幕間 井の中の鬼、大海はとうに知っている
「どういうことか詳しく説明しろ。」
「そうだ。君にはその判断に至った経緯を話す義務がある。主観を除いて簡潔に述べろ」
下唇がやけに厚いでっぷりとしたCEO。
それに同調する頬骨の張ったCOO。
ドンコとカワハギ。
勝手にそう呼んでいる二人は、今まさに私に向けて唾を飛ばしている。
すぅー。ガタガタと震える奥歯を必死に噛み殺す。
「既に商談のログと纏まった案を皆様に送付しておりますが、ご要望とのことですので改めて、ご説明いたします。」
商談の翌朝に呼び出された会議室には、会社の錚々たる面々が一堂に会していた。
CEOにCOO、事業部長に部長と他課長。経営戦略部に財政室長まで。
この会社はなんて暇を持て余している連中ばかりなのでしょう。
今日はゴルフコンペがあったのは承知してましたけれど。
「一昨日の夜にいずみ組から緊急の来訪連絡を受け、応対致した次第です。連絡時には詳細はなく、担当の名前のみ。はるか格上でありましたので、ここにご出席の皆々様にはご同席頂きたい旨の連絡をいたしましたが、どなたも賛同下さらなかったので、私と部下1名でお迎えいたしました。」
流石に他責が直接過ぎたのでしょう。
COOの額には紫色の血管が浮かんでいる。
よく似た魚を知っている。それはソウシハギ。食べたら痺れてしまいそう。
「先方はイーストウェークベース拡張工事の白紙撤回を求めてきていたようですが、交渉の末に新規の杭打ちによる拡張ではなく、階層増築による拡張となりました。施工の詳細は後日になりますが、獲得面積は変わらない事をお約束しております。以上です。」
会議室にノイズが充満する。
うなる声、舌打ち、歯ぎしり。どれもこれも良い印象ではない。
「それで、君が言うべきことはそれだけか。」ドンコのもっさりとした声が耳にまとわりつくようで気持ちが悪い。
黙っているとソウシハギの金切り声。
「いち課長がこのような我が社の一大プロジェクトの判断を独断で行ったことに対して何か言うことは無いのか!」
そんな虚弱な体つきでよく声が出るものね。
「この度は、ナムの身勝手な判断でプロジェクトを台無しにしてしまったこと。心よりお詫び申し上げます。」
事業部長が深々とお辞儀する。
襟足はもう少し切った方がいいと思う。
「誠に申し訳ございません。私の監督不行き届きでこのようなこと。なんてお詫びを申していいのやら皆目見当も付かぬほどに悔み、反省しております。ほんとうに。申し訳ございません。」
事業部長に涙声の部長が続く。
「まったく、どうしてくれるのだ。ドラマの影響で観光はうなぎ上り。新規プラントの設営営業も連日訪れているそうじゃないか。元より海底資源の活用は我々人類の大いなる進歩の足場。それをたかだか課長ごときがどう責任を持てるというのかっ!」
「「申し訳ございませんッ!!!」」
事業部長と部長の息の合った高速お辞儀は新佐の速さの半分の半分の半分ほど。
そんなに苛立って、この毒魚は血管が破裂して死ぬのではないかしら。
とりあえず、事業部長と部長に合わせて頭を下げておく。
「違う!どう責任を取るのかと、具体的に聞いてるんだ!」
口の横に泡を浮かべて、よくもまあこんなに怒れること。
とりあえず、謝っておこう。
「具体的な補償に関しては、観光後の損失分がいかほどか不透明なので明言はあいにくできませんが、誠心誠意今後の働きによって、挽回することをお約束いたします。見通しに関しては財務室長にお聞きただければと存じます。」
「損失に関しては、人気の高い日の当たる土地は少なくなり個人向け需要の高い事業は下方修正せざるを得ませんが、施工面積は変わっておりません。観光地としての繁盛はあまり貢献度は高く無いのでむしろ外乱の少ない下層にプラントなどに向いていますので、誘致次第では当初の見積より高い貢献を得られるかもしれません。しかしながら一等地は減少しておりますので地価の高騰は見込めないでしょう。」
「副社長のおっしゃる事は痛いほど理解いたしますが、財務の立場から申し上げれば、これがプラスなのかマイナスなのか現時点では判断できずにおります。」
さすがは、玉虫の玉ちゃんと呼ばれるだけのことはある。
