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揃い始めた旅支度

店員にサイズを合わせてもらい、新しい旅靴を受け取る頃には、ルカの表情もだいぶ明るくなっていた。

足首の締め具合を確認しながら革紐を結び直してもらい、最後に何度かその場で足踏みをする。


新しい靴はまだ革の匂いが強く、履きたて特有の硬さも少し残っている。

それでも、今まで履いていた街靴とは感覚がまるで違った。


足裏をしっかり支えてくれるような安定感。

一歩踏み出した時の軽さ。

床を踏むたびに伝わってくる確かな感触。


店の中を数歩歩いてみるだけでも、その違いは十分に分かった。


「どうだ?」


少し離れた場所からルドルフが尋ねる。


ルカはもう一度店内を歩いてみた。

棚の前まで行き、くるりと向きを変えて戻ってくる。

それから足元を見下ろし、小さく目を輝かせた。


「歩きやすいです」

「それなら上出来だな」


ルドルフが満足そうに頷く。

店員も腕を組みながら、うんうんと納得したように頷いた。


「最初は少し革が硬いかもしれんが、そのうち足に馴染む」


そう言いながら靴のつま先を軽く叩く。


「履いて歩けば自然に柔らかくなる。無理に慣らそうとしなくても大丈夫だ」

「はい」


ルカは頷きながら、また足元へ視線を落とした。

自分のために選んだ、初めての旅靴。


さっきまであれだけ迷っていたのに、こうして履いてみると不思議としっくりくる。

これから先、この靴でいろいろな場所へ行くのだろうか。

そんなことを考えるだけで、胸の奥が少しだけ弾んだ。


「靴は決まったし、次は他の物だな」


ルドルフが店内を見回しながら言う。

ルカもつられて視線を巡らせた。


改めて見ると、旅装具店の中には本当にたくさんの品が並んでいる。


壁には厚手の外套が何着も掛けられていた。

色は落ち着いたものが多く、茶色や深緑、灰色など旅先で汚れが目立ちにくそうなものばかりだ。


木棚には大きさの異なる旅鞄が並び、その隣には革の小袋や小物入れが整然と積まれている。

天井近くの梁には丸められた毛布や寝袋が吊るされていた。

使い込まれたものもあれば、新品らしいものもある。

さらに奥には革の水筒や携帯食を入れる容器、小さな道具袋などが並び、どれも旅人たちが実際に使うための品なのだと一目で分かった。


革の匂い。

油の匂い。

木棚の乾いた香り。


様々な匂いが混ざり合った店内は、市場の喧騒とはまた違う空気に包まれている。


「すごいなぁ……」


小さく零れた声には、感心と驚きが混ざっていた。


見ているだけで楽しい。

旅に出る人たちは、こんな道具を使っているのか。

どの品にも用途があって、どこか知らない場所へ向かうために作られているもの。


そう思うと、一つ一つが少し特別なものに見えた。


ルカの視線は棚から棚へと移り、気づけば目を輝かせながら店内を見回していた。

旅へ出る実感が、少しずつ形になっていく。

そんな気がした。


「ほかは、鞄だな」


ルドルフはそう言って棚の並ぶ一角へ向かった。

旅装具店の壁際には、大小さまざまな鞄が吊るされている。


背負い鞄。

肩掛け鞄。

腰に付ける小さなポーチ。

旅商人向けらしい大きな荷袋。


革の匂いと布の匂いが混ざり合い、見ているだけでも旅支度らしい気分になった。


「お前、今の荷物どれくらいある?」

「えっと……着替えと、本と、あとは生活用品です」


ルドルフは「うーん…」と頷く。


「じゃあ中くらいの大きさで十分か」


店員も会話に加わった。


「坊主は初めてなんだろ?なら荷物が持ちやすいのがいいな」


そう言って棚からいくつか鞄を下ろしてくる。

まず最初に出てきたのは、しっかりした革製の肩掛け鞄だった。


蓋付きで見た目も格好いい。


「これはどうだ?」


店員に渡され、ルカは肩へ掛けてみる。

斜めに掛ける形らしい。


「おお……」


少し旅人らしくなった気がする。

だが数歩歩いてみると、鞄が脇腹の辺りで揺れる。


「肩掛けだからな。荷物の出し入れは楽だが、長く歩くなら好みが分かれる」


ルドルフも頷いた。


「街を散策しながら歩くのなら便利なんだけどな」


ルカは鞄を下ろし、なるほどと頷く。

次に店員が持ってきたのは、小さめの布製肩掛け鞄だった。


先ほどより軽い。


「こっちはどうだ」


掛けてみる。

確かに軽い。

だが今度は収納が少ない気がした。


「他の荷物も入れるんですよね?」

「今あるものなら入るには入るが、ほかのものが増えるならその鞄だと余裕はあんまりないな」


店員が答える。

ルカは少し考え込む。

旅が長くなったら荷物も増えるかもしれない。


そう思うと少し心許なかった。


「俺が進めるのはこれで最後だな」


店員はそう言って棚の上から布地の旅鞄を下ろした。

丈夫そうな厚手の布に、負荷のかかる部分だけ革の補強が入っている。

リュックタイプだった。


「背負ってみろ」


ルカは言われるまま腕を通す。

背中へぴたりと収まった。


「あっ」


思わず声が漏れる。

動いても揺れにくい。

肩も楽だった。


そのまま店内を少し歩いてみる。


