騒がしい再会
「だからねコリン、俺は――」
ルカが言葉を続けようとした、その時だった。
ばさっ、と勢いよく暖簾が揺れる。
「やっっっと見つけたぞ、ルカ!!」
店の中に、大声が響き渡った。
ルカはびくっと肩を跳ねさせる。
聞き覚えのありすぎる声だった。
反射的に振り返った先――入口に立っていたのは、肩で大きく息をしたルドルフだった。
乱れた髪。荒い呼吸。
額には汗まで浮いている。
服の裾には土埃がついていて、よほど慌てて走り回っていたのが一目で分かった。
「ルドルフさん!?」
ルカが目を丸くする。
「“ルドルフさん!?”じゃない!!」
ルドルフはずかずかと店の中へ入ってきた。
「お前、どれだけ探したと思ってるんだ! 急にいなくなるな!」
「ご、ごめんなさい……」
勢いに押されて、ルカは思わず肩を縮める。
ルドルフはなおも眉を吊り上げたまま、ルカの顔を覗き込んだ。
「怪我は!? 変なやつに絡まれてないか!?」
「え、いや、あの……」
「体調悪くなってないか!? 倒れてないか!?」
「だ、大丈夫だから落ち着いて!?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、ルカは半ば悲鳴みたいな声を上げた。
ルドルフはじっとルカを見つめる。
その目は本気で心配していた。
やがて、大きく息を吐く。
「はぁぁぁぁ……」
長いため息。
そのまま、ぐしゃぐしゃっと乱暴にルカの頭を掻き回した。
「うわっ」
「……無事ならいいんだけどな……」
怒っているようでいて。
その声には、心底安心した色が混じっていた。
ルカは少しだけ目を瞬かせる。
(……そんなに探してくれてたんだ)
胸の奥が、ほんの少し温かくなる。
けれど同時に、申し訳なさも込み上げてきた。
「……ごめんなさい。あんなに逸れるぞって言ってくれていたのに、ついいろんなところに目が行って迷子になってしまって」
そう小さく言うと、ルドルフは眉を寄せる。
「俺も逸れるかもしれない思ってたのに、少しルカから目を離したからな、そこはお互い様だ。だけど、こっちは最悪の想像までしたんだぞ」
「最悪の想像?」
「魔怪物に遭遇したとか、変な連中に攫われたとか、路地裏で倒れてるとか」
「そんなに!?」
「こんな広い市場じゃ、何が起きるか分からんからな!」
真顔だった。
ルカは苦笑するしかない。
「いや……でも、本当にごめんなさい」
「……次からは逸れないように気をつけろよ」
少し低くなった声。
怒っている、というより。
本気で心配していたからこその声音だった。
ルカは小さく頷く。
「はい……気を付けます」
そのやり取りを、コリンは少し離れた場所からじっと見ていた。
深い紫色の瞳が、ルドルフの姿を頭から足先までゆっくりとなぞる。
乱れた髪。派手な声。息を切らしながらも妙に堂々とした態度。
どう見ても、静かな店の空気には馴染まない。
コリンは眉をひそめた。
「……誰? この胡散臭そうなやつ」
ぼそり、と遠慮なく言い放つ。
「誰が胡散臭いだ」
即座に返したルドルフが、じろりとコリンを見る。
「初対面の相手に失礼だぞ」
「いや、どう見ても怪しいだろ」
コリンは冷めた目のまま言い返す。
「入ってきた瞬間うるさいし。なんか無駄に声デカいし」
「“なんか”でまとめるな!」
「あと動きが騒がしい」
「お前、結構ズバズバ言うタイプだな!?」
ルドルフの額に青筋が浮く。
ルカは二人を交互に見て、慌てて間に割って入った。
「ちょ、ちょっと待って! 二人とも落ち着いて!」
店の空気がまた少しぴりつき始める。
コリンは露骨に警戒したまま、ルドルフから視線を外さない。
まるで“怪しいやつ認定”をした獣みたいな目だった。
ルドルフも負けじと腕を組む。
「なんだその目は」
「…別に」
「絶対なんか思ってるだろ」
「……まあ、思ってる」
「正直だな!?」
思わずルカが吹き出しそうになる。
さっきまであんなに張り詰めていたのに、今は別の意味で空気が騒がしい。
「コリン、この人はルドルフさん!」
慌てて紹介する。
「俺の……えっと、その、逸れた仲間!」
「“逸れた”って言い方に若干引っかかるが、まあ合ってるな」
ルドルフはため息混じりに答えた。
コリンの眉がぴくりと動く。
「ああ……あんたが」
低く呟く。
さっきルカが話していた相手だと結びついたらしい。
けれど警戒はまだ解けていない。
深い紫色の瞳が、じっとルドルフを見据える。
「……ルカの保護者か何か?」
「違う違う!」
ルカが慌てて首を振る。
「そんな大した関係じゃ――」
「まあ、面倒見てるのは事実だな」
ルドルフが平然と言う。
「この放っとくとすぐどっか行く迷子を回収してる」
「迷子って言わないでください!」
「じゃあ何だ」
「えっと……自主的な散策?」
「聞こえはいいな」
「実態は迷子だろ」
「うっ」
図星だった。
ルカが言葉に詰まると、コリンが小さく鼻で笑った。
「……否定できてないじゃん」
「コリンまで!?」
さっきまで刺々しかったのに、今の声にはほんの少しだけ呆れが混じっている。
ルドルフはそんなコリンを見て、ふっと目を細めた。
「で、お前は?」
「……コリン」
