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第13話 目の前の選択肢はこれまでの結果でしかない

 「ご無沙汰しております。ナムさん。」


 野性味溢れる笑顔から出た言葉には、確かに尊敬の念が見える。


「そちらこそ元気そうで何よりです。それにしても開口一番、南無三なんて、私の勝ちでよろしいのでしょうか?」


「またご冗談を。相変わらず、変わってませんね。」


「変わらないために、どれだけ努力してるかご存じでしょう?」


「そうですね。あっはは」


「ウフフフ」


 はっきり言おう。勝敗は決していない。

 新佐はナム課長を折ることはできなかった。

 それに課長もまた新佐を押し切ることは叶わなかった。

 ひいき目に見て、新佐がやや有利といったところ。


 そして終局。この問答。

 罵りあいにでも発展しそうな雰囲気。

 そうなれば誰も得る物などない。

 ただ己の価値を下げるだけ。


 それでも相手が引かぬなら、迎え撃つほかにないのが社会人の辛いところ。

 一触即発。

 できることなら、逃げ出したい。

 隣を見てみろ。ただでさえ、青白い馬締の顔が、紫がかっている。

 勘弁してくれ。頼む。マジで。


「どうぞ。中へ。」

 あまりの居たたまれなさに発してしまった言葉。

 俺は悪くない。むしろ、俺のお役目である。


 新佐、課長に続いて入ると、ハッとしたように馬締が付いてくる。

 なんだか、かわいく思えてきた。


 対面のソファに座ると、速やかにドールが茶を持ってきた。

 ソイラテと餅入り最中。よく分からない組み合わせだが誰も気にも留めない。

 それで俺の前だけ。ボトルが一本。

 もはや人生で一番見慣れた不細工面のファインちゃんがこちらを見て笑っている。


 課長は、カップに口をつけながらも、片時も新佐から目を離さない。

 カップを置いた課長がやけに機嫌がよさそうに口を開いた。

「また、一段と腕を上げたようで。苦労しているようですね。」


「立ち位置が上がれば上がるほど、実力が求められますから。終わりのない研鑽の身の上ですよ。それでも先ほどは昔を思い出して背筋が凍る思いでしたよ。流石と言わせてください。」


 極挨と打って変わって、和気あいあいとした雰囲気。

 互いに相手への称賛。

 だが、どちらにも見下す皮肉がありありと込められている。

 それを踏まえるとこの社交的な笑顔が、鉄仮面のように冷たく硬く見えてくる。

 恐ろしや恐ろしや。


「で、こっちの彼は私の補佐の大艦君。」


 カラカラの喉を潤そうとボトルに手をかけようとした刹那。急に話が回ってきた。


「課長補佐を務めております。大艦榴鯛と申します。どうぞよろしくお願いいたします。新佐様は、弊社のご出身とのことで、誠に誉でございます。私も後に続けるよう邁進したく思っております。」


「聞こえましたしたよさっきの極挨。聞こえるというより振動でしたねあれは。地震かと思いましたよ。ナムさんに付いていけるだけの実力は素晴らしいものです。」

「でもね。邁進したいと思っているだなんて。思う程度じゃここには来られないよ。絶対にね。」


 急に細まった目に、油汗が滲む。

 馬締の意趣返しだろうが、ほんとに心臓に悪い。


「痛み入ります。更に精進いたします。」


 一瞬焦ったが、とりあえず出番は終わった。

 背もたれに寄りかかり、ふと課長の顔を見ると、いたずらっ子の笑みを新佐ではなくこちらに向けている。

 こめかみに汗が伝う。

 それなりに付き合いは長い。おそらく言いたいのは「私を追い越そうってわけ?」であろう。

 好き好んで今のポジションに居座ってる癖に、こういうときだけ謎の闘争心を向けてくるのは厄介極まりない。


「あなたと働ける日を楽しみにしているよ。それでこっちは、新人の馬締。なかなか見どころのある若者ですが、天狗になってる一面がありましてね。今日は鼻っ柱へし折ってもらえて助かりました。」


