↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
62/64

わからないまま、向き合って

視線はタンポポへ向いたままだったが、意識は別のところにあった。

ルドルフの言葉は、まだ胸の中に残っている。


不気味だと思わない。


そう言われたことが、どういうわけか妙に引っかかった。

けれど、それ以上に気になることがある。


コリンはゆっくりと顔を上げた。

深いすみれ色の瞳が、まずルドルフへ向き、それから隣にいるルカへ移る。


「……一つ、聞いていいか」

「うん?」


ルカがすぐに返事をする。

コリンはほんの少しだけ間を置いた。


「どうして、俺を探してたの?」


ルカの表情が、わずかに止まる。

コリンは続けた。


「昨日、一度会っただけでしょ?」


声は淡々としていた。

責めるような響きはない。


ただ、本当に分からないのだ。


「それなのに、朝から市場を探し回ってまで……」


そこで言葉を切る。

自分でも、何を知りたいのか上手く整理できていなかった。

ただ、理由だけは聞いておきたかった。


「……そこまでして、俺に会う理由があるのか」


ルカはすぐには答えなかった。

困ったように視線を落とし、それからコリンを見る。


「理由……」


小さく呟いて、少し考える。


「うまく言えないかも」

「……そうか」


コリンはそれ以上急かさなかった。

ルカが言葉を探している間、噴水の水音だけが静かに響く。

やがてルカは、少しだけ照れたように笑った。


「だって、俺もまだよく分かってないから」


そう言って、ルカは困ったように笑った。


「ただ……昨日のまま終わるのが、なんとなく嫌だったんだ」


コリンの瞳が、ほんの少し揺れる。

昨日のまま終わる。


その言葉が、妙に胸に残った。

自分にとっては、別れたらそれで終わることだった。

けれど、ルカにとっては違ったらしい。


「……それだけか?」

「ううん」


ルカは小さく首を振った。


「……それだけじゃない」


コリンが黙ってルカを見る。

ルカはしばらく言葉を探していた。


「昨日、コリンが言ってたこと……ずっと気になってたんだ」

「……何を」

「スミレのこと」


その言葉に、コリンの表情がわずかに強張る。

ルカはそれに気づいたのか、少しだけ声を落とした。


「コリン、自分の花の加護を……呪いみたいに言ってたでしょ」

「……」

「でも、俺はそう思わない」


迷いのない声だった。

コリンの眉が、ほんのわずかに動く。


「……何も知らないくせに」

「うん。まだ知らない」


ルカは素直に頷いた。


「だから、全部分かるなんて言えないし、言わない」


一度言葉を切って、ルカはコリンを見る。


「でも……今日、コリンを見つけて俺とルドルフさんが近寄ったときに、コリンが鳥と話してるところを見て思ったんだ」

「俺も見た」


ルドルフが静かに口を挟む。


「鳥の方も、ずいぶん自然にお前へ話しかけていたな。足元にスミレが咲いてたからなんとなくだけど」

「……」


コリンは何も答えない。

ルドルフはそんなコリンを見ながら、少しだけ口元を緩めた。


「少なくとも、あれを見て俺も呪いだとは思わなかった」


その言葉に、ルカも小さく頷く。


「うん。俺もそう思ってる」


ルカはコリンへ向き直る。


「やっぱりあの力って、呪いなんかじゃないんじゃないかなって」


コリンは何も答えなかった。

ルカは少し困ったように笑う。


「だって、言葉が伝わらない相手のことを分かってあげられる人なんて、そんなにいないでしょ?」

「……」

「鳥とか、ほかの動物とかも。人には分からないことを、コリンなら聞いてあげられる」


そこでルカは少しだけ視線を落とした。


「だから……きっと、誰かを幸せにできる力なんだと思う」


コリンの瞳が、静かに揺れた。

ルカはその反応を見ながら、それでも言葉を続けた。


「なのに、コリンがそれを呪いだって言ったとき……なんだか、すごく寂しそうに聞こえたんだ」

「……寂しそう?」

「うん」


ルカは小さく頷く。


「それが、どうしても忘れられなかった」


噴水の水音が、二人の間に静かに流れる。


「だから……もう一度、コリンと話したかった」


ルカはそこで言葉を止める。


「昨日の続きだけじゃなくて」


少し照れたように笑った。


「もっと、コリンのことを知りたいって思ったんだ」


コリンの瞳が、ほんの少し揺れる。


昨日のまま終わる。


その言葉が、妙に胸に残った。

自分にとっては、別れたらそれで終わることだった。

けれど、ルカにとっては違ったらしい。

コリンはしばらく黙っていた。


そのとき。


「……俺も、謝りたいことがある」


不意に、ルドルフが口を開いた。

ルカが振り向く。


「え?」


ルドルフはすぐにはコリンを見なかった。

しばらく噴水の水面へ目を向けたまま、言葉を探すように黙っている。

やがて、小さく息を吐いた。


「俺、お前が〔雲の上の島国〕の出身だって聞いた時、勝手なこと言っただろ」