「どうだ?」

「思ったより軽いです」


自然と声が弾む。


「だろ?」


店員が満足そうに頷いた。


「正直言うと、肩掛けよりリュックのほうが荷物は背中に分散してが長距離は楽なんだ」


ルドルフも横から眺める。


「似合ってるじゃないか」

「そうですか?」


ルカは少し照れながら鞄の肩紐を握った。

鏡代わりの磨かれた金属板に映る自分を見る。


新しい旅靴。

背中には旅鞄。


ほんの少し前まで市場で迷子になっていた自分とは別人に見えた。


「それなら荷物増えても多少余裕あるな」


ルドルフが頷く。


ルカは改めて背負い心地を確かめる。

大きすぎず、小さすぎず。


「肩掛け鞄よりもデザインが地味だが、旅人は見栄えより実用性が重要」


店員がそう言いながら、選ばれた旅鞄の側面を軽く叩く。

丈夫な布地に革の補強が施されたその鞄は、派手さこそないものの、いかにも長く使えそうな作りだった。


「途中で破れたら困るからな」


店員は肩をすくめる。


「町の中ならまだいい。だが旅の途中で鞄が駄目になると、荷物の持ち運びが一気に面倒になる」

「なるほど……」


ルカは真面目な顔で頷いた。

改めて鞄を見下ろす。


最初は肩掛け鞄の方が格好良く見えた。

けれど話を聞けば聞くほど、旅には旅向きの道具があるのだと分かってくる。

見た目だけで選ぶものではないらしい。

その後も店員とルドルフの助言を聞きながら、必要な物を少しずつ選んでいく。


旅向けの服が並ぶ棚では、着替え用の服を何着か見繕ってもらった。


派手な飾りはない。

色合いも落ち着いている。


けれど生地はしっかりしていて、腕や肩も動かしやすそうだった。


「旅だと汚れるし汗もかく」


店員が服を畳みながら言う。


「着替えは何枚かあった方がいい」

「はい」


ルカは頷きながら生地に触れる。

普段着ている服よりも少し厚手で丈夫そうだった。

さらに外套も一枚選ぶことになった。

棚から下ろされた外套を肩へ掛けてみる。


思ったより重くない。

裾は長すぎず、動きを邪魔しない長さだった。


「それなら歩く時も邪魔にならん」


店員が確認するように言う。

ルカも腕を動かしたり、少し歩いたりしてみる。

確かに動きやすかった。


「これなら大丈夫そうです」

「じゃあ決まりだな」


ルドルフが頷く。


さらに――


「水筒も持っとけ」


ルドルフが棚の方を指差した。


壁際の棚には大小さまざまな水筒が並んでいる。


革張りのもの。

金属製のもの。

細長いもの。

丸みを帯びたもの。


見た目も大きさも様々だった。


「途中、水がない場面もあるかもしれないからな」


ルドルフの言葉に、ルカは真剣な顔で棚を眺める。

旅では当たり前のことなのだろう。


けれど、今までそういうことを考える機会はほとんどなかった。

一つ一つ手に取って重さを確かめる。


金属製のものは頑丈そうだが少し重い。

革張りのものは持った時の負担が少なく感じた。


しばらく悩んだ末、ルカは軽めの革張りの水筒を選ぶ。

手に持つとしっくりくる重さだった。


「それなら持ち運びも楽だな」


ルドルフが言う。


「荷物は軽い方が助かる」

「はい」


ルカは水筒を両手で持ちながら頷いた。

そうして選び終えた品々が、少しずつカウンターへ集まっていく。


新しい旅靴。

丈夫な旅鞄。

着替え用の服。

厚手の外套。

革張りの水筒。


並べられた道具はどれも実用的で、特別豪華なものではない。

けれど、どれもこれからの旅に必要なものばかりだった。

少し前まで、ルカの持ち物は最低限しかなかった。

それが今では、旅人らしい装備が少しずつ揃っている。


ルカは思わずその光景を見つめた。


旅靴。鞄。外套。水筒。

どれも今日、自分で選んだものだ。


「なんだか……」


ぽつりと声が漏れる。


「ん?」


ルドルフが顔を向けた。

ルカはカウンターの上へ並んだ品々から目を離さないまま、小さく笑う。


「本当に旅に出るんだなって感じがします」


静かな声だった。

けれど、その言葉には少しだけ高揚が混ざっていた。

市場へ来た時は、ただ慌ただしく歩き回っていただけだった。


初めて大きな市場にきて、ドキドキした。

迷子になって不安になって。


キッシュも食べた。


そして今、自分の前には旅のための道具が並んでいる。

それらを見ていると、これから始まる旅が急に現実味を帯びてきた。


ルドルフはそんな横顔を見て、少しだけ口元を緩める。


「今さらか」


呆れたような声だった。


「えへへ、今さらです」


ルカも照れくさそうに笑う。


その笑顔は、店へ入った時よりもずっと明るかった。。

店員はそんな二人を見ながら、買い上げる品をまとめ始める。


革の擦れる音。

布の重なる音。


旅の準備は、少しずつ形になっていく。

そしてルカはまだ知らなかった。


旅道具を揃え終えたあとも、この市場で思いがけない出来事が待っていることを。

次回は6月17日に「旅立てなかった旅立ちの日」を投稿します。お楽しみに(^▽^)

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