 一瞬ムッとした馬締は、表情を抑えられない未熟さがまた可愛らしい。


「ご紹介いただきました。馬締佐武鹿と申します。東日本第3義務大学では第3席次を勤め、日本優秀学生賞をいただきました。以後お見知りおきを。」


 学生時代の経歴をひけらかすのが、小動物の威嚇に見えてきて実におかしい。


 これでお互いの紹介は済んだ。

 あとは俺は地蔵に徹するだけだ。もう一言も話す必要はない。

 冷たい繊維水を一口飲めば、ドロリと意に落ちる感覚が実に心地良い。


「さて、今日は急なご訪問でしたけれど。火急の用件でしょうから早速お聞かせいただいても?」

 ゆっくりとカップに口をつけながらも、片時も新佐から目を離さない。


 間違いなく重要な案件。スサノオが介入しないわけがない。

 既に課長と新佐の視界には、すでに選択肢が表示されているはずだ。


 これから始まるのは、AIのおままごと。


 立ち合いを見ていたはずの戦略AIスサノオは、両陣営の極挨の力量差を鑑みて会話の選択を提示している。

 その中からお互いに最も理のある選択をして話を進めることになるが、どんな結果になろうとすべてスサノオの想定の範囲内で収まる事になる。


 それでも、想定範囲なんて我々には知りようがない。

 もしかしたら、我々が死滅するのも想定に入れているかもしれない。


 そう思って俺は昔、選択肢以外の発言をして痛い目にあったことも確かにある。

 俺にできるのは、もう最良の選択をしてくれることをただ祈るのみ。


「それもそうですね。ナムさんは昨夜のナチュラル共による輸送船急襲事件をお聞きになりましたか。」


「いいえなにも。」そう言ってニューロキャストで高速検索をかけているのだろう。眉間にしわが寄っている。

 指摘したら殺されそうだ。


「そうですか。ミッドウェーとハワイのちょうど中間あたりで輸送船が襲撃され、貨物が強奪されたようでして。」


「あら、そんなのいつものことです。かわいそうなナチュラル達への恵みでしょう?それにその海域はPC製菓の領海なので管轄外です。」


 もともと第2次世界企業大戦での難民であった者たちが形成したコロニーが、世界にはいくつも点在している。

 そして、何の処理も受けていない自然な姿からナチュラルと呼ばれる人たちの保護区のひとつが、イーストウェークベースから東に2000キロ程度。北アメリカ大陸を支配するピクルドキャンディ製菓。略してPC製菓とのちょうど領海の境にある。


 ここ一帯では度々海賊行為が発生する。

 時に貨物を奪われ、またある時には船ごと持ってかれる。

 それもこれもすべて各国の戦略AIがわざと引き起こしている。


 目的は、ナチュラルの支援。

 各国が協力して恵まれない人たちを保護し、物資を提供。

 なんて、初めて聞いたときはなんて道徳的で素晴らしい人工知能なのだと感動したものだが、実に冷たく計略的だった。


 保護と言えば聞こえがいいが、実際は飼うに近い。

 保護の目的としては、遺伝子変異の可能性の保護だとか、新規感染症のデータ取りだとか、民意の先導に使ったりだとか多岐にわたる黒い思惑がある。


 そこでなぜわざと海賊を発生させてるかだが、これが適切な支援の仕方だからだ。

 無償で物資を渡すと依存してしまうし、ナチュラルの経済通りに商売の体裁をとっても、我々の欲するものを彼らは用意できない。

 無論、彼らの金なんて貰っても使い道がない。


 海賊行為では当然毎回、迎撃されて死傷者が出る。

 つまりこのリスクを対価として支払わせているのが現状だ。


 輸送船が襲われなければ、そのまま我々が物資を使うし、奪われればまた船を出せばいいだけ。

 我々にとっては、船一隻奪われようと痛手でもなんでもない。


「まあ管轄外なのはわかります。これは公開されていない情報ですが重要な情報が一点。襲撃された船がPCでも納東亜重工でもなく、ベジタメイトユニオンのものだったということです。」


「どういうことでしょうか。詳しく聞いても?」


 なぜここで、南のベジタメイトユニオンが出てくる?

 オーストラリアとニュージーランド、それに南極の支配圏があれば手に入らない物なんてないだろう。

 なぜわざわざ出張ってきた。


「どうもアラスカ方面からニュージーランドに帰る予定だったようです。その途中で襲われた。いつも通りの迎撃を受けるもナチュラルは物資の強奪に成功。そのまま保護区へ戻る途中で、ベジタメイトユニオン籍の戦闘機が急襲。ナチュラルの船はすべて撃沈。早々に潜水調査船とフリゲートが1ダースほど現れ、沈めた場所に留まっているようです。」

「それに対して、PC製菓は空中空母をハワイに向けて出発したようで。」


「それは。意味が分からないですね。」


「ええ、全く不可解なのは同意します。それともう一つ。ベジタメイトユニオンに一人死者が出ています。」


「貨物船に人が乗っていたの!?無人のはずでしょう」


「それが実に不可解。無人貨物船によるナチュラル支援を偽って、密かに何かを北から持ち帰ろうとしていた。公にはアラスカの物産品輸入とでも言っていたのでしょう。襲われるリスクを負ってまで。これはあまりにも怪しい。」