結局何が言いたいのか。
ただ自分に賛同しなかったのがCOOには不快だったのでしょう。
「そういう事を言っているんじゃない!もし、もしも損失が出たらの話をしているのだ!」
もし?なにそれ。
この場においてなにを言っているのか、このアホは。
そもそも、上から降ってわいたこのプロジェクトに損失も何も無い。
最大の利益を上げられなくなる機会損失はあるかもしれないけれど、ビジネスにとって絶対なんて無い。
それに損失というのは、たかだか一企業、一個人の損失であって社会の損失になるなどありえない。
だって、すべてはスサノオ様のご意思でしかないのに。
スサノオ様に不要と判断を受けたのなら、潔くすべては無に帰すべき。
会社も、あなたも、そして私も。
頂いているお慈悲を認識すらしない豚どもが。
スサノオ様。
いつも私めを、お守りいただき感謝いたします。
私は本当に幸せ者でございます。
そしていつか、あなた様のご威光を理解できない豚どもとともに、どうか私を滅してくださいませ。
それはきっと私にとって、最高の喜びとなりましょう。
だって、目障りなほど私を思って下さった証なのですから。
待ちきれない。その時を思うと胸は高鳴り、下着は湿る。
幸福な脳裏の情景とどうしようもなく滑稽なこの場の板挟みで、ついにガタガタと震える奥歯が決壊した。
「ッフフ」
会議室は静まり返る。
「貴様アァッ!」COOの声は良く響くこと。
「申し訳ございませんっ!」「面目次第もありませんっ!私の教育不足にございます。」
ペコペココンビの連携技。
失礼だと思うのならこれ以上私を笑わせないで。
流石にちょっと飽きてきた。
そこまで怒れるなんて、よほどお友達に口利きを約束してたのでしょう。ご愁傷様。
まったく、なんて愚かな人たちなんでしょう。
見渡す限り、ゴミ、カス、マヌケにバカととんま。
私のチームの方がはるかにレベルが上。
大ちゃんにあと何人か付ければ、この会社を乗っ取るなんてたやすいでしょうね。
カップラーメンを作る方が難しいくらい。
はぁ、退屈。
気晴らしにかわいい部下たちに意地悪したくなってきた。
そして私は、私の私のための最強チームを作るので忙しいの。
スサノオ様も無視できないほどに強いチームを。
ふう、説明の義務は果たしたし、もう帰る。
「COOのお怒りはごもっともです。私自身、愚かな選択をしたと大変反省しております。ひいては、身命に変えて再度交渉の場を設けようと考えておりますが、なにぶん私は先の場において押し切られる形となってしまいました。自身の非力を恥じるばかりですが、相手は第2子会社。力不足であるのは事実でありますので、大変心苦しいのですが、どなたかご一緒頂ければ、これより心強い事はありません。」
静かな会議室の空気は、さらに重い
長い時間が過ぎたようにも思えたけれど、一向に誰も口を開かない。
情けない雑魚ども。
「ご賛同頂けないようですので、再交渉は不可と心得ました。先方との約束もありますので早速立案に取り掛からせていただきます。今日は私のためにわざわざ時間を頂いて、心より感謝申し上げます。」
またしても反応は無い。
ここで私一人に任せてしまえば、白紙撤回になるかもしれないリスクを認めたことになる。
だからと言って、だれかを行かせようといえば「じゃあお前が行け」と囲い込まれる。
流石にここで口を出せば、第2次子会社の前に連れ出される事になるのは理解しているらしい。
大体、上位企業への対応は副社長クラス以上がするべきで、それ以下を向かわせるのは軽んじているとみられてしまう。
金切り声は鳴りやみ、ドンコは椅子にへばりつく。そのポストに居ても第2次企業へ向かうのはよほど嫌らしい。
「それでは、失礼いたします。」
扉を出ても、会議室からは物音ひとつ聞こえない。
「それにしても、このプロジェクトはきっと大変なことになるでしょうね。フフ。」
「壊滅的リスクを含む選択肢なんて、そんなの選ばないわけないでしょ。ああ、とても、とても楽しみだわ。」
スキップの足音が、誰もいない廊下に響き渡る。
次回、錦山出陣
申し訳ございませんが少し書き溜めてから投稿いたしますので更新が遅くなるかと思われます。




