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花使い同士

深い紫色の瞳が、ルカの手元――さっきまで花びらが舞っていた場所を、じっと見つめている。

やがて、ゆっくりと視線が持ち上がった。


ほんの一瞬、何か言いかけるように唇が動いて――止まる。

沈黙が、ひと呼吸分だけ落ちた。

ルカは、その視線を受け止めながら、小さく息を吸う。


「信じてくれた? 俺はコリンの敵じゃないって」


ルカは、できるだけ軽く言った。

さっきまで張り詰めていた空気を、少しでも緩めるみたいに。

けれど、声の奥にわずかに残る緊張までは、消しきれていない。


差し出していた手を、ゆっくりと引く。

掌にはもう何もない。さっきまで舞っていた花びらの気配だけが、かすかに残っている気がした。


(……これで、ダメなら)


もう、言葉でどうにかできる気はしなかった。

見せられるものは見せた。隠していることもない。


あとは――相手がどう受け取るかだけだ。


コリンは、すぐには答えなかった。

紫色の瞳が、じっとルカを射抜く。


さっきと同じようでいて、どこか違う視線。敵意だけじゃない。

測るような、確かめるような――そんな色が混じっている。


「……信じるも信じないも、俺次第」


返ってきたのは、相変わらずそっけない声。

あっさりしているようでいて、疑いはまだ残っている。


(……まあ、そうだよね。それ言われたらもう何もできないんだけど……)


思わずそう思い、口に出さず内心で苦笑する。


ここまでやって、それでも疑われるなら、もうこれ以上やりようはない。

言葉も、証明も、出せるものは全部出した。


それでも――


コリンは、何も要求してこなかった。


距離を取るでもなく、追い払うでもなく。

ただ、じっとルカを見ている。やがて、ゆっくりと。


一歩。床板が、かすかに鳴る。


にじるように、距離を詰めてきた。


(……え)


思わず、息を止める。


逃げない。動かない。

さっき学んだ通り、余計な刺激はしない。

コリンの足取りは静かだった。

音もなく近づいてくるその動きは、まるで獲物を見極める獣みたいで――


無意識に、背筋が伸びる。

紫色の瞳が、真正面からルカを射抜く。


近い。


さっきよりも、ずっと。


表情の細かな揺れまで見える距離。


(……すごく、見られてる)


試されている。


言葉じゃなく、仕草でもなく。反応そのものを。


ルカは、目を逸らさなかった。

怖くないわけじゃない。

けれど、ここで逸らしたら、自分が言ったことが全部嘘になる気がした。


短い沈黙。


時間にすれば数秒。

けれど、やけに長く感じる。


コリンの視線が、わずかに揺れた。

何かを確かめるように。

それから、ふっと。

ほんのわずかに、力が抜ける。


「……まあ、いい」


低く、落とされる声。

ルカは小さく瞬きをする。


「今は、とりあえず信じてやる」


付け足すように、短く。


完全な信頼じゃない。

あくまで“今は”――期限付きの許可。


それでも。


さっきまでの張りつめた空気が、確かにひとつほどけた。


「ほんとに変なことしたら、次は容赦しないけど」


最後に、釘を刺す。

その言い方に、少しだけ現実味が戻る。

ルカは、ようやく息を吐いた。


「うん、それでいいよ」


素直に頷く。

無理に距離を詰める必要はない。

ここまで来れば、あとは少しずつでいい。


コリンはもう一度だけルカを見て、

それから、わずかに視線を外した。


コリンは、お決まりの深いため息をひとつ吐いた。

それから、ほんの少しだけ迷うように足を止めて――結局、ルカの隣へと戻ってくる。


さっきまで空いていた距離が、静かに埋まる。


完全に気を許したわけじゃない。

けれど、少なくとも背を向けるつもりはないらしい。


ルカは、それを見て、ほっと小さく笑った。


「へへ、ありがとうコリン」

「……別に感謝される筋合いはない」


間髪入れずに返される。

相変わらず素っ気ない。


けれど、声の棘はさっきよりもわずかに薄い。

コリンは腕を組みながら、ちらりとルカを見る。


「それより――さっきのあれ」


ほんの一瞬、言葉を選ぶように間を置いてから、


「あんたは、何の花使いなの?」


紫色の瞳が、まっすぐに向けられる。

その奥には、もう露骨な敵意はない。


不愛想な表情のまま。

けれど、かすかに混じるのは――興味。


試すようで、確かめるような視線だった。

ルカは一瞬だけ目を瞬かせて、それから少しだけ照れたように頭をかく。


(……聞いてくるってことは、少なくとも追い払う気はないんだよな)


そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。


「俺の使い花はサクラだよ」


素直に答える。


「一応、魔怪物の攻撃とかを浄化する力……らしいんだけど」


最後が少し曖昧になる。

コリンの眉が、ぴくりと動いた。


「……“らしい”ってなに?」


呆れたような声。


「使ったことないの?」

「いや、ないっていうか……」


ルカは言葉を探すように視線を泳がせ、それから苦笑した。


「俺も、ついこの間知ったばっかりなんだ。この花の力のこと」


少しだけ、間が落ちる。

コリンは何も言わなかった。

ただ、じっとルカを見る。


その視線は、さっきまでとは少し違った。


敵かどうかを測る目じゃない。

もっと別の――理解できないものを見るような目。


「……は?」


ぽつり、と落ちる声。


「最近知ったばっかで、あれだけ動かせんの?」


半信半疑というより、ほとんど呆れている響きだった。

ルカは苦笑するしかない。


「いや、俺も正直びっくりしてる」


正直に答える。


「なんか……できちゃった、みたいな感じで」

「適当すぎでしょ……」


コリンは眉を寄せたまま、深くため息を吐いた。


「“できた”で済む話じゃない。普通、そんな簡単に反応しない」


そう言って、ちらりとルカの右手を見る。

さっき花びらが舞っていた場所。


「しかも暴走してないし」


ぼそり、と付け足す。


「意味分かんねぇ」


ルカは目を瞬かせた。


「え、そんな変だった?」

「変だった」


即答。


「目覚めたばっかのやつなんて、大抵まともに扱えない」


コリンは腕を組み、呆れたようにルカを見る。


「反応しないか、加減ミスるかのどっちかだ」

「うわ……」


思わず声が漏れる。


「じゃあ俺、結構危なかった?」

「危なかっただろ」


また即答だった。


「下手したら、店の中ぐちゃぐちゃになっててもおかしくない」


さらっと言われて、ルカの顔が引きつる。


「えぇ……」

「なのに、あんた普通に呼んで、普通に応えられてるし」


コリンは納得いかなそうに眉を寄せた。


「しかも、“なんとなくできた”って何だよ」

「いや、本当にそれくらいしか……」


ルカは困ったように笑う。


「俺も、なんでできたのか分かってないんだよね」


そう口にした瞬間――ふと、あの時の感覚が脳裏をよぎった。


胸の奥が焼けるみたいに熱くなって。

呼吸もまともにできなくなって。

ただ必死に願った瞬間、サクラが一気に溢れ出した。


夜空を埋め尽くすほどの花びら。

止まらない光。

街中に広がっていく浄化の力。


“止めたい”と思っているのに、止まらなかった。


(……いや、全然“普通”に使えてなかったっけ)


ルカはわずかに視線を落とす。


あの時は、ほとんど暴走だった。

ルドルフが声をかけ続けてくれなかったら、どうなっていたか分からない。


「……うんまあ、実際は結構めちゃくちゃだったけど」


ぽつりと呟く。

コリンの眉がぴくりと動いた。


「めちゃくちゃ?」

「うん。最初に使った時、全然制御できなくてさ」


苦笑混じりに頭をかく。


「花びらが止まらなくなったんだよね。俺の意思と関係なく、どんどん広がって……」


思い出すだけで、少し背筋が寒くなる。


「だから、さっきみたいにちゃんと出せたの、俺もびっくりしてる」


コリンは黙ったままルカを見る。


「……じゃあ、今回はたまたま上手くいっただけか」

「うっ」


否定できない。


「多分……そう」

「怖すぎるだろ、それ」


呆れたように吐き捨てながら、コリンは深くため息をついた。


ルカは苦笑するしかなかった。


実際、自分でもそう思う。


あの時だって、どうして上手くいったのか説明できない。

ただ“やらなきゃ”と思って、必死にサクラを呼んだだけだ。


少しだけ視線を落とす。


「……だから、俺自身もまだ全然分かってないんだ」


ぽつりと呟く。


「サクラで何ができるのかとか、どこまでできるのかとか」


指先を軽く握る。


「限界も、ちゃんと扱う方法も、まだ全然知らない」


その言葉に、コリンはほんの少しだけ目を細めた。


「……じゃあさ」


低い声。


「もし、さっき出なかったらどうするつもりだったわけ」


ルカは一瞬だけ考えて――小さく笑った。


「そのときは、普通にコリンに首を締められてたんじゃないかな?」


軽い調子。

コリンはじっとルカを見る。


「……笑い事かよ」

「いや、でも本当だし」


肩をすくめる。


「実際、出てくれなかったら俺どうしようもなかったし」


少しだけ柔らかく笑った。


「だから、サクラには感謝してる」


その名前が落ちた瞬間。

コリンの視線が、わずかに揺れる。

何か言いかけるみたいに口が動いて――止まった。

代わりに、小さく息を吐く。


「……ほんと、適当なやつ」


呆れたような声。

けれど、その響きはさっきまでよりずっと柔らかかった。

コリンはふっと視線を逸らす。


「……サクラ、ね」


小さく繰り返す。

その声音は、どこか考え込むように静かだった。


次回は5月24日に「騒がしい再会」を投稿します。

お楽しみに(^▽^)

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