若人達への羨望か、執着なのだろうか。
今更取り戻せるわけもないだろうに。
恥ずかしい話。逢瀬集会の存在を知ったのは高等選抜学校に上がってからだった。
桃色教育が始まる中等論理学校から、教育方針はコミュニケーションに重きを置かれる。
その一環として、決まった日の夜に男女が集まりレクリエーションをするのが世の中の一般常識らしい。
ドラマでもゲームでも、作中に描かれないことは無いほどの人生のイベントの一つだが、俺は一度も参加したことがなかった。
あの時代、もう少し自分を客観的に見られていれば。
もう少しだけ勇気をもって人に接していられれば。
何度、この場所で考えただろうか。
自分の後悔はすでにちゃんと理解している。
それにずっと執着しているのだって知っている。
俺はもう、少年ではない。誰がどう見たって、紛う事なきおっさんでしかない。
さっき見ていたドールだって、同年代が買うような豊満な体型ではない。
俺の精神はあの時のまま止まっている。
いつまで、この苦悶を抱えているのだろうか。
恥ずかしい。
こんなデカい図体しておきながら、どれだけ俺は小さいのだろう。
認められたい。すごいと言われたい。
そうやってここまで、がむしゃらに駆け上がってきた。
実績は十分すぎるほどある。
それでも、この小さい心は満たされることを知らない。
すべて、底の大穴から抜け落ちる。
頭のどこかではすでに分かっている。
求めるべきは実績ではない。
ホンオフェスタに入社して最初のころ。課長に褒められたことがある。
何かの精製プラントを誘致したときだったが、内容はよく覚えていない。
課長は「よくやった。でかした。」としきりに俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
結った髪が乱れるし、耳元でうるさいし。やめてくれと何度も言ったが、あの時の満ち足りた感覚は今でもはっきりと思い出せる。
俺が欲しいのは、肩書でも勲章でも地位でも名誉でもないのかもしれない。
ただ身近な誰かの信頼が、交友が、愛が喉から手が出るほど欲しいのだ。
分かっている。理解している。
それでも俺には、それを得るやり方が分からないのだ。
称賛を得る方法は知っている。ただ向かってきた相手を蹴散らす。
昔も、これまでも、今日だってそうしてきた。
俺よりはるか上の新佐だってそうしてたじゃないか。
それが間違っているとも思えない。
でも、相手を下すなんて選択肢をとっていない目の前の彼らは、俺も新佐よりも幸福そうに見えてしまう。
根本的に何かが間違っているのかもしれない。
求めるモノかすでに得た何か。
先ほどから視界の端でやたらと石をひっくり返している少年。
何をしているのかさっぱりだが、この悶々とした心情から見れば、よほど自由に思える。
横切る老夫婦の表情にも陰りは無い。
年々、ドールや嗜虐的RVRへの渇望が薄れていくのがはっきりと感じる。
俺も一度、社会人の地位を降りてみるのも存外悪くないのかもしれない。
そう思うと目の前の光景がとても安らかに見えてくる。
張り詰めた仕事の空気とは正反対だ。
でも血が沸き立つあの戦場こそ、漢のあるべき場所だと胸の残り火が主張する。
第一、ここでやめてしまえばこれまでの自分をすべて否定してしまう。
無駄だったなんて思いたくないし、絶対に受け入れることは出来ない。
ナム課長のあの出だしからの迫力にはほれぼれした。新佐の卓越した力に俺もそうなりたいと思った。
それは紛れもなく事実で、今日一日を生き抜いて得たものであるのは違いない。
どうするか。
課長が死守したこのプロジェクト。
きっともう一度、無遠慮に無造作に、だが大きな敬愛をもって褒めてもらえれば、俺はきっと求めるモノが鮮明になる気がする。
せめて今回だけでも、踏ん張ってみるのがいいかもしれない。
辞めるのはいつでもできる。
このプロジェクトは俺が、全力で成し遂げる。
幾度となく選択を間違えた俺だが、この選択は間違っていないと確信できる。
"社会人"大艦榴鯛としての人生最大の大一番としよう。
明後日見せるのは、俺史上、最強の俺。
明日は脊椎インプラントの定期キャリブレーションがある。
大勝負前に実にちょうどいい。足の爪先まで感覚を研ぎ澄まそう。
もう腹が決まったならかえって作戦を練る。そして早く寝る。
そう思った時だった。大きな栗の木の陰から「どいてください」なんて声が聞こえてくる。
おっと、これは不穏な予感。
知らぬ顔をして、近づいてみると男が二人、少女をナンパしているようだ。
身なりからして社会人だろう。はしたない。
どうせ田舎から出てきた三流どもだろう。
「ちょっとあそこのコットンキャンディロールケーキのお店行きたいんだけど男二人じゃ行きにくいしさあ。おごるから付き合ってよ」
「ね、行こうよ最近流行りなんでしょ。俺たち社会人だから好きなの選んでいいよ。」
「もう帰る時間なのでやめてください」
自ら社会人と喧伝するのはさすがにダサすぎて笑えてくる。
もう少し騒げば、誘導ロボットが来るだろうが、それを待つのは少々気分が悪い。
今しばらくは社会人でいると決めたのだ。であれば同じ社会人として無礼を止めてやるのがスジだろう。
速足でまっすぐ、二人の背中に向かう。
二人はいっこうに気が付く気配がないが、少女はこちらを見て唾を飲み込んだ。
追い払ってやるから安心しろとウインクしたら、即座に首を九十度背けられた。
こちらの気配を悟られないように協力してくれるなんて、なんと気が利く少女だ。
ぴったりと二人のすぐ後ろに着いたが、こいつらはまだ気付かない。
いくら夜で影が薄いと言っても、社会人としていかがなものだろうか。
ゆっくりと二人の肩に手を添える。
「こん、ばん、は。」
腕の力を抜いて重みをかけると、ビクリと躍動が感じられるが、肩の上がり具合が手をかけていない一方とあまりに非対称で、面白い。
「な、な、なんですか…」
「なんかやばい。い、いこう。」
駆け足で去る二人の背を見届けて、少女に向き直ると、少女もまた、駆け出した。
あっけに取られたが。しょうがない。
だって俺はおじさんだから。
反省して少しは客観的に自分を見られるようになってきたのだ。
こればっかりはしょうがない。
これにて大艦視点は幕引き。
お疲れ様でした。
なろうのAI利用ポリシーに関して、本作品は補助的利用に該当します。
おもに資料検索に使用しています。それと書き上げたものをに読ませて感想をもらっています。褒めてくれるので。
まあ、褒めろとプロンプト打ってるのですが…
感想を求めるならジェミニとチャッピーは文脈が読めないようなので、クロードがおすすめです。
3話くらいまでは文章の誤字脱字、文法も確認させていましたが小うるさくてムカついたので以降は使用していません。なので誤字や言葉の使い方に誤りがあれば報告くださると助かります。