「それで強奪されるなんてマヌケ過ぎるように思えるけれど。強化武装するなり、航空機で運ぶなりほかの手段がなかったのでしょうか」


「私もナムさんと同じことを思いました。ただ今回はそれができなかったということになります。何かは分かりませんがよほど隠したいものだったのでしょう。航空機など表立って輸送では検閲されてしまうから、支援物資の名目の貨物船を装った。強化武装をすればPC製菓に怪しまれてしまう。襲われたとしてもほかの貨物を渡して、その何かだけは運べると考えたのでしょう」


「その何かっていうのは何だったのか気になりますね」


「そうですね。でもきっと我々に知ることはできないでしょう。この話の本質はそこではありません。重要なのは、そのあまりにもキナ臭い何かがイーストウェークベース付近にあるということ。そしてそれを捜索してベジタメイトユニオンとPC製菓が介入してくるのは明々白々。ナチュラルとのいざこざが起きるのは時間の問題でしょう。」

「それを踏まえて、今回の本題ですが、この状況下で大規模な拡張工事を行うのはあまりにもリスクが大きい。ひいては、本プロジェクトの一時凍結をお願いしに参った次第です。」


「承服出来かねる事はご理解いただけますよね」


 ナム課長が拒否する選択を取れたことに、心底安堵する。

 立ち合いで惨敗していればきっと「危ないのでいずみ組は手を引きます。中止でよろしく。これは命令ね」なんて言われて、承服するしかなかっただろう。

 しかしながら、凍結という打診をしてきた以上、こちらが劣勢であるのは事実。

 それでも格上企業に対して交渉の余地を残せただけ、大金星と言っていい。


「本プロジェクトは、私たちホンオフェスタ不動産にとって、今世紀最大とも言えるプロジェクトです。海底資源の再開発がお題目ですが、御社からご提示いただいた構想では大規模な受電設備と港、それにカタパルトの設置まであります。ここだけの話、これは有事を想定しての軍備拡張に思えます。であればこの火種になりそうな状況で、着工が早まることはあっても凍結はありえないかと。」


「よくご存じですね。確かにそういった思惑はあります。ですが既にこうなってしまった以上、一度引くべきというのが弊社の意向です。表向きの海底資源に関しても、あのあたり一帯のマンガンノジュールは取りつくしており、正直あまり期待できません。それならば樺太あたりの開発で補える。チベットでもいい。」


「フリゲート艦が入ってPC製菓も空中空母を出してきた。これはどちらも引き際が難しくなります。緊張状態が長期化する匂いしかしません。ナチュラルの動きによっては戦闘が始まる可能性は非常に高い。そしたら逃げるようにナチュラルが西の私たちの方へ向かうでしょう。それを追って領海に入ってくれば、納東亜重工としても防衛戦力を投入しなくてはなりません。早期の納東亜重工の開発と軍備配置があれば十分な牽制になります。」


「確かにそれは一理あります。しかしながら当初の計画では1年近く工期がかかってしまいます。これでは早期解決したときのメリットが薄い。」


 なんだが小難しい話になってきた。

 なんで俺はこんな話聞かされてるんだって気分になってきた。

 馬締にいたっては、さっきからずっと最中を貪っている。よほどお気に召したのだろう。追加オーダーしてやろう。


「早期解決したならそれはそれで、当初の目的通り海底資源の採掘を行えばいいではありませんか。」


「そうですが、弊社としてはもう一つ事情がございまして。どうも世界樹の方が慌ただしいらしく、国連から改築工事の応援要請が来ています。」


 世界樹の工事にお呼ばれするなんて流石筆頭建設会社。


 世界中が力を合わせて作り上げた、宇宙エレベーター。

 いくつものチューブの束である幹が過熱された水蒸気を宇宙まで運ぶ。

 そして地上36100キロにある、チューブから噴出した水蒸気を凍結させ、同時に幹を引っ張り支える錘として保持する巨大な傘のような装置群。

 水を吸い上げ、大きく葉を広げたような姿から、世界樹と呼ばれている人類最大の建造物。

 人類の進化の象徴とされると同時に、建造にあたり第二次世界企業大戦の引き金となったいわくつき。


 それの工事なんて、男なら心躍る仕事だろう。

 俺も一度は世界樹に行ってみたいものだ。


「ふふ、そちらが本命ですか。なるほど、それで工数が出せないと?」


「端的に言えば。ですので、まことに勝手ながら当初の工事計画では世界樹への参画が間に合わなくなりますので、凍結。でなければ大幅な見直しをお願いしたく。どれだけ見積っても規模の縮小は必須です。こちらとしては杭を打つのに大変時間を要するので、面積は予定の4分の1とさせていただきます。」