ルカは、その言葉を聞いてすぐに思い出した。

あのときの会話。


――『〔雲の上の島国〕みたいな大国のやつって、もっとこう……』

――『偉そうでキラキラしてる御曹司タイプばっかりかと思ってた』

――『やたら高そうな服着て、“庶民の気持ちなんて分からないね”みたいな顔してるやつ』


冗談めかした口調だった。

ルドルフ自身も、本気でそう思っていたわけではない。


けれど。


あのときのコリンの表情を思い返すと、胸の奥に小さな引っ掛かりが残っていた。

ほんの一瞬だった。

けれど、確かに寂しそうに見えた。


「……あのときのことか」


ルカが小さく呟く。


「ああ」


ルドルフは苦笑する。


「別に俺は悪気があったわけじゃねぇんだ」


そう前置きしてから、少しだけ眉を下げた。


「ただ、俺の勝手なイメージを、そのままお前にぶつけちまった」


視線がゆっくりとコリンへ向く。


「コリンがどんなやつかなんて、まだほとんど知らねぇのにな」


コリンは何も言わなかった。

ただ、ルドルフを見ている。


「今思えば、あれは決めつけだった」


ルドルフは頭を掻き、気まずそうに視線を逸らす。


「出身がどこだろうが、どんな家の生まれだろうが……それだけで、そいつがどんな人間かなんて分かるわけじゃねぇのにな」

「……ルドルフさん」


ルカが小さく呼ぶ。

ルドルフは一度だけ目を閉じ、それからコリンへ向き直った。


「絶対、コリンのこと傷つけたって昨日の夜思ったんだ」


飾らない声だった。


「だから、ちゃんと直接会って謝りたかった」


その言葉に、ルカは何も言わず耳を傾ける。

ルドルフは言い訳をするような素振りを見せなかった。


「悪気はなかったとは言え、いやなことを言った。本当に悪かった」


そんな言葉だけで終わらせるつもりもない。

自分が悪かったと思ったから。

傷つけたかもしれないと思ったから。

だから、謝りたい。

それだけだった。


コリンはしばらく黙っていた。


ルカから向けられる視線。

そして、ルドルフの真っすぐな眼差し。

二人の間にある噴水の水音だけが、変わらず静かに響いている。


やがてコリンは、ほんの少しだけ視線を落とした。


「……分からない」


小さな声だった。

ぽつりと落ちた言葉は、噴水の水音に紛れてしまいそうなほど弱い。


「何が?」


ルカが尋ねる。

コリンはすぐには答えなかった。


膝のあたりへ落としていた視線を、ゆっくりと噴水へ向ける。

一定の間隔で水が噴き上がり、光を受けた水滴がきらきらと揺れている。

その向こうにいるルカの姿を見ても、まだ言葉がまとまらない。


「……お前が」


ようやく、それだけを口にする。

ルカが少しだけ目を瞬かせた。


「俺?」


コリンは答えない。


昨日、初めて会ったばかりだった。

それなのに、ルカは自分を探した。

昨日の続きを話したいと言って、朝から市場を歩き回って。


それだけじゃない。

自分の力を呪いだと言ったことまで、覚えていた。


どうして、そこまで自分のことを気にするのか。

どうして、そんなふうに真っすぐ向き合えるのか。

考えても、やっぱり分からない。


「……それから」


一度、言葉を切る。

コリンの深いすみれ色の瞳が、今度は隣にいるルドルフへ向いた。


「……あんたも」


ルドルフは少しだけ目を見開いた。


「俺も?」


コリンは答えない。

ただ、ルドルフの顔をじっと見つめる。


さっきまでの言葉が、頭の中に残っていた。

自分の力を聞いても、見る目を変えないと言ったこと。

そして、自分が以前口にした言葉について、謝りたいと言ったこと。


どちらも、コリンには馴染みのないものだった。


自分のことを知ろうとする人。

自分の言葉を気にかける人。

一度会っただけなのに、わざわざ探しに来る人。

そんな二人を前にしていると、今まで当たり前だと思っていたものが、少しずつ分からなくなっていく。


「……なんで」


コリンの口から、また小さな声がこぼれた。

ルカが首を傾げる。


「なんで、って?」

「……なんで、そこまでするの」


今度は、二人に向けた言葉だった。

コリン自身も、何を聞きたいのかはっきり分かっていない。

ただ、どうしても聞かずにはいられなかった。


「昨日会っただけなのに」


視線が、ルカへ戻る。


「探して」


それから、ルドルフへ向く。


「……謝るとか」


言葉を並べてみても、やっぱり理解できない。

コリンはわずかに眉を寄せた。


「……俺には、分からない」


そう言って、二人を見つめたまま黙り込んだ。

ただ、二人を見つめたまま、困ったように眉を寄せていた。

次回は8月10日に「春を告げる誘い」を投稿します。

お楽しみに(^▽^)

あと、その次の投稿お休みします。書きたいものがあるのになかなかかけないのもどかしいものですね(・ω・`)

感想、レビュー、ブクマ、評価、待ってます!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。