「へぇ」
ルドルフは値踏みするみたいに彼を見る。
「随分警戒心強そうだな」
「そっちこそ胡散臭い」
「まだ言うか!?」
ルドルフは今度はコリンへ視線を向けた。
さっきまでルカに向けていた騒がしさを少しだけ引っ込めて、相手を観察するみたいに目を細める。
ルカが苦笑すると、コリンはそっぽを向いたまま小さく鼻を鳴らす。
「だって怪しかったし」
「え、俺?」
「主にあんた」
さらっとルドルフを指差す。
「店入ってきた瞬間、でかい声で叫ぶし」
「心配してたんだよ!」
「余計怪しい」
「なんだこいつ!」
ルドルフが思わずツッコむ。
そのやり取りに、ルカはつい吹き出した。
さっきまであれだけ空気が張っていたのに。
今はもう、妙な言い合いになっている。
即座に返されて、コリンはほんの少しだけ口元を緩めた。
それは一瞬だったけれど。
さっきまでの完全に張り詰めた空気とは、少し違っていた。
「ルドルフさんも花使いだから、安心して?」
ルカがそう言うと、コリンの表情がわずかに変わる。
「……花使い?」
警戒の色が、ほんの少しだけ薄れた。
ルドルフは「おう」と軽く片手を上げる。
「まあな。腐っても花使いだ」
「腐ってもって、自分で言うんですね……」
「そこは流せ」
ルドルフは苦笑してから、改めてコリンを見る。
「ルカ、俺を花使いって紹介したってことは……こいつも同じなのか?」
「はい!コリンも花使いなんです。しかも〔雲の上の島国〕の出身だって言ってました!」
ルカがそう言った瞬間だった。
「〔雲の上の島国〕!?」
ルドルフの目が、ぱっと見開かれる。
「あの産業大国の?」
「そうみたいです」
「へぇ……!」
感心したようにコリンを見る――かと思った次の瞬間。
ルドルフの目が、完全に輝いた。
「すごいな、おい! あそこって本当に雲海の上に浮かんでる国なんだろ!?」
勢いよく身を乗り出す。
「飛行艇とかゴンドラでしか行けないって聞いたぞ!? 空の上に港町があるってほんとか!?」
「……あるけど」
コリンが若干引き気味に答える。
だが、ルドルフは止まらない。
「しかも雲から採れる水晶が名産なんだよな!? 透明なのに光当てると色変わるやつ!」
「……よく知ってるな」
「見習い小説家なめるなよ」
ルドルフはどこか得意げに鼻を鳴らした。
「各国の名産とか文化とか、そういうのめちゃくちゃ好きなんだ。小説のネタ帳にも書いてるし」
そこまで言ってから、さらに目を輝かせる。
「いやでも、空の上の交易国家ってロマンありすぎるだろ……!」
両手を広げながら熱弁し始めた。
「雲海を飛ぶ商船! 巨大空港! 世界最大級の市場! 絶対景色やばいって!」
「……空港じゃなくて空港湾な」
「細かい!」
コリンが小さくため息を吐く。
けれど、その声にはもう完全な拒絶感はなかった。
「なぁ、飛行艇ってどんな感じなんだ!? やっぱ揺れるのか!?」
「揺れる」
「うわ、船酔いする?」
「するやつはする」
「空路って渋滞とかあるのか!?」
「……ある」
「あるのかよ!!」
ルドルフが大袈裟に驚く。
「空でも渋滞するの!?」
「商船が集中する時間帯は普通に混む。港周辺とか特に」
「うわぁ、聞けば聞くほど面白いなその国……!」
興奮しっぱなしのルドルフに、コリンは半歩だけ距離を取った。
「……なんでそんなテンション高いんだよ」
「旅しようとしてる人間からしたら夢の国みたいなもんだからな!」
即答だった。
「飛行艇! 雲海! 巨大市場! しかも水晶文化! 最高じゃないか!」
「全部ネタ集め目線なのが嫌なんだけど」
「創作者だから仕方ない!」
言い切るルドルフ。
コリンはじわりと疲れた顔になった。
そのやり取りがおかしくて、ルカは思わず小さく吹き出す。
さっきまで、あんなに警戒していたのに。
今は普通に会話している。
棘だらけだった空気が、少しずつ解けていくみたいで。
そのことが、なんだか嬉しかった。
コリンは視線を逸らしながら、小さく息を吐く。
「……別に、大した国じゃない」
「いやいや、大した国だろ」
ルドルフは腕を組みながら感心したように頷いた。
「若いのに花使いで、しかもあの国の出身か。なるほどなぁ」
「若いって、あんたとそんな変わらないだろ」
「たぶん俺のほうが上だ」
「自分で言うやつ初めて見た」
ぼそっと返される。
そのやり取りに、ルカはまた小さく笑った。
けれど同時に、少しだけひやりともする。
(うわぁ……)
ルドルフは、完全に“興味あるものを見つけた顔”をしていた。
こうなると長い。
しかも、まだルドルフは知らない。
コリンがただの島国出身じゃなく、あの巨大産業国家の御曹司だということを。
(これ絶対、話したら質問止まらなくなるやつだ……)
飛行艇の構造だの、水晶の加工法だの、商業事情だの。
きっと延々聞き始める。
どうにか話題を逸らしたほうがいいだろうか。
ルカがそんなことを考え始めた、その時だった。
コリンが、ふいに口を開く。
次回は5月30日に「すみれはまだ遠い」を投稿します。
お楽しみに(^▽^)
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