 出てきた譲歩案はあまりにも厳しい。

 それにこれは提案というより命令に近い。


「いささか、受け入れがたい提案です。4分の1では採掘施設しか建築できません。今回は前述した軍事関連と居住区画、それに娯楽街の建設予定もあります。ドラマの影響もあってドールライドでの観光予約が既に数か月待ちと盛り上がっている状態ですが、娯楽施設は諦めましょう。しかしそれでも面積が4分の1ではとても足りません。もう少し譲歩いただきたく思います。」


 あくまで強気な姿勢を崩さない。

 もっと言ってやれと騒ぎたいが、ご破算になるかもしれないと考えると肝が冷える。


「譲歩とおっしゃられても、これが我々の限界です。時間の制約がありますのでこれ以上はムリです。」


「時間というのは具体的にどれほどでしょうか」


「5か月と考えています。杭打ちで3か月の見込みです。約1か月が地面とインフラ。残りがそちらで計画される新規建築物の工数になります。もっとも、新規建築なしであれば面積はもう少し増やせます。土地だけ増やして、すべてヘリポートではいかがでしょう?線を引くだけなので1時間で終わります。」


 こちらが強気に出れば、あちらも強気だ。馬鹿にしやがって。


「であれば、こうしましょう。杭は打たない。」


「凍結ということで?」


 とんでもないことを言い出した。

 いつものように、面倒くさくなってしまったのだろうか。勘弁してくれ。


「いいえ、そんなわけないじゃないですか。新規の杭は辞めて、階層を増やしてくれませんか。それだったら当初の面積は稼げるはずです。それと、杭打ちがない分、特殊船舶が不要になります。そこで減ったコスト分で延長をお願いします。半年で。」


「確かにそれであれば柱の延長になるので海底作業が無くなり、かなり時間が削減できます。しかしながらその分延長というのはどうにも。先ほどの話をお忘れですか?我々はケツが決まっているのです。それと、階層を増やした場合には現状最上階の権利者達が納得するでしょうか。我々はそこで発生した問題には対応できかねる。」


 正直、俺としては階層増築はあまり気乗りしない。

 増設した新規フィールドだけでなく、ほかの階層の区画整理までする羽目になる。

 それに新佐が言った利権うんぬんは実に面倒くさい。


 それでも凍結と面積縮小よりかは、はるかにマシだということも分かっている。

 逆に考えれば、面倒が増えるほど評価は上がる。それにいずみ組に恩を売ったことになり、貰えるポイントは破格だろう。


「もちろん階層増築に伴う利権問題の一切は当然こちらで引き受けます。それと時間がないのはあなた個人でしょう?それに階層の工事を早々に終えれば、あとは通常建築と何ら変わりないはず。インフラに関しても地面を掘り返さない分簡単でしょう。それであれば通常の建築ユニットを派遣してくれればいいだけのはずです。」


「それでは大陸の建築ユニットまで呼び寄せる事になります。それではコストが増えてしまう。」


「その程度のコスト増加は既定のレンジ内だと思いますが。それに初期構想に比べれば、はるかに低いはずです。」


「ふう、なるほど。それでは、工期半年で。階層増築の工数見積と合わせて、建設に使えるユニット一覧は後日送付しますので、それに沿って半年で実行可能なプランを作成立案ください。それでよろしいですか?」


 課長のごり押し。俺があちら側でなくてほんとに良かった。

 でも、工事計画は再考を余儀なくされ。階層を増やすだけでは人気の高い最上階の面積は増えない。

 一見勝ったように思える商談だったが、大局的に言えば負けに近い。

 白紙撤回にならなかっただけ僥倖と言えるだろう。


「ええ、もちろん。プランに関してはこの後のコンペ主任に一任しますので、決まったら連絡いたします。フフ。」


 今、なんてった?

 コンペ主任に丸投げって言わなかったか?

 出来上がった土地をどうするかだけでなく、土地そのもののプランまで首を突っ込む事になる。


 だが、2次子会社の仕事に企画から参加というのは、とんでもなく前途多難だが、面識を作って自身を売り込める、とんでもないチャンスに違いない。

 そう理解した瞬間、身震いしてしまった。


「全く、想定外ですよ。いい加減ナムさんは上位企業に行った方がいいのでは?」


「私はこの職場が肌に合ってるの。それでは、今日は実りある話ができて非常に嬉しく思います。ご足労いただき誠にありがとうございました。」


「こちらも、切り捨てるはずだった貢献ポイントが貰えると思えば、とてもいい話です。お時間いただいてありがとうございました。それではご連絡お待ちしています。」


 翻って新佐は背を向ける。

「ありがとうございました。」俺も立ち上がって礼をする。


 おい、馬締。

 そのパンパンに膨れた袖はなんだ。


 退出を見送って振り返ると、最中はすべて消えていた。



次回、大鑑と女子

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